メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」

2014-12-28 14:20:54 | 音楽一般
チャイコフスキー:歌劇「エフゲニー・オネーギン」(原作:プーシキン)
指揮:ワレリー・ゲルギエフ、演出:デボラ・ワーナー
マウリシュ・クヴィエチェン(オネーギン)、アンナ・ネトレプコ(タチアーナ)、ピョートル・ベチャワ(レンスキー)、オクサナ・ヴォルコヴァ(オルガ)、アレクセイ・タノヴィツキィ(グレーミン)
2013年10月5日 ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場 シーズン開幕公演
2014年11月 WOWOW
 

オネーギンは映像で何度か見ているが、これまではどうもしっくりこなかった。2年前にも同じメトの映像があり、指揮は同じゲルギエフ、ルネ・フレミングのタチアーナ、ホヴォロトフスキーのオネーギンで、悪くはないはずだがロバート・カーセンの演出のせいかどうかわからないが、この「ふさぎの虫」のどうしようもないストーリーにはあまり感じ入るところがなかった。
 

しかし今回はなぜか細かいところはきにならず、大きなところでよく味わうことができた。多くはネトレプコのタチアーナのせいだろう。イタリア・ベルカントで彼女を楽しんできたところに、このシリアスな役、ということで、注目して聴いたのがよかったのだろうか。どちらかというと抑え目で、それでも実力のほどは出ていたし、見栄えもするのだが、有名な手紙の場面は思い切り激しい表出で圧倒された。考えてみれば、あれは最終的にはオネーギンに対する手紙になるわけで、彼に伝わるのは文面、しかし見る者には彼女の内面を思い切り見せていいのだから、そう考えればこれは稀代の名演である。
その一方でフィナーレの立場が逆転するところは、激しい感情をしっかり押さえた演技が素晴らしい。
 

クヴィエチェンのオネーギンとベチャワのレンスキーは見た感じは逆のようにも見える。というかオネーギンが少しおとなしく、レンスキーは陽気すぎるか、と思う。
 

今回は「ふさぎの虫」の話というよりは、振る・振られるの関係が逆転するという私の好きな話に集中できた。始めとフィナーレにある二つのキスの場面、原作脚本にあるのかどうかわからないが、この動作と意味するところが逆という効果的な演出。
 

今回あらためて感心したのはゲルギエフの指揮で、チャイコフスキーの美しい旋律線、そして必要なところで高まる密度、マニエリスム、、、ロシアものばかりでなく、レヴァインのあとこの人にやってもらってもいいとまで思わせる。もともと劇場の人だし。


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