yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

Song for me 6

2016-09-22 16:07:20 | Song for me







それは 『ちいさいおうち』 という絵本だった。







そのちいさいおうちは、
田舎の静かなところに建てられた
小さいけど綺麗でとても頑丈な家。


その小さい家からは、自然の四季折々の風景が見えて
それを毎日眺め、そして時々都会の光景に
憧れを抱きながら静かに幸せに暮らしていた。


でもだんだんと時がたつにつれ周りの状況が変わってくる。


小さい家の周りには大きなビルやマンションが立ち並び
そして家の前には道路が作られ車やトラックが走る。
家の上にも下にも地下鉄や線路が作られ
電車がひっきりなしに走り家を揺らす。


もう、空を見上げてもお日様は
ビルの隙間からわずかにしか見えなくて
月も星も周りが明る過ぎて見えなくなっていた。


その頃にはもうその小さな家には誰も住んでいなくて
その小さな家はボロボロになりみすぼらしくなっていた。


そこにそのちいさなおうちを建てた主人の孫の孫の孫が現れる。


その孫の孫の孫はその小さな家をジャッキを使い車に乗せ
自然あふれる静かな場所に移し、家も綺麗に直すと
またその小さな家には人が住み始めた。


その小さな家は以前と同じように
毎日四季折々に咲く花を眺め、自然を感じ、
お日様を眺め、月や星を眺め
もう都会に憧れを抱くこともなくいつまでも静かに幸せに暮らした。



そんな話を大野さんの家でウトウトしながら
聞いていたせいだろうか夢を見た。







ちいさなおうちには大野さんと自分とカズナリくんがいて
小さな丸いテーブルを囲んで3人で食事をしていた。
そのちいさなおうちの窓からは光が優しく差し込んでいて
テーブルの上にはパンとスープとサラダとハムと
色とりどりの果物が並んでいた。


大野さんは、なぜだかひらひらの可愛らしいエプロンを付けていて
右手には小さな可愛らしいポットを持っていた。
そして紅茶だろうか温かさそうな湯気をただよわせながら
ティーカップに注いでいる。


窓からは柔らかな風がふんわりと入ってきて
白いレースのカーテンを優しく揺らしていた。


食卓ではカズナリくんが小さな口を大きく開けて
パンを一生懸命ほおばっていて
それを大野さんが優しい笑顔で見守っている。
俺もそれを見ている。


そんなまるで日曜の朝の幸せ家族のような夢。









寝る前にあの絵本の事を考えていたせいだろうか。
それとも3人でテーブルを囲んでカレーライスを
一緒に食べたせいだろうか。
大野さんがかいがいしくカズナリくんのお世話を
しているのを見たせいだろうか。


自分の思い描いていた将来の想像図とは全然違うのに
朝目覚めると何だかとても幸せな気持ちだった。


いつか自分が家庭を持ったら? なんてそんな事
今まで全然想像もしたこともなかったけど
なぜだか大野さんと自分とカズナリくんの3人の生活は
容易に想像できた。


そんな事は絶対あり得るはずがないのに、と
そう思いながら自分自身に苦笑いした。









あの日


『俺と付き合ってるってことに』
『俺と恋人同士ってことにしておけばいい』 と
そう大野さんに言ったら大野さんはびっくりした顔をして
目を大きく見開いた。


そして、「櫻井って、面白いね」 と目
をまん丸くさせたままそう言ってくすっと笑った。


「……」


かなり考えて、一番いいと思って言った事なのに…と
少し不満に思いながら大野さんを見ると
まだおかしそうにクスクスと笑っていた。
その顔を見ながらやっぱり可愛いなと思う。


「いや、最初に櫻井がここの部署に入ってくるって聞いた時さ」

「……?」


そして大野さんが突然そんな事を言い出したから
何だろうと大野さんの顔を見る。


「頭が良くてクールでカッコいい人が入ってくるって噂だったんだ」

「え?」


そう言って大野さんがくすっと笑った。
何で今、その話を? 
そう思いながら何と言っていいかわからず
ただ大野さんを見つめる事しかできない。







「で、どんな人なんだろうってずっと興味があってさ」

「……」


大野さんはそのまま話し続ける。
でもそうは言っても如月課長の送別会まで
ほとんど話もしたこともなかったのにと
信じられないような気持ちで大野さんを見た。


「でも、その頭が良くてクールでカッコいい人がさ
いつも俺の想像の斜め上をいってくるから何だかおかしくて」

「……」


そう言って大野さんは可愛らしくクスクス笑った。
でも想像の斜め上ってどういう事だろう。


確かに今回は自分でも突拍子もない事を言ってしまったとは思うけど
自分じゃ割と常識人だと思っていたし周りからもそう言われてた。


「じっと見つめてきたと思ったらツーンとそっぽむかれて避けられたり」

「それは…」


大野さんがおかしそうにそう話し出す。
でもそれは大野さんが揶揄うようなそぶりをするからムカついていたからだ。


「かと思えば俺が在宅勤務になるのはもったいないからって
協力するなんて言い出してさ。
そうかと思えば最近はやけにむっとした顔で見られるし。
で、もしかして嫌われてんのかな?って思ったら
こうして家までやって来て普通にカレー食べてるし」


そう言って大野さんはおかしそうにくすくす笑った。
言いたいこともいっぱいあったような気がしたけど
その可愛らしく笑う姿を見たら
もう何も言えねえという気持ちになる。









「でもね、恋人同士のふりって言うのは、反対。彼女さんにも悪い」

「でも、もう彼女とは別れてます」

「そうなの?」


そういうと大野さんが意外そうな顔をする。


「はい、だから大丈夫です」

「でも噂はどう尾ひれがついて広まるかわからないから。
俺はもともと結婚する気も願望もないから大丈夫だけど
櫻井は違うでしょ?」

「……」

「だから、却下」

「でも…」


大野さんはきっぱりとそう言った。
確かに大野さんの言いたいことはわかる。


「今は彼女がいないからいいのかも知れないけど
もしそういう噂が嘘だとしても広まったら
結婚したいって女性が現れた時にネックになるよ?」

「……」

「ま、俺はまた櫻井の想像の斜め上をいく言葉を聞けて面白かったけどね」


そう言って大野さんはくすっと笑った。


確かに自分でもバカな事を言ってしまった思う。
でもなぜだかわからないけど大野さんの前だと調子が狂う。
大野さんを助けたいと願うばかりに正常な判断ができなくなる。













今日も高山さんが大野さんにくっついて話しかけている。
今まではその姿を見るたびにイライラしてムカついていたけど
でも今は違う。


どうすればいいのだろう。
大野さんがいなくなってしまうのは何だかやっぱり寂しい気がした。


でも家庭の事情もある。


高山さんの事もある。


でも、それだけじゃない。


在宅勤務にはなってほしくなかった。









その日はなぜか 『ちいさいおうち』 という絵本の事を考えていた。





なんでこんな事思うのかわからない。


ずっと


普通に学校を卒業して
普通に就職して
普通に恋愛して
普通に結婚して
普通に家庭を持つものだと


そう思っていた。


そしてそれが自分のレールの上の人生だと思っていた。


だから


普通に学校を卒業して
普通に就職して
普通に恋愛して
普通に結婚して
普通に家庭生活を送っていくものだと


決められたレールの上をまっすぐ歩いていくものだと


ずっとそう思っていた。







でも。






その部屋には大野さんとカズナリくんがいて
大野さんはいつもどんな時も慈しむようにカズナリくんを見ていた。
そこには優しい空気が常にあふれていてキラキラ輝いていた。
そしてその中に自分も入りたいと思った。


