yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

ALL or NOTHING Ver.1.02 卒業の日

2016-02-25 23:24:20 | ALL or NOTHING Ver.1






シェアハウスの話をと思っていたのですが
こちらの話が先にできあがったので先にこちらをアップです。
ALLの智さんの卒業式の日の話です。









ケーキもOK。


花も用意した。


って、男の子相手にケーキも花もおかしいか。


今日は卒業式。


準備したケーキと花束を見て


自分自身に苦笑いした。










インターホンが鳴る


来た!


待ってましたとばかりにドアを開けると
制服姿のままの智が立っていて
照れくさそうに来たよと言って笑った。


「制服のまま?」

「うん、そのまま来ちゃった」

「ご両親は?」

「友梨佳がいるし帰った」


そっか、赤ちゃんがいると
卒業式とか何かと大変だよね。


「ふふっボタン全部なくなってる」


そんな事を思いながら部屋に一緒に入り
改めて智の姿を見ると制服の前ボタンも
袖のボタンもなくなっていた。


「あ~何か知んないけど思い出に欲しいんだって」


智は興味なさそうにそう言う。









「モテモテだなぁ」

「モテモテなのは翔でしょ?
いつも女の人に話しかけられてたし
いかにももてそうな顔してるもん」

「へ?」

「あ、ケーキだ」


そんな話をしていたらいつの間にか
智の興味は目の前にあるホールケーキに移っていた。


「ああ、だって卒業でしょ? だからおめでとうの意味で」

「ホントだ。プレートに卒業おめでとうって書いてある」


智はケーキを見ながら嬉しそうに言う。


「あと、これも」

「……俺、男だけど」


智に花束を差し出すと智が戸惑った顔をして
男なんだけどと言った。
まあ確かに男が男に花っていうのも変だよね。


「ホントは時計とかって思ってたんだけどさ
高価なものとか嫌がるでしょ?」

「うん、やだ」


智はんふふって笑って花束を両手で抱え
そして花を見つめ匂いをかいだ。
その可愛らしい姿に思わず笑みが浮かぶ。







まさかこんな風に智の卒業を一緒に祝えるなんて
思ってもみなかった。


見ているだけでも嫌がられて
目が合うとにらまれて
挙句の果てには見ないでと言われた事もあった。


でもその智と今こうして一緒に過ごしている。
それがとても不思議で嬉しくて幸せで
何とも言えない気持ちになる。


「ハラ減っちゃった」

「じゃあなんかお祝いに食べに行く?」

「うーん。ここでいい」


そんなこちらの思いとは裏腹に
智がお腹をポンポンしながら無邪気に言う。


「え~焼きそばくらいしかないよ?」

「焼きそば食べたい」

「じゃ、ちょっと作るから待てて?」

「俺も手伝う」


そう言うと智も立ち上がり一緒に焼きそばを作り始めた。


「おっ手際いいね」

「まあ、いつもつくってたから」


智は手際がいいだけじゃなく包丁づかいも上手だった。
ずっと熱が出ても一人でいたと言っていたから
もしかしたら長い休みとかは一人でご飯作って
一人で食べていたのかも知れない。


自分自身両親共に忙しい人だったけど
中学まで母は家にいたしそれに弟や妹もいた。
無邪気にそう言って笑う智に胸がチクっと傷んだ。








「友達と卒業旅行とか行くの?」

「ううん、別に」

「そうなんだ。じゃあどこか卒業旅行にでも行く?」

「え?」


智が食べていた手を止めびっくりした表情で
顔を上にあげた。


「どこか行きたいとことかない?」

「……」

「……?」

「……海」


そう言うと智はしばらく考えて
小さく海とつぶやいた。


「海?」

「うん、今まで学校で行っただけでじっくり見た事なかったから」

「そっか。じゃあ行く? 海」

「うん」


その言葉に智はうんと小さく頷く。
学校で行っただけという
その言葉にまた胸がチクっと傷んだ。










「何だか眠くなっちゃった」


智は焼きそばとケーキを食べるとお腹がいっぱいになったのか
睡魔が押し寄せてきたみたいで
そのままラグの上にゴロンと横になった。


「ほら制服のまま寝るとしわになるぞ」

「翔ってばお母さんみたい。
それにもう卒業だからしわになってもいいんだもん」


智が寝ながらクスクス笑う。


そうだった。


今日は智の高校の卒業式。








智は高校生だった。


あの日。


始発を待っていたら制服姿の智がいて
高校生だったのかと驚愕した。
高校生のくせに手慣れた様子でそこにいて
そして当たり前のようにダンスを踊っていた。


でも、高校生と知った時から
いや、高校生と知る前から
その姿に目が離せなくて
どうしようもなく惹きつけられた。







智がすうすうと寝息を立て始める。


卒業式で疲れ、そしておなかが満たされ
眠くなったのだろう。
その無邪気で子供みたいに眠る智の姿を見つめた。


無防備で子供みたいに可愛らしい寝顔。
夜の顔とは全然違う。


形の良いその小さな唇はプルプルで赤ちゃんの唇みたいだ。


智の身体にそっとブランケットをかけると
その寝ている横に座ってその姿を見つめた。


智は眠っていて起きる気配は全くない。
その寝ている姿を見つめた。
その姿を見つめゆっくりと顔を近づけていく。
そしてそのままその唇にちゅっと触れるだけのキスをした。


