yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

Song for me 普通の日

2016-12-11 22:14:40 | Song for me





あっという間に一か月が過ぎてしまいました。
頭の中にはあの話この話とあるのに
うまく文章に表現できないもどかしさに焦ります。
すみません。








炊事、洗濯、掃除


保育園への送り迎え


仕事関係のメールのチェックとその返事


予防接種


職場の歓送迎会


急な発熱、突然来る嘔吐


会社での仕事、家へ持ち込みの仕事


買い物


毎日持って帰ってくる保育園からの大量の洗濯物


お風呂の準備と寝かしつけ


連日行われる会議、会議、会議


保育園行事とお弁当作り


次々に貰ってくる感染症


保育園に行くための準備


親睦会という名の飲み会


仕上げ磨き


急に来る保育園からのお迎えの連絡


毎日の連絡帳の確認と記載


病院への受診…




毎日。





自分の事


カズの事


家の事。


定期的なこと


不定期なこと


当たり前のこと


突発的なこと。


やらなくてはならないこと


考えなくてはならないことが




山ほどある。





姉ちゃんが離婚すると聞いたのは2年前の冬の事だった。
カズもいたしとても信じられなかったけどそれは本当だった。


実家に戻った姉ちゃんは昔の姉ちゃんとは別人のようだった。
やせ細り表情も暗く、まるで仮面をかぶっているようだった。


そして変わってしまったのは表情や体型だけではなかった。
あれほど活発で元気だった人がほとんど動けなくなっていた。
病院にも通い薬を何種類も飲んでいたけどそれは一向に変わらなかった。


実家には脳梗塞で倒れた父もいた。
母ちゃんはその二人の世話で一杯でとてもカズの面倒まで
見られる余裕はなかった。
だから家族会議で姉ちゃんの病状が改善するまでの間
カズを施設に預けるしかないという結論になった。


でも、俺がそれは嫌だと言った。










子供を育てるなんて並大抵のことではないと
ましてや男の一人暮らしでそんなの無理に決まっていると
家族中から大反対された。


しかも自分が結婚したいと思った時にどうするのだと
姉ちゃんの病状はいつ改善するかもわからない。
相手に何と説明するのだと問い詰められた。
だから誰とも付き合うつもりもないし結婚するつもりもないと言った。


親や姉ちゃんはそんなの事あり得ないと言ったけど
でもそれは本当の気持ちだった。


今まで付き合った人も何人かいたけどそれが本当に好きで
付き合っていたのかというと違う。
いや、好きになろうと愛そうと努力したこともあった。
けど無理だった。


だから自分には人を愛する気持ちというのが欠落しているのだと思っていた。
だからこんな状態のまま人と付き合うのも失礼だと思ったし
ましてや結婚なんて考えられない。
自分はこのままずっと独身のまま生きていくのだと
そう決めていた。


そして何よりも大事なカズを施設に預けたくなかった。
もちろん本当に身寄りがない状態だったら仕方がないと思う。
でもそうではないのだ。実家では無理かもしれないけど自分がいる。
何とかできる。自分一人でもカズを守っていける。
育てていける。そう思っていた。


あの時までは。









この日は朝から身体がだるかった。
風邪を引いたらしい。
それにもともと貧血気味で学生の頃は朝礼の最中に何度も倒れ
酷い時は、そのはずみで顎を切り縫ったこともある。


最近色々あってあまり食事が進まなくなっていたせいもあるのだろうか
もともとあった貧血が悪化していたのかもしれない。
それに風邪が重なり思うように身体が動かない。
それでも何とか朝食を作りカズに食べさせた。


でも立ち上がるとクラクラして、とても保育園に
送っていけるような状態ではなかった。
ファミサポとかに登録をしておけば何とかなったのだろうが
そんな存在も知らなかったし知識もなかった。


