岸田内閣が発足。
私は何もかも反対反対に声をあげる者ではありません。
組閣は私たち凡人が考えるような単純なこととは違うことは重々承知です。
少しでも腐敗した自民党から脱却するのは、それは岸田さんには大変な十字架を背負うことになるのは必死です。
福田達夫さんは、プライムニュースで観たとき、迫力には欠けますが、サラブレッドにしては好感が持てる人だったので起用はよくわかります。
高市さんのポストも、ごもっとも。
問題は甘利さんです。
さらに長くなった頭にはたくさんの脳みそが入っているには違いないのでしょうが、「私が入閣したらあなたのマイナスになる」と断るくらいの男気はないのでしょうか?
73才定年説はブレていないと確か言いました。
甘利さんは72才。
ん?
ん?
と思いながらこの台風の中を築地本願寺に行った私です。
まぁ、人は変わる!
と信じるしかないですね。
冷遇?されるのかどうかわかりませんが、岸田さん同様、冷や飯を食べさせられて、人格を磨き、ピカーと光った河野さんに変身して、いつかは総裁の椅子に座るのでしょうが、政治家に期待するのはもはや無理。
私は菅さんが干されたことに人生の縮図をみました。
麻生太郎さんの「これは学級委員を決めるんじゃないんだ、権力闘争だ!」の発言に、この人は麻生組組長なのだ!と思ったものです。
学級委員は少なくとも忖度はない。
学級委員で思い出しましたが、私は人前で話すのが大の苦手でした。
高校で学級委員に選ばれたとき、絶対嫌だと頑張ったのです。
母親は担任から呼ばれるし、大変でした。それでも学級委員を拒否した人はいませんので…と説得された母。
渋々引き受けたはいいけれど、土曜日のホームルームが死ぬほどイヤでした。
2度登校拒否しました。
一回は祖母のお葬式だと言って休みました。
祖母は、小学校で一度、中学校で2度目、このときに3度目殺されました。(笑)
お陰さまで、結局この祖母は99才まで長生きしました。
さて2回目の休みの理由は、魚の目が痛くて動けない…と。
母は私が学校を休むのが好きでしたから共犯でした。
そんなこんなで人はやはり慣れます。
今ではこんなに図々しくなりました。
岸田さんは、どちらかというと内向的な一面を持つ…とか。
「正義」「理不尽」の意味を考えたという体験を十分味わっています。
得意は「人の話をよく聞く」。
でも、人によっては聞かない方がいい場合もあります。
麻生組長が
「あいつは偉くなるぜ!」と上から目線。
でも、あの麻生節もそのうち聞かれなくなるとちょっと寂しくなるかもしれません。
麻生太郎さんには常習生、中毒性があるのかもしれません。
岸田さんはそんなに甘くはないでしょう。ちゃんと見据えているに違いない…と信じています。
民主党が政権をとって、はちゃめちゃになったことは国民のトラウマになってしまいました。
さてさて丸の内線が人身事故で止まりました。
まっ、今日は覚悟して出かけましたから観念しています。