メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

ジョルダーノ 「アンドレア・シェニエ」

2018-03-13 21:07:53 | 音楽一般
ジョルダーノ:歌劇「アンドレア・シェニエ」
指揮:リッカルド・シャイー、演出:マリオ・マルトーネ
ユシフ・エイヴァソフ(アンドレア・シェニエ)、アンナ・ネトレプコ(マッダレーナ)、ルカ・サルシ(ジェラール)、アンナリーナ・ストロッパ(ペルシ)
2017年12月7日 ミラノ・スカラ座 ヴィクトル・デ・サバタ没後50周年記念
 
ジョルダーノ作のオペラのタイトルはこれくらいしか知らない。初演は1896年である。
舞台はフランス革命、革命派の中でいくつかに分かれた集団、旧体制、それらの間で、革命指向の詩人シェニエ、貴族の娘マッダレーナ、その貴族の家で親子二代の従僕として育ったジェラール、これらが革命後の血なまぐさい動きの中でからみあう。
 
最初の出会いはかみ合わなかったものの忘れられなかったシェニエとマッダレーナ、従僕から逃げ出し革命派の要職になってマッダレーナをなんとかしようとするジェラール、中心はこの三人の葛藤である。
 
ただオペラの作りとしては、詩の、愛の表出の連続であって、三人の歌唱を堪能することになる、というかそれしかない。歌い手としては甲斐があるわけだし、聴く者としては生であればなおさらだろう。ジェラールの影の部分は、作曲家にもう少し作り込んでほしかったが。
 
三人の歌唱は、申し分ない。特にエイヴソフはこの種のテノール役としてポワーが優れ、聴きほれる。ネトレプコはこれまでの感じからするともう少し高い声域の役が合うと思うのだが、年齢とともにヴェルディ指向になってきた段階であれば、この役もそうかもしれない。サルシの一筋縄でいかな悪役ぶりもよかった。
なおエイヴァソフとネトレプコは夫婦である。
 
演出は三人の葛藤に集中するためかシンプルであるが、冒頭の貴族の夜会でジェラールが自らの立場をぼやきながら、人形のように静止している登場人物たちをいじっていく動きは、なかなか考えたなと思った。
 
指揮のシャイーは、長いアリアの支えと盛り上げなど、このオーケストラの能力を存分に発揮させている。
この上演、シーズンのオープニングで、デ・サバタ没後50周年記念とある。デ・サバタ、懐かしい名前で、レパートリーはかなり広く国際派だったと記憶している。
そこで思うのだが、イタリアの指揮者は、戦後もトスカニーニのあと、このデ・サバタ、セラフィン、ジュリーニ、アバド、そしてムーティとこのシャイーは現役、ドイツに比べてもむしろいい人材を出し続けたのではないか。
 
このオペラ、名前は知っていたが、全曲は見るのはおろか聴くのも初めてである。もう半世紀以上前に、戦後初めての海外オペラとしてNHKが呼んだイタリアオペラの目玉としてマリオ・デル・モナコが来日した。まだよくわからない年齢だったが、この人の名前はすぐに覚えたし、ラジオで「オテロ」と「アンドレア・シェニエ」のアリアは耳にしたように思う(調べたら、オテロは1959年の第2次、アンドレア・シェニエは1961年の第3次であった)。

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