みぃちゃんの頭の中はおもちゃ箱

略してみちゃばこ。泣いたり笑ったり

オレンジ色の列、初夏の日に

2010年05月26日 15時19分16秒 | 気ままにお出かけ
D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=8.0, SS=1/320s), 0.0EV (Matrix metering), ISO200, WB=Sunny (+0), f=34mm (35mm-equivalent: 51mm)

オレンジ色のバリケードの列。夏を主張し始めた日差しの下、ガードレールを両側から挟んで並ぶ。

今日の野外学習 (マルバシャリンバイ)

2010年05月25日 23時18分31秒 | 草木をめでる
D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=8.0, SS=1/640s), -0.3EV (Matrix metering), ISO200, WB=Sunny (+0), f=70mm (35mm-equivalent: 105mm)

ほんのり甘い香りに誘われて、歩道のわきへ。こんもりと枝を広げた木が、小さな花をたくさん咲かせていました。枝は直径2mくらいに広がり、アスファルトで固められた歩道にちょっとした“山”を作っています。

甘い香りはとことん楽しむ! 足を止めて、しばし寄り道タイム。

甘い香りですが、かっちりとスーツで身を固めたような鋭さもあります。積極的に香りをかごうとすると、その鋭さばかりが鼻に突き刺さり、香りを楽しめません。

木から一歩下がります。香りから注意をそらして空気に身を任せ、香りの塊にふわりと包まれるのを待ちます。感覚の切り替えにコツがいりますが、これが一番の楽しみ方。

flower105F.jpg: マルバシャリンバイの花
D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=8.0, SS=1/800s), -0.3EV (Matrix metering), ISO200, WB=Sunny (+0), f=70mm (35mm-equivalent: 105mm), Brightness and contrast increased

中には黄色に染まった花もありました。どうやら、咲いた当初は白く、時間とともに次第に黄色くなるようです。

家に帰ってからネットで調べて、マルバシャリンバイと判断。

気分はタマネギ!

2010年05月24日 23時11分22秒 | 日常のあれこれ
気分はタマネギ!

なんとなくタマネギ。

情報紙の広告にあったタマネギの写真を切り抜いて手帳に貼りました。

なんだか《タマネギ》って気分だったから。

パリパリの薄い皮をまとったタマネギ。

緑の芽を伸ばしたタマネギ。

ころころ丸いタマネギ。

タマネギは、むいても、むいても、タマネギ。

どこまでいってもタマネギ。

だって、タマネギだから。

そんなタマネギが愛くるしくて、いとおしくって。

うちにもタマネギがいるよ。

どうしてそこにいるの?

そこで何してるの?

ふーっと息を吹きかけてやりたい。

指先でつんつん突っついてやりたい。

手のひらで ころころ転がしてやりたい。

だって、タマネギだから。

伸びやかに生きる

2010年05月23日 23時22分19秒 | 気ままにお出かけ
燦々会 (さんさんかい) の作品展を見てきました。工芸作家の作品展です。

見入ったのは「連理」。原共子 (くわはら ともこ) 氏制作の人形です。

女性ふたりが円を描くように連なった人形が2組。女性はいずれも紫がかった赤茶色の服を身にまとっています。V字形に開いた胸元には金色のアクセサリー。肌は、やや白っぽい素焼きのような色。繭 (まゆ) のような形の顔に表情は描かれていません。

奥の1組の女性像のうち、左側の女性は両腕を耳の横に揃えて伸ばし、胸を反らせて上に伸び上がっています。右側の女性は背泳ぎの飛び込みのように体を反らせ、左側の女性の背後へと伸びやかな曲線を描きます。ふたりの下半身は板のようにデフォルメされ、互いに共有しています。

手前の1組の女性像は、ふたりで円を形作っています。右上半分の女性は、奥の女性と同様に体を反らせています。左下半分の女性は、空間を下から包み込むように上に伸び上がり、右上の女性と手をつないでいます。こちらの女性像も下半身を共有しています。

