浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

肉体の限度にいどみ人救う
愛の行い我が内の神

「垂訓」

2023-12-13 00:00:41 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓
 
恩師のご著書「真理を求める愚か者の独り言」より


                第三章 天上界への道

              ◆生き地獄とあの世の地獄◆

先の続き・・・

昔か地獄というと、餓鬼界や阿修羅界など、
その苦しみの思いの種類によっていくつかに分類されてきました。
たとえば、「足ることを知る」ということを忘れ、貪欲に溺れれば、
その思いは自ずと餓鬼界へ通じていきます。
また、権力闘争など争いの思いは阿修羅界へと通じていきます。
これら二つの地獄は、人間の煩悩にうちでも最も気をつけなくてはならない
自我我欲の思いと自己保存の思いが原因となって現れてくるものです。

「残水の小魚 食を貪りて時に乾くを知らず」という諺が仏典にあります。

川の水が引いた後に残された水たまりの浅い水に
ピシャピシャと小さな魚たちが
尾びれを動かしながら群れて、餌を奪い合っています。
雨も降らず、もうじきに水が干し上がってしまおうとしているのに、
そのことにさえも気付かずに食を漁り貧ぼるのに夢中になっております。
「残水」とは余命のたとえです。
人間でもいろいろな欲望を追いかけて、
もっと財産や土地や家を手に入れたいと躍起になっているうちに、
だんだんと死が近づいてくるのですが、それにも気付かず、自我我欲に
とらわれたあさましい姿とその運命をうまく言い表わしたものです。
私は二十歳の頃からこれをすごい言葉だなあと思っておりました。


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