GOKIGENRADIO

バーボングラス片手のロックな毎日

谷口ジローさんの傑作 神々の山嶺

2017-02-12 05:27:59 | BOOK/COMICS
谷口ジローさんがお亡くなりになられた。
前回、孤独のグルメのことについて書いたが、本当は違う漫画のことについて書きたかったのだ。

谷口ジローさんの訃報ニュースには、必ずと言っていいほど「孤独のグルメ」とセットのように書かれてるが、これにはちょっと不満があるの。彼の漫画の傑作は孤独のグルメだけではない。もう一つある。
「神々の山嶺(いただき)」だ。

俺が谷口ジローさんを知ったのは、この神々の山嶺という漫画。
夢枕漠さんの原作を漫画化したこの漫画は、エベレストに魅された男と、それを追いかけるカメラマンの話。

この漫画を専門学校時代によく行った喫茶店で紹介された。
この店は専門学校から5分くらいの町中にある喫茶店だが、漫画が壁一面に豊富に置いてあって、コーヒー一杯でゆっくり読ましてくれるから、昼飯やサボリ時・学校帰りにもよく通ってた。今でこそ漫画喫茶とかネットカフェみたいなのがあるが、当時はこういった漫画が豊富に置いてある喫茶店は重宝したのよ。

卒業後は疎遠になっていたのだが、あるときプロデュースを依頼された美容室が、この店及び専門学校の近くだったので久しぶりに寄ってみたの。
喫茶店は改装してたがまだ健在だった。もう何年も経ってたから覚えてないだろうなと思いつつ入ると、「あら?久しぶり」と声をかけられた。
記憶を必死に手繰り寄せて思い出すと、当時はまだ学生だった娘さんだ。親を手伝ってて今は二代目として切り盛りしてるみたい。

「いやぁ懐かしい」「今は何してるの?」「へぇ、頑張ってるんだ」などと喋りかけてきてくれるが、ごめん。こっちはほとんど覚えてないのだ。っていうより何でそんなに覚えていてくれるのだ?そんな覚えてもらえるようなキャラだったのか?俺。
コーヒー一杯で大量の漫画を昼間っから読み漁って粘ってたからか?いや、店の客はほとんどそんな人ばっかりだったはずだ。
当時の俺の服装は今と変わらず黒だったが、ニューウェーブやパンクファッションだったはず。金髪で前髪だけ赤色に染めて全部立ててたからか?当時では珍しく男のくせにピアスしてたからか?
今、あらためて思い出して書いてて思うが、若気の至りだな・・・。

そんな俺に二代目店主が「面白いよ、是非読んで」と教えてくれたのがこの漫画。神々の山嶺。

俺は登山どころかスキーもスノボもしない。寒いところが嫌いなせいもあるが、第一にあの格好が似合わないのだ。
その日の俺の格好は思い出せないが、多分雪山や登山には全くふさわしくない服装だっただろう。なぜこの本を勧められたのかは未だに疑問。

しかし、この漫画を読んでみて、一気にストーリーに入り込んだ。
圧倒的な画力で描かれる物語に引き込まれた。

主人公は深町という名の山岳カメラマン。
1993年エベレスト登頂隊に同行するも二人の滑落死者を出しアタックは失敗に終わる。帰国せずにあてもなくネパール・カトマンズの街を歩いてて、古物屋の店先で年代物のカメラを目にする。
「もしやこれはジョージ・マロリーの遺品?」
1920年代に世界初のエベレスト初登頂を目指したマロリーは、頂上付近で行方不明になり、その後何年も遺体も見つからなかった。マロリーはエベレストの世界初登頂を成功してたのかどうか、ずっと論議されていた。
そのマロリーのカメラだとすると、その真偽がここに映し出されてるかもしれない。早速購入したカメラだが、盗まれてしまう。

