生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

メタエンジニアの眼(165)テクノロジストの条件(ドラッカーの教え 04)

2020年02月16日 07時34分35秒 | メタエンジニアの眼
メタエンジニアの眼(165)
TITLE: テクノロジストの条件(ドラッカーの教え 04)
書籍名;はじめて読むドラッカー(技術編)
著者;P.F.ドラッカー 編集者;上田惇生
発行所;ダイヤモンド社
発行年、月;2005.7.28
初回作成年月日;H26.7.21 最終改定日;R2.2.15

このシリーズは文化の文明化プロセスを考える際に参考にした著作の紹介です。『』内は,著書からの引用部分です。



この書は、ドラッカー自身が「私よりも私の著書に精通している」と書いている上田惇生氏が、過去のドラッカー書を纏めた連作の4冊目になっている。巻末には、1954年から2004年までの間に発行された36冊の本が挙げられている。
 副題は「ものづくりが文明をつくる」で、人類の道具の使い始めから、語り始めている。
最初は、「日本の読者へ」として、「なぜ技術のマネジメントが重要なのか」が4頁にわたって書かれている。
                                                                 
『人類の歴史において技術が主役の座を得たのは、活版印刷の発明によってだった。そのとき、ヨーロッパが抜きんでた存在となり西洋と呼ばれるようになった。わずか200年のうちに、西洋による世界制覇を可能にしたのが、近代技術だった。』(pp.ⅰ)

 彼は早くから情報化時代を予測し、その際には「技術のマネジメントがより重要になる」と予言していた。
 『技術のマネジメントに対する私の関心は六〇年に及ぶ。一九四〇年代半ばには、コンピューターが高速の計算機を超えるものであることを認識した。直ちに私はそれを情報機器(インフォメーション・ マシーン)として位置づけ、それが情報理論(インフォメーション・セオリー)と情報技術(インフォメーション・テクノロジー)の開発を迫るであろうことを認識した。そして、われわれが技術のマ ネジメントを余儀なくされるであろうことを確信した。本書は、この技術のマネジメントについての 私の論文のなかから最高のものをまとめたものである。』(pp.ⅱ)

 プロローグの「未知なるものをいかにして体系化するか」では、全体と部分の関係につて、デカルトの考え方を否定している。デカルトの公理については、以下のようにある。 
『全体は部分によって規定され、全体は部分を知ることによってのみ知り得る。全体の動きは部分によって規定されるとした。さらには、全体は部分の総計、構造、関係を離れて存在しえないとした。』(pp.6)
 これは、科学者でも哲学者でもない自分には到底理解できない定理だと断言をしている。

 これに対して、ドラッカーは「因果から形態へ」を主張する。
 『あらゆるものが、因果から形態へと移行した。あらゆる体系が、部分の総計でない全体、部分の総計に等しくない全体、部分では識別、認識、測定、予測、移動、理解の不可能な全体と云うコンセプトを、自らの中核に位置付けている。』(pp.6)というわけである。

 具体例として挙げられているのは、音楽の世界だ。
 『それらは、個々の音を聞いただけではメロヂィーがわからないように、部分を見ただけでは絶対に把握できない形態である。逆に部分とは、全体の理解のうえに全体との関連においてのみ存在し、認識しうるものである。キー次第で嬰ハにも変ニにもなるように、形態における部分は、全体における位置によってのみ識別され、説明され、理解される。』(pp.7)

 さらに『プロセスにおいては、成長、変化、発展が正常であって、それらのないところが不完全、腐敗、死を意味する。』(pp.8)として、マネジメントの主機能に迫ってゆく。

 そして、「新たな哲学」として主張するのは、
『われわれはデカルトの世界観を棄てた。事実われわれにとって、それは殆ど理解不能なものとなった。だがわれわれは、今のところ、新しい体系、方法論、公理を手にしたわけではない。われわれのためのデカルトは、まだ現れていない。その結果、今日ではあらゆる体系が知的のみならず美的な危機に直面している。』(pp.9)

 さらに続けて、
『われわれの知識が、一般化するどころか専門化し複雑化しつつあるいうことは、何かきわめて本質的なもの、すなわちわれわれが生き、われわれが見ている世界についての、包括的な哲学体系と云うべきものが欠けたままであることを意味する。』(pp.9-10)