とても伸びやかで生き生きとした女性像です。解放感と喜びにあふれています。生きていることを楽しまなきゃね。

イチゴのアタッシェ

2010年05月22日 21時28分53秒 | 性同一性障害 (GID)
見つけてしまいました。

先日、妹が実家を訪ねて、実家に残していた物を整理しました。整理した後に「捨てていい」と積んでいったゴミの山の中に、ちらりとイチゴの模様が見えました。

まさか。

取り出してみると、イチゴ模様のアタッシェケースでした。

bag002.jpg: イチゴ模様のアタッシェケース

真っ白だった表面もすっかり黄ばんでしまっていますが、間違いなく、あのアタッシェです。

私が小さい頃に大のお気に入りだったアタッシェです。

緑屋根のマンションの一室で愛用していた記憶があります。あのマンションに住んでいたのは、私が3歳から4歳の頃でした。たぶん、4歳の私が使っていたのでしょう。

買ってもらったのか、いとこのお姉ちゃんからもらったのか、どのようにして手に入れたかは分かりません。

中にはろくな物を入れていなかったはずですが、私にとっては大切なアタッシェでした。

表にある黒い汚れはマジックの跡。このアタッシェを画板代わりにしてお絵かきをしていたとき、マジックが紙の裏まで染みて、アタッシェが汚れてしまった跡でした。

それでも、大好きな大好きなイチゴ模様のアタッシェでした。

bag003.jpg: イチゴ模様のアタッシェケース

ある日のこと。

「こんなかわいいバッグはいらないよね? 女の子みたいだし」

うちの親はそう言って、私からイチゴのアタッシェを取り上げました。私は嫌がりましたが、親は強引に取り上げて、「はい」と妹に渡しました。

悲しい出来事でした。

それ以来、イチゴのアタッシェとは生き別れになりました。

そのアタッシェが、突如私の目の前に現れました。

ゴミの山の中から。

ぽろりと涙がこぼれ、畳を濡らしました。

「まだあったんだ」という思い。
思いつくまま、素直に自由にお絵かきや工作を楽しんでいたあの頃。
私が作った物を見ては、紙とセロテープの無駄使いだと罵倒 (ばとう) する以外に能がなかった両親。
アタッシェとの別れ。粗いノコギリで腕を切り落とされるような心の痛み。
私の思い出とともにアタッシェを使い捨てた妹。

私の悲しみは、誰も分かってくれませんでした。誰も分かろうとしませんでした。

いろいろな思いが交錯しました。

夜、母をつかまえて、イチゴ模様のアタッシェをゴミの山から見つけたと切り出しました。そして、そのアタッシェがもともと私の大のお気に入りだったことを付け加えました。
「あれは、あんたのだったの? 遊んでる途中でS子 (妹) の物に紛れちゃったわけ?」
母は、私からアタッシェを取り上げて妹に与えたことを完全に忘れていました。
「私から取り上げて、『はい』ってS子にやったんだよ」
「……ごめんね」
母はそれだけ言うと、面倒くさそうにテレビに目を戻しました。

いろいろな感情が去来して、言葉になりません。ただ涙が流れるだけでした。

母は、相変わらずテレビに目を向けています。

「今まで長いこと大事に使ってくれてたじゃない」
私の持ち物を没収して妹に与え、その妹が長い間使えば私も幸せだと言うわけ?

「嫌なこと思い出させちゃって、ごめんね」
思い出させたことが悪いの? 思い出させなければいいわけ?

母は、私の悲しみを分かろうとはしませんでした。

小さい頃に心に傷を負い、大人になって傷が広がりました。しかし一方で、私も無意識のうちに誰かを傷つけたことがあるでしょう。

私は、傷つかなければ生きていけない。同時に、誰かを傷つけなければ生きていけない。

生きるという行為は……残酷なものです。