盗まれたカメラを追っているうちにビカール・サン(毒蛇)と呼ばれる男と出会う。かつて数々の登攀記録を持ち、1984年のヒマラヤ遠征でトラブルを起こし姿を消したクライマー羽生丈二だ。
帰国後に羽生のことを調べる深町。羽生はエベレスト最難関ルートの南西壁冬季単独登攀を目論み、その最中にこのカメラを発見したと推測する。そして彼がまた南西壁冬季単独登攀を狙っていることを知り、カメラの謎と羽生を追いまたもやエベレストを目指す。

ネタバレになるからこの辺でやめておくが、これらを谷口ジローさんは丁寧に、かつ迫力満点に描く。
雪山って漫画にするの大変だと思うのよ。
だって一面、まっ白でしょ。岩肌と空以外は白の世界よ。木や草だって標高が上がればどんどん少なくなってくる。視界を遮る吹雪や身動き取れないブリザード。雪崩やクレパスの脅威。抜けるような青空から一転してすべてを飲み込みそうな灰色の空。吐く息さえ凍るマイナスの世界。来るものを拒む壁。
それを描く。

登山どころかトレッキングもハイキングも御免被るこの俺が、「山っていいかも」とさえ思った。同時に「俺には無理だ」とも思ったがね。
一気に全巻読み終えた。

「エヴェレスト 神々の山嶺」が、2016年に映画公開されると発表された時に「あれ?この話なんで知ってるんだろう」って思った。そのあとすぐに谷口ジローさんの絵を思い出し、「あれを実写化できるのか?」と思った。一度しか読んでないのにそれくらいインパクト強かったのだ。

だから、映画は見なかったのだが、最近「岳」という石塚真一さんの漫画を読んで、また「山も面白いかも」なんて思ってしまったの。
石塚真一さんの「BLUE GIANT]という、JAZZサックスプレイヤーの漫画を読んで気に入って、過去の漫画を読んだんだけどね。アウトドアやキャンプは以外と好きなんだが、雪山登山なんか絶対今後もすることはないだろうけどさ。山の脅威とそれに登る人たちの情熱は感化させられた。こちらも雪に覆われた白の世界もきっちり描いてる。



で、「エヴェレスト 神々の山嶺」のDVDを借りて観た。
主人公のカメラマン(深町)を岡田准一、エベレストに魅された男(羽生)を阿部寛が演じてて、ありゃまぁすごい迫力。
これはこれですごいなぁ。谷口ジローさんの漫画の世界とはちょっと違うが、映像は圧倒的だ。
特にラストがすごい。漫画を読んでない人は是非映画を見てくれ。



石塚真一さんの「岳」も小栗旬主演で映画化されてるが、これはちょっと・・・だな。悪くないんだけど、これならスタローン主演の「クリフハンガー」の方が面白いかも。っていうか登山など縁がないくせに山映画観てるなぁ。



話は逸れてしまったが、谷口ジローさんの傑作は、孤独のグルメだけじゃないのだ。
この神々の山嶺、今は文庫版か電子書籍のKindleでしか読めないが、是非読んでみてほしい。

谷口ジローさん。ご冥福をお祈りします。

谷口ジローさん死去 孤独のグルメ

2017-02-12 02:44:26 | BOOK/COMICS
谷口ジローさんがお亡くなりになられた。
享年69歳。今の時代なら早逝のほうだろう。

ネットニュースを見ると谷口ジローさんの紹介文やヘッドラインに「孤独のグルメ」と書かれてるのが多い。
確かにこの漫画は有名で代表作のようにあげられるけどさ。だけど、これは実写ドラマ化された後の話だ。ドラマが始まるまでは知る人ぞ知る漫画だった。実際1997年に発行された単行本は初版3刷で絶盤になっているしね。(2000年に文庫本版が発売された)


いろいろな食べ歩きの漫画はいっぱいあるが、この孤独のグルメは異色だ。

この漫画は毎回、主人公・井之頭五郎がひたすら「今日の俺は何を食べたいんだ」と、お店と食べたいものを探すとこから始まる。
主人公は酒が飲めない設定。だから基本的にご飯とおかずを食べられる店を探す。
輸入雑貨商だから東京だけでなく、関東近郊や各地へ行った時もそこで探す。