『今日必要とされているのは、テクノロジストであって科学者ではない。しかも、専門外の者、特に科学技術に優れた感性を持ち、知的好奇心が旺盛な専門外の者のほうが、みずからの知識の虜になりがちな専門家よりも優れた仕事をする。』(pp.138)
『天才は必要ない。必要なのは大量の有能な人材と大量な資金である。』(pp.139)

 つまり、テクノロジストの世の中になってゆくというのだが、そのことは次第に明確になってゆく。

 彼が、「製造の新理論」として第1に挙げているのは、意外なことにSQC(統計的品質管理)であった。このことが、マネジメントのあり方を大きく変えたと記している。

 『日本のメーカーはフォードやGMよりも直接工が多い。SQCの導入は直接工の増加をもたらす。 しかしこの増加よりも、検査工や修理工のような間接工の減少のほうがはるかに大きい。アメリカのメーカーでは、間接工の数が直接工を上回っている。工場によっては二対一である。ところが、SQCのもとでは、そのような問接工はほとんどいらなくなる。職長もほとんどいらなくなる。ひと握りの訓練担当者がいればよい。
言い換えるならば、SQCによって、直接工は自分の仕事をみずから管理することが可能になり、しかもそれが必然となる。SQCによって得られる情報にもとづき行動するために必要な知識をもつ者は、彼ら以外にはいないからである。』(pp.115)

 そして、『SQCは昔から求められてきた二つのことを実現する。一つは品質と生産性の向上であり、もう―つは仕事の面白さである。こうしてSQCは、これまで工場が理想としてきたものを実現し、かつて フレデリック・W・テイラーやヘンリー・フォードが描いた近代工場を遂に完成させることとなった。』(pp.117)と結んでいる。

 技術に関して、彼がもっとも重要視しているマネジメント要素は、「影響への責任」である。つまり、技術者ばかりに任せておくと、世の中はとんでもないことが起こってしまうからというわけである。

『副次的な影響、つまり製品やプロセスの本来の機能ではないが、必然的あるいは偶発的に、意図とは無関係に、意図した貢献ともかかわりなく、まさに追加コストとして発生する影響が問題である。』(pp.142)

『テクノロジー・アセスメントは間違った技術を推進し、必要な技術を抑制する恐れが大きい。新技術が与える将来の影響は、ほとんど常に想像力の及ばないものだからである。』(pp.143)
ここでは、DDTの例を挙げている。害虫から一般市民を守るための化学物質の開発時に、穀物、森林、家畜を害虫から守るために使うことを考えた者は一人も居なかった。しかし、人のために使われたのは5~10%で、多くは農民や林業者の環境に対する大攻勢に用いられてしまった。そして、その結論として、

『外れる預言 いわゆる専門化の予言する技術的な影響はほとんど起こらない。』(pp.144)とまで言っている。

例えば当初は、ジェット機は大量輸送的ではなく、コンピューターは科学計算と軍事目的にのみ使われ企業では使われない、などだった。

つまり、人間の力ではテクノロジーの影響を評価しきることはできないので、技術のマネジメントにとって必要なのはテクノロジー・アセスメントではなく、テクノロジー・モニタリングである。モニタリング、つまり監視してゆくことである。
『新技術についての予測はどうしても賭けになる。間違った技術を推奨したり、もっとも恩恵をもたらす技術を軽視する危険が常にある。したがって、発展途上の技術についてはモニタリングが必要である。つまり、観察し、評価し、判定していかなければならない。これこそがマネジメントの責任である、としている。それら発展途上の技術の影響をモニタリングすることこそ、マネジメントの責任である。』(pp.147-148)

・技術とは、機会であり責任である

 『われわれは、技術のダイナミクスを理解しなければならない。少なくとも技術がどこに大きな影響を及ぼすか、いかにして経済的な成果に結実するかを知らなければならない。
技術が、個人、社会、経済に与える副次的な影響を重視しなければならない。(中略)
これは社会で起きていることの責任、つまり社会的責任ではない。みずからが社会に与える影響についての責任である。あらゆる者がみずからの与える影響について責任を持たなければならない。
 最近、技術への幻滅がいわれている。はじめてのことではない。18世紀の中ごろからほぼ50年ごとにいわれてきた。しかし確実にいえることは、今後技術はさらに重要になり、更に変化するということである。エネルギー危機、環境問題、都市問題の解決のためである。』(pp.132-133)

