yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

人魚姫 3

2015-03-31 18:02:09 | 人魚姫





智は翔を見ると自分でも顔が強張るのがわかる。


翔が近づいてくると智は逃げるように違う場所へ移動する。


マサキがいない日は何度も鍵を確認し


布団にくるまって怯えながら過ごす。






そんな毎日だったけど智は不思議と
人魚の世界に戻ろうとは思わなかった。


そして、翔の事も嫌いにはなれなかった。


言葉を発することもできず
足はまだ歩くたびに痛み
庭師の仕事も重労働で大変なのに。


そして翔に会うのが怖いはずなのに。







翔は、謝って済む問題ではないとわかっていたが
なんとか智に謝罪をしようと考えていた。


しかし、謝罪するどころか近づくことさえ
智の負担になるとわかると一定の距離を保ち
遠くから見つめる。


そして智が視線に気付き目線を向けると
すぐに視線をそらす。
避けられていると知っている翔からは決して
智の方には近づかなかった。



翔の静かに遠くから向けられる後悔と懺悔の視線。


それを避けている自分。


そんな毎日を過ごしていくうちだんだん智は
翔の存在が気になって仕方なくなってきていた。



もうずっと智と翔は口を聞いていない。










そうこうしているうちに智は、翔がお見合い相手と
結婚するという噂をマサキから聞く。


翔が結婚?


その話を聞いて智はショックを受ける。


翔の事を避けて逃げていたはずなのに。


その事実はいつまでもいつまでも
智の胸にズシンとのしかかっていて
智の頭から離れなかった。


翔の姿を見ると、智の胸はチクチク痛む。
翔の結婚の話を思い出すと、なぜか胸が苦しくなる。


この時、初めて智は翔の事が好きだったのだと気づいた。






あの日の事は確かにショックな出来事だった。
でも翔と話さなくなって思い出すのは
海に投げ出された翔を助けた時に初めて見た顔。
そして翔が息を吹き返した時の喜び。


そして初めて人間になった時に改めて見た翔の顔。
よろしく、と言って握手をした時の翔の優しい手。
追い出されちゃった、と言って照れくさそうに笑う翔の姿。


自分の方に近づいてきたのはいいが手持ち無沙汰で
なぜか近くにあったほうきを取り出してきて不器用だけど
一生懸命庭を掃いている姿。


一緒にベンチに座ってボーっと庭園を眺めていた日のこと。
初めて話しをしてくれ時の、照れくさそうにはにかんだ笑顔。
世界を旅した時の話を聞かせてくれた時の聡明で、綺麗な横顔。