眠っていたと思っていた智が目を開けた。


「起きたの?」

「うん」

「……」

「……」


お互い無言のまま見つめ合う。
キスしたのを気付かれていただろうか。


「もっと」

「……え?」


そう思いながら智を見ると智が誘うようにそう言った。


「もっと、して?」


その瞳に目がそらせないでいると
智がもっとしてと言う。
その何とも言えない智の表情に
その瞳に
その言葉に
何も言えなくなる。


智がまっすぐ目をそらすこともなく見つめる。


まいったな。


高校生相手に心臓はドキドキして鳴りやまない。


「もう、俺、高校卒業したよ?」

「……」


こちらの思いをまるで見透かしたみたいに
智がそう言ってクスリと笑った。
その言葉にやっぱり何も言えなくなる。


確かに今日は智の高校の卒業式だった。


でも、と。


今日まで高校生だった智に躊躇いの気持ちもある。
高校を卒業したとはいえまだ18歳だ。


智が仰向けになったまま腕を首に回してくる。
えっと思った瞬間、そのまま顔を引き寄せられる。
一気に顔と身体が近づいて顔と身体がカッと熱くなる。


智の綺麗な顔がすぐ目の前にある。
智がまっすぐな目で見つめてくる。


その綺麗な顔
色白の肌
柔らかそうな茶色の髪の毛
長い睫毛
形の良い小さな唇。


その顔を見ると心臓の音が高鳴り止まらない。


高校生だからと我慢してたけど、無理。
可愛くて、愛おしい。


その目を見つめながら吸い寄せられるように
唇に唇を近づけていくとそっと重ねる。
智の首に回していた腕に力がこめられ
唇が小さく開いた。


躊躇いの心と
持っていかれる心。


やっぱり、無理。


そのままその小さな口に舌を差し入れると
深いキスをした。


















智が飽きることなくずっと海をみている。


その横顔はとても綺麗だ。


その姿を飽きることなく見ていた。


「……」

「どうしたの?」


ずっと海を見ていた智が振り向いた。
その顔は今にも泣きそうな顔をしていた。


「昔、お父さんに連れてきてもらった事ある」

「お父さんに?」

「ずっと忘れてたけど今思い出した。
3歳か4歳ごろお父さんに連れてきてもらって
こうやって海を見ていた」


海岸に波が押し寄せている。
小さな泡が生まれては消えていって
また新しい波が押し寄せると
新しい小さな泡が生まれそして消えていく。


智はそれだけ言ってまた前を真っ直ぐ見つめ海を見た。









「もうすぐ日が暮れるね」

「うん」


智は海を見つめながら答える。


「ホントはそこの水族館に行こうかと思ってたんだけど
海見ただけで終わっちゃったね」

「うん」

「こんなんでよかったのかな?」

「……」

「……?」


智が無言で見つめる。


「お父さんに手を引かれて海岸を歩いて
海を眺めて、貝殻拾って
波と追いかけっこして
母ちゃんが後ろで嬉しそうに見てた。
何で忘れてたんだろう」

「3歳くらいの時の話でしょ? 仕方ないよ」


智が小さくつぶやく。
その表情があまりにも悔しそうで悲しそうだったから
思わずそのその肩を抱きそう言った。







太陽が海に沈んでいく。


「綺麗だね」

「うん」


あの空間で見ていた時も思っていた。
綺麗な子だと。
でも海に沈んでいく太陽を見つめるその横顔は
綺麗でとても神秘的だ。


「日が沈んでいく」


智が海を見つめながらつぶやいた。


「そうだね。もう帰らないと」

「もう?」

「うん遅くなっちゃうとご両親も心配されるだろうから。
中華街でもよって食べて帰ろっか?」

「ううん、翔の家がいい」


そう言うと智は首をふる。
本当に家が好きなんだよね。
そう思いながらクスリと心の中で笑った。









「翔、好き」

「俺も好きだよ」


家に帰ると智がそう言ってぎゅっと抱きついてくる。
その身体を抱きしめ返すと智は顔を上げじっと見つめる。


その頬に
その額にちゅっとキスをして
またぎゅっとその身体を抱きしめた。


可愛くて、愛おしい。
儚くて、泣きそうになる。
愛おしくて、胸が苦しくなる。


こんなに一緒にいるのにね。


そう思いながら自分自身に苦笑いをしていると
智が不思議そうに見つめてくる。
だから何でもないよと言ってその唇にちゅっとキスをした。


そして智が今までできなかった家族旅行や
思い出をたくさん作っていこうねと
そう心の中でつぶやき
その身体をぎゅっと抱きしめた。



ALL or NOTHING Ver.1.02 12 完

2016-02-05 22:47:30 | ALL or NOTHING Ver.1








レストルームに入ると


誰かが一緒に入ってきた気配がした。


「……」

「……」


振り向くとそこには智がいて


何か言いたげな顔をして見つめてくる。


「どうしたの?」