あの日の夢で見たような
小さな家の中で柔らかな日差しが差し込む部屋の中で
優しい空気に包まれながら3人で食事をする。
そんな生活がしたいと思った。


そんなバカな事と


そんなのは自分のレール上にはあり得ないのにと


そう首を振りながらも


大野さんの作ったカレーが甘くて


懐かしくて


おいしくて


幸せだった。


大野さんのカズナリくんを見るまなざしが


取り巻く空気が


触れる手が


すべてが優しくて


その中に自分も入りたいと思った。








あの日。


大野さんが、『人生に悩んでいる顔をしている』 と、言った。


そして、『茨の道に進もうかどうしようか悩んでいる?』 と、問いかけた。






そのちいさいおうちは田舎で静かに幸せに暮らしていた。
でも都会に憧れを抱いて、そしていざその中に入ると
想像とは全然違って住みにくくてやっぱり元の生活の方が
幸せだと気付く。


自分もそうなのだ。
普通にレールの上の人生を歩いて行けば
きっとそれなりに幸せで安定した人生が送れるはずなのだ。


でももし違う道に行ってしまったら?


ましてや


子供(自分のではないけど)がいる男の人なんて


それは、茨の道でしかない。


それに相手の気持ちもある。


お互い両親や兄弟もいる。


生活もある。






大野さんとどうこうなりたい訳じゃない。






でも。





「大野さん」





大野さんの姿を見つけると思わず駆け出していた。

Song for me 5

2016-09-13 18:00:00 | Song for me




この夏、異動で入ってきた高山さんは
かなりのイケメンだと有名な人だった。
背も高く愛嬌もあって女子社員からの人気も高い。


そう言えばここに高山さんが配属になった日。
とんでもないイケメンが入ってきたと噂になり
隣の部署からも女の子たちが見に来ていたっけ。


でも当の本人は、あんまりそういう事には興味がなさそうで
女の子に話しかけられても、やんわりとかわしていた。


それより何より同期である大野さんの事が大好きみたいで
女子社員の子が話しかけていても大野さんの姿を見つけると
すぐにそっちに行ってしまう。
そんな人だった。








まあ確かに同期の存在というのは何だか心強いものだ。
自分にも同期はいるし、たまに飲みに行って
愚痴を言い合ったりはめをはずしたりもする。
だからわからなくもない。


でも、高山さんを見ていると、何かが違うような気がした。


何というか大野さんにはとびきり優しくてそして何だか甘くて
その二人の姿を見るたびに何だかわからないけど
イライラしてムカついた。









「何か最近イライラしてない?」

「え?」

「ずっと黙ったままだし、何かあった?」

「いや…」


この日は彼女と久しぶりのデートだ。
楽しいはずの外での食事。


「そう言えばユキ結婚するんだって」

「へー」


そんないつもの彼女の結婚話に
たいして興味もなく返事をする。


「へーってそれだけ?」

「え?」

「他に何かないの?」

「何かって…」

「私来月27歳になるんだよ? それなのに、へーだけ?」


彼女がもう我慢できないというように
責めるようにそう言った。







確かに彼女は来月27歳になる。
結婚という話がいつ出て聞いてもおかしくない年齢だ。
自分自身、30歳くらいまでには何となく結婚もしていて
子供も一人か二人いるものだと漠然と思っていた。