庭で翔が智を見つけると嬉しそうに
近づいてきてまた邪魔しちゃうな、と言いながらも
照れくさそうに一緒にベンチに座る姿が好きだった。


博学な翔から本で得た知識や物語
世界で出会った興味深い物やその国の人のこと
世の中の不思議な話や面白い話などを
聞くのが好きだった。


そんな事を思い出しながら庭を掃いていたら
智の目から涙が落ちた。










ある日、いつものように智が庭の手入れをしていると
遠くから翔が自分のことを見ているのに気づく。


翔は智が気づいたことを感じるとさっと目をそらし
その場から慌てて去ろうとする。


「……!」


思わず智は翔に駆け寄った。


翔は智がずっと自分を避けていたので
その行動にびっくりしたようだった。


智が翔の目の前に立つ。


久々に近くで見る翔は以前よりも
痩せていて益々青白く顔色が悪かった。


「……」

「……」


智は翔と目が合うと目線をそらし俯く。
智はあんなに翔の事を恐れていたはずなのに
もうその気持ちはすっかりなくなっている事に気づいた。


「……智」

「……」


翔が戸惑いながら智の名前を呼ぶ。
智が俯いていた顔をゆっくり上げると
真っ直ぐに翔を見る。


「とても謝って許されるような事じゃない事はわかってる」

「……」

「悪かった」


翔は、そう言うと涙を流した。
智はその姿をじっと見つめる。


「……智」

「……」


翔が小さく智の名前を呟く。
智は翔を見る。


「今、こんな事を言うべきじゃないこともわかってる」

「……」

「でも、言わせて欲しい」

「……」


翔は少し躊躇いながらそう言った。
智は何を言うのだろうと翔を見つめる。


「智の事がずっと好きだった」

「……」


思いがけない言葉に智は翔をただただ
見つめることしかできない。


「じゃあなんであんな事をって思うだろ?」

「……」

「言い訳になってしまうけど聞いて欲しい」


翔はそう言うと近くにあるベンチに智を座らせ
自身も一緒に隣に座ると話し始めた。


それは、3年前の出来事だった。
3年前、自分の不注意から最愛の妻子を
不慮の事故で亡くしてしまった。


あまりの突然の悲しい出来事とその時の罪悪感で
その後ずっと生きる希望も意欲も無くし
部屋に引きこもり外に出ることがずっとできなかった。


両親からはいつまでも引きずってないで
将来の事も考え早く結婚でもし忘れるようにと
何度も責められていた。


そしてあの日の夜。


その日も散々両親から責められヤケになり酒を飲んだ。
久々に飲んだ酒は思いのほかまわりが早く
自分でも前後不覚になる位酔ってしまっていた。


そんな状態で智に会いにいくべきではなかったのに
その時の自分はどうかしていたのだろう。
なぜか無償に智に会いたくて会いに行ってしまった。


でも智の自分を見る目が当たり前だがいつもと違い
怯えた目をしていて自分から逃げたがってるいるのが分かった。
自分自身を両親だけではなく智にまで否定された気がして
逆上しあんなひどいことをしてしまった。




「本当に最低すぎるよな。
声も出せず、抵抗もできない智に。
恨まれたって憎まれたって仕方がない」

「……」


翔はうなだれながらそう言った。



「謝って済む問題じゃないことはわかっている。
でも智にずっと謝りたかった」


そう言うと翔の目から涙がこぼれ落ちた。


智は何かを考えるようにしばらくその姿を見つめる。
そしてゆっくりと腕を伸ばすと翔の頬に優しく触れた。


翔がびっくりして顔を上げる。


翔の目からは涙が溢れ出ていた。


智はそのまま翔の涙を指で拭う。
そして、もういいからという風に翔の身体を
包み込むようにふんわりと抱きしめた。


もう智には、翔に対する恐怖心は全くなかった。


そこにいる翔は、あの時の翔とは別の本当の翔の姿。


翔の言う通りあの時の翔はどうかしていたのだろう。


翔は躊躇いながらゆっくりと腕を伸ばす。
そして自身を包み込むように抱きしめてくれている
智の背中にそっと手を回した。


そしてそのまま智の胸に顔をうずめると
何度も何度も、悪かった申し訳ない事をしたと言って
涙が枯れるんじゃないかと思う位
智、智、と言い泣き続けた。









智は翔を包み込むように抱きしめながら
初めて翔にあった日の事をぼんやりと思い出していた。


あの嵐の夜。
真っ暗な海の中で一つの明かりが見えた。
近づいてみると船は波に煽られ大きく揺れていた。


そしてそこから人が投げ出されるのがはっきりと見えた。
必死にその人を探し出し、そして荒れ狂う海の中
海岸まで運び安全なところで横たわらせると
飲み込んでしまった海水を出させ、そして呼吸を取り戻させた。


あの息を吹き返した時の喜び。
そしてその時見た翔の顔。



多分この時から好きだったのだ。


カズには関係ないといったけどそんなの嘘だ。


だから声を失っても
足が痛くても
海の泡となって消えてしまう可能性があると分かっていても




人間になりたかった。













しばらく泣き続けていた翔が突然何かを思い出したように
はっと顔を上げた。


智はなんだろうと翔の顔を見る。


「……」

「……」


翔の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
でも翔は真剣な顔で智を見つめる。
智は不思議そうに見つめ返す。


