(Kurt Gödel)
ギフテッド・チルドレンの4番目は、研究をしたいと悩んで夜よく眠れない工業高校3年の男の子である。2月に、ブログで、低気圧が近づくと急に体の調子が悪くなって、NPOの放デイ教室にやってこれなくなると紹介した子である。(ブログ『私の愛すべき子がアインシュタインの天才に歓喜する』)
彼は、自称「宇宙人」あるいは「バルカン星人」である。アメリカン・ヒーロが好きなところは普通だが、ほかの子と違った感覚をもっている。
横浜市では、毎年、中学の夏休みの宿題に税務署への応募作品がある。要領のよい子は、税務署のホームページから、税の意義とか今後の目標とかをコピーしてきて、その文章を少し変えて学校に提出する。ところが、その子は真面目に税を考えて、消費税の値上げが生活に及ぼす負の影響を考える。消費税があがると出費がかさむようになり、結婚できなくなるんじゃないか、結婚しても子どもを持てないでないか、という心配を作文にする。
彼は自分の考えや意見を隠さない。
彼には、父親がいない。私が放デイで担当したのは中3からだが、中学に入る前からいない。放デイ教室の近くの市営アパートに母と姉の3人で生活している。
母親は、その男の子をLDだと思っている。読字障害があると思っている。私が担当した感じではそうは思えない。
彼は、勉強するとはどういうことか悩む。勉強とは考えるものか、記憶するものか、覚えるものか、と自問する。この子は「覚える」ことが嫌いである。不得意であるから嫌いなのかもしれない。私も「覚える」ことが嫌いである。
母親は、理系が彼に向いているのではと思い、工作キットとか科学雑誌とかを買い与え、工業高校に進めば、好きな科目だけを勉強すれば良くなると言い聞かせた。
私は、中3から、彼に、数学と科学、とくに電気、原子分子、量子論、統計物理、生物物理、相対論の話しをしてきた。どうも、私の科学の話しより、数学の話しが面白いらしく、数学は基本がわかれば覚えることがいらない、考えれば問題が解けてしまう、と言い出すようになった。
工業高校でロボット部にはいった。すごく期待してはいった。
ところが、高校のロボット部はみんなで物を組み立ててロボコンに出ることが目標になっている。じっくりAIを研究しようと思っていた彼は、ほかの子と意見が合わない。
それだけではない。彼は奨学金をもらって大学に行き、もっと研究したいと思うようになった。ところが、ほかの子は少しでも給料の高い会社に就職をしたいから大学に進学すると知って、彼は孤独を感じるようになった。自分はロボットに夢をもっている。ほかの子は夢を追っておらず、安定した生活を追い求めている。
私が心配していた事態が生じた。大学に入っても同じ状況が待っている。
私も数学と物理が好きで大学にはいった。私は、ほかの学生がどう考えているか、気づかず、同じ志をもつ学生が私の周りに集まって、ますます数学と物理にのめり込んた。そして、ポストドクターとしてカナダに渡り、そこの学生、大学院生と接し、彼らが就職のために勉強していることを知って、びっくりした。私は、日本ではみんな自分と同じ思いだと思ってたから、つたない英語ということを忘れて、そんなことではカナダで学問が育たないと彼らに説教した。
彼が私と違って悩むのは、母親の生活の苦労を知っているからだ。自分のわがままから大学に行くことを知っている。
人間が何を人生の目標とするかは自由である。彼が間違っているのでも、ほかの子が間違っているのでもない。多様な価値観が共存していることで、社会生活の平和が保たれるのだ。同調する人ばかりになれば、社会に競争が生じ、敗者、勝者が生じ、抑圧的な社会がやって来る。自分の価値観は偶然が育んだものであり、他人を傷つけないかぎり、貫けば良いと思う。そう言って彼を励ましたいのだが、彼は体の調子がまた悪くなって、この2週間、会うことができていないのが残念だ。