玉川上水に親しむ会は、私がサラリーマン時代に、玉川上水に親しむ会の代表が写真展開催のため、
プリントの担当を仰せつかってから、知っては居た。
その後、20年近くが過ぎ、2014年声をかけて頂いて例会へ初参加。
退職前後して入会し、手伝いをさせてもらうこともあった。
年に一度の総会の時、一寸したトラブルが有り、会員数が激減、
古くからの参加者が残るグループに残り、
直ぐに主催者側に祭り上げられてしまった。
元より、素養もなく、知識などまったくない玉川上水について主催は無理だった。
しかし、先輩方の手助けをする形で2014年からスタート。
17年には指名され代表に祭り上げられた。
その後も、会の歴史が深まるとともに、高齢化の波が押し寄せてきてしまっている。
私が言うのもおこがましいのですが、会員の皆さんの造詣は深く、
玉川上水の学習会と実際に歩いた体験に基づいた会話のレベルは、高く、深い。
例会を開催することにより、知識レベルを上げ、後ろ姿を見られるようにと額に汗した5年。
しかし、これと言った成果も見いだせないまま、28期も6月と7月度で終わる。
これから先どの様に運営すれば、諸先輩方の意に適うのか?
試行錯誤の年月だった。
前置きが長すぎましたが、6月11日は301回目の例会日でした。
午後2時頃からは雨の予報も有りましたが、予定通り開催!
午前10時高幡不動駅改札近くに集合
若宮愛宕神社の名前の由来からスタート、担当はYopikoさん。
日野市立潤徳小学校前を通過、日野の農業を盛り返そうと立ち上がった若き闘士が営む農場へ
多摩モノレールと向島用水が交差する地点にあります。
詳しい方が居て、買っていきませんか?
自販小屋がありまして、
コインを入れるとドアが開くらしい。
我が家でも一袋
培養液での生育はどうなんだろう?
と思いましたが、実がしっかりと締まり、甘すぎず、とても美味しかったです。
帰り道、ハウスの中を覗き見
寄り道を終えて、本来の向島用水路を遡った。
水車小屋が復活、
私も田舎に居た頃、時間になると米を取り出して、次の家のを放り込んでいた。
潤徳小学校の裏側に来ると、向島用水のビオトープが有る。
上流には記念碑
更に遡ると、
取水堰が
リニューアルしている。
河川敷に降りてみると、
大雨のたびに作り変えていた用水路の導水路が、堰を作ったことにより不要になっていた。
堤防へ戻ると、
若者が堰を渡っていた。
青春の一コマ、で済めば良いのですが、・・・・。
気をつけてねー!!
ふれあい橋を渡り、
大木島自然公園で昼食と休憩
日野市の生き字引!参加者のFさんからは、昔の流路について教わった新井用水。
現在の流れ、下流方向
上流方向
上流方向へ歩く
新井用水の水面に薄日がさし、水中花が揺らいでいた。
用水路は、現在は住宅街の横を曲がりくねりながら流れている。
住まわれている方々の憩いになっているようだ。
しかし流路は、分岐し、統合され、
中には取水ができなくなった取水堰も有り、時の流れには抗えないとも感じた、
高幡橋を渡り、
南平用水が高幡用水に変わる地点到着
特にこの地点が気に入りのYopikoさんの説明に、
多くの方が、金網の上に顔を出して、複雑な用水の分水と立体交差を眺めて居られました。
水路を渡り、川崎街道を越えて高幡不動尊へ
何時もは素通りする石畳脇の壁面
素人にも分かりやすく、案内が為されていた。
鎌倉時代からの設えに、ひたすら読み続けた私。
勝五郎の生まれ変わり伝説についての説明板や、藤蔵の墓を見て、
三々五々、
紫陽花の鑑賞に
集中
しかし今年の紫陽花、
花数が少ない印象で、真っ赤な紫陽花も小さめで、控えめでした。
雨の不安があり、一寸早めの解散
高幡山からの絶景は見られませんでしたが、それなりに楽しい時間を過ごして戴けたか?!?
すぐさま、集合写真の合成と発注をして、
来月のルート思考と資料は、・・・・・。
苦しいけれど愉しい時でもあります。
6月15日は、9,322歩 歩きました。
6月16日 8時48分 室内の気温は、23.1℃ 湿度は60%
外気温は、18.2℃ 湿度が 85%