あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

カタクリの開花を見つめる古時計   あきオジ 

2011-03-29 16:22:27 | 日記
古時計が納屋においてある。
もう、都会ではこんな風景はありませんね。

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バス揺れて熟睡おばさん梅放つ  あきオジ

木村屋の櫻へそしたパンを食う  あきオジ

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いも植て門は(むぐら)のわか葉哉 芭蕉

ほろほろと山吹散るか滝の音  芭蕉

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椿落ち忘れものした空のいろ  あきオジ

2011-03-29 16:16:09 | 日記
泊めてくれない村のしぐれを歩く  山頭火

暗さおしよせる波がしら  山頭火

(それぞれの人に深い闇がある。ないと思っている人には人としての物語がないのかもしれません。)

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写真を撮る時も、年寄りはマナーがいいですね。
常識人を自負する人たちの相互けん制体勢ができあがっているのですね。)

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西行忌すぎて芽の香萌えいずる  あきオジ

2011-03-29 16:05:04 | 日記
武蔵野の鳥来る松の芯無限  かな女

やなぎから日のくれかかる野道かな  蕪村

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東北・関東大震災
こんなとき、暴力団と言うかやくさ組織というか分かりませんが
彼らはこれを商売のチャンスと言うか
勢力争いの場と考えるか
それとも祖国の危機として
考えるのか
興味があります。

この震災での機動力を見て
自衛隊の評価は大きく変わるでしょう。

こんなときに人の心証は大きき変わってしまうのですね。

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派手なことを自粛する。
そんな風潮があります。

でも、倹約して、経済を小さくしてしまうと
復旧工事の予算まで小さくしてしまう。
そんな見方をする人もいるのですね。

自粛が体裁のいい、常識の路線だと自負するだけでは何の生産もないのですね。

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誰も死ぬそれだけ覚えて春になり  あきオジ

2011-03-29 06:50:51 | 日記
年をとると
自惚れが強くなり
評価されることにしがみつき

他人を低めることで自負心を確かめる。
そんな傾向が強くなります。

用心、用心

単なる「じいさん」になれば、それで十分なのです。

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百姓らしい顔が庫裏の戸をあけた  放哉

(この時間の推移を表現するのは、放哉の特徴であり、個性ですね。ときどき、このような句を発見するとどきっとします。傍観的標準レンズで写真を撮るようなことしかできない私にとって、としても新鮮ですね。「戸をあけた」「窓開く」「振り返る」時間を逆戻りさせたり、切り取ったりする句は好きです。)

顔上げずクルスマスローズときをすぎ   あきオジ

2011-03-29 06:39:36 | 日記
涙なし蝶かんかんと触れ合いて  兜太

(言葉の組み合わせが面白いし、ときには言葉がぶつかり合って新しいイメージを感じることがありますが、私には多くは「空振り」で言葉がぶつかっても火花を感じることはありません。でも、そのうち、気づいたりすることがあるかもしれません。そうなると現代俳句も面白いかもしれません。でも、そのためには、表現形式をぶち壊し、新しい時代のスタイルにかえなくちゃいけませんね。でも、そのような爆発的エネルギーをもった人が登場しませんね。きっと、時代はそのような人を求めてはいないのです。そんな気がします。伝統芸能のようにして生き延びるのでしょうかね。)

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きっと、俳句や短歌は演歌、フォーク、ロックに多くのエネルギーを吸収されたのかもしれません。
身体表現も多様になりましたしね。

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午前中は写真を撮りに出かけ
帰りにスポーツクラブに寄り
更新をして、一日が終わる。
そんなパターンが続きました。
これ以上のことは望みません。
それより、中身をなんとかしなくちゃいけませんね。

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陽をうけて心地良く咲く桃の花   あきオジ

2011-03-29 06:32:31 | 日記
神代植物公園に行くと
梅、花桃、河津桜、ソメイヨシノが一気に咲く時期があります。
手入れがいいので
それはそれはきれいです。

色合いが多様で
配合が美しいですね。

お気に入りです。
今度の日曜日辺りが見ごろだと思います。
楽しみです。

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白雲をつばさにかけて行く雁の門田の面の友したふなる  西行

(おしゃべりな私は、最近、俳句を探しても、「どこにもない」という思いがでてきました。こんなときは和歌もいいですね。)

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はてもない旅の汗くさいこと  山頭火

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