民家や蔵、倉庫を活用したアートをいくつか巡った。その一つが作品名『流転』=写真・上=。イランのシリアン・アベディニラッド氏はかつての漁具倉庫を展示会場に選んだ。倉庫には大量の漁網などが保管されていた。その漁網を倉庫の天井に張りめぐ らした。
漁網の内側にキラキラとカラフルに光るものがあり、床に影が投影されている。よく見ると、酒瓶などのガラスの破片だ。説明書によると、作者は珠洲市の海岸に打ち寄せられているガラス類の破片を集めて作品に仕上げた。使われなくなった漁網、そして破片となったガラスを見事にアート作品として再生した。倉庫の外観はさびたトタンだ。中に入ると、異次元の世界に迷い込んだような錯覚に陥る。不思議な芸術空間ではある。
薄暗い古民家の奥に進むと、和室の中央に朱漆と黒漆がまじりあったような立体作品が浮かぶ。作品名『触生』は田中信行氏(日本)の作品=写真・中=。部屋の中に入って見ることはできないが、漆の強い存在感が引き立っている。漆は英語で「japan」と呼ばれるように縄文時代から日本人は重宝してきた。作者はその漆と人のつながりの原点を描き出そうとしているのではないだろうか、と直感した。
作者が「触生~赤の痕跡~」とのタイトルでコメントを文字で掲げている。「漆が私の本能を刺激し、意識を原初へと導き、制作へと駆り立てている。黒漆からは流れるような立ち上がった立体を、朱漆からは生の痕跡を塗りこめたような絵画的な表現を。塗りと研ぎを繰り返しながら生まれる漆の表現は、人為を超えて私自身を、そして見る者を無意識へと誘う。立ち上がった漆面は、鑑賞者を漆黒の闇に吸い込むかのように、日常と非日常の境界として空間に存在する」
山中にある、10年ほど前に空き家となった民家。玄関の入り口には広い土間があり、おそらく収穫した稲や野菜などを広げていただろう。作品の『Future Past 2323』(原嶋亮輔氏=日本)は民家と民具をテーマとしている=写真・下=。長い時間(とき)を経た民具には魂が宿るとされる付喪神(つくもがみ)信仰がある。道具に宿る付喪神をアートにした、のではないだろうか。
そう感じたのは、稲わらで編んだ蓑(みの)と菅笠(すげがさ)が奥座敷で飾られているのを鑑賞したときだった。家人が身に着けたものにこそ魂が宿り、そして輝きを放つのだ、と。このインスタレーションがそう訴えているように思えた。
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