「……あれは」

「……」

「あれは、智だったんだね?」

「……?」


翔は何もかも思い出したようにそう言った。
智は何の事かわからず翔の顔を不思議そうに見る。


「あの嵐の日に助けてくれたのは、智だった」

「……!」


智はその言葉に顔色を変える。
そしてその場から一刻も早く立ち去ろうと立ち上がる。


「お願い、行かないで」

「……」


翔が智の手を掴む。
智が不安そうに翔の顔を見る。


「智は」

「……」

「智は 人魚だったんだね」


その言葉に智は絶望的な表情を浮かべた。



翔はあの嵐の日のことを全て思い出していた。


翔はあの日、このまま死んでしまっても構わないと
周りの意見も聞かず甲板へと出た。
そしてそのまま波に煽られた船に投げ出され海に落ちた。


自分の身体が海へと沈んでいく中、誰かが身体を支え
どこかに引っ張って行ってくれたのを
意識が薄れる中ぼんやりと眺めていた。


あれは


あれは智だった。


智の手を掴み顔を見る。


「お願い、逃げないで」


翔が智の手を掴んだままそう言った。
智は翔に手を握られながらイヤイヤと首を横に振る。


「智はあの時助けてくれた人魚なんでしょ
なんでずっと気づかなかったんだろう」

「……」

「あの時見たんだ」

「……」

「顔と、そして、尾ひれを」



智が言わないで、というように翔の口を両手で塞ぐ。


翔は、その智の手を優しく掴むとゆっくりと外す。


そして静かな目で智を見た。





人魚姫 2

2015-03-27 20:37:15 | 人魚姫








やっぱりおとぎ話が好きみたいです。

少し大人な表現が出てきますので注意です。











もともと智は、幼い時から人間界に興味を持っていた。
でも両親から怖い世界だから行かない方が
お前のためだと言われ続け、ずっと反対されていた。


そしてあの嵐の日。
人間を助けたことで抑えていた気持ちが
一気に爆発した。


一度でいいから人間の生活を見てみたい。
人間の生活を味わってみたい。
智はそのためならたとえ声がなくなっても
多少足が痛くても構わないと思っていた。


智の決心は固く、両親や兄弟の反対を押し切り
魔女に声とそして足の痛みと引き換えに
人間の姿となる。


そして運良く庭師のマサキに助けてもらい
人間界で生活する事になった。


マサキは60代後半から70代といったところか
白髪の心優しい老人で(←すみません)
妻を亡くし一人で城の中にある
小屋に住んでいた。


智は話し相手にはとてもなりそうにないだろうに
マサキはいい話相手ができたといって
喜んで迎え入れてくれた。


そして智に色々聞きたいことは山ほどあっただろうが
無理に問い詰めることもなく優しく接してくれた。
智はなんの素性も分からぬ自分に対して
優しく受け止め世話までしてくれるそんなマサキに
感謝してもしきれないくらい感謝をしていた。


そしてマサキのためならばと一生懸命
マサキの仕事を手伝った。
そのせいか、もともと綺麗に整った庭園は
益々素晴らしいものとなった。


また、マサキは智を時々町にも連れ出してくれた。
そこで花の苗を買ったり種や肥料を買ったり。
そして花壇の一角を任され好きなように
作ってごらんと言われ
智は見よう見まねで花壇も作った。


庭園の管理の仕事は見かけによらず
重労働で大変だったが
それでも穏やかで幸せな毎日だった。


そしてこの日も庭の古くなった枝を取り除き
木を剪定し掃除をしと働いていたら
翔が現れた。


翔の顔色は相変わらず血色が悪く
青白い顔をしていた。


目があったので軽く会釈をし掃除の続きをする。
しかし翔はそこから動こうとせずじっと見つめてくる。
智は何か用があるのかと見つめ返す。


「いや、また追い出されちゃってさ」


智がなんだろうと不思議そうに見つめてきたので
翔はそう言って、照れくさそうに笑った。


翔はそのまましばらく智の仕事を見ていたが
手持ち無沙汰なのか智と同じように
近くにあったほうきを取り出し掃き始めた。


智はびっくりして王子にそんな事はさせられないと
取り上げようとするが翔はなかなか引き下がらない。
智は仕方なく諦め、手を休めるとベンチに座った。


「なんだか邪魔しに来ちゃったみたいだな」


翔は隣に座ると、そう言ってバツが悪そうに笑う。
智は、そんな事はないと首を横に振った。


そんな事が何回か続く。
しかし翔は特に智に何かを話しかけるわけでもなく
ただ一緒に庭の草木や花を見て、しばらくすると
じゃあまたと言って城の中に帰っていく。


智は意味がわからなかったが
翔の行動に合わせ、付き合う。


そんな日々が続いていたが
だんだん翔は慣れてきたのか
ポツリポツリと話を始めた。


最初はぎこちなく昨日読んだ本の話とか
他愛もない話をしていたのが、だんだん
それにも慣れてきたのか世界をまわった時の話
その時の旅の失敗談やその国の面白い風習など
そのどれもが智にとって刺激的で楽しい話だった。
智は目を輝かし話を聞く。


