『ビッグ・フィッシュ』(Big Fish)は、ティム・バートン監督による2003年のアメリカ映画である。
不倫していたのではと父を疑っていた息子が、死にいく父をふたたび信頼するという物語だ。
父親が浮気をして離婚となると、子どもは非常に傷つく。NPOで私の担当の子どもにも、そういう子がいる。今年20歳になったが、まだ傷ついている。自分が父の浮気に気づいて、母親に告げ口をしたから離婚になったと思い込んでいる。自分を責めるだけでなく、セックスをとても不潔でいやらしいものように思うようになっている。
この映画の場合は、父と母は離婚していないので、息子が傷つくまではいっていないと思う。
映画での父は、息子と母を家に残して、町から町へと旅するセールスマンであった。子どものときの息子は、帰ってきた父の冒険談をワクワクしながら聞いていた。大人になった息子は、父の冒険談はみんなウソだと思うようになる。そればかりか、父は浮気をしていて家に帰ってこなかったのではと疑い出す。
映画は、父が死にかけているとの母からの連絡で、両親のもとに戻り、父の最後に立ち合い、埋葬するまでの息子を追う。
そのあいだに、とてつもなく大きい巨人とかシャム双生児の娘とか大学時代や朝鮮戦争やサーカスでの活躍とか、父のいろいろな冒険談の思い出がつぎつぎと挟まれる。その中で、一番だいじなのは、森の奥に秘密の町を発見する話だ。
森の中の大きな人食いクモから逃げると、突然、目の前が開ける。明るい陽の光のもとに町が開ける。町の入り口には、たくさんの靴がぶら下げてある。
町の名はスペクター(Spectre)という。
町のみんなは、父を歓迎して、お祭りをしてくれる。町長の幼い娘は、父に町に残ってくれるよう、靴を取り上げる。町のみんなは裸足なのだ。
YouTubeには、靴のぶら下がった町スペクターの撮影現場の跡の動画が多数投稿されている。それほど印象深いシーンなのだ。
これは、思いもかけないところで、隠れたコミュニティを偶然発見したときの喜びなのだ。私も町を放浪する趣味がある。昨年、思いもかけないところに、小さいがにぎやかな商店街を見つけた。人びとがつどっていた。もう一度訪れようと思うが、道順が思い出されない。
映画では、結局、父は町スペクターから裸足で逃げ出した。
父の冒険談には、大きくなった町長の娘と偶然再会するという、続きがある。自動車でセールスの旅に出たとき、ひどい雨にあい、気づいたら、車ごとの湖の底だった。雨があがったら、すぐそばに大人になった娘の家を発見する。
ここで父の冒険談が終わるので、息子が父の不倫を疑ったのである。両親のもとに戻った息子は、父の所有物を整理しているとき、偶然古い証書を見つけ、そこに名前の記された女性ジェニファーに会いに行く。荒れ果てた家に1人で住むジェニファーから父の冒険談の続きを聞いた。父は、大恐慌で荒れ果てた町、スペクターを再建しようとがんばる。証書はそのときのものである。
この話をジェニファーから聞いたことを転機に、息子は父を信頼する。そして、病院から逃げ出した父が、巨大ナマズに変身し湖を泳ぐ作り話を、息子は死にいく父に聞かす。
墓に埋葬する日に集まった父の友人たちが、父の冒険談にでてきた人たちにそっくりなのに、息子がこころよい幸福感を感じるところで映画は終わる。父は大げさだったが、嘘つきではなかった。家族をだましていない。
アメリカの美しい田園風景がふんだんに見られる懐かしい映画である。