でも。






「…ごめん」

「何がごめんなの?」


でも、今は違う。


「今は…」

「……」


彼女が何? って顔をして見る。


「今はとても結婚とか考えられない」


自分の気持ちを正直に彼女に言った。


「じゃあ、いつになったら考えられるの?」

「わからない…」


結婚適齢期と言われるような年頃の彼女に
そう告げるのは残酷だとも思った。





でも。





どうしても結婚は考えられなかった。





そして楽しいはずの食事会は
言い合いとなり
もう付き合えないと言われ
そしてそのまま別れることになってしまった。










彼女の大切な時間を結果的に無駄にしてしまった事になり
本当に申し訳ない事をしてしまったと思う。


でも何だか気分はスッキリとしていた。
重い足枷が外れて気持ちは妙に晴れ晴れとしていた。


そして、


そんな事を思う自分を最低だとも思った。










そんな私生活だったけど仕事はすこぶる順調だった。
ここの部署の人たちにも慣れ仕事にも慣れ
重要で重い仕事もどんどん任されるようになってきた。


充実した毎日。


ふと大野さんを見ると、相変わらず高山さんが
大野さんに話しかけていてそれを見て
またイライラしてムカついた。



そんな毎日。



見なきゃいいのだろうけど見てしまって
イライラしてムカついて。


だからたまに大野さんと目が合うと
ついムッとしてしまいきつい表情で
大野さんを見ているのが自分でもわかった。








そしていつの間にか季節は秋になろうとしていた。


朝も昼も夜も問わず、むっとしていた暑さから変わり
朝晩はどことなく涼しく過ごしやすくなってきた。


そんな中、


何だか大野さんの様子がちょっと気になっていた。


なんとなく元気がなくて顔色も悪いような気がする。
そしてもともと細い人なのに
何だかますます痩せてしまったような気がした。







相変わらず高山さんは大野さんにくっついて話をしている。
それを見てまたイライラしてムカついて。


でも以前と変わってしまったように見える
大野さんが気になって見ると、またムカついて。



そんな毎日。



でも。










「大野さん」


大野さんが帰るところを見計らって
思わず話しかけた。


いや違う。


今日は高山さんがいない日。
だから昼休みを返上しガンガン仕事をこなし
何とか大野さんと同じ定時退社ができるよう頑張った。



「……」


大野さんが、ん? とその綺麗な顔で振り向く。


「……あの、今日一緒に帰っていいですか?」

「え?」


そういうと意外そうな顔をした。


「俺ももう終わって今帰りなんです」


それもそのはずだ。
ここの部署は忙しく大野さんみたいに
契約社員にならない限り定時退社なんてできない。


大野さんがびっくりした顔で見つめた。
その姿はもともと細い人なのにますます
痩せて小さくなってしまったような気がした。








「大野さん」

「え?」

「家、大変なんですか?」

「へ?」


以前大野さんの家にお邪魔したとき
小さな男の子のお世話をしていた。
それが大きな負担になっているのではないかと心配だった。


「何か随分と痩せてしまいましたよね?」

「そんな事ねえよ」


そう言うと大野さんはふふっと笑う。


「何か、悩みでも…」

「ごめん、話聞きたいけど、急いでてもう行かなきゃ」

「え?」


そう言いかけた途端、大野さんが時計を見て
慌てて帰ろうとした。


「カズ迎えに行かなきゃいけないから、ごめん、また今度」

「えっ? 待って、俺も…」

「え?」

「一緒にいっていいですか? だって…」


今日はそのために仕事を頑張ったのだ。
また今度なんて高山さんの目もあるし無理だと思った。


「……?」

「お願いします、邪魔しませんから」


でもそんなことは大野さんには全く関係ない事だし
それに何で自分がこんなに必死になっているかもわからない。
でも思わずそう大野さんに言っていた。


「……? 俺はいいけど…」


大野さんがあまりにも必死で頼んだせいなのか
戸惑いながらそう答える。
でも今日という日を逃すわけにはいかなかった。








電車はいつも乗る時間より早い時間だからか
学生さんがたくさんのっていて混んでいた。
そして駅を降りるとそのまま保育園に向かい
カズナリくんを迎えに行くとそのまま一緒に大野さんの家に行った。


「何だか押し掛けたみたいですみません」

「何を今さら」


大野さんは呆れたような顔をしてくすっと笑うと
そこらへんでゆっくりしててと言って
慣れた手つきで保育園バッグから着替えやら
ナプキンやら取り出し洗濯機を回した。


そして息をつく暇もなくそのままご飯を作りはじめる。
そしてその合間にはカズナリくんを風呂に入れている。
そして風呂から上がったカズナリくんにパジャマを着させると
夕食の仕上げにかかる。


手伝おうにも早すぎて手足がとても出ず
ただ座ってその姿を見つめた。


そうこうしているうちにいい匂いがしてきた。


どうやらカレーが出来上がったみたいだ。
大野さんは手際よくどんどんテーブルに
お皿やらスプーンやら運んでいる。








「え? 俺も?」


そして自分の目の前にもちゃんとカレーライスが置かれていた。


「そのために来たんじゃないの?」

「いやそのためっていうか…」


ホントは大野さんの事が心配できたのに
これじゃあまるでカレーを食べに来たみたいだ。


「まあ、甘口だけどね、それでもよければ」


大野さんが、そう言ってくすっと笑った。


「スミマセン、いただきます…」

「ほらカズも、ご本しまっていただきますして」


そう言うとカズナリくんは、はあいと言って
手を合わせいただきますと言って食べ始めた。
それに合わせ自分たちもテーブルを囲み一緒に食べ始める。


何だか不思議な気持ちがした。


大野さんと自分とそしてこのカズナリくん。
何だかホームドラマのような家族みたいだ。


って、何考えてんだろう。
男3人なのにホームドラマはないだろう。
ましてや家族なんて。


多分こんな考えになってしまうのも
この甘いカレーのせいだろうと思い自分自身に苦笑いした。


カズナリくんは大野さんとどことなく似ていて
優しい顔立ちをした可愛らしい子だった。


自分がここに一緒にいる事に対しても
カレーを食べていてもたいして疑問を持つこともなく
目が合うとニコッと笑ってくれる。
可愛い子だなと思った。


そして大野さんの作ったカレーはやっぱり少し甘くて、
子供のころ母が作ってくれたカレーと似ていて
何だか懐かしい気持ちになった。








そうこうしているうちに時間はあっという間に8時になっていた。
大野さんはカズナリくんの歯磨きをすると
ちょっと寝かせてくると言って隣の部屋に
カズナリくんを連れて行った。


その部屋からは絵本を読んでいる
大野さんの優しい声が聞こえた。


それを聞きながら、また昔の事を思い出していた。


自分も昔、寝る前に母に絵本を読んでもらっていた。
続きが気になるのにどうしても眠くなってきて
結局最後を知る前にいつも眠ってしまっていた。


そんな事をぼんやりと思い出しながら聞いていたら
何だか胸がきゅっとなった。








ぼんやりと大野さんの話す優しい物語を聞いていたら
何だかウトウトとしてくる。
カズナリくんもその優しい物語を聞いているうちに
眠ってしまったみたいで大野さんがそっと隣の部屋から出てきた。


そしてそのまま冷蔵庫に行くと、ビールをポンと渡してくれた。


「あ、すみません、いただきます。って本当に俺何しに来たんだか」

「カレー食べに来たんでしょ?」


大野さんはそう言って、くすくす笑う。


「違います」

「ふふっ 違った? ビール飲みに来たんだっけ?」


そう言ってまたくすっと笑った。
一生懸命お母さんの代わりをしている大野さんは
母の様に神々しくて綺麗だったけど
こうやって笑っている姿は可愛らしいなと思った。


「でも、大野さん凄いですね。帰ってから息つく暇も全然ない」

「どうかな? 世の中のお母さんはみんなこんな感じなんじゃね?」


大野さんはそう言って何でもない事のように笑うけど
大野さんも世の中のお母さんも大変だなと思った。








「何か悩みがあるんだっけ?」


大野さんがビールを飲みながらそう言った。


「いえ、俺じゃないです、大野さんが、です」

「え? おれ?」

「最近元気ないですし」

「もともとこんなもんだけど」


そう言って大野さんはふふっと笑う。
その茶化しているような姿がまた可愛らしいなと思う。


「でも随分と痩せてしまったような気がして心配で」

「心配? いつも俺の事むっとした顔で見てなかった?」


バレてたか。


「それは…」

「……?」

「それは、何だかムカついてしまっていたからです」


大野さんに真っ直ぐに見つめられて、正直に答える。


「何で?」

「……」

「……?」

「それは自分でもよくわからないですけど何だか高山さんと
話しているのを見ると何だか無性にムカついてしまって」

「高山?」

「何でか他の人と大野さんが話しているのを見ても
全然そう感じないんですけど…ってバカみたいですよね
何言ってんだろ俺」


そう自分自身に苦笑いすると
大野さんがまた真っ直ぐな目で見た。













「……高山ねぇ、何か俺の事好きみたい」


好きって、また好きって話?
こないだも如月課長が大野さんの事を好きって話していなかったっけ?
しかもまた男だし。


「何かね、入社した時からずっと好きなんだって」

「入社した時からって…」


って、長くね?
っていうかあのイケメンで隣の部署からも
女の子たちが見に来ていた高山さんが大野さんを好き?
っていうか、そもそも大野さん男だし…


そうは思ったが自分の中で点と点がつながったような気がした。


そして相手が大野さんならそういうのも
あり得る事なのかもしれないと不思議とそう思った。









「でもねえ?」


そう言って大野さんは困った顔をして苦笑いを浮かべる。
そうだ。そうは言っても大野さんの気持ちもある。


「そこは男同士なんだしダメなものは駄目だとはっきり断れば」

「そう、だから一番の問題は俺なんだよね」

「……?」


って、どういう意味?
まさか 大野さんも?


