「いまも、君を想う」 川本三郎 著 (新潮文庫)
映画、そして永井荷風、東京下町などの著述で活躍している著者が2008年に七歳下の恵子夫人に食道癌で先立たれ、その後に追想記として書かれたものである。
川本恵子というファッション評論家の名前は知っていたが、それが著者の夫人で美人ということを人づてにきいたのはだいぶ後のことである。
愛妻の追想というのは、読んでいて面はゆいかなと思い、部分的にはそんなところもあったけれど、それが脚色でないことは、読んでいるとわかってくる。そしていいテンポで読めるのは、文章が長ったらしくなく、べたべたしていないためで、これが「文体」というものだろう。
著者が得意な領域の一つである文学についての記述はあまりなく、夫人と著者の間にあらわれたファッション、食べ物、旅行、そして映画における衣装などについての記述は、興味深く気持ちよい。
「ウェストサイド物語」のジーンズは、伸縮性のある素材をデニムに見えるようにした映画衣装としての工夫で、通常のジーンズではあのジョージ・チャキリスのようには踊れない、など面白い話もある。
著者の文章をそんなに多く読んだわけではないけれど、この本を読むとこれは川本さんらしいなと思えてくる。
「川本さん」と書いたが、実は50年前、川本さんと面識を得て、1年近く何度か話をきいたことがある。
中高一貫の学校で、私は中学3年生、川本さんは高校2年生だった。学校の図書室を運営する委員会があり、なぜかクラス担任から、ほかにもっと読書家はいたのだが、私が委員をやれといわれ、その時の委員長が川本さんだった。下級生にも優しく、いろいろ話をきかせてくださった。
好きな作家はと問われて、カロッサ、ノヴァーリスという名前をきいたときには、知っている世界文学全集に全くない名前で、感心というかあきれた思いがある。
この好みが反映しているように、シャイなロマンチストというイメージだった。
本書にはそういう面がよく出ていて、なつかしい。もっとも、シャイで夫人の追想記を書くか、という矛盾はあるけれど。