昨日のブログ、旧佐藤家が庶民の住宅なら
こちら目黒邸は「邸の字」がつくくらい立派な豪邸だ
聞けば元戦国大名会津…氏に仕えていたが伊達政宗との戦いのあと
帰農したとあるが
大庄屋で江戸初期から肝煎役を務めていたらしい
離れ座敷があり、回遊式庭園あり、茶室、書院ありで
庶民の住宅とはかけ離れ、設計上参考にはなるが遠い世界だ
むしろ感激したのは茅葺屋根 旧佐藤家も屋根が新しくちぐはぐで
ピンとこなかったが
これは毎年春先、雪で茅を持っていかれ痛んだ屋根の修理に
地元の茅葺職人が腕を振るうのだそうだ
維持費用もかかるが村人の保存の心意気に感銘受けた
綺麗過ぎるけどね

立派な庭園が南側に開け一段上がった基盤の上に豪壮な茅葺屋根

大きな表中門の玄関が裏側までつながり、その左側が下屋、
右側が上屋で座敷は高い敷居を超えた所にあり、
下屋側の路地が低く身分の差が日常生活の中で歴然と
あったことがいたたまれない気分になった
さしづめ自分は低いほうの部類だろうから

下屋の部分は大きないろりとかまどがあり、奥に奉公人の狭い部屋と厩だ
天井は高く 柱、梁は太く立派である
いろりは防虫のためか昔通りいぶして保存に努めている
高い敷居側上屋から下屋を望む
こちら目黒邸は「邸の字」がつくくらい立派な豪邸だ
聞けば元戦国大名会津…氏に仕えていたが伊達政宗との戦いのあと
帰農したとあるが
大庄屋で江戸初期から肝煎役を務めていたらしい
離れ座敷があり、回遊式庭園あり、茶室、書院ありで
庶民の住宅とはかけ離れ、設計上参考にはなるが遠い世界だ
むしろ感激したのは茅葺屋根 旧佐藤家も屋根が新しくちぐはぐで
ピンとこなかったが
これは毎年春先、雪で茅を持っていかれ痛んだ屋根の修理に
地元の茅葺職人が腕を振るうのだそうだ
維持費用もかかるが村人の保存の心意気に感銘受けた
綺麗過ぎるけどね


立派な庭園が南側に開け一段上がった基盤の上に豪壮な茅葺屋根

大きな表中門の玄関が裏側までつながり、その左側が下屋、
右側が上屋で座敷は高い敷居を超えた所にあり、
下屋側の路地が低く身分の差が日常生活の中で歴然と
あったことがいたたまれない気分になった

さしづめ自分は低いほうの部類だろうから

下屋の部分は大きないろりとかまどがあり、奥に奉公人の狭い部屋と厩だ
天井は高く 柱、梁は太く立派である
いろりは防虫のためか昔通りいぶして保存に努めている
高い敷居側上屋から下屋を望む