翔と仲良くなったのを知ったマサキもまた
翔が3人兄弟の長男であることや
優しくて家族思いなことや
悲しい出来事が有り無気力状態になり
そのせいで時期王は弟になりそうだということ
など話して聞かせてくれた。











「智はどこから来たの?」

「……」


時々翔は自分が話すだけではなく
智のことも聞いてきた。


智はもちろん答えられないし
また答えられるような内容でもなかったので
聞かれると黙って俯くしかなかった。


「本当に智は謎の人だね?」


翔はそう言って、ふふっと笑う。
智はやっぱり何も言えなくて俯くだけだった。


「俺のことは何か聞いてる?」


翔が聞く。
智は小さく頷いた。


「そっか。怠け者だって言ってた?」


そう翔は自虐的に言って、ふっと笑う。
智はそんなことないとブルブルと首を振る。


「いや、ほんと俺怠け者なんだ。
なんにもしたくないし、できないし、考えられない」


そう言って翔は遠くを見つめた。
智はやっぱり何も言えず、ただその横顔を見つめた。

















「俺、結婚してたんだ」

「……」

「まあ親に無理やり進められてなんだけどね。
政略結婚ってやつ」


ある日、いつものように翔とベンチに座り話をしていると
突然そんな話をしてくる。
智は何でそんな話をしてくるのだろうと
翔の横顔を見つめた。


「だから最初はお互いぎこちなかったし
話もしないしって感じでさ」

「……」

「でもいい子でさ。
おとなしいけどしっかりしてて。
あ~この子と結婚できてよかったなって思ってたの」

「……」


翔はそんな智に気にする風でもなく
話を続ける。


「で、そうこうしているうちに赤ちゃんが生まれてさ。
女の子。
可愛くてね。
もう毎日がバラ色っていうの?
幸せで幸せで」

「……」


そう言ったまま翔は黙ってしまった。
智は黙ったまま、翔のその端正な横顔を見つめる。


「そん時はこの幸せがずっと続くもんだと
疑いもしなかったんだよね」

「……」

「幸せで幸せで。

この子はこのまま
一人で立ち上がる事ができるようになって

話せるようになって
歩けるようになって
遊べるようになって
走れるようになって……」

「……」

「……それがまさか、一瞬にしてなくなってしまうなんて思いもしなかった」

「……」


そう言うと翔は遠くを見つめた。
智はどうしていいか分からず
その姿をただただ見つめた。


そしてマサキが言ってた悲しい出来事
という言葉を思い出していた。


翔には何もかも投げ出してしまいたいくらい
無気力になってしまう悲しい出来事があったのだろう。


でも智にはそれを慰める術も言葉もなく
ただ見つめることしかできなかった。







それからしばらく翔は姿を見せなかった。















この日はマサキは親戚の家に行くということで
小屋には智しかいなかった。


その日の夜、
コンコンとノックの音がするので
扉を開けるとそこには翔が立っていた。
あの日以来久々に見る翔の姿だった。


でもいつもと様子が明らかに違う。
酒臭くかなり酔っている様子だった。


「智?」

「……」


その翔のいつもと様子が明らかに違う姿に不安を覚える。


「相変わらず何も言わないでやんの」

「……」

「なぁ、なんか言えよ、言ってくれよ」

「……」


そう言って壁をどんと叩いた。
酔っている。


怖くなりその場から逃げようとすると
翔が腕を掴む。
智はそれを振り払おうとするが
翔の力が強く振り払うことができない。


怖い、怖い、怖い。


心臓がドキドキしている。


こんな怖い顔の翔を見るのは初めてだった。


ただただこの場から逃げたいその一心で
振り払おうとするが翔の手ががっしりと
腕を掴んでいてできない。


『お願い、離して』


声にならない。


なんでこんな事を。


怖さで身体が縮み上がる。