古びた定食屋から、中華料理店、純喫茶、グリル・・・。居酒屋でもおかずをつまみながらご飯を食べる。
他のグルメ漫画のように薀蓄をひけらかさない、言わない。
食材も有機野菜がどうだとか、化学調味料はダメだとか、出汁の取り方がどうだとか、環境問題がどうだとか言わない。
レシピや作り方を解説したりもしないし、地方の名物や名産、店の紹介をすることもない。(原作漫画では店名など一切出てなかったが、実写ドラマでは実際に営業してるお店を使って撮影したからか、お店の紹介もしている。そのお店はドラマファンが聖地巡礼のように訪れ、流行ってるらしい)

主人公はただひたすら、俺は今何を食いたいのか、この店にするか、何を頼もうか、どうやって食べるか、ソースをかけるか醤油をかけるか、しまったあれもうまそうだな、追加で頼もうか、腹はまだ大丈夫か、うーんうまい。ちょっと頼みすぎちゃったかな、おなかいっぱいだ、この店は当たり(ハズレの回もある)だったな。
頭の中でいろいろ考えながら、ひたすらバクバクパクパク食べる。

この漫画はグルメ漫画ではなく、食生活ドキュメント漫画だ。
この主人公の店選び、食いっぷり、頭の中であれこれ考え自問自答してる姿、それらを谷口ジローさんは見事に描いている。
見開きも交換音もなく、淡々と。

これはすごいことだ。
普通なら料理やメインをバーンと描きたいとこだし、美味しさに感動する姿も大げさに描くもの。
その方が読者にわかりやすいし、「食べてみてぇ〜なぁ」とか「美味しそうだなぁ」と思わせやすい。
谷口ジローさんは、あえて淡々と描くことで主人公の心情を浮き彫りにしている。

漫画原作を実写ドラマにしたものにはブーイングなものが多いが、この孤独のグルメ、松重豊さん主演の実写化ドラマは原作と同等だ。
多分このドラマが始まるまで、この原作本を読んだことがない人は多かっただろう。その人たちからしたら、「松重さん美味しそうに食うなぁ」とか、「この心境わかるわぁ」と思っただろう。
読んだことある人は「原作のテイストそのままで良いぞ」と思っただろう。

松重さんの演技も素晴らしいし、ナレーション(松重本人)もカメラワークもいい。
しかしそれもすべて原作、それも漫画があってこそだ。言うなれば谷口さんの漫画が絵コンテみたいなものだ。

それに久住昌之さんの原作だけでは、あの実写ドラマのクオリティにはならんかっただろう。
「花のズボラ飯」という主婦版・孤独のグルメや、以前このブログでも紹介したことのある、ハードボイルド風ギャグ・孤独のグルメ「食の軍師」(泉昌之名義)なども、孤独のグルメ越えはできていない。


久住さんの原作を活かせるのは、谷口ジローさんの絵があってこそなのだ。(久住さんには申し訳ないが本当にそう思う)

実写ドラマが人気出て、第5シーズンまで作られ、博多編、宮城編、正月SPなども作られた。
ドラマの好調に合わせて、廃刊になった単行本も2008年には復活版が出たし、文庫本版も売れた。そして続編になる単行本2も2015年に発売された。
この続編も、もちろん谷口ジローさんの漫画だ。

しかしこれが、残念ながら最後だ。
もう主人公・井之頭五郎が何を食うか悩む姿も、パクパク食べる姿も、満腹で満足してる姿も見れない。
違う漫画家が今後描くこともあるだろうが、それは見たくないかな。あのテイスト、あのクオリティでは描けないだろうからさ。田中圭一さんなら描けるかもしれないけどね。(田中圭一さんは手塚治虫さんをはじめいろんな漫画家の絵柄・テイストそのままハイクォリティで描ける人)
ドラマなら松重豊さんがご健在の限りは観れるから、そちらだけでいいや。