「何で?」

「……?」

「何で、何も言ってこないの?」

「何でって」


どうしたのかと智に問いかけると


智は不満気な顔でそう言った。


「あんな事言われてさ、ずっとドキドキしてたのに
ここにきても、目が合っても、ただ俺の事見てるだけで
俺一人バカみたいじゃん」

「……」


その言葉に何も言えなくて智の顔を見ていたら


智が責めるような顔をしてそう言った。








確かに。


確かに、智の言う通りだ。


あれからここにきても、目が合っても
見ているだけで話しかけもしなかった。


「俺の事、揶揄ったの?」

「違う、揶揄ったわけじゃない」


何も言えないでいると智は不審そうな顔を向け
自分の事を揶揄ったのかと聞いてくる。
だから慌てて違うと否定した。


「じゃあ何でただ見てるだけなの?」

「……」

「……俺は、ずっと気になってたのに」

「……」



あの日。


智を抱きしめてしまった事を
そして智に好きだと伝えてしまった事を
ずっと後悔していた。


「ちょっと出ようか?」


そう言うと智は素直にこくんと頷いた。


そしてどこか静かに話せる場所でと思っていたら
智がやっぱり家がいいというので
智が望むようにマンションへ向かった。









「智には悪い事をしたと思ってる」

「どういうこと?」


家へ着くとテーブルに冷たいお茶を入れたグラスを差し出す。
智はその言葉に不審そうな顔を向けた。
確かに急にそんな事言われても不審に思うだけだろう。




でも。




智はまだ高校生だ。


あんな事を言われても智にとっては負担になるだけだろう。
だからこれからも智の事は見ているだけにしようと
心に決めていた。


そして、もし、智の方から頼ってくるような事があったら
家族のような存在で受け入れ助けてあげたいと思っていた。


でもそれ以上の存在にもそれ以下の存在にもならない。


そう決意していた。


「何でそんな事を言うの?」

「……」

「俺は、抱きしめてくれて、好きだって言われて嬉しかったのに」


その事をどう智に伝えようかと悩んでいたら
智が思いもよらず嬉しかったと言ってくる。
その言葉に心が揺らぎそうになる。






だけど、と。






智はこれから先、大きく素晴らしい未来が待ち構えている。
色々な人と出会って、そして恋もするはずだ。
その機会を奪ってしまっていいのか、と。


そして智の家庭の事も気になっていた。
智は断片的にしか話さないからどういう家庭環境
なのかよくわからない。


だけど言葉のちょっとしたところに家族に対する寂しさや不安さ
そして家族の愛情の飢えのようなものを感じる。
だからその代わりを求めているのではないか、と。



「ね、家の方はどう?」

「……どうって」


そう聞くと智はなぜ突然家の事を言ってくるのかと
不審そうな顔を浮かべる。


「ずっと気になっていたから」

「……」


あの日も泣きそうな顔でダメだったと
家族になれなかったと言っていた。
智は無言のまま見つめる。


「高校卒業したらどうするの?」

「……専門に行く」

「そっか。まだまだ学生なんだなぁ」

「俺は働くつもりだったけど親が勉強できるうちは
しておいたほうがいいって言うから」

「確かに、その通りだな」


智は何で今そんな事を聞いてくるのかと
不満気な顔をしながら答えた。









「智は家族と仲いい?」

「……何でそんなこと聞くの?」


ずっと聞きたいと思っていた。
何で高校生のくせにこんな時間に
こんな場所にいつもいるのかと。
家にいたくない理由はなんだろうと。


「家は、どう? 嫌い?」

「嫌いって訳じゃないけど……」

「けど?」

「あまり自分の家って感じがしないから」

「どういうこと?」


智は小さく答える。
前にも自分は違うからと言っていたことがあった。
それがずっと気になっていた。


「もういいじゃん、何でこんなことばっかり聞くの?」

「これ以上は聞かないから、お願いだから聞かせて?」

「……母ちゃんが結婚して、友梨佳が生まれて」

「うん?」

「……三人だけが家族って、思うから」


智は何でそんな事を言わなくてはならないのかと
不満そうにしながらも答える。


「つまり家での居場所がないってこと?」


その言葉に智は小さくうなずいた。


そうか。


やっと点と点が繋がった。


今回の進学の話にしても、こないだのお礼の件にしても
どうにも智の言葉と結びつかなかったが
これで合点がいった。


「そっか、愛されてるんだな」

「……」


そう言うと智は家での居場所がないと言っているのに
何で愛されているということにつながるのだろうかと
不満そうな表情をする。


「今はどうしても赤ちゃん中心の生活になってしまっているだろうから
自分の存在価値とか見つけられなくて