「なんで逃げようとすんだよ」

「……」


翔はイライラと言葉を投げつけるように言葉を吐く。
智にはただ恐怖しかなかった。


「なんでそんな顔すんの」


いつもの穏やかで優しい翔とは別人だった。
いつもの翔じゃない。
恐怖に智は震える。


『やめて』


翔は智をベッドに投げつけ、乱暴に服を剥ぎとる。


翔の目はいつもの優しい翔の目ではなかった。
















全身の痛みで目が覚めると
もう小屋には朝日が差し込んできていた。


昨日の夜のことを思い出し身体が震える。


それでもなんとか起き上がり服を纏う。
腕を見るとアザが出来ていた。
翔はもうその場にはいなかった。


何で翔はあんなことを。


智にはわからなかった。


ただ怖いのと身体中が痛いのと。


小屋に一人でいるのも昨夜のことを思い出し辛く
全身の痛みが残る中身体を引きずるようにして
海岸に向かい歩いていく。


なんとか海岸にたどり着くと
座って海を眺める。


自分が生まれ育った場所。


しばらく何も考えることができず海を眺めていたら
カズがひょこっと顔を出した。


「どうしたの、そんな辛そうな顔して」


カズが心配そうに聞く。


「……」

「やっぱ人間界は怖いところなんだね?」


智が何も言えないでいると
カズはため息混じりにそう言った。


「もう気が済んだでしょ? こっちに戻っておいでよ」


その言葉に智は首を振った。


「そっか。でも辛くなったらいつでも戻ってきな。
父ちゃんも母ちゃんもみんな待ってるよ」








自分でも何でこんな思いまでして
人間界にいようとするのかよくわからない。


人間界のことはわかった。


確かに人間界にいても辛いことばかりかも知れない。


庭師のマサキはいい人だけど庭仕事はかなりの重労働だ。
しかも話すこともできず足の痛みも慣れたとは言え
まだ続いている。


そしてまた翔に同じような目に合わされるかもしれない。





でも智は戻る気はなかった。

人魚姫 1

2015-03-26 19:02:36 | 人魚姫






そこは


深い、海の中










その日は急に天候が変わり
空からは容赦なく雨が降り注いでいた。
海は荒れていて波は大きくうねっていた。


「昼間は晴れてたのにね」

「……うん」


智が表情を曇らせていたので
弟のカズが心配そうにそう話しかけると
智は浮かない顔で返事をした。


「どうかした?」


その智の表情に不安になりカズが聞く。


「なんか嫌な予感がする」

「嫌な予感?」

「そう。ちょっと上に上がって見てくる」


そう言うと智はいてもたってもいられないという感じで
海の上へ上へと目指し泳いでいった。


「え、ちょっと俺も行く」


カズは慌てて追いかける。


「あ、あれ」

「船だ」


雨が空からザーザー降り注いでいる。
周りは真っ暗で何も見えない。
ただ一点遠くの方に船の明かりが大きく
揺れているのが見えた。


船は波の煽りをもろに受け
今にも転覆してしまいそうな勢いだった。


「危ないっ」


あまりにも船が波に煽られているため
心配になり二人が近づいていくと
一人の人影が見えた。


なんで外に?


そう思った瞬間


船が大きな波に煽られ
大きく揺れその人が海の中へと放り出される姿が
はっきりと見えた。


「堕ちた」

「カズ、探そう」


そう言って荒れ狂う海の中
必死にその落ちた人を探す。


「いた」


打ち付ける波に煽られながら
なんとか探し出し必死に海岸へと運ぶ。
そして安全なところまでたどり着くと
そこに横たえ、一生懸命海水を吐き出させる。


「げほっげほっ」

「息を吹き返した」


カズが、やったーとガッツポーズをする。
その人は冷たい海の中に投げ出されたせいか
全身が青白く生気を失っていたが
息を吹き返すと徐々に生気をおび
ピンク色に染まってきた。


