日々随想

日常の生活環境で活動したことや、感じたことを日記風に書いてみましょう

お彼岸のお寺まいり

2010-03-21 22:23:38 | Weblog
<2010.3.21>

今年の春のお彼岸は、お寺まいりに行った。

家内の家が壇信徒となっている長崎でも大きな規模のお寺である。

家内の両親の供養などの時は、参詣したことがあるが、お彼岸時にお参りしたことはなかった。
ところが今回は、私の郷里大分の従弟(僧侶)が、お彼岸供養時の説教老師として寺より招へいされていることを知り、先祖の供養と従弟の「お説教」を聴くために参詣したわけである。

実は前にも書いたが、私も寺の三男坊で子どもの頃は、春の寺のお勤まり時の「お説教」は良く聴いたものである。
どこかのお寺の偉い和尚さんがみえて、本堂の中央に備えられた高座にころも姿で座り約1時間ぐらいだったと思うが、御仏の教えを参詣の老若男女の方々に、ユーモアを交えながら飽かせないように話をしていた。
(当時は娯楽もないので子どもたちも結構来ていたようである)

長崎に住んで50年以上経ち、「お説教」を聴くということなど全く忘れていたが、今回偶然にも従弟が家内の家と関係の深いお寺の高座に座って・・・・と、「法話」を聴きながら仏の縁を感じたひとときであった。
合掌


 <春のお彼岸・・・・「お説教」を聴く>

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きのう日記(その後)

2010-03-17 23:20:09 | Weblog
<2010.3.17> 

あるテレビ番組に出た人の話を参考にして、1月中旬から「きのう日記」をつけはじめた。
このことは1月のblogにも記載したが、その後の感想などを書いてみたい。

約2カ月経ったが今のところ付けることはほぼ毎日続いている。
内容は文書ではなく、朝・昼・夜の食事が何であったか、そして午前・午後・夜に主に何をしたかをパソコンのEXCEL表に箇条書き的に記録している程度である。

このような簡単なことであるので、書くのはあまり苦にならないが、思い出すのがかなり苦痛なのである。
「うーん昨日の朝飯は何をたべたかな?、昨日の昼はなんだったかなあ・・・・」である。
結局しばらく考えて思い出せない時は、その欄は朱色で塗りつぶすと云うはめになる。

2カ月を日記から振り返ってみると、前の日の朝食・昼食の忘れが目立っている。
意外と昨夜の夕食後何をしたか(テレビを観るのは記録から省いている)を忘れている。
一方孫たちが来て一緒に食事をしたりしたのは、しっかり覚えている。

このように見てくると、やはり何か変化があると記憶がしっかりしているが、あまり変化なく暮らしていると刺激がなく記憶も遠ざかっていくようである。

そもそも始めた目的が、この「うーん なんだったかな・・・・」と思いを巡らせることで、脳の退化が少しでも遅れればと云うことであったので、思い出せなくてその欄が、ブランク(朱色となる)でも満足しなければならないところであるが・・・。


    <きのう日記・・・・ブランクがかなりある>

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太古へ想いをめぐらせて

2010-03-11 23:26:17 | Weblog
<2010.3.11>

私は火山の爆発や溶岩の流れをテレビ画面などで見るのが好きである。

どうして火山はあんなに勢いよく噴煙・火柱を上げるのか、またどろどろに溶けた溶岩がゆったりと流れているが、地球の中にどのように存在しているのか、不思議でならない。

もう10数年前になるが、遠くに見える雲仙の山が噴煙を上げ出した時はびっくりするとともに感動を覚えた。 (火砕流で犠牲になった方々のご冥福をお祈りします)

しばらくすると「溶岩ドーム」が出てきて、「にょき・にょき」と大きくなって行ったが、なぜあんなに固い岩が引力に抗して上がってくるのか、不思議さとともに地球自然の威力に頭が下がったものである。

実はこの「溶岩ドーム」の出来る過程を見るまでは、山や渓谷にある柱状の大きな岩がなぜ存在しているのか、その生い立ちは何なのか不思議でならなかったが、多分大昔に火山の爆発で出てきた溶岩ドームの姿であろうと今は勝手に納得しているところである。

今日近くの丘の下の散歩道を歩いていて、上下に積んだ岩と岩の間に土が堆積しているのを見つけたが、これもまた不思議な風景だなあと、下の岩はどこかの火山の爆発で飛んできたものであろうし、それから何千年・何万年の間に土が堆積し、そしてまた噴火で岩が飛んで来たのでは・・・・、本当はどうなのだろうか・・・・・。

太古のロマンに想いをめぐらせての散歩道であった。


<何処からいつ飛んで来た溶岩?・・・・想いは太古にめぐる>


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詰将棋の本を読み始めた

2010-03-05 19:31:06 | Weblog
<2010.3.5>

先週近くの本屋で「詰将棋」の本を買って読み始めた。

私は負けず嫌いの性格であるのであまり勝負事はしない。
将棋もそうであるが、子どもの時には良く兄貴と勝負をして、負けては泣きべそをかきながら、悔しがって駒を将棋盤に投げつけていたことなどが思い出される。

そう云ったことからも、将棋は自分はほとんど指さなかったが、以前会社の昼休みなどで他人が勝負しているのを良く見ては、まわりでガヤガヤ冷やかしていた。
不思議なもので、他人同士が戦っている中味はアラが良く見えるものである。

先日定期的に通院している病院の待ち時間で週刊誌をめくっていたら、詰将棋のコーナーが掲載されていた。
なかなか解けなかった、「ああでもない・こうでもだめか・・・・」など、試行錯誤を繰り返してみたが、結局解けず回答を見るはめになった。

回答を見ないと解けなかったことに少しがっかりしたが、かれこれ20分くらい費やし退屈しのぎにはなった。
この20分集中できたことに自分なりに満足できたと共に、「待てよ ひょっとすると この詰将棋は頭の体操(認知症防止)の一つになるのでは・・・」と思うきっかけとなったわけである。

と云うことで本屋に足を運んだしだいである。

「きのう日記」で昨日の食事を思い出したり、今度は「詰将棋」にチャレンジしたりetcと、テレビ番組に負けずに、脳活性化を意識している71歳のこの頃である。

    <かもめの群れ・・・・雲仙を背景に船上にて>


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