「はっきり断れればいいんだろうけど、付き合ってる人もいないし。
そもそも今まで人を好きになったことがないから、よくわかんないんだよね」


って。
今まで人を好きになったことがない?
一度も?


「だからきっと隙を与えちゃってるんだろうね」


そう言って少し困ったようにふふっと笑った。


隙? て、どういうこと?
大野さんの言っている意味が分からない。






でもそう言えば大野さんが以前一生子供の持てない人生だと言っていた。


それは今まで人を好きになったことがないから
これからも好きになる事はないと、そういう意味なのだろうか。


だから普通の人生を歩んできて、普通の人生を歩んでいく人には
わからないと、そう言ったのだろうか。










「もう自分なら変えられるって、思いこんじゃってるからダメなんだよね」

「……」

「だからこれはもう物理的に離れるしかないのかなって」


物理的に離れる?


「……だから 在宅?」

「うん、それもある」

「そんな…それが理由で在宅勤務って大野さんの才能がもったいないです」

「前もそう言ってたね」


そういうと大野さんがくすっと笑う。


「だって本当に俺は大野さんのセンスと才能が凄いと思っているんです」

「また言ってるし」

「それに…」

「……」


何でかはわからないけど大野さんの姿が
見られなくなってしまうなんて
やっぱりいやだと思った。
大野さんがじっと見る。






何とかならないだろうか。



いや、何とかしたい。



カレーを食べに来たわけでもビールを飲みに来たわけでもないんだ。



考えろ考えろ考えろ









「だったら…」

「……?」


自分でも何でそんな突拍子もない事を
思いついたのかわからない。


「だったら、俺と…」

「……?」

「俺と付き合ってるってことに」


相手は大野さんだ。
まぎれもなく男の人だ。


でも、それしかないと思った。
そしてそれが一番いい考えだとも思った。












「俺と、恋人同士って事にしておけばいいと思います」








そう大野さんに告げた瞬間。








自分の思い描いていた人生のレールから



ガタっと大きな音を立てて



外れた気がした。






Song for me 4

2016-08-02 17:28:00 | Song for me






今日から大野さんが出勤してくる。


なぜかそれをソワソワしながら待っている。



大野さんから何か言ってくるのではないかと


どこか期待しながら待っている。





イライラしてムカついていたはずなのに




その姿が現れるのを今か今かと




緊張しながら、待っている。











あの日はただ同僚の家へ頼まれたものを届けに行っただけなのに
そして言われた通りパソコンの設定をしただけなのに
何だかまるで二人だけの秘密を共有したかのような
そんな気分になっている。


大した話をしたわけでもない。
特別な事をしたわけでもない。


でも、その時の事や大野さんの顔を思い出すと
ちょっとくすぐったいような嬉しいような
それでいて恥ずかしいような
そんな変な気分になる。


でも、その反面。


謎が増えてしまったも確かだ。
大野さんの家庭の事情
大野さんの言った言葉の意味。


大野さんの事は気にしないように
見ないようにしていたのに
あれからずっと大野さんの事を考えている。


そして大野さんが自分に話しかけてくるのを
今か今かと緊張しながら待っている。







大野さんの姿が見えた。


あの日以来だ。


何だか不思議な気持ちでその姿を見つめる。


あの日までは仕事場で会うだけのただの同僚だった。
そのただの同僚であった大野さんの自宅を訪れ
そして部屋に入り、お茶を飲み
大野さんの家のパソコンを設定した。


その全てが夢だったような気さえする。


大野さんの顔をじっと見つめた。
大野さんは気付かない。


今まで気にして見ていなかったけど
綺麗な顔をしているなと思う。
小さく整った唇。
鼻筋が通った綺麗な鼻。
バランスの良い顔立ち。


特に愛想がいいわけでもない。
明るく挨拶をするわけでもない。
でも、なぜかそこだけ空気が変わる。
自然と周りの人が寄ってくる。
そんな不思議な雰囲気を持った人。


そして今もまた、大野さんが現れると
休んでいたせいもあるのだろうか
次々と人が寄ってきて話かけている。







そしてその中に一人。
一際親しげに大野さんに話しかける人がいた。


高山さんだ。


高山さんは大野さんが休んでいるときに異動で入ってきた人で
どうやら二人は同期らしい。
二人がお互いの存在に気付き何やら
めちゃくちゃ盛り上がっている。


確かに同期の存在は他の同僚と違って何か特別な存在だ。
研修などでもなにかと一緒になる事も多いし横の繋がりもある。
だから親しげにしていても何ら不思議な事はない。
でも、何だかちょっと面白くない。


これまでも大野さんは自然と人が寄ってきて
話しかけられる人ではあった。
でも高山さんは何か違う。
同期のせいかやたらなれなれしくてスキンシップも多い気がする。
何だかそれを見ると無性にイライラした。


今まで大野さんが他の同僚などに話しかけられているのを見ても
楽しそうに笑っているのを見ても何とも思わなかったのに
高山さんと一緒にいるのを見るとなぜか無性にムカついた。


大野さんは自分の視線には全く気づかない。
何だかイライラしてムカついた。










そして結局この日は大野さんと話をすることもなく
そのまま大野さんは定時で帰ってしまった。


なんとなく大野さんから一言くらいあるかなと
多少期待していたせいかがっかりしている自分がいる。
イライラしてムカついていたはずなのに
何もなく終わってしまった一日を
残念に思っている自分がいる。






そしてそうこうしているうちに一週間が過ぎてしまった。


自分も外勤が入ったり打ち合わせなどで忙しく
あわただしい毎日だった。
大野さんも休んでいた分が一気に押し寄せているみたいで
忙しそうだが淡々と仕事をこなしていた。






そんな毎日。











昼休み。トイレで手を洗っていると人が入ってくる気配がした。
それが大野さんだとすぐに気づいた。
大野さんの方は、全く気付かない。
手を洗いながらじっとその姿を見つめた。