「うん、これでもう大丈夫だろう」

「よかった」


二人でほっと安堵のため息をつく。


「多分、朝になれば誰かが見つけてくれるだろうから
誰にも見られないうちに帰ろう」



雨はいつの間にかすっかり上がり
空がうっすら白み始めてきていた。
















「ねえ、人間になるって本当なの?」

「うん」


カズが心配そうに智に聞く。


「でも代わりに声を奪われてしまうんでしょ」

「うん」

「足も物凄く痛いんでしょ?」

「そうみたいだね」


カズが心配のあまりしつこく聞いていると
智は苦笑いしながら、そうみたいだねと答える。


「それに、それだけじゃないんでしょ?
前に母ちゃんから聞いたことがある。
もう一つ重大な事があるって」

「……」


カズが言いにくそうにそう言うと
智は無言でカズの事を見つめた。


「母ちゃんはそのもう一つを教えてくれなかったけど
ものすごく大事な事なんでしょ?」

「カズ、そんなに心配しないで大丈夫だよ」

「何でそんな思いまでして人間になんてなるんだよ?」

「……」


カズは兄の智が心配で必死に食い下がる。
智は何も言うことが出きず、カズの顔を見つめた。


「……もしかして、あの嵐の日に助けた人の事?」

「そんなの、関係ないよ」


カズは言おうか言うまいか悩んでいたようだったが
思い切ってそう聞くと
智は関係ないよとだけ言って、ふっと笑った。















あまりの足の痛みのため動くことができず
海岸でうずくまっていた所を助けてくれたのは
お城で庭師をしているというマサキという人だった。


マサキはお城の庭園の隅にある小さな小屋に住んでいて
お城の警備と庭の整備の仕事をしていた。


何者なのかもどこから来たのかも分からない
何一つ素性もわからない智を
無理やり問いただすこともせず
優しく介抱してくれる。


智はその事に感謝し
徐々に足の痛みにも慣れ動けるようになると
庭の剪定や掃除を一生懸命手伝った。


そんな風に毎日を過ごしていたある日
見かけない男の人が庭を散歩をしているのが見えた。
その男の人も智やマサキの存在に気づいたのか
近寄ってきた。


「翔様、大丈夫ですか?」


その人があまりにも青白い顔をしていたせいか
マサキがその人を気遣うように声をかける。


「うん。ずっと部屋にこもっていたら
たまには外に出て散歩でもしろって
追い出されちゃったんだ」


そう言ってその人は、照れくさそうに笑った。


「その人は誰? 見かけない顔だね」


翔が智の存在に気づき、不思議そうに問う。


「……」

「こいつはどうやら口が聞けないらしいのです」


マサキが代わりに答える。


「……口が?」


翔が心底びっくりしたような顔でそういった。
智は思わず俯く。


「海岸で倒れているところを見つけて連れて帰って
今は手伝いをしてもらっているんです」

「そうなんだ」

「翔様に黙って勝手なことをして申し訳ありません」

「いいんだよ。マサキは長年ここに仕えてくれているし
両親からの信頼も厚いから全然問題ないと思うよ」

「一応簡単に事の経緯は説明して王様からは許可をもらっています」

「そっか。じゃ安心だね」


そう言って翔はニッコリと笑った。


「俺は翔。これからよろしくね」


翔がそう言って手を差し伸べてきたので
智が恥ずかしそうにおずおずと手を差し出す。
二人は握手をした。


そして改めて翔の顔を見る。


「……!」


あの


あの、嵐の時の人だ。


さっきまで恥ずかしくてまともに顔を見る事ができなかったが
思い切って顔を上げてその顔を見つめると
それは紛れもなくあの嵐の夜に助けた
その人だった。


確かに身なりは高貴そうなものを身にまとっていた。
けどまさかこの国の王子だったとは。
びっくりしながらその端正な顔立ちの王子を見つめると
翔はその青白い顔でにこっと優しく笑った。