疎外感を感じてしまってるかもしれないね」

「……」


智は意味が分からないって顔をする。
でも今はわからなくてもいつか分かる日が来る。


「それで話は終わり?
それより俺に悪いことしたってどういうこと?」

「…俺、最初に見た時から智の事が気になっていた」


そんな事を思っていたらさっき言った事は
どういうことなのだと智が詰め寄ってくる。


「最初?」

「あのフロアの中心で踊ってたでしょ?」

「見てたの?」

「見てたって、目、合ったじゃん?」

「知らない」


まじか。
どうやらあの時目が合ったと思っていたのは
自分だけだったらしい。


「凄く綺麗なダンスを踊る子がいるなって
夢中になって見てた」

「そうなの?」

「うん、でもその後、学生服の智を見て愕然としたけどね」


その言葉に智は何でって不思議そうな顔をする。


「智はあまり気にしてないみたいだけど
高校生は出入り禁止なんだよ。なのにあんな目立っててさ」

「だって、あれは頼まれたから」

「まあそうだろうね。それにホントは目立つの嫌いでしょ?」

「うん」


智は素直にうんと頷いた。









「でも、あの時の智の踊りと智にすごく惹かれたんだ」

「俺の事よく見てたもんね?」

「そう、で、見るなって怒られた」

「だってしつこくずっと見てくるから」

「しつこくって」


そう言って智はくすくす笑う。
でも確かにその通りだ。
最初はダンスに惹かれて
そして綺麗な顔をした少年に目を奪われた。


色白の肌が茶色い髪ととても似合っていて綺麗で
それでいて何気なく踊るダンスが美しくて
目を離す事ができなかった。


「そりゃあ、変な人に連れ去られそうになるし?
今にも倒れそうな状態なのにいるし?
目ぇ離せないよ」

「そんな事もあったね~」


そう言って、智はあははっと笑う。
その無邪気に笑う智につい笑みが浮かぶ。


でも。


その美しさもさることながら
あまりにも無邪気で無防備だったから。
だから余計目が離せなかった。
放っとけなかった。










「……」

「……」

「俺の事好きだって言った事は本当?」

「本当」

「でも、困った顔してる」


智がじっと見つめそう聞いてきたから
正直に答える。


「……だって、智は高校生だし」

「来月卒業だけど」

「そっか。だとなおさらこれから可愛い女の子や綺麗な女の人と
出会いがたくさんあるでしょ?
そんな時に言うべき事じゃなかったなって」

「言うべき事じゃないって何? 
それが俺に悪いことしたってこと?」


そしてずっと考え思っていたことを智に言うと
智はそれが何なんだと不満そうな顔をした。


「そう。だから、伝えてしまって悪かったなって」

「いいも悪いも俺が翔がいいのに?」

「……」


その智の言葉に何も言えないでいると
智が突然ぎゅっと抱きついてきた。


「俺、翔とこうしているの好き」

「俺も好きだよ」


そして智が抱きついたままそう言ってくる。
その智の突然の行動にびっくりしながらも
可愛くて愛おしくてその身体をぎゅうっと
抱きしめ返しながら答える。






でも、と。


そう思っていたら


「それに家族の代わりとも思ってないよ」


智が顔を見つめそう言った。






「確かに家に居場所はないし、疎外感も感じてるし
翔にいつでもここに来ていいって言われて
すごく嬉しかったけど、それだけじゃないから」

「うん」


一瞬心を読まれたのかと思いドキッとする。
そしてわかったからと頷きその身体をまた抱きしめた。


智を抱きしめると目の前には柔らかそうな茶色の髪の毛あって
前の時と同じように甘いにおいがする。
その髪の毛にそっと手を伸ばし優しく触れた。


智が、ん? って顔で見つめる。


その顔を見つめながら前髪にかかっている
その茶色い髪の毛を上げ額を出した。
そしてその綺麗なおでこに唇を近づけていくと
その額にちゅっと触れるだけのキスをした。


智が見つめてくる。


「……」

「……」


その綺麗な顔を見つめた。
最初に見た時も思っていた。
とても綺麗な顔をしていると。


その綺麗な顔に見つめられ心臓はドキドキと高鳴る。


「……好きだ」

「……俺も、好き」


本当はもう見ているだけの存在になろうと思っていた。
でもそんなの無理だ。


可愛くて、愛おしい。


『好きだ』


そう言うと智が俯いて自分も好きだと言って
ぎゅっと抱きついてきた。


可愛くて、愛おしい。
切なくて、苦しくなる。


家族のような存在で支えてあげたいと思っていたけど
そんなの無理。


両手でその綺麗な顔を包み込むようにすると
そのまま顔を近づけていってちゅっと
その唇に唇を重ねた。


唇が離れると智が照れたような顔をして
もっと、と言うような顔で見つめてくる。
その綺麗な顔に見つめられ、そんな顔をされ
心臓は高鳴りバクバク言って苦しいくらいだ。