『技術の影響は、他のこと以上に予言が難しいということである。(中略)いかなる技術が社会的な影響を持ち、いかなる技術が技術だけの世界にとどまるかは、更に予測が難しい。』(pp.146)

『影響が明らかになったならば、次に何をなすべきか。理想は影響の除去である。影響を少なくするほど、内部コスト、外部コスト、社会的コストのいずれであれ、それだけ発生するコストが少なくなる。理想的には、そのような影響の除去をもって事業上の機会に転化することである。』(pp.148)

・知識の意味を問う(2005年に行われたインタビューの内容)

 知識が社会の中心に座り、社会の基盤にあると、何が起こるか。2005年当時の彼の想像はこのように書かれている。まさに、メタエンジニアリングの世界になっている。
 『脱デカルト  生理学と心理学、経済学と行政学、社会学と行動科学、論理学と数学、統計学と言語学の境界が意味を失いつつある。これからは学部、 学科、科目のいずれもが陳腐化し、理解と学習の障害になると考えるべきである。部分と要素を重視するデカルト的世界観から、全体と形態を重視する形態的世界観への急激な移行が、あらゆる種類の協会に疑問を投げかけている。』(pp.237-238)

さらに、この時すでに、次の情報化時代に対する見通しも述べている。
 『情報についてはさらに大きな変化がやってくる。なぜならまだ今のところ、情報のほとんどは組織やグループの内部のことについてのものだからである。外部の世界についての情報は混乱してばらばらなままだ。企業をはじめ、役所や大学、病院その他のあらゆる組織にとって、成果は組織の内部にではなく、外部にある。その外部の世界についての情報が全然把握されていないのが実状だ。外部の経営環境についての情報に正面から取り組んでいる組織はまだまだ少ない。ということは、情報革命の本番はこれからだということだ。』(pp.281)

 このことは、彼の発言後10年を経ずして急速に進歩し、それを先取りした企業が大成功を収めている。

 そして、テクノロジストが文明をつくるという言葉に行き着く。
『文明をつくるのは技術であり、 テクノロジストである。知識労働者のなかで、知識労働と肉体労働の両方を使う人たちをテクノロジストと呼ぶ。彼らは知識労働の用意があり、教育と訓練を受けた人たちである。彼らこそが先進国で唯一といっていいほどの競争要因となる。働く者のますます多くがテクノロジストとなっていく。知識労働者の生産性の問題に関しては、特にテクノロジストの生産性が重要性を増していく。だからこそ、技術のマネジメントが重要な意味をもつ。
理系の者がマネジメントを理解し、文系の者が技術を理解することが大切だ。さらには、テクノロジストの生産性をいかに上げるかが重要な意味をもつ。』(pp.281)

 このことも、彼の発言後、間もなく世界中で起こることになった。社会のマネジメントを深く考えると云ことは、近未来を正しく予測することに繋がるということなのだろう。

 彼の時代は、未だ技術改革の拡散のスピードがそれほど早くはなく、新テクノロジーの問題点はモニタリングをやりながら改正すればよかった。しかし、現在はスマホなどの全世界への拡散スピードは驚異的で、もはや社会に出された後からのモニタリングでは、手の打ちようがなく遅すぎる。
 従って、『技術が、個人、社会、経済に与える副次的な影響を重視しなければならない。(中略)みずからが社会に与える影響についての責任である。あらゆる者がみずからの与える影響について責任を持たなければならない。』ことを、事前に深く考えて、『影響が明らかになったならば、次に何をなすべきか。理想は影響の除去である。影響を少なくするほど、内部コスト、外部コスト、社会的コストのいずれであれ、それだけ発生するコストが少なくなる。理想的には、そのような影響の除去をもって事業上の機会に転化することである。』ということを、行わなくてはならない。そこで、現代がメタエンジニアリングを必要としていることが明確となる。