『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  339

2014-08-15 05:33:16 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 一同を笑わせたスダヌスが背中を見せて朝行事に歩んでいくのを見送った。朝行事を終えて戻ったスダヌスは、頭から潮っけのある水しずくを垂らしながらイリオネスと二言三言打ち合わせた。
 『イリオネス、今日も楽しい旅になるぞ。ではな』と言い残してその場を去っていった。
 『おう、アレテス、水袋に水はあるか?朝食の分だが、、、』
 『それでしたら、大丈夫です。充分に足りると思います』
 『このようにして浜で過ごすとやけに喉が渇くな。アレテス、朝めしにしよう』
 『判りました。すぐ、仕度します』
 『朝めしを終えたら、水を補充しておいてくれ。水のありかはスダヌスに聞いてやってくれ』
 『判りました』
 彼らは朝食を和気あいあいで済ませた。
 『おい、ホーカス、ニケの点検をやる、来いっ!』
 二人はニケの点検を丹念に行った。
 アレテスは忙しい。次はクリテスを伴って、水の補充に集落の方へと足を運んだ。昨夜、暗闇の中で想像した集落の様子と集落のあり方が全く違って目に映った。
 集落の中央と思われるところには広場があり、広場を中心にして30数棟の住居が整然と軒を連ねていた。集落は街区を形成していた。
 二人は迷った。用件を果たすにはエドモン浜頭の館を探し当てねばならない。
 『おい、クリテス、訊ねてみてくれ!エドモン浜頭の館はどれかと聞いてみてくれ』
 クリテスは、ほど近いところの一軒の住居の戸口に立って訊ねた。浜頭の館は、難なく、中央広場に面している一軒であることが判った。二人は歩を運んで、館の戸口に立った。
 館のたたずまいは、集落の中では、際だって大きく、戸口に立った二人を圧倒した。館うちから話声が聞こえてくる。声の主がスダヌスであることが判った。クリテスが声をかけた。
 戸口からの声を聴いて、顔を見せたのはスダヌスであった。
 『おおっ!アレテス、何ようだ?』
 スダヌスは、二人の姿を見て用件がなんであるかを直ちに察した。二人は、4個づつ8個の水袋を持って立っていた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  338

2014-08-14 07:18:19 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 浜小屋で一夜を過ごした彼らは、イラクリオンの朝を迎えた。身を休めた彼らは一斉に目覚めた。
 『ヨッシャ!皆で朝行事に行こう!』
 アレテスが一同に声をかける。彼らはニケの張り番の二人も誘って波打ち際に向かった。目の前に広がる海は広かった。波が寄せて返す波内ち際に立った。
 テトスが先頭をきって、一番に足を海に突っ込んだ。3歩進んだと思ったら、大声をあげた。
 『オットット!アアッ!』
 声をあげながら海中にもんどりをうってひっくり返った。波打ち際が狭く、3歩歩いて海は洗う波にえぐられて深くなっていた。遠浅のなだらかな海底構造ではないらしい。
 テトスはヘソあたりまで海に身を浸して、何とか海中に立っていた。
 『お~い、お前ら気を付けろよ。波うちから数歩でこの深さだ』
 一同はジャンプして海に飛び込んでいく。この風景を目にしてイリオネスは笑った。彼らはゆったりとした気分で朝行事を済ませた。
 水平線から陽がせりあがってくる。でっかい太陽であった。彼らはニューキドニアの陽の出の風景を想い浮かべ比べた。イラクリオンの浜には、水平線からの陽の出をさえぎる巨大といってもいい半島岬がない。
 イリオネスは、その身を胸まで海に浸しながら、せりあがってくるでっかい太陽を見つめて瞑目した。閉じたまぶたを通して陽光の明るさを感じていた。彼は真摯な気持ちで念じた。
 『今日は平穏な一日であってくれ』と。
 イリオネスは海からあがった。朝行事を終えた連中は、ガヤガヤとイラクリオンの朝を語り合っていた。スダヌスが姿を見せた。
 『お~お、諸君、どうだね?東の海は。朝行事は終えたのか。あ~、イリオネス、、、』彼は、ここでいつものように<殿>をつけるべきかどうしようかと迷った。
 『おはようございます。如何でしたかな?よく、眠れましたかな?』
 スダヌスの声かけが、どことなくぎくしゃくしていておかしい、一同はこみあげてくる笑いをこらえた。
 『お前ら笑いをこらえているな。向こうにいるときとの日常が違うのだ。ドントマインドだ。俺も朝行事をしてくる』
 一同が顔が揃っている。スダヌスが皆に顔を向けた。
 『いやいや、昨日はご苦労であったな。昨日の走りは最高であった。あれだけの天日と風に身をさらして快走したのは久しぶりであった。イリオネス殿はいかがでしたかな。私も急いで朝行事を済ませてくるわ』
 スダヌスは海へと急いだ。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  337

