あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

躍る阿呆連神様はここにいる  あきオジ

2010-08-25 20:13:44 | 日記
皇居に入るためにはこんな厳重な橋を渡るしかない。
それを荘重とみるか
御苦労さまとみるか分からないのですが
櫻の木がいっぱいあると春は美しいだろうなと思ったり
私の思いはいつも見当違いですね。

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いざさらば雪見にころぼところ迄  芭蕉

旅人のこころにも似よ椎の花  芭蕉

夕顔や酔てかほ出す窓の穴  芭蕉

(上品で格調高く流れがというか口にしたとき滑らか。伝わってきます。そのような感動を少しずつ蓄積していきたいですね。そして、それがいつか爆発するかもしれません。)

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いいわけもいいじゃないか
嘘もいいじゃないか
いいわけとしりながら聞いてやり
嘘も聞いてやればいい
いいわけの恥ずかしさを
嘘の悲しさを
知っているのは
言い訳して
嘘を言っている本人なのだから

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「祭」にすっかり魅せらた一週間でした。
来年は祭を写真にしようかななどと
すっかりその気になっているおやじです。

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城壁のこだわり深く濠青し  あきオジ

2010-08-25 19:16:43 | 日記
城壁に松
絵になる風景ですね。
それにしても一年は早いですね。
つるべ落としと言いますが
そんな感じですね。

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年寄りの腰や花花(見)の迷子札  一茶

(この句いいですね。生活感があるし明るし、この匂いが楽しいですね。)

来る人が道つける也門(かど)の雪 一茶

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阿波踊りの中継が放映されています。
そちらに夢中です。
「阿波踊り」はいいですね。

ちょっと、更新は中止します。

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阿波踊りを見て身震いするほど感動しました。
一年かけて4日のために練習する。
それが過剰ないい方であったとしてもすごい
当時も今も
そのようにして自分が自分であることを表現しているのでしょう。

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根をもつこと
自分を表現するステージをもつこと

それがなければ、個性的な自分は育てることができないのですね。

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俳句の形式が物足りなくなってきました。
饒舌な私には窮屈で「足りない」感じ
かといって短歌のような完成度の高い領域に発展することもできないし
そんな感じ

しばらく俳句形式をはみ出したものを作ってみようかな
でも、すぐに飽きるでしょう。

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迷いなく猛暑を歩く潔さ  あきオジ  

2010-08-25 18:22:53 | 日記
猛暑が続きますね。
それはそれ
楽しまなくちゃ

夜はそんなことを思いながら
朝がくると引き算と
諦め算になってしまう

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秋風の街角の一人となりし  山頭火

ま夜なかひとり飯あたためつ涙をこぼす  山頭火

秋おだやかなお隣りの花を見るなり  山頭火

(山頭火の晩年はどのような風を感じていたのでしょうかね。)

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人は自分が幸福だと感じたときから
人にものを言うことを恥ずかしく思わなくなるのですね。

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傲慢さが人間の本質だから
謙虚さを生みだしたのですね。
ですから、謙虚さは極めて理性的で
得体の知れないものなのですね。

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大手門雨ふる朝は霞みけり  あきオジ

2010-08-25 06:43:10 | 日記
大手門です。
発想のスケールが違いますね。
でも、外から攻められないような城壁
城門ですが
逆にいうと入ったら
そう簡単に出られないということですね。
一生、江戸城から出ることがなかった人も
いたかもしれませんね。
いる場所、その場所が自分の居場所
いつの時代も限られているのですね。

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淋しさに飯をくふ也秋の風  一茶

五月雨や肩など打(たた)く火吹竹  一茶

(この風景が見える一茶の句はいいですね。)

大空の見事に暮るる暑(あつさ)哉  一茶

(最近、短歌では山崎方代、俳句では一茶の句がすーっと入ってきます。体調とか気分によって変化することなのですが、まだ、何とも言えない時期ですが、書きうつしながら、そんなことを思います。人を好きになるということもそんなことなのですね。)

