家庭も会社も所属の団体もコミュニティーですが、身体も社会のようだ...と言われています。
身体全体を考えず奔放に暴れ回る自己チューの細胞。そうかと思えば自己犠牲の細胞もあるそうです。
つくづくひとつひとつの個が集合体を保つには調和が必要なんだということがわかります。
私が…私が…といつも自分中心に事を運ぶ人の行き着く先は孤独だと思います。どんなに取り繕っても小細工をしても必ず墓穴を掘るのが世の常でしょうね。
立つ鳥跡を濁さず。
これは私のモットーです。日常の変化は、たとえば結婚や人事異動、引越し…。様々な別れと出会い。
これらの経験は、一種の訓練なんですね。その訓練を経て人生の大きな別れ…。その時に爽やかで潔い私でいたい…ヨーガ・スートラを読めば読むほどそう思います。
佐賀にいます。明日帰京して、明後日は山形に日帰りします。よい週末を…(荻山貴美子)