心臓の高鳴りを感じながら指を智の唇に持っていく。
そして指を下に下げるようにすると
智は何の抵抗もなくその小さな口を小さく開く。


その小さく開いた唇に唇をゆっくりと押し当て
重ねるとそのままキスをした。
智が服をぎゅっとつかみながらも
自分の動きについてきているのが分かる。


愛おしい。


愛おしくて、可愛い。
ドキドキしすぎて、胸が苦しい。


唇が離れるとその身体をきつく抱きしめた。









「ここに住みたくなっちゃった」

「ふふっ本当にここの家好きね?」

「だって、ここにくるとあったかい気持ちになるの
優しくしてもらったこと思い出してほんわかするんだもん」

「嬉しいんだけどね、またいつでもおいで」

「うん、くる」

「で、いつか一緒に住めたらいいね」

「うん」

そう言うと嬉しそうにうんと言って、ぎゅっと抱きついてきた。


可愛くて、愛おしい。


やっぱり家族みたいな存在なんて、無理。


そう思いながらまたその唇にちゅっとキスをした。













あの日。


無理やり連れてこられたこの空間。


たくさんの人が踊ってる中


智の踊るダンスだけを見ていた。





大勢の人がいる中


智を見ると心が揺れた。


綺麗な人に話かけられても


可愛い女の子に踊ろうと誘われても


智だけを見ていた。





たくさんの人で溢れかえるこの場所で



智だけを



ずっと見ていた。










おわり。





ALL or NOTHING Ver.1.02 11

2016-01-26 19:43:10 | ALL or NOTHING Ver.1








『好きだ』






その華奢な身体を抱きしめながら


思わずそうつぶやいた。






その存在があまりにも儚げで泣きそうになる。


胸に顔をうずめ、ぎゅっと抱きついてくる智が


愛おしくて、胸が痛い。







智の事が好きだ、と。


智の事がずっと好きだった、と。


真っ直ぐな視線で何でだと問いかけられるうちに


自分の気持ちが明確な姿を現した。




でも。




本当はその姿を見ているだけでよかった。


綺麗なダンスを踊る姿、美しい顔、笑った時の可愛らしい笑顔。


そんな智の姿がただ見ているだけで十分だった。





なのに。


なのに伝えてしまった事への罪悪感と自己嫌悪感。








智がぎゅっと回していた腕の力を弱め少し身体を離す。
そしてびっくりした表情を浮かべ顔を上にあげた。


「ごめん」

「……変なの」


思わずごめんと謝る。
智は照れくさそうに変なのと言って
そのまままた胸に顔をうずめた。


智の顔は真っ赤だ。
耳まで真っ赤になっている。


そして多分、自分の顔もそして耳も真っ赤になっている。


そして智が胸に顔をうずめたまままたぎゅっと抱きついてきた。
その身体を強く抱きしめる。


心臓の大きな鼓動はきっと智の耳にも届いている。


そして自分の鼓動でない鼓動も智から感じた。








智の身体はすっぽりと腕の中におさまっている。


そして目の前には智の柔らかそうな茶色い髪の毛があって
そこからシャンプーのにおいだろうか甘い香りがする。


背中に回された腕にはなぜか力が込められていて
ぎゅうぎゅうと力強く抱きついてくる。


その姿が可愛くて愛おしいと思う反面、
あの時、もうこの身体にとても触れる事なんてできないと
躊躇していた事を思い出し何とも言えない気分になる。





でも。






智に伝えてしまった罪悪感を感じながらも
智の言動がいつになく寂しそうで辛そうで
そしてあまりにも儚くて消えてしまいそうだったから
智が自分から離れるまではこうしていようと思い
その身体を抱きしめた。