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私は、このブログを作っている。
その作っていることが楽しいし
無理のないように気を使って更新を続けていますが
このブログを見る人は
新聞を読むように開くのでしょうか。
あれこれ想像すると楽しいですが
「知りたがるのは悪い癖」
そこまでにしておきましょう。
知れば、もっと知りたくなるものです。

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淡々と何も起こらぬ吾亦草  あきオジ

2010-08-25 06:08:02 | 日記
最近の工事中の看板は洒落ていますね。
これも文化ですね。
こんな看板を集めるのもカメラを趣味とする人には面白いかも
探せばいろいろあるのですね。

露地写真、街で見つけた変なもの、街で見つけた花
いろいろありそうですね。

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電車に乗ったら写真を夢中になって見ている人がいました。
どうも電車の写真を撮りに来たのですね。
ごく平凡な中央線を走る車両なのです。
いい年のおじさんなのですが

きっと、最近デビューした新型車両などでしょう。
他の人にとって興味ないことでも
自分にとってはたまらない。
そんな世界かもしれませんね。

NHKに熱中スタジアムという番組があります。
「鉄夫君」と言われる鉄道を熱く語る番組がありました。

また、先日はブルース・リーに夢中になっている人が
熱くブルース・リーを語るのです。
どこがどのようにかっこよく、魅了するのか
前後して放映された映画を見たのですが

熱く語るほどのものを感じることはありませんでした。
映画としての未熟さだけが気になりました。
でも、ファンは単なるファンではなく宗教の教祖のようなものですね。
ブルース・リーが演じる格闘のすごさを具体的に示すのですね。
ただただ、驚きましたが、好きになるということはもっと知りたい。
もっと深いところで理解したい。
そして、誰にも負けたくない
深い極みに向かうのですね。

科学者も学者も似たようなものですね。
この写真を見ている鉄道ファンも同じなのですね。

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酔いざめの風のかなしく吹きぬける  山頭火

おちついて死ねそうな草枯るる  山頭火

わが手わが足われにあたたかく寝る  山頭火

(この句いいですね。自分を慰めるのは自分しかない。その境涯の淋しさをこのように表現する。鑑賞者として炬燵に入ってテレビでも見ていてあれこれ言うのと同じで、申し訳ないですが、そんな感動があります。俳句はこのような人生をかさねた人のものなのですね。)

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「まだ続く」言葉のやり取り暑さかな   あきオジ

2010-08-25 05:49:43 | 日記
東京丸の内
いかにも東京
心臓部という雰囲気ですが
人の気配はありませんね。
それと、昼の時間に通りかかると
街頭で販売している弁当をぶら下げた人が目立ちます。
ビルのゲージで飼育されている鶏だと言われたくない
それぞれの人のこだわりだかもしれませんが
誰もそのようには言わないでしょう。

課長も部長も昼は同じようなものなのでしょうね。

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湖やあつさををしむ雲のみね  芭蕉

(私が俳句を選ぶとき、第一にひらがなが多い句を選びますね。漢字を使った句ですと
観念的なイメージが固まっていて、雰囲気が感じられないことが多いですね。漢字で使ってもいいかなと思うのは、花の名前ぐらいですね。)

名月に麓の霧や田のくもり  芭蕉

(岩波古典文学全集では「明」を使用しています。この有名な句の文字の相違、どこかに理由があり、説明があるのでしょうが、その説明を読んだことはありません。そのうち分かるでしょう。)

三井寺の門たたかばやへふの月  芭蕉

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「よさこい」を朝から見ました。
先日の博多祇園山笠のときも思いましたが
祭は人を「これでもかと思うほど」夢中にさせてくれる。
祭りに入れあげる。
生き方としても必要なことですね。
それができない人は「もったいない」ことをしてきたのです。
私も同じです。
チャンスを見つけなければね。

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