短編集 part6

2015-03-10 21:16:57 | 超短編






嵐にしやがれ 2/14 二階堂ふみさん





「……」

「どうしたんですか?」


楽屋に戻ると翔さんが難しい顔をしていた。


「ん? いや」

「……?」

「イヤ、反省中で さ」

「……反省中? って、もしかして大野さんのこと?」

「そう だけど?」


そう言うと翔さんは何でわかったの?
って顔をして見つめてきた。


「やっぱし」

「ふふっ。やっぱしって何だよ」


やっぱり大野さんのことかと思いながら
そう言ったらなんでだよって顔をして
そう言ってくる。
本当にいつも大野さんのこととなると
自覚がないんだよね。翔さんって。


「いやいや。で、どうしたんですか? そんな難しい顔しちゃって」

「いやさ、出来て当たり前って思っちゃいけないんだろうけど
でも実際見ちゃうと、ついそう思っちゃうんだよね」

「あ~あれね」


今日の収録はトランポリンだ。


「そう。先生も何ヶ月もかかる非常に高度な技だって
何度も言ってたのに
智くんだったら出来んじゃねえかなって目でどうしても見ちゃう」


トランポリンは見た目と違い全身のバランスをとるのが難しくて
思ってる以上にとてもハードな競技だ。



「まあね」

「でも、それは本人にとってはやっぱ負担な事だよね」

「まあ確かに。いくら身体能力が高いっつっても
反射神経にしても体力にしても20代の頃とは全然違いますからね」


まあ大野さんに関してはなぜかあまり感じないのが
不思議なんだけど ね。


「そう。わかってるのに、なのに見てると期待しちゃう」

「まぁ、しかも裏切らないですからね。
しかもあれも途中でやめちゃったけど
もう少し時間あったらできてましたよね」

「そう。本当は出来て当然ってことじゃ全然ないのに
気づくとそういう目で見てしまっている自分がいてさ。
で、そのことに今、反省中」


そう言って照れくさそうに、翔さんはふふって笑った。


「ふふっやっぱり大野さんのこといつも深く考えてますね」

「そんなことねえよ。
ただ、何でもデキる人だからついそういう目で見ちゃうけど
歳とかも考えて見ていかなくちゃねって話」

「ふふっそうですね。もうおじさんですしね」

「おじさんじゃねえよ」

「はいはい」

「その返事、やっぱり、おじさんだと思ってんな」

「バレました?」

「当たり前」

「ま、あんな可愛いらしいおじさんいないですけどね」


そんな事を言いながら二人で笑いあった。
















嵐にしやがれ 2/28 嵐の休日INロス&









「……松潤ってさ、ホント友達多いよねぇ」

「あ~そうね。そう言えばロスで妙に感心してたね」


二人で久々にまったりとする時間。
智くんがふと思い出したように小さく呟いた。


「だって30人以上だよ? 信じらんない」

「まあ、松潤は交友関係が広いから」

「翔くんもそうでしょ?」

「え? 俺?」


そう言って頬を膨らませる。
可愛いすぎる。


「そうだよ。学生時代からの友達やらスポーツ選手やらなんやらかんやら」

「ふふっなんやらかんやらって」

「ホント多すぎ。信じらんない」

「ふふっそればっか言ってんね?」

「だってぇ信じらんないんだもん」

「ふふっ智くんだって趣味の友達とかたくさんいるでしょ」

「30人もいねえよ」


そう言うと智くんは不満そうにそう言った。






「……そういえばさ、あれ、読んだ」

「うん」

「……辞めたんだってね。何か、読んでて泣けた」


その人は智くんと同期で
そして智くんが嵐になる前まで同じグループだった人。
ずっと智くんとはシンメで踊っていて
京都でもずっと一緒で
智くんにとって多分すごく特別な人。


「翔くんが?」

「そう。あれって一言一言が凄く深いよね」


智くんは意外そうな顔をしてそう聞いてくる。


「まあ ね」

「心の友って言える人って、なかなかいないよ」

「まあ ね」

「なんだかあれを読んで本当に凄い深い所でつながっている二人なんだなって思った」

「うん……」


そんな人が同じ舞台から去ると聞いてどんな気持ちだっただろう。


「そんな心の友って言える人が一人でもいるなんて凄いことだよね」

「……うん」

「それにさ、自分が応えないだけでお誘いはめちゃくちゃあるでしょ?」

「んふふっ」

「んふふじゃないよ。熱烈ラブコール送ってくる人たくさんいるくせに」

「えへへっ」

「えへへじゃないよ。自分がめんどくさがって応じてないだけでしょ」


そう。
本人は気づいているのか気づいていないのか
智くんと近づきたいと思っている人は昔から
たくさんいた。


もし


もしも


智くんが松潤みたいな性格と行動力だったら?