あれから10日以上が過ぎていた。


そう言えば以前もこんな事があったなと思う。


あの時は大野さんが手を洗っていて自分が後から入ったんだっけ。
そんな事を思い出していたら大野さんが自分の存在に
気付いたみたいで近寄ってきた。


「ごめん、ずっとお礼を言えてなかったけど
あの時は届けてくれてありがとう。パソコンも…」


そう言って大野さんがニコッと笑った。
その無邪気に笑う笑顔に胸がきゅっとなった。


なぜだろう。ずっと大野さんからこうして自分に
話しかけてくれるのを待っていたせいなのだろうか
その笑顔に胸がきゅっとなる。


そして大野さんの方も、やっと伝えられたと思っているのか
どこかほっとしたような表情をしたように見えた。


「いえ、お役に立てて嬉しいです」

「んふふっほんと凄く助かった~」


大野さんが可愛らしくそう言って笑った。
その姿にまた胸がきゅっとなった。









「あ、あの、でも…」

「……?」


何だかこのまま会話を終わらせてしまうのは
もったいないような気がした。
それにあの時言った大野さんの言葉の意味も確かめたかった。


「でも、あれから大野さんの言ってた言葉の意味をずっと考えてました」

「……え?」


だから大野さんが満足し歩き出そうとしたところを
待ってと話しかける。


大野さんが立ち止まり何だろうと真っ直ぐな視線で見る。


「大野さんが言っていた、子供が持てない人生ってどういう事だろうって」

「あー」


ずっと考えていた。
どういう意味なのか。
どういう考えがあってそう言ったのか。


「それって、もしかしておたふくの事ですか?」

「へ?」


ずっと考えて考えて一つ思い当たることがあった。


でもそれを言うと、大野さんがきょとんとした顔をした。
あれ? もしかして違った のか?


「いや。こないだ伺う時におたふくになったことがあるか
確認してから行くようにってしつこく言われていたので
気になって調べたんです。それで…」

「んふふっおたふくは全然関係ないよ」

「そ、そうなんですか?」


大野さんがおかしそうにクスクス笑った。
そんなに変な事言ったかな?
大人になってからおたふくになると男の人は不妊症になる事があるって
書いてあったから絶対これだって思ったけど違かったのか。


大野さんがよっぽどおかしかったのか
クスクスと可愛らしく笑い続けている。


「何を言い出すのかと思ったら」


そう言いながらいつまでもおかしそうに
くすくす笑う大野さんを見てあんなにイライラして
ムカついていたはずなのに思わず笑みが浮かんでしまう。


この人は笑うとこんなに可愛らしい人なんだなと思った。


そしてトイレから戻った大野さんに
また高山さんが嬉しそうに話しかけていた。
それを見てまたイライラした。


確かに同期は特別な存在だ。
新人研修から一緒だし何かと一緒になる機会が多い。
だから何でこんなにムカついてしまうのかわからないけど
でもやっぱりその二人の姿を見るとイライラしてムカついた。








そんな毎日。








仕事は忙しいけど充実してて


大変だけど面白くなってきて。


たまに親に顔を見せに実家に帰って


時々彼女とデートして。


仕事場では相変わらず高山さんが大野さんに絡んでいて


それを見てまたムカついて。










そんな中、大野さんが在宅勤務に変わるという噂を耳にした。


大野さんが在宅勤務に変わる?
ってまさか。
嘘だろ?
でも、もしかしてあの男の子のため?
でもそれしか考えられなかった。


確かに大野さんの仕事は在宅でもできる。
現にあの時も家で仕事をしてたし、それにこれまでも
そういうことが何回かあったようだ。


でもそれは単発の仕事だ。
完全に在宅勤務になってしまうと今までのような仕事が
できなくなってしまうし仕事内容がかなり制限されてしまうだろう。


そしたら今までのように大野さんの才能が
十分に発揮できなくなってしまう可能性がある。
あれだけの才能を持っている人なのにもったいないと思った。


そしてそこまであの男の子のためにしなくてはいけないのかとも思った。
お姉さんの子供と言っても
血がつながってるとは言っても
自分の子供ではない子。
あの男の子の父親や祖父母もいるはずだ。
大野さんがそこまで犠牲にならなくてはいけないのかと思った。


そして何より、もし大野さんが在宅勤務に完全に変わってしまったら
今までの様に大野さんに会えなくなってしまうだろう。
それがなんだか凄く寂しいような気がした。


別に特別仲がいい訳でもない。
毎日話をするわけでもない。
昼ご飯を一緒に食べるわけでもない。
チームで一緒に仕事しているわけでもない。


でも。


何だか自分の中で気になるのだ。
もともとここは入れ替わりも多い。
自分自身半年前にここに部署に異動になったばかりだ。
でも他の人が異動になっても自分が異動が決まっても
へーとしか思わなかった。


でもなぜか大野さんが在宅に変わると聞いて
驚いている自分がいる。
そしてその才能が発揮できないのがもったいないと
自分の事の様に悔しく思っている自分がいる。











今日も大野さんは変わらない。
淡々と仕事をこなし定時になると退社する。


そして相変わらず高山さんは大野さんに話しかけていて
それを見てイライラしてムカついて。


まだ正式な辞令は出ていない。


本当に大野さんは在宅勤務に変わってしまうのだろうか?


だとしたら、いつ?











「大野さん在宅勤務に変わるって、本当ですか?」


いてもたってもいられず
帰ろうとする大野さんを廊下で呼び止め聞いた。
大野さんが怪訝そうな顔で見る。


「え?」

「噂でそう聞いたので」

「んふふっ、俺の事避けてたって言ってたでしょ? ちょうどいいね」


大野さんは揶揄うようにそう言った。
確かに揶揄われてムカついて避けていた時もある。
でも今は、違う。


「……あの男の子のためですか?」

「え?」


どうしても聞きたかった。


「どうしてそんなに大野さんが犠牲にならなくちゃいけないんですか?」

「別に犠牲だなんて思ってないよ。前にも言ったでしょ? 関われて嬉しいの」


そう言って大野さんはふっと笑う。


「でもだからって在宅勤務になったらもったいないです」

「もったいない?」


大野さんは自分の才能に自覚がないのか
そう言って不思議そうな顔をする。


「こんなに才能にあふれているのに」

「才能なんてねえよ」


やっぱり自分の才能に自覚がないのだろう
大野さんはそう言ってくすっと笑った。


「俺は大野さんの事才能の塊だと思ってます」

「は?」

「だから、在宅なんてもったいないと思ってます」

「……」


そう言うとさっきまで笑っていた大野さんが
真面目な顔になって真っ直ぐな視線で見た。


「だから、俺も……」

「……?」

「俺も、できることは協力しますから、このまま…」


大野さんがその言葉にびっくりした顔をする。
確かにそんな事言われれびっくりするだろう。


「……自分で何言ってるかわかってる?」

「……」

「これからあの人と結婚するんでしょ?
そんな協力なんてできるわけないでしょ?」

「……」

「それこそ子供とかできたら
自分の家庭が第一になって他の家の事なんて
構っていられなくなるよ?その時にどうするの?」

「それは……」

「そういう事でしょ?家庭を持つって」


確かにその通りだ。でも……。


「気持ちは嬉しいよ」


そう言って大野さんはクスッと笑った。


「でも在宅にするかどうかはまだ考え中。
確かに在宅になると仕事の幅が狭まってしまうから
じっくりと考えなくてはいけないかなとは思ってる」


って、決定した訳じゃないんだ。
一気に肩の力が抜ける。


っていうか勝手に焦って何やってんだろう。
それに思い余ってとんでもない事まで口走ってしまった。
なんて軽々しい事をいってしまったのだろう。
確かに自分自身が家庭を持ったらそんな事できるはずないのに。
自身の言った言葉に今さらながら恥ずかしくなる。