どれ位そうしていただろうか。


しばらく智はぎゅうぎゅうと抱きついていたが
腕の力を弱め、そしてゆっくりと顔を上げた。


あんなに抱きついてくるなんて
何か不安だったのだろうか。
そう思いながら智の顔を見ると少し戸惑ったような
でもどこかすっきりしたようなそんな表情で見上げてくる。


「さ、もう遅いし送っていったあげるから、帰ろうか?」

「……え?」


今だったらまだ日が変わる前に家につける。
そう思いながら智に言うと智が何で?って顔をした。


「ん?」

「だって今、好きだって言わなかった?」


そして不満そうにそう聞いてきた。


「言ったよ?」

「だったら、もっと一緒にいたいとか、俺の返事とか聞かないの?」

「返事くれるの?」

「いやあげないけどっ」


そうやっぱり不満そうに言ってくるから
返事はくれるのかと聞くと智はあげないけどと言って
顔をぷいっと横に向けた。
そのかわいらしい姿に笑みが浮かぶ。


「でしょ?」

「……だって、わかんないんだもん」

「まぁそうだろうね」


そりゃそうだろう。
自分だって同じだ。








そう、わからないのは自分も同じなのだ。


好きになるのはいつも自分の考えをしっかり持った
美しくスタイルのいい女性だ。


智は


高校生で、ましてや男。







でも。


ずっと智の事を見ていた。
智の踊るダンス
その綺麗な顔
話している姿
フロアを眺めている美しい横顔。


そして


そのちょっと生意気なところが
可愛らしくて愛しかった。


「その大人の余裕がむかつく。こっちはマジびっくりしてんのに」

「ははっ」


そんな事を思っていたら智がむっとした顔でそう言った。
その言葉に笑ってごまかす。


違うのだ、と。


大人の余裕なんてない。
この状況に一番びっくりしていて一番動揺しているのは
まぎれもなく自分自身なのだ、と。


「ほらほら送ったげるから」

「え~」


智が不満そうな顔でえ~と言う。
何でだろう? もしかして家にあまり帰りたくないのだろうか。
不安になる。


「だって、翔がびっくりするような事言うから帰るモードじゃない」

「俺だってびっくりしてるよ」

「自分で言ったくせに」


帰るモードって何だ? と思っていたら
智はそう言ってクスリと笑った。


「まぁそれはそうなんだけどさ」


家に帰れない何か事情があるのかと不安に思い智に確認すると
それはないと言う。
それがずっと気がかりだった。


だからいつでも遊びに来ていいからと
そう言ってまだ日が変わらないうちに家に帰れるようにと
智を駅まで送り届けた。





















いつものようにその場所へ行くと


智がいた。


茶髪の髪


色白な肌


しなやかなその身体


鼻筋の通った綺麗な顔


いつもの友達と一緒に


いつもと同じように


時々退屈そうな顔をして


飲み物を飲んで


ふらりと踊って


話をして


ぼんやりと眺めて


踊って


飲んで











その姿をずっと見ていた。






次回、ラストです~。



ALL or NOTHING Ver.1.02 10

2016-01-21 21:55:40 | ALL or NOTHING Ver.1






智は一人でフロアを見ていた。


きゅっと口を結んで


ダンスを踊るわけでもなく


飲み物を飲むわけでもなく


友達と話をするわけでもなく


ただまっすぐ前を見ている。




その顔を見て、また心が揺れた。


美しい横顔。


綺麗に通った鼻筋。


形の良い唇。


その姿は、誰もが簡単には寄せ付けないような神々しさを感じる。





その姿を見て、また、心が揺れた。












「しばらく来ないと思ったのに珍しいね?」


しばらくそのその姿を眺めていたが
思い切って智に近づくとそう言って話しかけた。


「……」

「……」


智が振り向く。


何か言おうと思っていたのに智の顔が
今にも泣きそうな顔をしていたから何も言えなくなる。


「やっぱ、ダメだった」

「え?」


そしてその泣きそうな智の顔を見つめていたら
智がそう小さく呟いた。


「家族になれなかった」

「どういうこと?」


あの日。


お母さんに怒られたと。
早く帰ってきなさいと言われてしまったと
嬉しそうに帰っていった。


でも、家族になれなかったってどういう意味だろう?
以前も俺は違うからというような事を言った事があった。
それと関係あるのだろうか。


「やっぱ、無理だった」

「……」


智はそう言うとギュッと口を閉じた。
その表情にやっぱり何も言えなくなる。


「……でも」

「……?」

「でも、ここに来たら翔が見つけてくれると思ったから」

「……え?」

「だから、いいや」

「……?」


やっぱり何と言っていいかわからず智の顔を眺めていたら
智は自分が見つけたからいいと言う。
その智の言ってる意味も、考えていることも分からなくて
ただただ戸惑う。


「わかってる。高校生がこんなとこきてちゃダメっていうんでしょ?」

「いや、まあ」


でも、智はこちらの戸惑いを気にすることもなく、そう言って小さく笑った。










そう。


確かに以前、智に言った事がある。


高校生がこんな時間に、こんな場所にいてはいけないと。


いるべきではないと。


でも。


でも、智の姿が見えなくてつまらなかったのは自分の方だ。
いつも智の姿がないかとここに来るたびに探していたのは
まぎれもなく、自分自身だ。


「もう帰るから」

「……え? もう帰っちゃうの?」

「うん、満足したから」

「満足したって?」


だから智が帰ると聞いて、ひどくがっかりしている自分がいる。
そんな事を気にすることもなく智は満足したからと言って
ふふっと笑った。


でも、満足したと言いながらも
その顔がいつもにも増して儚げに見えて気になった。


「今度はいつ来るの?」

「……え?」


思わずそのまま帰ろうとする智の手をつかんで
そう智に聞いた。


「いや、ごめん。何か心配で」

「……?」


智は手をつかまれたまま不思議そうな顔で見つめてくる。