2014-08-13 08:11:33 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 一行は浜に着いた。暗闇の中を透かし見た。
 『おう、いたいた』
 スダヌスの声がする。イラコスは手で風をさえぎり手燭に火をともす、炎は風に揺れた。
 『おう、イリオネス待たせたな、すまんすまん。紹介する、エドモン殿だ。イラクリオンの東の浜を取り締まっている浜頭殿だ』
 『始めまして、ニューキドニアの浜のイリオネスと言います。このたびはお世話になります。スダヌス浜頭どのに無理難題を言って、本島の東地区にまかり越しました。宜しくお願いいたします』
 『イリオネスさん、スダヌス浜頭より聞きました。世情が世情だけに、ようこそ と言えるかどうかだが。私がこの浜を仕切っているエドモンです。こちらが息子のイラコスです。今宵は、私どもの浜小屋を使ってください。案内します』
 遠路の客を迎える言葉であった。彼らはニケを陸に揚げたところから遠くないところの浜小屋の一棟に案内された。エドモンが手にしていた手燭をイリオネスに手渡した。
 イリオネスはアレテスに小声でささやいた。小声で答えたアレテスはニケに向かった。数個のパンを入れた袋をイリオネスに手渡した。
 彼らは浜小屋の中に入った。潮の香りと魚のにおいが鼻を突いてくる。少々の間にその匂いに慣れた。イリオネスはアレテスから受け取った袋をエドモンに手渡した。
 『エドモン殿これは私どもの係りの者が焼き上げたパンです。明朝の食事に賞味いただければ幸いです。少しばかり火にあぶられたら香ばしいと思います』
 『ほおッ!そうか、それはかたじけない、喜んで頂戴する。では、ゆっくり休んでください。明日の事は、スダヌスと打ち合わせておきます。詳しいことは、明朝ということで、、、』
 エドモンら三人は場をひきあげた。
 浜小屋に入った一行は、戸口と二つある窓を開けて風を通した。イリオネスは一同に声をかけた。
 『諸君!今日は大変ご苦労であった。少々遅くなったが夕食としよう。アレテス、誰かに手伝わせて仕度を頼む』
 『判りました』
 彼らの夕食が始まった。手っ取り早い仕度、火を使わない夕食である、水代わりに少々ではあったが、酒で食事を胃に流し込んだ。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  336

2014-08-12 06:31:08 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『そうか、連れがこのほかにもいるのか』 
 『船の漕ぎかたの事もあるから、他にもいる。俺を含めて総勢13人といったところだ』
 『彼らの夕めしは?』
 『その心配は無用だ。旅の食の準備は充分にしてきている。彼らに夜露をしのぐ浜小屋の軒を貸してくれればありがたい。そういうことだ』
 『そうか、判った。積もる話もある。お前は俺のところに泊まれ。連れの者たちには浜小屋を使ってもらう。安心せい。よし!そちらの事を片づけて、スダヌス、今夜はゆっくり過ごそう。俺も今は、海の仕事を一段落させてヒマなのだ。息子も今では、俺の代わりを充分に努めてくれている。お前の息子たちはどうしている?』
 『俺の息子たちの事か、三人で俺に変わって仕事をやってくれている。安心の日常といったところだが、心配事の一つや二つはある。気が抜けない事が俺の仕事だ』
 『そうか、どこもここもそういったところだな。まあ~、それでいいだろうといったところだ。では、浜小屋の事を片づけよう』
 彼は腰をあげた。
 『おう、イラコス、一緒に来てくれ。お前も手燭を持ってこい。向こうで使うのだ』
 『おう、判った!』
 『エドモン、いい息子さんじゃないか。安心だね。うらやましい限りだ。下の息子さんは?今日は姿を見ないがーーー』
 『あ~、奴は、今、マリアにいる。まあ~、修行中といったところだ』
 『スダヌス、行こうぜ!アドーネ、行ってくる、スダヌスの寝所の事、頼むわ』
 『わかったわ。では、スダヌスあとでね』
 『おう、ありがとう』
 五人は浜へ向かった。
 『今日は月がない。スダヌス、足元に気を付けろよ』
 『おう、足運びは慎重なほうだ心配はいらん。お前こそ気を付けろ』
 『互いに互いの心配か。俺たち、そんな年か』
 『いやでも年は巡ってくる。こればかりは避けようがないわさ』
 『そうだな、今は暦の空白期間だな』
 エドモンとスダヌスの言葉を交わしながらの闇夜の足運びは慎重であった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  335