でもあの時は大野さんが続けられるのであれば
何でもしたいって思っていた。
自分の家庭の事なんて全く考えてなかった。


大野さんがここに毎日来てくれればいい。
才能を埋めてしまうのはもったいない。
それだけだった。









今日も彼女は結婚の話をしてくる。
それをどこか遠い国の話のように聞いている。







レールの上の人生。


これからもずっとそのレールの上を歩むと思っていた。


そして30歳くらいまでに結婚して、家庭を作ってと


そう思っていた。


それが自分の人生だと思っていた。







でも。







あの日。



大野さんが



『茨の道を進もうかどうしようか悩んでる?』



と、そう問いかけた。





Song for me 3

2016-07-22 19:58:30 | Song for me





暑い。



暑くて、



身体が蕩けてしまいそうだ。





なぜか、今スマホを片手に地図を見ながら住宅街を歩いている。


なぜかこの暑い中、資料を片手に大野さんの家を訪れようとしている。






あれからまた揶揄われはいけないと
大野さんの事は気にしないように、そして見ないようにしていた。
だから大野さんと目が合うこともなかったし、話すこともなかった。


なのに今、なぜか大野さんの家に向かって歩いている。


このくそ暑い中、入力した住所を頼りに
スマホの案内操作に従って大野さんの家に向かっている。
何で自分が大野さんの家に行かなくてはいけないのだろうと
何度も思いながらも案内表示に従って歩いている。






大野さんは3日ほど仕事を休んでいた。
しかももうしばらく休まなくてはいけないらしい。


そんなに体調が悪いってことだろうかと
少し気になっていたら、課長に大野さんの家に
資料を届けてほしいと頼まれた。


……意味わかんない。


体調が悪くて休んでいる人に普通、仕事のものなんて持っていく?
ゆっくり休めないじゃん。鬼か?
そうは思ったが確かに今手掛けているものは
大野さんのセンスと技術が不可欠だ。
そして、それにはここにある資料が不可欠だった。


けど、やっぱり意味わかんない。
しかも設定画面でわからないところがあるらしいから
ついでに見てきてやってほしいという。


……やっぱり意味わかんない。








他にも大勢いるのに何で俺?
せっかく大野さんの事を気にしないように
そして見ないようにしていたのに何の嫌がらせかよと思う。


っていうか体調悪くて休んでいるんじゃねえの?
仕事ができるのならそもそも休んでないで仕事に来てんじゃねえの?
そうは思ったがなぜか大野さんはそういう事が
年に3,4回あるらしかった。


どういうこと?
やっぱり訳わかんない。


そんな事を思いながらも上司命令には逆らえるはずもなく
暑い中案内表示に従って住宅街の中を歩く。
イライラして、ちょっとムカつきながら。











ここだ。


目の前には2階建ての6世帯程が入った綺麗な白い建物があった。
部屋番号を確認しインターホンを鳴らすと
はーいと大野さんの声が聞こえた。


その声にドキッとする。


久々に聞く大野さんの声。
何とも思っていなかったはずなのに
いやそれどころかイライラしてムカついていたはずなのに
大野さんの声を聞いた瞬間、急にドキドキしてくる。


でもドキドキとしているとまた面白がって
揶揄われれてしまうかもしれないと思い
櫻井ですと平静を装いインターホンに向かって答えた。


玄関の扉がゆっくりと開く。


大野さんだ。


その大野さんの姿を見てまたドキッとする。


大野さんは首元が少し開いた黒いTシャツに
足首が少し見える位の少し丈の短いパンツをはいていて
とてもラフな格好だ。
その幼さと大人っぽさの入り混じった姿に
またドキドキした。


そして視線が合うと、なぜか大野さんが
嬉しそうにくすっと笑ったような気がした。
その顔を見てまたドキッとする。








「あの、これ、頼まれていた資料です」

「こんなところまでわざわざ悪いね」

「いえ、頼まれただけなので」


何でこの人にこんなにいちいちドキドキしてしまうのだろうと思う。


「このまますぐに帰るのは暑くて大変でしょ。
少し涼んでいけば? 冷たいお茶位入れるよ?」

「いえ、大丈夫です」

「そう?」


せっかくそう言ってくれたのに
あっさりと断りすぎたせいか何なのか大野さんが一瞬
寂しそうな顔をしたような気がした。


「あ、でも、何か設定で聞きたいことがあるって聞いたのですが…」

「そうなんだよね~もう訳わかんなくなっちゃって」


そう言えば課長に見てやってほしいと言われてたと思い出しそう言うと
大野さんは苦笑いを浮かべながら照れくさそうに笑った。
その照れくさそうに笑う大野さんが
何だか可愛いと思ってしまう。


暑い中こんなところまでこさせられて
ずっとムカついてイライラしていたはずなのに
そのはにかんだような笑顔をみて
すっとその気持ちがなくなっていくような気がした。








「サト…シ」


そんな話をしていたら突然部屋の中の方から声が聞こえた。


「……」

「……」


お互い顔を見合わせる。


その綺麗な顔。
視線が合うとなぜかまた胸がドキッとした。


「……今、子供の声がしませんでしたか?」

「うん、呼んでるみたい。とりあえず入って」

「……え? あ、はい」

「これスリッパ」

「すみません。お、邪魔 します」


呼んでいるみたいって誰が? 
ドキドキしながら大野さんに促されるように部屋の中へと入る。


そこは2LDKというのだろうか。
入ってすぐの部屋にはキッチンとソファとテレビがあって
その奥にもう一つ部屋が見えた。


大野さんがそのままリビングを通り抜け
ずんずんと奥の部屋に入っていく。
なんとなくそのまま一緒にその部屋についていくと
そこには幼稚園くらいの男の子がベッドに寝ていた。












