<2015.07.15>
母の33回忌法要のために故郷に帰ってきました。
84歳の長兄から66歳の末妹まで、5人の兄弟姉妹はお陰様で元気に暮らしており、健康な身体に産んでくれたことに感謝の気持ちで一杯ですね。
33回忌ともなると、母の元気だったころの顔は多くは思い出せませんが、思い出す顔と言ったら、母の笑っている顔の場面ばかりですね。
不思議と怒っているときの顔は、なかなか出てきません。
何時まで経っても、母には何か理想の姿を追い続けているのかもしれません。
特に昭和の真っ只中で生き抜いてきた母は、どこのお母さんも同じでしょうけど、苦労がつきもののようでしたね。
殆ど農業を知らずに嫁いできたそうですが、食べるためには寺の奥さんの傍ら田んぼや畑の耕作にも精を出す必要があったようで、初老より腰が曲がり色白の手も皴がたくさんでしたね。
特に母は民謡を聞くのが大好きだったようで、ラジオから流れてくる民謡を聞きながら、
「ああ、極楽・極楽」と呟いていたのを思い出しますが、忙しいさなかの「ホッ」と心身を癒すひと時だったのではと・・・。
母の生き様は、ずーと背中で見せていたようですが、特に何度も聞いた言葉は、「人の悪口は言うな、天に唾を吐くと一緒で最後は自分に降りかかって来るぞ」でした。
自分が嫁いできて近所付き合いする中で、学習したことの大きなポイントだったんだと思いますね。
私は、76年間生きてきましたが、母のこの言葉が時おり顔を出してきては、私を戒めてくれています。
母の33回忌にあたり、少し想い出を綴って見ました。
<母が生涯を送った寺>
<境内>
<境内にある石清水・・・・年中湧き出ている>