あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

太鼓打つ汗かき男のいさみ肌

2010-08-06 18:35:33 | 日記
今日も猛暑
本屋から離れられない。
祭りがあるというので
ちょっと立ち寄り写真を撮って帰宅
何か物足りない毎日です。
ひと雨ほしいですね。

・・・・

今日の蕪村

葱買(こう)て枯木の中を帰りけり

蓮の香や水をはなるる茎二寸

仏印のふるきもたへた蓮の花

(「もたへ」 甕の意 酒かめのこと)

・・・・・・・

ブログも夢中になっている時ではなく
何も浮かんでこないとき
その気がないときに
休まない
それが大変ですが
ポイントですね。

最近、分かってきました。

・・・・・・

・・・・・・・・

太鼓叩く娘に近き子のうなじ  あきオジ

2010-08-06 18:10:05 | 日記
太鼓をたたく少女
もう太鼓を叩くことを嫌がる年代ですね。
どうするのでしょうか。

・・・・・・

今日の放哉

雨の日は御灯ともし一人居る

前の傘たてかけておみくじをひく

たった一人になりきって夕空

(「ひとり」「なりきる」この言葉のこだわりと使い方が放哉であり
魅力なのではないか。素人オヤジはそんなことを思うのです。「高い山で仙人になるのはたやすい」と言いますが、一人になることにこだわる。気にする。そんなことが魅力なのでしょうかね。)

・・・・・・・・

「藤枝梅安」渡辺謙主演

脚本はどうなのか分かりませんが
ドラマとしては面白いし
登場人物も魅力的です。
先日も書きましたが
着ている物もしゃれているし
小道具も吟味されています。
少々過剰で相当に金をもっている。
そんな印象もあります。
でも、このような丁寧な作りのドラマを見るのは好きです。

このドラマも録画して三回見ました。
凝り性なのでしょうかね。




ポスターの白さも商売夏の陣  あきオジ

2010-08-06 18:08:08 | 日記
市街地のポスター
学生の街で人は多いですが
金はどうなのでしょうか
どうでもいいけど
親の負担だけは気になります。

・・・・・・・

此雨にのつ引きならじ時鳥  一茶

蝉なや我家(わがやど)も石になるように  一茶

けさ秋や瘧(おこり)の落ちたような空  一茶

犬猫の尻尾でなぶる小蝶哉  一茶

・・・・・・・

気持ちの入り方が大きいので
ときおり困ってしまいます。
「おらが春」をドラマで見てから一茶にちょっと肩入れしたい気分なのです。
まあ、それも勢いです。

この気持ちの勢いがなくなったら
ただのじいさまですからね。

・・・・・・・



桔梗咲く蹲に寝る黒き猫  あきオジ

2010-08-06 06:44:29 | 日記
昭和記念公園には何匹かの猫が住み着いています。
住み付いている場所が決まっているのでしょうか。
きまった場所でいつも寝ています。

交流があるのでしょうか。

なぜか、いつも一匹だけです。
不思議ですね。

・・・・・・・

「芭蕉百名言」山下一海著

古人の跡をもとめず、古人の求めたるところをもとめよ。

(有名な言葉ですが、そうですか、という答えしかありません。言葉を理解するのと実感することは別なのですね。)

・・・・・・・

海くれて鴨のこゑはほのかに白し  芭蕉

夢よりも現(うつつ)の鷹ぞ頼母しき  芭蕉

(品格があり、きっと名句なのでしょう。でも、それを受け入れる段階にはありません。そんなことってありませんか。)

・・・・・・・・

飛行機の轟音だけが夏の空  あきオジ

2010-08-06 06:23:48 | 日記
最近、俳句にも短歌にも興味が出始めました。
素人親父の俳句と短歌始まり
師もなくなく
仲間もなく
一人だけの挑戦
始まったばかりです。

・・・・・

俳句とは自然の「写生」というような定型があるから
それなりの俳句といういい方もあるし
そこが行き止まりだという主張もあるようです。

どっちがどうだか分かりませんが
それはそれ

自然観と人生観が今と違っている。
そんなとき自然の中に人生を見いだす。
ちょっと無理があるのような気がしますが
素人親父があれこれいう段階ではないようです。

そんなことがありました。

・・・・・・

小言いふ相手もあらばへふの月  一茶

秋の雨小さき角力(すまん)通りけり  一茶

淋しさに飯をくふ成秋の風  一茶

(一茶には大泣きする姿が重なります。芭蕉には、それがありません。その泣くということがキーワードとなるような気がします。どうなのでしょうか。)

昼寝したそのままどこかに運ばれたい  あきオジ

2010-08-06 06:03:20 | 日記
昭和記念公園の夏の花

・・・・・

年をとると
何も悩みもない
くろうすることもない。

このままでいいのだ。

そんなことを思う瞬間があります。
そんなとき
苦しみも、思い煩いの中で
みれんをもったまま死んでいくことを思えば

このままがいい。

そんな不思議なことを体験することがあります。
どれもこれもこの世のこと
思い煩いも時間と共に流れ
消えていく

自分の及ぶことではないのだ。

・・・・・・・・

誰がためのひくき枕ぞはるのくれ  蕪村

暑き日の刀にかゆる扇かな  蕪村

・・・・・・