「どうしたの?」


大野さんがその男の子のそばに寄って優しく聞く。


「お水 飲みたい」

「ふふっ喉乾いた?」


男の子が小さな声で言う。
その言葉に大野さんが冷蔵庫から慣れた手つきで
コップに水を注ぎ、もうのど痛くないかな?
と言いながらその男の子にやさしく水を飲ませ始めた。


その子は一体誰?
もしかして大野さんの子供?
頭の中に、はてなマークがたくさん浮かぶ。


「ごめん、適当に座ってて」


聞きたい事が山のようにあった。
けど大野さんが振り返りながらそう言ったので
おとなしくソファに座って待つ事にした。









「待たせちゃってごめん。はい、これ」


しばらくすると大野さんが近づいてきて
冷たいお茶が入ったグラスを手渡してくれる。


「……あ、いただきます」

「ふふっどうぞ」


おずおずとグラスを受け取りながら大野さんの顔を見る。
目の前には大野さんの綺麗な顔。


凄く不思議な気分だった。
今まで大野さんとロクに話をしたことなんてなかった。
話したと言えば課長の送別会の時とその後に一回だけ。


それも大野さんに揶揄われたような事を言われただけ。
その後は何だか無性にイライラしてムカついて
顔も合わせなかったし、ましてや話もしなかった。
ずっとわざと避けていた。


それなのになぜか今、その大野さんの部屋にいる。


何だか気まずいような照れくさいような
でもその反面、大野さんの部屋に二人きりという状況に
(正式にはすぐ隣の部屋に男の子がいるけど)
ドキドキするような夢の中にいるようなそんな変な気分だった。











「あ、あの 男の子は?」

「もう寝たみたい」


大野さんが男の子の眠っている部屋を見つめ答える。


「えっと、そうじゃなくて…」

「え?」

「その、大野さんのお子さんです よね?」

「……え?」

「って当たり前ですよね、一緒に暮らしているんだから。
あ、っていうか奥様は今日はお仕事か何かですか?」

「ふふっ何だか質問攻めだね」


大野さんはおかしそうにふふっと笑う。


「すみません、なんか気になっちゃって」

「ふふっ俺、奥さんなんていないよ。あの子は、姉ちゃんの子」

「え? お姉さんの 子?」

「そう、今は預かってるだけ」

「それって?」


やっぱり頭の中に、はてなマークがたくさん浮かんできて
ついまた質問してしまう。


「ふふまた質問? そんなに知りたい?
っていうか、俺の事ずっと避けてなかった?」

「え?」


バレてた。
って当たり前か。


「図星か…でも、何で?」

「何でって…」


大野さんが図星かと言った瞬間。
大野さんが悲しそうな顔をしたような気がして
何も言えなくなった。


確かに大野さんの事を避けていた。
また揶揄わるんじゃないかと思って見ないようにしていたし
他の場所でも合わないように気を付けていた。


「でも、今日は来てくれたん だ?」

「……上司命令なので」

「そっか。上司命令だもん、ね」


そう言って大野さんはふふっと笑う。
けど、一瞬。
何だか少し寂しそうな顔をした気がした。


「あ、そう言えばわからないところがあるって聞いたのですが?」

「ああ、そうそう」


その大野さんの表情に戸惑ってしまい
どうしていいかわからなくなって
慌てて話題をそらす。








パソコンの前。


二人並んで画面とにらめっこをしている。


横を見ると大野さんの綺麗な横顔。
何だか顔が近くて
そしてその横顔が美しくてまたドキッとする。


でもまた揶揄われてしまうかも知れない。


そう思って


変に意識してしまいそうになる気持ちを


押し殺し画面に向かった。














「今日は、ありがとう」


大野さんが嬉しそうにそう言った。
一つとはいえ年上でましてや男の人なのに
その表情にまたドキっとする。


「……でもまだしばらく休まれると聞いたのですが?」

「もう熱も腫れも引いたんだけど
おたふくだからあと3日出席停止なんだって」

「え? 」


ってことは自分が具合が悪くて休んでいたわけではなく
あの男の子の為に休んでいたってこと?


「だから俺が出勤できるのも週明け」


大野さんが苦笑いを浮かべながらそう言う。


「だって、お姉さんの子供なのに…」

「うん、姉ちゃんの子どもだけど、ね」


思わず疑問に思っていたことを口に出してしまう。
そもそもこの子のお父さんや祖父母だっているはずなのに
大野さんがお姉さんの子にそこまでしなくてはいけないのかと思う。


「……」

「でも、あの子を見れるのは俺だけだから」

「……?」

「姉ちゃんは調子がいい時と悪い時とあって…
だから動けない時は俺が保育園の送迎をしたり
こうして預かったりしてるんだ」


大野さんがまるで自分の考えを読んだみたいにそう言った。



「自分の子でもないのに……」

「まあ、ね」

「大変じゃないですか」

「ふふっ全然。俺一生子供持てない人生だって諦めていたから
こうして一緒にいれることが嬉しいの」

「……一生 子供が持てない 人生?」


大野さんの言う言葉の意味が分からない。


「ふふっわからないでしょ?」


あまりにもびっくりした顔をしていたせいか
大野さんは、そう言ってふふっと笑う。


もしかしてまた揶揄われているのだろうか。


大野さんの真意が全然わからない。


「普通の人生を歩んできて、そのまま普通の人生を歩んでいく人には
きっとわからないよね」

「……」


そう言って大野さんはまたふふっと笑った。










「こないだ一緒にいた綺麗な人は恋人?」

「え?」


戸惑っていると大野さんが突然そう聞いてくる。


「きっとその人と結婚して家庭をもって
そして家族となっていくんだろうね、当たり前のように」

「……」


やっぱり意味が分からなかった。
やっぱりまた揶揄われているのだろうか?


「ふふっ幸せだね」

「……」

「今日はありがとね、おかげで内職もはかどる」



意味が理解できなくて何も言えないでいると
大野さんはそう言って笑った。









外は、まだ暑い


今日はそのまま直帰していいと言われている。
彼女に食事でも一緒にしようと連絡した。


彼女と会うと相変わらず彼女は結婚を匂わせてくる。
まぁ当たり前なんだろうな。


このままきっとこの彼女と結婚する。


それが、レールの上の人生。


普通に大学を卒業して
就職して
結婚して
家庭を作って


それが当たり前の人生で
幸せな人生なんだろうなと思う。


燃え上がるような恋なんかじゃないけど
会えなくて辛くて苦しいとかないけど
胸が苦しくて眠れないとかないけど。


胸が締め付けられるような思いとか
心臓をわしづかみにされるような思いとか
胸をえぐられるような思いとか
そういう思いはしたことないけど
でもそんなもんじゃないだろかと思う。