2014-08-11 07:24:07 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 館うちから出てきた男は手燭を手にしていた。彼は、手燭を目の高さに掲げて、戸口に立っているスダヌスの顔をまじまじと見つめたあと、手燭を足元において声をかけた。
 『おう、スダヌス、達者でいたか?』
 『おう、エドモン!お前こそ達者でいたか?』 互いに互いの肩に手をかけて顔を見合わせた。言葉を交わさず、ジイ~ッと見つめ合った。二人の感情が盛り上がってくる、感は極まった。二人はヒッシと抱き合った。二人は、身を離すが手は双方の肩にかけたままでいる。再度、二人は見つめ合う、彼らは再び力いっぱい抱き合った。二人の邂逅は、今日までに間があったであろうと察しられた。
 エドモンは声をあげて妻のアドーネを呼んだ。何事かと奥から顔を見せたアドーネは、スダヌスの顔を見て彼の前に立った。
 『まあ~、スダヌス、スダヌスじゃないの!元気でいたの?なつかしいわ』
 彼女は、スダヌスの顔を見つめて、身を寄せた。スダヌスは、彼女の肩をやさしく抱いて、頬に軽く唇を当てた。
 『まあ~、スダヌス、中に入れ!連れがいるようだが、お前と同業の者か?』
 『まあ~、そうだ。一緒にはいっていいかな』
 三人は連れ立って中に入った。
 『そうだな、あれから2年と半年か。世の中が変わろうとしている。それも住みにくい方へだ。お前、そうは思わんか』
 『エドモン、お前の言うとおりだ。変わりつつあることを身に感じている』
 『今、得体のしれない者どもが、島のあちこちに流れ込んできている。キクラデスの海賊ではない。アカイアの者どもも手を焼いているようだ。イラクリオン、クノッソスが狙われている。マリアの方には奴らの手は伸びていないようだ。だが、東の突端が大変らしい、奴らの一部が根を下ろそうとしている』
 『そうか、俺らは風聞を耳にはしているが、実のところはわからない』
 『ところで、スダヌス、東には何か用があるのか?』
 『これといった特別の用件ではない。懇意にしているニューキドニアの漁師たちがな、一度、東へ行ってみたいというものだから、漁のヒマをみて連れて行ってやるということで、出かけてきたわけだ』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  334

2014-08-09 06:49:30 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アレテスは、宵闇に包まれている浜を見廻した。人影はない、あちらに1艘、こちらに1艘と陸揚げされた漁船が散在している、それらに合わせて小ぶりな浜小屋が4~5棟建っている。
 アレテスは、緊張している。イリオネスに小声で話した。
 『アレテス、判っている。用心のためだ、事は怒らん。安心していけ。誰を連れていく』
 『ピッタスを同道させます。では行きます』
 『ピッタス、俺と一緒に来てくれ。剣を二振りコモまきしたやつがあっただろう。それをもって一緒に来るのだ』
 アレテスは船に積んできた丸太ん棒を3本を手に持って歩き始めた。
 『浜頭、待たせました。一緒します』
 『おう、行こう。何事も用心するにこしたことはない』と言いながら、アレテスから丸太ん棒の一本を受け取って歩き始めた。
 スダヌスが先頭を歩んでいく、三人は無言で歩を進めた。
 進む先に住居の灯りが、むこうにひとつ、少し離れてひとつ、そして、こちらにひとつ、集落があるらしい。彼らは浜を離れて6~7分くらい歩いただろうか。三人は集落の真ん中に立っていた。
 スダヌスは辺りをうかがっている。記憶を掘り起こしている。
 『おうっ!あれだ。行くぞ』
 スダヌスは、二人を促して歩み始めた。集落の中の大きめだなと思われる館に向かって歩いていく。館うちは明るかった。アレテスは、ふと考えた。
 『ときは、まだ宵の口だ』
 スダヌスは、戸口に立って大きな声で呼びかけていた。
 戸口に館うちの灯りを背にして若い男がスダヌスに声をかけた。
 『誰だ!この宵に何の用だ?』
 ぶっきらぼうなもの言いであった。
 スダヌスは、やや丁寧な口調で問いかけに答えた。
 『私はスオダの浜のスダヌスと言います。浜頭はおいでですか、おいでのようでしたら、取り次いでいただければ、ありがたいのだが』
 『おう、親父はいる』と言って、
 スダヌスのうしろにいるアレテスらを見て、
 『あんたらは漁師か。ちょっと待たれい』と言って、館うちに入っていった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  333

