この11月9日に、政府自民党は精神保健福祉法の改正案を国会に提出した。その問題点は、精神科病院に患者を本人の意思に反して強制入院させる「医療保護入院」「措置入院」が、削除されていないことである。そればかりか、これまで本人の意思に反して家族の同意によって行われていた「医療保護入院」が、改正案では、家族が意思表示しない場合でも市町村長の同意で入院を可能とするものである。
本人や家族が入院を求めていないのに、誰が入院を求めるのだろうか。本人は犯罪者でない。「保護」という名目での社会からの隔離してよいのだろうか。それに、市長村長が患者の入院か通院かを判断できるはずがない。
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3カ月前に、2014年に批准した「障害者権利条約」に基づき、日本政府がどのような取り組みをしてきたか、国連障害者権利委員会が審査した。そして、9月9日に出された報告書で、改善を勧告された1つが、「強制入院」の裏付ける法律の廃止であった。
東京新聞は10月28日の社説でつぎのように指摘している。
<改正案を作成した厚生労働省は当初、有識者検討会で「医療保護入院の将来的な全廃を視野に」と説明していたが、病院団体の反対で「信頼できる入院医療の実現」へと方向転換した。>
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私の子ども時代、私の住む田舎町で、もっとも裕福なのは、精神病院を経営する一族であった。子どもをしかるとき、親は、その病院に入院させると脅したものである。
昔、これは全世界で共通する問題であった。精神疾患者を強制的に社会から隔離し、精神科の劣悪な病棟に閉じこめた。患者の人権が無視されていたのである。
1960年代にはいると、アメリカでは、劣悪な環境に閉じ込められた精神疾患者を解放せよという社会運動が起き、精神疾患に効く薬の開発とあいまって、入院ではなく、通院があたりまえになった。患者の意思が尊重されるようになった。
ところが、日本では、1964年のライシャワー事件以降、精神疾患者に対する精神科病院への隔離収容の強化に傾いた。「ライシャワー事件」とは、その年の3月24日、米国駐日大使ライシャワーが、精神科治療歴のある19歳の若者に右大腿部を刺され重傷を負った件である。
私のいた理学部物理学科は、病院と面しており、1968年、毎日通学するとき、「閉鎖精神病棟粉砕」の立て看板を目にした。閉鎖病棟の中で、患者の虐待、生体実験が、「精神医療」の名のもとで行われていたのである。
精神疾患者を入院から通院に変えようと運動していた医局員、学生を医学部が処分したことに対する抗議が、東大闘争の発端である。私は東大闘争で日本が変わっていくものかと思っていた。
ところが、そうではなかった。
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1984年に宇都宮病院事件が起きる。
前年に、報徳会宇都宮病院の虐待を面会者に伝えたとして、入院患者が職員にリンチされ、死亡した。翌年、新聞にスクープされ、院長と4人の職員が殺人、暴行、詐欺の容疑で逮捕された。それだけでなく、宇都宮病院の死亡患者の脳が、普段から、東大医学部の武村信義医師に送られ、脳研究に使用されていたことが、発覚した。
これを転機に閉鎖病棟廃止の動きが日本でも再燃した。
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しかし、形式的な改善にとどまっていて、精神疾患者を社会から隔離するという実体は変わっていない。
いま、入院患者のほとんどは、本人の意思に基づかかない「医療保護入院」である。
きのう11月17日の朝日新聞によれば、「医療保護入院は2001年度は11万930件だったが、21年度時点も13万940件と高止まりしている」。
また、9月30日のNHKの時事公論で、解説員が「精神科病院の入院患者数は、厚労省の調査によると2020年はおよそ29万人。平均入院日数は277日とOECDのなかでも突出しており、特異な状況」と言っている。補うと、OECD Health Statistics 2020によれば、人口1,000 人当たり精神病床数は、日本がOECDのトップであり、2番目のベルギーの約2倍、9番目のフランスの3倍である。イタリアでは、精神疾患者を病院に閉じこめることが禁止されている。
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患者が密室に閉じこめられれば、虐待が起きてしまう。入院か通院かは本人の意思にもとづくという慣習を日本に確立しないといけない。現在の法でも、病院は、入院患者が外と連絡できる手段を用意しないといけないのに、数年前の朝日新聞に、精神病院の半分で病棟に公衆電話が置かれていなかったという報道があった。
NHK時事公論の解説員が「私はネット中継で(国連の)審査を見ていたのですが、質問と回答がかみ合わない場面が多く見られました。象徴的だったのが障害のある人が施設を出て地域で暮らすことや精神科病院の退院支援について問われたときの厚生労働省の回答です。『日本の施設は高い塀や鉄の扉で囲まれてはいない。桜を施設の外や中で楽しむ方もいる』」と述べていた。政府や役人の人権意識がとっても低いのである。
他の先進国では、精神疾患者も入院でなく通院ですむことが明らかになっている。ところが、日本では、津久井やまゆり園殺傷事件、京アニメ放火事件、大阪の診療所放火事件のため、また逆風が吹いたようである。
アメリカの精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアルDSM-5 に、次のようにある。
<敵意と攻撃性が統合失調症に伴うことがある。しかし自発的あるいは突発的な暴力行為はまれである。(中略)統合失調症をもつ人の大半は攻撃的ではなく、一般人口よりも高い頻度で暴力の犠牲者となっていることである。>
私は、自分の経験から、地域社会の差別・排除が精神疾患者を生むと思っている。地域社会は異質の者を抑圧し、排除する傾向がある。
政府が率先して精神疾患者の人権を守るべきなのに、自民党や精神病院経営者に押されて、強制入院を正当化する改正を行おうとすることに、私は反対する。
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