平和への希い


 
  積極的平和主義とは、世界のすべての国が、日本
  の平和憲法を掲げる努力をすることです。

平和への希い2105 高校生平和大使

2021-01-25 11:29:08 | 日記

1月21日、核廃絶を訴える署名を、国連に届ける活動を続けている「高校生平和大使」が、
核兵器禁止条約の発効(1月22日)することをキッカケに、核兵器廃絶が、より一層前進する
ことを願って、「平和のメッセージ」を、海外の高校生も含めて、スケッチブックに書き、高校生が
書いた「平和メッセージ」をリレーでつなぐ動画をユーチューブで公開した

「高校生平和大使」の活動は、1998年に始まった。
1998年5月、核拡散防止条約(NPT)に加盟していないインドとパキスタンが相次いで
核実験を強行したことで、ヒロシマ・ナガサキの被爆地の皆さんは核拡散に危機感を抱いた。
「ながさき平和大集会」(現在は「高校生平和大使派遣委員会」)に参加する約50の平和団体は、
核の惨禍を知る被爆地ヒロシマ・ナガサキの声を世界に伝えるために、未来を担う若者を
「高校生平和大使」として国連に派遣することになった。
1998年から毎年、「高校生平和大使」は国連を訪問し、核兵器廃絶と平和な世界の実現を訴えてきた

動画では、核兵器禁止条約が、核兵器の開発や実験、生産を禁じていることを説明、また、一人一人が
つづった「平和への思い」のスケッチブックをリレーでつないでいる

政府は、頑なに「核兵器禁止条約」批准をしないと表明しているが、先行き短い頑迷固陋の「政治家」
は、自分が生きている間の事しか考えていない。
今、アメリカと核の事で揉めたくない、と、米国の顔色を気にしているだけ、と思える

「高校生平和大使」の皆さんが、将来の世界を担って行くことになるのだ。
今の日本政府の方向は、核兵器を放置して、汚しっぱなしで、「高校生平和大使」の皆さんの将来の
世界に引き渡してしまうことになる。許せない

唯一被爆国として、核保有の大国の思惑を超えて、率先して、「核兵器禁止条約」を世界中の国々に
批准させる役割を果たすべきなのだ

「高校生平和大使」の皆さんのご活躍に、エールを送ります。
近くのホームセンターで、

出会った雲

1月25日、「今日は何の日カレンダー」より
初天神、左遷の日、日本最低気温の日
▲天皇、坂上田村麻呂に蝦夷征伐命令(796)▲醍醐天皇が菅原道真を太宰権師に左遷(901)▲法然没 (1212)
▲江戸で、米価高騰のため町人1700人余が米問屋高間伝兵衛宅を襲撃する(江戸で最初の打ち壊し)(1733)
▲江戸幕府混浴を禁止(1791)▲朝日新聞大阪で創刊(1879)▲旭川で零下41度の日本最低気温を記録(1902)
▲世界最大のダイヤモンド発見(1905)▲第一回冬季オリンピック、フランス・シャモニーで開催(1924)
▲ソ連と東欧5か国が経済相互援助会議を設置(1945)▲講和使節団のダレス特使らが来日(1951) ▲上越
新幹線の大清水トンネル開通22,228メートル(1979)▲中国文化大革命の4人組に死刑宣告(1981)
▲パキスタン首相現役で出産世界初(1990)▲厚生省「バイアグラ」の製造を承認(1999)▲コロンビアで
大地震死者1,900人(1999)▲朝青龍、初場所優勝、横綱昇進(2003)▲エジプト革命始まる(2011)
▲ブラジルで、鉱滓ダム決壊死者110人、行方不明者多数(2019)