あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

冷房も疲れた音を流す朝  あきオジ

2010-08-10 19:53:38 | 日記
確かめてみれば
芭蕉にも私のような初心者にも
とりあえずは読みとれる句があるのですね。
「芭蕉○○」と言うような高踏的なファンを相手にした書物だと
妙に気張った句が列挙されますが
芭蕉句集と言うような羅列型の句集は
時代別の並べてありますから
いい句かどうか分かりませんが
多様な句が並んでいます。
ですから、私の感覚にフットする句に出会うのですね。
まだまだ、馴れる段階
あれこれ評論するのも早いですね。
とにかく芭蕉の言葉や言い回しに馴れることが
今の段階ですね。

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川かぜや薄がききたる夕すずみ  芭蕉

見送りのうしろや寂し秋の風  芭蕉

こちらむけ我もさびしき秋の暮  芭蕉

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「宮崎駿と新人監督 400日の葛藤」
ジブリ創作のヒミツ
新人監督の苦闘を描いた番組です。
もちろん、そのプロセスを楽しむ映画ですし
めでたしめでたしの終わり方なのですが
けっこうNHKらしく丁寧に
そして過剰にあらないように取材しています。
この種の番組はよくみますね。

でもジブリの作品は初期の作品以外みたことがありません。
見たいとも思いません。
どうしてでしょうか。
アニメそのものが肌が合わないのかもしれません。

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山頭火知るか球児の日焼け顔  あきオジ

2010-08-10 18:43:29 | 日記
猛暑も一休み
暑さ寒さも彼岸まで
誰の句ですかね。

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月夜の軽い荷物  放哉

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白洲次郎の生涯をドラマ化した番組を見て感動しました。
展開も手際いしテンポもある。
俳優も適役で申し分ない。
また、脇をかためる俳優も魅力的ですね。

すっかり、感動してしまいました。
全3話です。
録画しておいたので
繰り返し見ましょう。

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ゲームセンターの社員、ハンバーガーの店員
自分の仕事をどのように考えているのでしょうかね。
今は就職するのが難しいとか言っています。
贅沢言わなければ・・・あるはずだ。

そんな言い方もありますが
頭を切り替えるのは容易ではありませんね。

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朝は涼しい茗荷の子  山頭火

旅の法衣がかわくまで雑草の風  山頭火

(山頭火は旅の途中で作った句がきらきらしている。放哉は一人で懸命に堂守を務めているときの「一人」をテーマにした句がいいですね。素人がそんな思いつきで決めてかかってはいけないのでしょうが、素人だから修正も反省もできそうです。)

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「暑いよね」それでも足りない暑さなり  あきオジ 

2010-08-10 18:31:35 | 日記
猛暑がちょっとだけ静まった一日でした。

暑さをどのように表現するか
そんな難しいことを考え力はありませんから
なんとなく気にしたのですが
電車の中で
おばさんが暑い暑いと言っていました。
それを隣のおばさんは
「それじゃたりないね」と言いました。
漫才のようなあいの手です。
そこで
ちょっと拝借しました。
まあ、私の作り方はそんなものです。

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竹の子竹になって覗きに来る窓であった  放哉

朝から十銭置いてある留守の長火鉢  放哉

月夜の軽い荷物  放哉

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神代植物公園に出かけました。
イベントもないし花もない
そんな時期です。
今日はこれで十分です。





提灯が揺れる神輿宮に入り  あきオジ

2010-08-10 06:53:03 | 日記
法被姿が凛々しい。
宮入りが最後の儀式
そして、また来年ということになります。

裏方はこれからが大変
氏子たちへの振る舞いがある。
それがいいという言い方もあれば
それが鬱陶しいと言う人もいます。

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マッチの棒で耳をかいて暮れてる  放哉

(懐かしい風景ですね。当時の当たり前、今の時代は不思議な記憶)

めっきり朝がつめたいお堂の戸をあける  放哉

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つながりて生きるもうれし夏祭り  あきオジ

2010-08-10 06:32:34 | 日記
祭りは伝統と言う言い方もありますが
伝統行事をとおして
つがなっていることを確認することができる。
そんな思いがありますね。

そんな装置が地域の伝統行事にはあります。

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「阿波踊り」
これ昭和初期と現在とでは違っているそうです。
踊りのスタイルが進化しており
似て非なるものなのだということです。
ちょっと驚きです。

下駄でかかとを上げて
手を突き上げるような女踊りのスタイルは最近のものなのだそうです。
話を聞くと活況を呈する阿波踊りの魅力の理由
納得ですね。

やっこ凧を摸した踊り
提灯の曲芸的な操作躍り
そんなものが取り入れられ
進化しているのだそうです。

伝統とは進化することである。
ゆっくり
じっくり
そして気づいていたら何もかも変っていた。
そのようなエネルギーが萎えたら
「あきてしまう」ことになってしまいます。

そんなことで進化を続ける
「よさこいソーラン」が元気なのです。
きっと、阿波踊りもも進化し

「盛岡さんさ」も新しい展開ができるかもそれません。

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芸術もそうかもしれませんが
大切なのは表現形式なのですね。
その形式が行き詰った時
新しい形式が誕生する
それは音楽もそうですし
絵画もそうです。

形式の変革が内容を求める。
そんなものかもしれません。

和歌から俳諧が生まれ
そして俳句に進化しましたが
現代を表現する形式としては
どうなのでしょうか。

形式の改革が必要ですが
すでに、別の表現形式に進化しているように
思えるのです。
それは明らかに音楽です。

人は音楽に流れています。
でも、歌詞は十分に時代をすくっているように思えません。
長い目で見れば、井上陽水、中島みゆきがいるだけで十分です。

そこが面白い。
そんなことを思うのです。
余計なことかな。

肩幅の似合わぬ法被のデビューかな  あきオジ

2010-08-10 06:08:01 | 日記
祭り半纏
それも今週でおしまい。
あっという間に季節外れになる。
そんな思いが新鮮ですね。

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それにしても、俳句は窮屈ですね。
「だからいいのです」という言い方もありますし
そこに表現の場があるという説明もあります。
あれこれ言われますが、表現の形として認知されている。
それでいいじゃないか
そう思っています。

絶対的な伝統文化としての「安全圏」に依存しているのかもしれませんが
そんなことは素人にはどうでもよくて
私には、日記代わりです。

日記そのもの全体から見えて来るものがあれば
それで十分だという気がします。

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奈良七重七堂伽藍八さくら  芭蕉

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祭太鼓導かれゆく人の群れ  あきオジ

2010-08-10 05:45:10 | 日記
祭の太鼓の音や
御囃子の音に導き出されるように
人が集まってくる。
そんな風景はいいですね。

私は年寄り、暗くなっての行事を見る元気はありませんが
きっと、「祭りはこれからだ!」という気分なのでしょうね。

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雨だれの音も年とった  山頭火

物乞ふ家もなくなり山には雲  山頭火

(この句、山頭火の代表作の一つではないかと勝手に思っています。行乞の日々、そのいきついたはて、もう、何もない行き止まり。ふと見上げると雲がみえる。雲だけが身近に見える。いい句ですね。私は、繰り返し、読んでいます。)

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一尺の瀧も涼しやと心太  一茶

木曽山に流入りたり天の川  一茶

(スケールの大きな句で、芭蕉の句と対となるもののように思えます。芭蕉の句を想定して作ったのか分かりませんが、気持ちがいい句ですね。お気に入りの句です。一茶の「故意」に矮小化したり、避けてとおる事物をさらしたり、そんな「らしさ」が見えない句ですね。


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燃える時期を逸した老人の残り火はくすぶりつけるものです。

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