古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

竹薮退治はたいせつです。

2012年03月24日 04時12分15秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                 
 うちの村の墓地は小高い丘にあり、20本ほどのクヌギ林のはずれに写真のように墓が広がっています。50軒ほどの村ですからこの丘だけでなく、数箇所にありますが。いまぼくたちがつくっている一反三畝の畑は、この墓地のそばにあります。
 お彼岸に撮りました。きれいに掃除して花が立ててあります。ひと昔前までは土葬でした。「坐棺を埋めるために深い、大きな穴を掘らねばならず大変な仕事だった」。葬式のときに村のおじいさんが回想しておられました。そういえば竹を粉砕して肥料にする『バイケミ』の人に「昔からのお墓のそばに畑があるなんて最高です。昔は土葬だったから江戸時代の燐やカリが土に溶けていい肥料になってますよ」といわれました。
「暑さ寒さも彼岸まで」とはうまく言ったもので感心しますが、それにしては今年は寒い。田舎に暮らすようになると自然の変化に敏感になります。でももう少しの辛抱。やっと春が来ました。
 雨の日の散歩は軽トラで「口吉川町周回コース」にすることがときどきあります。県道20号線でなく旧道を走って全部の村をまわります。先日も軽トラで一巡しながら「どこでも竹薮が裏山を侵蝕してるなー」とぼくがぼやきました。すると横の道子さんが「でも街の人は竹薮を見ても、自然はいいわねっていうだけよ」といいます。そうでしょうな。
 でもみなさん、竹薮が裏山に這い上がっているところを見かけたら「あの陰で木々が立ち枯れている」と思ってください。いま竹薮が里山を侵蝕してるのは全国的な問題です。となりの西中の龍神さんを祀ってある山は雑木林の山に見えますが、参道を歩くと東側はほとんど竹です。うちの裏山の愛宕さんに登る参道も竹林の中を登ります。竹より高くなったクヌギやコナラが頭を出しているだけです。ネットを見ると竹薮と格闘している地域があちこちにあります。やっぱりぼくも、竹切り頑張ろう、かな。
 
  
コメント
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