2014-08-08 06:40:13 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『アレテス、浜が近くなったな。舵とりを俺がやろうと思うが』
 『それがいい。そうしてもらおうか』
 アレテスは、判断を下し、間髪を入れず、ホーカスに指示をした。
 『ホーカス、浜頭に操舵をゆだねてくれ』
 『判りました』
 返事をしたホーカスは、操舵の取り手をスダヌスに引き継いだ。操舵の場についたスダヌスは、舵を左右に動かしてニケの反応を確かめた。
 『おう、ホーカス、舵もよくできている。これなら安心だ。まあ~、任せろ!』
 スダヌスはアレテスの方を向いた。
 『ここまで来た。もう帆はいいだろう、降ろしたほうがいい。帆を張っていると目立つ』と声をかけた。
 『あ~あ、それから、漕ぎかたも大きく、静かにだ』
 スダヌスは、状況を確かめた。櫂操作は海面を泡立てることなくグイグイッと、ニケを進めた。スダヌスは、船尾で舵を操っている、ニケの進行方向を的確に定めて目標に進んで行く。満足げな表情でニケを操っている。生まれ変わった、かっての自分の船である、それを思うようにできる。
 『まあ~、こんなもんかいな』とどことなく嬉しそうであった。
 浜が迫ってくる。スダヌスは闇を透かし見た、向かう先に誤りはないか、浜に人がいるかいないか、波打ち際を確かめた。
 彼は、声をあげた。
 『着岸地点よしっ!人影なし、浜状態よし!』
 『おう、アレテス、異常なしだ。ニケを着岸させる、いいな!イリオネスに伝えてくれ』
 イラクリオンの船だまりの停泊ではなく、イラクリオンの街区から東へ距離をとった地点の浜にニケを着けることになった。スダヌスは、迷うことなく目標の浜に着けた。浜の手前14~5メートルの地点でニケを停め、全員が海に身を浸し、手押しでニケを浜へ押し上げた。
 スダヌスは、小声でアレテスに話しかけた。
 『アレテス、誰かもう一人、手がいる。俺と一緒に来てくれ。ニケに丸太ん棒を積んでいたな、アレを杖にしていく。いざという時の武器だ。いいな。事情はイリオネスが知っている、以上だ』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  332

2014-08-07 07:45:56 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アレテスとクリテスは、スダヌスの説明でイクラリオンまでの今日の残りの行程を、判らないながらもこうであろうといった認識でニケの進行に心を砕いた。押す風は衰えることなく、ニケは快調に航走を続けた。
 パノルモスを過ぎて2時間くらいは経ったであろう、海岸線は入り組んでいる、想像もしていなかった崖のせり出している海岸線であった。しかし、総じて海岸線はまっすぐ東に向かってのびていた。
 さらに、ニケは、東へ1時間半余り、陽が西の海にその姿を消そうとしている頃になった。崖の連なりが90度の角度で南へとまがっていた。航路の目安となっている崖の岬であった。名があるのかないのかは定かではない。
 アレテスは進路の変更を指示した。
 『ホーカス!進路を南東に!南東方向にニケを向けろ!漕ぎかた櫂を持て!漕ぎかた始め!』
 ニケが進路を変えると同時に帆に受ける風が弱まった。
 『アレテス、進行方向を若干東へ向けてくれ!』
 スダヌスが声をかけてきた。
 『ホーカス、少し東の方向へ舵を修正してくれ!』とアレテスが指示してきた。
 『判りました』
 ニケは、進路を若干東方へと方向を変えて進んだ。アレテスは、振り返って夕陽を見ようとしたが、陽はすでにその身を海に沈めてしまっていた。陽の沈みがつるべ落としなら、宵の残照も長くはない、宵は急激に暗さを増して来ていた。
 クリテスはスダヌスに問いかけた。
 『向かう方向は、イラクリオンの右手の浜か、イラクリオンの街区なのか、はたまた、イラクリオンの左手の浜か、どちらへと?』と問いただした。
 『おう、イラクリオンの左手の浜を目指してくれ』
 『判りました』
 聞き終わってクリテスは、アレテスにその旨を伝えた。
 アレテスは、ニケの進行方向に目を凝らした。宵闇の暗さが増していく、風は微風、泡立てる白い航跡をひいてニケは波を割っている。目に映るイラクリオンの街区の灯火がちらちらと見える。灯火の左手の浜へとニケは進んだ。
 『おう、クリテス、ここからの水先案内は俺がやる』
 スダヌスはアレテスにことわりを入れて、ホーカスの操舵を指示することにした。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  331

