メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

P.D.ジェイムズ 「皮膚の下の頭蓋骨」

2017-07-20 09:28:27 | 本と雑誌
皮膚の下の頭蓋骨(The Skull Beneath The Skin)(1982)
P.D.ジェイムズ  小泉喜美子 訳 ハヤカワ文庫
 
イギリス北部海岸近くの孤島、ここの所有者がその城(屋敷)で芝居をやることになり、女優クラリッサと彼女の関係者が集まる。クラリッサはかねてから脅迫されており、同伴者としてコーデリアが依頼される。
 
その数日間の中で、登場人物のさまざまな過去、関係が詳述されるが、コーデリアの観察と注意にもかかわらず、クラリッサは殺される。島にいた関係者はすべて警察から執拗に尋問されるが、その中にはコーデリアも含まれてしまう。謎解きと彼女自身の弁明、そしてしのぎ方も読み進む時の興味である。
 
脅迫状には古今演劇のの台詞の引用が多く、また古い城のさまざまな様式、装飾など、バロックというか荘重な趣もある。
ただ、読み進むうちに、これは推理の興味よりは、コーデリアから見たひとりひとりの人間描写と動機をあじわうものと思われてくる。それは前作と同様ではあるが、今回はさらに著者の力量が発揮されていて、しっとりとした共感がある。
特にラストは、こういう書きかたもあるのか、という、主人公探偵のこれまでの半生に対する感慨、これからの生き方に関する決心で結ばれている。
 
女性探偵コーデリア・グレイが主人公の作品は、彼女が初めて登場した「女には向かない職業」と本書だけである。前作でコーデリアと対峙したダルグリッシュ警視は、そのほかの作品で活躍を見せるのだが、本作には、主任警部の話しの中に、コーデリアを知っているらしい本町の幹部ということで名前が出るだけである。
 
著者はいくつかダルグリッシュものを書いていって成長し、その結果この成熟したコーデリアものを書き上げたのかもしれない。このあとなぜコーデリア登場させなかったのかは、最後の部分で納得できなくもない。それは著者も共感するものになってしまったからだろうか。
 
叙述は、イギリス女流小説の名作における心理描写を読むようで、翻訳したものからもさぞ素晴らしい英文なんだろうと想像できる。
 
なお直接は関係ないことだが、数年前の大ベストセラーで映画化もされた「ミレニアム」(スティーグ・ラーソン)は、小さい島という限定された舞台と、写真が鍵という点で共通しており、著者は本作に影響を受けたと想像する。

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