想像するだけでも恐ろしい。





「ふふっ智くんはこのままでいいよ」

「え~?」


智くんは納得がいかないって顔をしてるけど
今でも心配でたまらないのに
これ以上ってなったらこちらの身がとてももちそうもない。
そんな事を思いながら不満そうに見つめるその可愛らしい唇に
チュッとキスをした。












ミュージックステーション 2/27









「……」


何か


何か、変だ。


いや、確かに今までも誕生日プレゼントに
トースターを選んだりとおかしなことは
これまでもいくつかあった。


まぁ、一人だけお土産の内容が違うのも珍しいことだし
中身が二人はTシャツで、翔さんだけがクッションだというのも
ちょっとおかしいといえばおかしい。


でも


それより何より翔さんの表情が
何だか必死に誤魔化しているというか
焦っているというか
平然を装おうとしてるというか
なぜか言い訳をしているようにしか聞こえないというか。


なんとも微妙な顔で一生懸命説明している翔さんに対し
こちらは妙に平然とした顔で答えているし。


“こういうところが二人らしいっちゃあ二人らしいとこだよなあ”




そんな事を思いながら


なんとも言えない


空気に包まれている


対照的な二人を見つめた。












「も~何だか焦っちゃったよ」

「何で?」


生放送が終わり二人でゆっくり一緒に過ごす時間。
そう文句を言うと何も考えていないのか
平然とそう言ってくる。


「何で? じゃないでしょ?
いつもは同じ物を買ってくるか
みんなバラバラにするかなのに今回は俺だけ別で
しかもクッションなんて~」

「ダメ?」

「ダメじゃないけどさあ」

「じゃあ、何?」


そう言うと何か問題でも?って顔をして平然とした顔で
そう言ってくる。


「何って」

「……?」

「だって さ」

「だって?」

「それは……」

「別にこうやって使ってるだなんて誰も思っちゃいないから大丈夫だよ」

「いや、まあ そうかもしれないけどさ」


そう言うと智くんは何でもないことのように
そういった。


でも本当にそうだろうか。


そのクッションはクッションでもアメリカンサイズで
日本のそれよりかなり大きく
頭二つ分のせられる大きさだ。


そのクッションをいつもソファの肘当てのところに置いたり
床に置いたりして二人頭を乗せてぼーっと天井を眺めるのが
二人でいる時の恒例になっている。


まあ確かにその事は誰も知らないからいいのかもしれないけど
そうは言っても何だかそのクッションの話題が出ると
妙に照れくさくて恥ずかしい。


「ほら、頭のせてごらん」

「頭のせてごらんって」


そんな思いも知ってか知らずか智くんは
ニッコリしながらそう言ってくる。


「ほらほら、いいからのせてごらん」

「……うん」

「ね、いい感じでしょ」

「まあいい感じだけどさ」


そう言いながら智くんも同じように頭をのせた。


「いい買い物だったでしょ」

「そうだけどさ」


そして二人で並ぶように頭をのせると
智くんは満足そうにそう言った。


「不満なの?」

「イヤ、そうじゃないけどさ。でも、やっぱりなんだかちょっと照れくさくて」

「何で?」


そう言うと智くんは不満そうな顔をしてそう言ってくる。


「だってさ、この上で さ」


そう言ってを身体を起こし上から智くんを見つめる。
クッションの上に頭をのせた可愛らしい智くんの顔がある。
その智くんの顔を見つめると智くんも上を見あげ見つめてくる。



「この上で、何?」


そう言ってその綺麗な顔でクスッと笑う。


「この上で、こんなことする し」


そう言ってゆっくり顔を近づけると
その唇にチュッとキスをする。
そして唇をゆっくり離すとお互いまた見つめ合う。


「それは、確かに照れくさいかも ね」


智くんはそう言ってまたクスッと笑う。
その顔があまりにも可愛らしくて顔を近づけると
もう一度ちゅっとキスをした。