「いや心配っていうのも変か。でもなんか気になるから。
今日、元気ないし。ダメだったとか言うし」

「……」


そう言うと智がまっすぐな視線で見た。


「……ね?」

「……?」

「今日これから、翔の家行ってもいい?」

「……え?」


そして、突然智がそう聞いてきた。


そういえば以前もそう言ってきたことがあった。
その時は冗談だと笑っていたけど
これもまた冗談だと笑うのだろうか。


智の意図が読めない。


「冗談だよ」

「……」


智の意図が読めないままでいると
智はあの時と同じように冗談だよと言って笑った。








でも。









「いいよ」

「……え?」

「来たいんでしょ、いいよ」


何でそう言ってしまったのかわからない。
でも、あの時とはどこか違う智のその様子がずっと気になっていた。
冗談だと言った顔もどこか寂しげで前の時とは違う。


だからこんな時間に
高校生を自分の家になんて
ダメな事は百も承知している。


でも、いいよ、と言ったら智は嬉しそうに


すごく嬉しそうに笑った。















「散らかってるね」

「まあね」


智は部屋に入るとあたりを見渡しそう言った。
確かに部屋は散らかっている。
会社の書類やら本やらそこかしこに資料が重ねられていた。


「片づけてくれる人いないの?」

「まあね」

「まぁいたら俺なんて看病してないか」


智はそう言って、一人納得したような顔をするとクスッと笑った。
そしてしばらく部屋を眺めていたと思ったら、ベッドの横に立った。


「ここで看病してくれた」

「そうだね」


智はそう言いながらベッドに触れた。


そう。


あの時はただだんだん顔色が悪くなっていく智を
何とかしなければと、それだけの気持ちしかなかった。


無我夢中で、とにかく必死だった。


「ここで水を飲ませてくれたり、着替えさせてくれた」

「……うん」


智はその時の事を思い出しているのか
そう言ってベッドを見つめた。


「……」

「……」

「……何で?」


そしてちょっと考えるような顔をして何でと聞いてくる。


何で。


何でって。


「何でなんて、熱が出てのどが渇いていたみたいだから水を飲ませたし
汗をかいたみたいだったから着替えをしたあげただけだよ」

「……他人なのに? 誰にでもそうするの?」


智が不思議そうにそう聞いてくる。
まあ確かにそうだろう。
現にあの時は名前さえも知らなかった。


「いや、誰でもってわけじゃないけど」

「じゃあ、何で?」

「……」


智が静かな目で見つめる。
その智から注がれる静かな視線にドキドキが止まらない。


「言ったろ君の事が放っておけないって。
何かあれば手が出てしまうって」

「何で?」

「……」


智は納得できないのか、静かな視線を向けたまま聞いてくる。
その視線に何も言えなくなった。












「何で、俺なの?」

「何でって……」


なぜかだなんて理由はわかりきっている。


智だったからだ。


でも、それをどう説明していいのかわからないし


どう言葉にしていいのかもわからない。











「俺はね、嬉しかったの。
あんなつきっきりで看病とかしてもらったことなんて
今まで一度もなかったから」

「……」

「熱が出てもいつも一人だったから。
のどが乾いたら一人で水を飲んで、汗をかいたら一人で着替えて…」

「……」


何も言えないでいると智が淡々とした表情でそう言った。
その言葉にやっぱり何も言う事ができず、ただ智を見つめる。


「だから、あの時なんか幸せだったの」

「……」

「あの時の事はよく覚えてないんだけど
布団があったかくて、すごくほっとしたのを覚えている」

「……」

「ずっとそばにいてくれて、水を飲ませてくれたり
着替えさせてくれたりした」

「……」

「だから…」

「……」

「だから、もう一度ここにきてあの時の事を思い出したかったの。
それを思い出したら、また明日から頑張れるって思ったの」

「……」


智はまっすぐな視線を向けたままそう言った。


その言葉に何と答えていいのかわからない。


ただ、胸が痛かった。


智の言葉に、胸が痛い。


智を見ると、視線が重なった。








そして


視線が重なったまま、智の身体を自分の方に引き寄せた。


そのままその身体をきつく抱きしめる。


智は断片的にしか話さないから家庭の事情とか全然わからない。


ただ。


何も知らないくせに


そう智は言った。


そして早く帰って来いと怒られてしまったと


嬉しそうに笑っていた。








「……」


何も言えない。


智は、なぜか嫌がりもせずそのまま腕の中にすっぽりと入ったままでいる。


そして智が胸に顔をうずめたままゆっくりと腕を上に動かす。


そしてそのまま腕を背中に回してきた。


「……!」


その智のその行動に驚きながらも


そのまま


その身体をきつく抱きしめる。









そして



「好きだ」 と



その身体をきつく抱きしめたまま



そう



つぶやいた。

ALL or NOTHING Ver.1.02 9

2016-01-14 20:51:00 | ALL or NOTHING Ver.1






あの日から智はぱったりと姿を見せなくなった。


毎週のように、ここ『K』にきていたのに。








相変わらずこの場所には
国籍や人種、そして年齢や職業を問わず様々な人々で溢れかえっている。
人目を惹くような綺麗な人もいれば、笑顔が可愛らしい女の子もいる。
ハーフっぽい人や外国人。


雑誌やTVで見たことのあるモデルやタレント。
そしていかにもお金持ちそうな人や、やたらと顔が広い人。
どこかの社長やら、御曹司。
芸能人なのか有名人なのかひっきりなしに声をかけられている人もいる。







こんなにも。


こんなにも、たくさんの人で溢れかえっているのに


智だけがここにいない。






未成年なのだからいなくて当たり前のはずなのに。
高校生がこんな時間にこんな場所にいるべきだはないと
そう智に告げたはずなのに。
ここに来るとなぜか智の姿を探している。


