■奈良・平安期の貴族にとって、仏教はもはや思想の中心。だから「はかなし」「あはれ」
は、彼らにとって、日常語であった。
【略注】○藤原実定(さねさだ)=後徳大寺(ごとくだいじ)左大臣。
【補説】「はかなし」は、空しい(be in vain)、どうしようもない(be unable to do anything)。
「果なし」「果敢なし」の漢字が(現代では「儚い」が)当てられる。「はか」は元来、
「計・量」など定量を表す語だったらしい。(現代語の「はかが行く、行かない」「は
かばかしい」に名残り。)
「あはれ」はさらに多義。現代語では「惨め・可哀そう」 misery, miserable だが、
古語ではそういう用法はあまり一般的ではない。ここでは「ああ」 alas, oh の意。
(旺文社版古語辞典ほか)