彼女と食事をしながら大野さんの事を考えていた。


大野さんの言った言葉の意味はどういう意味だろう、と。


何か、深い意味があるのではないかと


そういう気がしている。


でも、その意味が


今はまだわからない。









来週には



大野さんが出勤してくる。





Song for me 2

2016-07-13 20:31:30 | Song for me





決められたレールの上を走ってる。


きっと


これからも


決められたレールの上を走っていく。







今付き合っている彼女は大学の同級生だ。
2年前、偶然仕事の取引先で出会って
そのまま交際が始まった。


お互い26歳。
誕生日が来ると27歳になる。


そろそろ適齢期と言われるような年になって
彼女は結婚という二文字の空気を
惜しみなくバンバンと出してくる。


彼女には彼女の人生設計があるのだろう。
それをひしひしと感じながらもなぜか進めない。
学生時代は30歳くらいまでには結婚をして
家も買って、そして子供もいるだろうと漠然と思っていた。


でも、実際にその年齢に近づいてくると何か違う。
それは彼女が悪いわけでもなんでもない。
自分の気持ちが、心が、違うと訴えてくる。


同じ大学の同級生だった彼女。
家柄的にも性格的にも申し分なく家庭的で
親も大賛成してくれるだろう。


でも、心が違うと訴える。


決められたレールの上。
そしてレールの先にある人生。
それが彼女と歩む道で間違いないはずなのに
進めない何かがあって進む事が出来ない。


でもその何かが分からなくて
彼女からの結婚話をやんわりとかわす。
そのままレールの上を走っていけばいいだけの話なのに
なぜか立ち止まったまま動けないでいる。









「最近、上の空じゃない?」

「……え、そう?」


彼女が心配そうに聞く。


「そうだよ。全然、話、真剣に聞いてくれないし」

「そんな事ないよ」


彼女に安心するように笑いかける。


「そんな事なくないよ、何か会社で悩みでもあるの?」

「え? ないよ、ない」


でも、果たしてそれは正解なのだろうか?


そんなことを思いながら彼女の顔を見つめると
彼女は安心したようにニコッと笑った。



やっぱり



何かが違うと心が訴える。












順調な人生。


一流と言われる大学を卒業し
希望する仕事にも就いた。
忙しくも充実した毎日。


隣には綺麗な彼女もいて
将来はきっと周りが羨むような
素晴らしい人生が待っている。


ちゃんと、決められたレールの上を走っている。
後ろを振り向く事もなくただ前だけを向いて
何の躊躇いもなくレールの上を走っている。







「……」




何の、躊躇いもなく?







「人生に悩んでる顔してる」


ふいにそう言われて振り向くと
そこには大野さんがいた。


「……!」


大野さん?
何で大野さんがここに?
っていうか、今大野さんに話しかけられたのだろうか?
それさえも分からなくなって思わず二度見する。


大野さんとは同じ部署で働いているとはいえ
話すのはあの送別会の日以来だった。
もともと専門分野が違う大野さんとはあまり接点もなく
今までも話したことはなかった。


だからあまりにも驚いた顔をして見てしまったせいなのか
視線が合うと大野さんはおかしそうにくすっと笑った。


でも昼時でフロアにあまり人がいない状態だったとはいえ
わざわざ自分のところに来て話しかけたのかと思うと
何だか信じられなかった。








「茨の道に進もうかどうしようか悩んでる?」

「……え?」


茨の道? 


茨の道ってどういう意味だろうか?
まさか彼女と進もうとしている道が茨の道とでもいうのだろうか。
意味が分からなくて大野さんの顔を見ると
大野さんはいたずらっ子みたいな顔でくすっと笑った。


もしかしてまた揶揄われているのかも知れない。


あの日も。


あの送別会の時も揶揄われたような気がしていた。


初めて大野さんと二人きりで話した日。


凄く緊張して何を言っていいかもわからなくなるくらい
頭の中が真っ白になったのに大野さんは全然余裕で
課長が膝の上に手を置いてきて重いんだよねぇと
驚くような事を言って平然と笑っていた。


その言葉にもびっくりだったのに





突然。









大野さんがじっと見つめてきて
そして顔を至近距離まで近づけてきた。
え? と驚いて固まったままでいると
大野さんは耳元に顔を近づけてささやいた。


あの時はびっくりして心臓が止まるかと思った。
そして驚いて何も言えず立ち尽くすだけの自分に
大野さんはふふって笑って
そのまま何事もなかったかのように行ってしまった。


突然の事に呆然として
胸がドキドキして
顔が真っ赤になって
しばらくその場から動けなくて立ち尽くしていた。


でも何とか平静を取り戻して会場に戻ると
大野さんと視線が合った。
大野さんは何事もなかったみたいにふふっと笑った。
そしていつの間にかその姿はなくなっていた。


その後も仕事場でも気になってつい大野さんに
視線を送ってしまうのだけど
大野さんは全然気にしていないようで
たまに視線が重なってもすぐかわされてしまっていた。


だからきっと気にしているのは自分だけで
自分の反応を見てただ面白がっていただけなのだと
そう思っていた。










「別に、悩んでなんていません」


「ふふっそうなんだ?」


だからまた戸惑うようなことを言って
自分の反応を見て面白がっているだけなんだと
むっとしながら答えると大野さんは、
気にすることなくそう言ってくすっと笑うと行ってしまった。


その姿を見つめながらやっぱりまた揶揄われたのだと思った。


あの後何だか大野さんの存在が気になり
気付くと大野さんの事を見つめてしまっていた。
そして大野さんもきっとその視線に気づいていたのだろう。


だからまた面白がって話しかけてきたのだろう。
何だかそう思うとむかむかしてくる。


もう大野さんの事は見ないようにしよう。
気にしているからかえって面白がって揶揄われるのだ。


大野さんの事は気にしないし、見ない。


そう、心に固く決意した。








大野さんの事は何も知らない。
ただデザイン系の学校を卒業しずっとここの部署で働いていて
2年前から家庭の事情で契約社員に変わったという事だけしか知らない。
その家庭の事情が何なのかも大野さんがどういう人なのかも
何も知らない。


ただ、契約社員に変わってもその類まれなる才能を発揮し続け
他の社員からも信頼を得、人間的にも好かれているという事だけ。


全然愛想もよくないし自分から話しかけることもしないし
淡々と仕事をこなしているだけなのに
なぜか自然と人が寄って来て
いつも誰かから守られているような
そんな不思議な人という事だけ。




大野さんの事は気にしないようにしようと
心に固く決心していたはずなのにいつの間にか
また大野さんの事を考えていて見ていたらしい。


視線に気付いた大野さんが大野さんがこちらを見る。
いつもだったらすぐにそらされるその視線。



でも



今日は、違う。



なぜか



大野さんはそのまま視線をそらすこともせず



自分の事を見つめたまま




その美しい顔でふっと笑った。