2014-08-05 07:06:07 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 洋上のニケは、恵まれた航海条件の海を東へと駆けている。パノルモスの集落も過ぎた。イラクリオンの船だまりへ残す距離が34~5キロといったところである。パノルモスの沖合いを通過した頃合いは、今様時間で午後1時を過ぎたころである。
 スダヌスは、アレテスとクリテスを呼び寄せた。傍らにはイリオネスがいる。スダヌスが三人を見つめて口を開いた。
 『航海はとてもとても順調だ。これ以上の航海があろうかと思われるくらいに順調だ。いうことがない!そこでだ、ガイド役のクリテスに尋ねるが、お前の考えるところ、イラクリオンの船だまりに着くのは今日のいつ頃だと考えている』
 『はい、私の考えでは、日没前には到着すると考えていますが』
 『お前、考えがあまい。今は太陽がこの位置だが、今は一年中で日の長さが一番短いころだ。昼を過ぎて今頃から太陽がつるべ落としの速さで落ちていく。ガイドする者に不正確な読みは許されんのだ。判るな。ここでは、経験がものを言う。イラクリオンの船だまりに着くのは、宵闇があたりを暗くする頃だ。アレテス、クリテス、それを踏まえて、今日のこれからの計画を練られてはどうだろうと、私のちょっとした知恵だ』
 『判りました。ありがとうございます』
 アレテスとクリテスは一礼して持ち場に戻った。
 『イリオネス、そういうわけだ。そのあとのことは、二人で話しておきましょうや。そのうえで一同に指示を出してください』
 スダヌスは、声のトーンを落として話を続けた。
 『お~、そうか、それは心強い。スダヌス、よろしく頼む。この季節、冷える夜をしのげる、ありがたいことだ』
 『その様に言われると、俺として、とてもうれしい。イリオネス、お前と俺、一心同体感を感じるな。打てば響く、響いて感じる、互いに考える寸前が一致する。考えることも大事だが、感じて動く、それがとてつもない好感といったところだ』
 スダヌスは心情を吐露した。 
 ニケが波を割る、飛沫が風に飛ぶ、顔に当たる、眠気が飛び去る、心地よい陽ざしが初冬を感じさせない。小春日和の洋上を風に押されて進んだ。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  330

2014-08-04 07:08:33 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『イリオネス。クリテスとちょっと打ち合わせたいのだが、いいかな。お前も一緒に聞いてくれ』
 『おう、いいぞ』
 スダヌスは、イラクリオンの浜に着いたのちの事についてクリテスに話した。
 『わかったな、クリテス。イラクリオンの浜の船溜まりについては俺の指示に従ってやる。そこへ行きつくまでは自信をもってお前がガイドするのだ、いいな。この風は今日一日は持つ。以上だ』
 アレテスはイリオネスに声をかけてきた。
 『隊長、昼めしとしますが、いいですね』
 『おう、いいぞ』
 『おう、アレテス、昼めしか。腹はペコペコだ。おう、それから、これもみんなに配ってくれ。羊肉のジャーキーだ』
 スダヌスがズタ袋から取り出したのは、羊肉を塩漬けして、さらに燻し乾燥させたものであった。
 ニケは、順調に航走している。パノルモスの浜の集落がはるかに見える。この時間には海で漁をする漁船の姿が見えなかった。ニケの船上ではワイワイと話が飛び交っていた。
 スダヌスはイリオネスと舳先に腰を下ろしている。イリオネスは、スダヌスの話に耳を傾けていた。クレタ島東地区の世情についての話であった。
 『何ですな、ギリシア人といってもスパルタの者たちが多いのですが、彼らのやることが、どうも支離滅裂で荒れていると聞いています。秩序が辛うじて保たれているのは集散所を中心とした市民組織だけだと耳にしています。特にクノッソスあたりの荒れがひどいと聞いています』
 『そうか、いたずらに身を危険にさらすのも一考といったところか』
 『東地区の西部地方の農作物が大変な不作と言われている。それが影響しての荒れであるらしいとの風聞なのだが、政治的な荒れなのかが判らない。見たわけではないから真偽のほどが解らん。イリオネス、とにかく行ってみよう。それしか方法があるまい』
 『スダヌス、お前の言おうとしていることが判った。とにかく行こう、お前がいる以上安心できる。恐れることは何もない』
 『よし!判った。決めたことは実行あるのみだ。なあ~、イリオネス、この天気、この風、船旅は申し分はない、沿岸の風景を楽しみながらの旅と行こうぜ』
 『判った』