学食はにぎわっているというイメージだが、このご時世はちょっと違う。キャンパスでは「3密」の回避が徹底されていて、学食のテーブルも対面ではなく一方向で横のイスの間隔も一つ空けてある。普段は12人掛けのテーブルだが、3人掛けだ。その分、食事を取っていると、近くにいる学生たちの声もよく聞こえる。先日こんな会話が聞こえた。
「えっ、美肌って言っちゃだめなの」と女子。男子が「美肌は白い肌という意味だろう、この言葉は人種差別との誤解を受けるよ」。すると女子は聞き返す。「歯磨きで歯を白くするのを美白っていうけれど、これも言っちゃいけないの」。男子は「これはむずかしいな。でも、使わない方がいいよ」と。
学生たちの間に割って入ることはしなかったが、現代の課題が読めて「面白い」会話だと思った。美肌が人種差別に当たるという事の発端は、ことし5月25日にアメリカのミネソタ州ミネアポリスで起きた、偽札を使ったアフリカ系アメリカ人の男性が白人の警察官に首を押さえつけられて死亡する事件だった。黒人差別反対を訴えるスローガン「Black Lives Matter」(黒人の命は大切だ)を掲げた抗議活動が全米に広がった。トランプ大統領が「略奪が始まれば(軍による)射撃も始まる」とツイートしたことなども抗議活動に拍車をかけた。
事件が「美肌」問題と直結したのは、「Black Lives Matter」抗議活動が全米で広がったのを受けて、アメリカの医薬品会社「J&J(ジョンソン・エンド・ジョンソン)」がアジアと中東で販売していたホワイトニングクリーム(シミ消しクリーム)を販売中止としたことや、フランスの化粧品会社「ロレアル」がスキンケア商品で『ホワイトニング』や『明るい』といった表現を使わないと発表したことだった(6月27日付・ニューズウィーク日本語Web版)。
この流れを読むと、「言葉狩り」を連想してしまう。J&Jやロレアルは企業イメージを上げるために販売中止や広告宣伝からの除外を決めたのだろう。販売中止となったJ&Jの商品を検索すると中東で販売されている「Fine Fairness」やインドの「Clear Fairness」などだ。また、ロレアルが商品説明などで使わないとした言葉は「whitening」「lightening」「fair」だ。言葉はある意味で生き物だ。いったんマイナスイメージが付加されると、言葉そのものが死語と化することもある。学生たちが「美肌」や「美白」を使わない方がよいと交わしていた会話からもそうした現象がうかがえる。
言葉の死語化にとどめを刺すのはメディアや出版社かもしれない。たとえば、オックスフォード大学出版局の『オックスフォード英語辞典』が今後の再版で、「Fine Fairness」「whitening」「lightening」「fair」などを差別用語として注釈を入れる可能性もあるのではないだろう。あるいは、共同通信社が出版している新聞用字用語集『記者ハンドブック』や岩波書店の『広辞苑』で「美肌」「美白」を差別用語、あるいは不快用語としたら、新聞やテレビ、教科書で使われなくなることにもなる。
言葉は多様な意味を持つ。「美肌」は白色だけでなく、健康でつやつやとした肌という意味もあるだろう。歯は「美白」が健康的で清潔なイメージだ。一つの意味や解釈で言葉を死語にしてほしくないと願う。で、「面白い」という言葉もやり玉に上がるかもしれない?
(※写真は、白人警官による黒人の暴行死事件を解説する6月11日付・ウオールストリートジャーナルWeb版)
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