ヨーガ・スートラは無意識の領域にどうメスを入れるか…だと思います。
無意識とは私たちが今まで溜め込んできた経験によるもの。
善行を積めば良い種が撒かれるし、悪い種は悪癖となります。この悪癖は繰り返し繰り返していると人格まで変わるということですから怖いことですね。
無くて七癖なんて言いますが、私もたくさんの悪癖があります。
身体も心も何かギクシャクすることがあれば、これは絶好のチャンスかもしれませんね。
転変(パリナーマ)のチャンス到来とありがたく受け止めて良い種を潜在意識に叩き込む…
これしかないようです。
だったら意識的に自然な動きに矯正すればいい。
無くて七癖なんて言いますが、私もたくさんの悪癖があります。
ところで、不安や恐怖のない人っているのでしょうか?
坂東玉三郎さんには、心に浮かぶ日常の不安感を解消するために「うつ病」というキッカケが必要だったのだと思います。すごいのは、この糸口を自分自身で早めに見出したこと。それが「明日だけを見る」という一点集中。
坂東玉三郎さんには、心に浮かぶ日常の不安感を解消するために「うつ病」というキッカケが必要だったのだと思います。すごいのは、この糸口を自分自身で早めに見出したこと。それが「明日だけを見る」という一点集中。
身体も心も何かギクシャクすることがあれば、これは絶好のチャンスかもしれませんね。
転変(パリナーマ)のチャンス到来とありがたく受け止めて良い種を潜在意識に叩き込む…
これしかないようです。
以前、日経新聞に作詞家の阿木燿子さんが何でもない横断歩道で顔から転んだという記事がありました。
目的地に着く直前のことらしいです。
一体転ぶとは何なんでしょうか。
一説には、無意識に不自然な動きをしているからだそうです。
だったら意識的に自然な動きに矯正すればいい。
身体も心も問題は悪癖によるものかもしれません。
台所から食卓に行くまでのちょっとした距離で転んだ主婦がいました。
食卓を拭こうとして台ふきんを持った途端、無意識的に、汚れた食卓を綺麗にするという逸る心になり、結局は思い切り転び、骨折という憂き目に遇ったそうです。
人の集中力は一つしかありませんから、歩くときはひたすら歩く。仕事をするときは一心不乱。遊ぶときは大いに遊ぶ。
さて、「相手のためを思い、尽くすこと」をサービスと言いますが、お節介は「かえって相手の迷惑になるような余計な世話をやくこと」とあります。
お節介は鬱陶しい。サービスは心嬉しい。
ある旅番組で、バス停でタレントさんがバスを待っていたところ、先に待っていたおばあさんがやにわに手提げから手づくりのお菓子を出し、「これあげるよ」と無理やり手に握らせていました。「本当に結構ですから」と、断っても、おばあさんは「いいから、いいから」と、一歩も引きません。
困っているタレントさん。
あまりの強引さに渋々持たせられたお菓子の行方は?
わかりません。
年を取るということは、もしかしたら強引で空気が読めない…と言う事かも。
昨日から岐阜の師範科、大阪のNHKに来ていました。
今は東京行きののぞみに乗っています。
今月の巡業はこれでおしまい。(荻山貴美子)