智じゃなくても綺麗な女の人も、スタイル抜群な女の子も
かっこいいダンスを踊る人もたくさんいるのに


智だけがいない。








でも。


今日は来ているかもしれないと
今日こそは来ているかもしれないと


話しかけられながらも
踊りながらも
飲みながらも
智の姿を探している自分がいた。








フロアでは今日もたくさんの人が思い思いに酒を飲みダンスを踊っている。
派手なパフォーマンスで人々を魅了し目立っている人もいる。


そういえば智を最初に見た時。
人だかりの中心でブレイクダンスを踊っていたっけ。


その智の踊るダンスは今まで見てきたダンスとは全く違う。
とても綺麗で、その身体能力の高さとリズム感。
そして有り余る才能を見せつけていた。


あれから同じように中心で踊っている人を何人も見てきたけど
あの時のような心が躍りドキドキしながら見たダンスはない。


手の先足の先まで神経が行き届いているかのように見える美しい動き。
そこだけがまるで無重力なのではないかと思えるほどの
軽やかでしなやかなダンス。
不思議と智の踊っているときは足音が全くしない。


あの心が躍るダンスもう一度見たいとずっと願っていたけど
あれだけのダンスが見れたのは後にも先にもあの時だけだった。


あの時はたまたまだったのか。
それともここのオーナーに頼まれて踊ったのか。
今となってはそれさえもわからない。


ただ、他のどんな上手なダンスを見ても
どんなにかっこいいダンスを見ても
どんなに素晴らしい踊りを見ても


決して、心まで揺さぶられた事はなかった。


心が揺さぶられたのは智が踊るあのダンスだけだった。










好きになるタイプはいつも同じだ。


自分の考えをしっかりと持っている人。


周りの友達は顔やスタイルが第一条件みたいな感じの人が多いけど
自分としてはそれも大事だけど、それよりなによりある程度教養があって
自分の考えをしっかり持ち合わせている人が好きだった。


だから付き合う人はいつもそんな感じの似たような人が多かった。
学生時代にも、そして今の会社や取引先にもそういう人は何人もいる。
しっかりとした教養を持ち合わせていて
それでいて顔も美しく性格も申し分ない人。


そういう人からアプローチをかけられたことも、一度や二度ではない。
以前だったらこちらも好意を持ち、確実に付き合っていたはずだ。







でも。


でも、今は違う。


今は、どんなに美人で頭もよくて考えもしっかりしていている人が
現れても心は揺れない。


心が揺れるのは智だけ。










仕事をしていても家にいてもいつも思い出し


心が揺れる存在なのはなぜか智だ。



智が『K』に毎週のように来ていたころは
智の踊るダンスやその顔をただ見ているのが好きだった。
そのダンスを見ているだけで
その綺麗な横顔を見ているだけで
心が揺れた。


でも。


それはここに来れば当たり前のように見れると思っていたし
そしてあの日までは当たり前のように見ていた。
でも今は、その姿を見ることができない。


それが、どうしようもなく寂しい。


本当は高校生なのだからいなくて当たり前なのに。


智の姿が見れないことが、寂しい。




智の連絡先は知らない。
病院に行った時に名前やら生年月日やら住所やら電話番号やら
記入しているのを見ていたけどあまり見てはいけないと思って
じっくりとは見なかった。


だから名前だけは覚えているけど他は住所が三鷹市だったということ以外
全く覚えていない。








あの日。


あの日の智はいつになくおしゃべりで可愛いらしかった。
ただ見てるだけでも
目が合っただけでも
にらんできたり
あっかんべーとされたり
ぷいっと顔をそむけられたり。


いつもそんな感じだったからあんな風に普通に会話ができてすごく嬉しかった。


そしてあの日。


智が『翔』、と名前を呼んだ。
あまりにも驚いて一瞬声が出せなかった。
しかもあの時、冗談だとは言っていたが自分の家に来ると言っていた。
そしてダメだというと、ケチぃと言って口をとがらせていた。
その姿が凄く可愛らしかった。


待ち合わせをして智と会う時。
初めてのデートみたいにドキドキしていた。


まさかあの日。


じゃーねーと言って帰っていく智の姿を見ながら
もう見られなくなるなんてあの時は思いもしなかった。


いや、もしかしたらここには来なくなってしまうのではないかと
あの後姿を見送りながらそんな思いが少しだけ頭をかすめた。


けどそんな事はないと


頭の中で打ち消した。










高校生で
ましてや男。
好きな訳ではない。


好きになるタイプはいつも一貫している。
美人でスタイルがよくて考えがしっかりしている人。







でも。


初めて見た時から無性に気になる存在だった。


だからいつも智の事を見ていた。


だから智のピンチもすぐに気づいたし


智の体調が悪いのもすぐにわかった。


その智を見ながらいつも心が揺れていた。









好きになるタイプはいつも同じ。


頭がよくて美人でしっかりしている人。









でも







智を見るといつも心が揺れていた。















今日もこの場所に来ると



いつもの癖でフロア全体を見渡した。



相変わらずたくさんの人で溢れかえっている。



外とはまるで別世界だ。






その中に






智がいた。