何とかご飯を作って食べさせる。
でもそれで限界だった。
身体が言う事を聞かない。
動けない。だるくて、気持ち悪くて、とにかく横になっていたい。


気分はますます悪くなっていく。
とても起きてはいられなかった。
カズが心配そうに見つめる。


身体は限界だった。
それでも家族には頼れない。
自分で何とかするしかなかった。
でも起き上がると頭はクラクラして吐き気がする。









「ごめんな、今日は保育園お休み…」

「……」


そう言うと、カズは状況を察したのか小さく頷いた。
カズはこういう時決して我がままをを言わない。
本当は保育園に行きたいだろうにじっと押し黙って耐えている。
その姿を見て涙が出そうになった。


でも翌日も状況は変わらなかった。
何とか食事だけは作る。
カズは暇そうにしているが何も言わず、とっくに見飽きただろう
DVDをみたり絵本を読んだりそのへんにあるおもちゃで遊んでいる。
その姿を見るとまた胸が痛んだ。


何とか保育園に連れて行ってあげられれば気分転換もできただろうに
それさえもできず自分の都合でこの家の中に閉じ込めてしまっている。
その一人で遊んでいる姿を見るだけで胸が苦しかった。
でもどうにもならなかった。


部屋の中はどんどん荒れていった。
キッチンは片づけられない洗い物でぐちゃぐちゃだ。
家の事もカズの事もどうにもならない状態まで来ていた。
カズに見せれるDVDも絵本もとうになくなっている。


でも


もうダメだと、


もう限界だと、そう思った瞬間。


その人が現れた。











その人は何かを察したのか、ずかずかと部屋の中に入ってくる。
そして休んでいて下さいと言うと
テキパキと部屋を片づけ洗い物を始めた。


そしてそれが終わったかと思うと暇を持て余し
どうしようもなくなっていたカズを外へと連れ出してくれた。
正直言って自分の事だけなら何とでもなった。
別に食べなくても風呂に入らなくてもただ寝ていればいいのだから。


でも今は違う。
カズがいる。
何とかしてあげたいのにどうにもならないこの身体。
どうにかしてあげたいのにいう事をきかないこの身体。
悔しくて悲しくてどうにもならなかった時に現れたその人の事を
大袈裟でもなんでもなく天使だと思った。


これでやっとカズが外に出られる。
櫻井がカズを見てくれて気分転換をさせてくれると思っただけで
心からほっとして涙が出そうになった。
あまりにも安心したせいなのか、目を閉じると
そのまま深い眠りへと落ちた。


目が覚めると櫻井がベッドに食事を運んでくれた。
どうやらカズにも食べさせてくれたらしい。
その姿を見てまたほっとした。
そしてそのまままた夢の中に吸い込まれるように目を閉じた。


このような状況になってからカズの事が心配で心配で
思うように眠る事さえできていなかったせいだろうか。
目を閉じると信じられないくらいの勢いですぐに深い眠りへと入っていく。
櫻井がいてくれると思うだけで自分でもなぜだかわからないけど
凄く安心していた。








翌朝目覚めると部屋は綺麗に片づけられていた。
あれほどぐちゃぐちゃだったキッチンも綺麗になっている。
ふとリビングを見渡すとその片隅にカズと寄り添うように
櫻井が一緒に眠っていた。
その姿を見て何とも言えない気持ちになった。


それなのに目を覚ました櫻井はなんでもない事のように振る舞い話す。
その言葉に、その姿にまた何とも言えない気持ちになった。
思わずその身体にぎゅっと抱き着く。
張りつめていた糸がふっと切れてわんわんと
声を出して泣いてしまいそうだった。


どうにもならない身体。
何とかしたくてもどうにもできない自分。
ずっとカズの事をどうしたらいいのだろうと思っていた。


荒れていく部屋。
ぐちゃぐちゃになったキッチン。
一人でこの狭い部屋の中だけで遊ぶしかなかったカズ。
色々な思いが溢れ止まらなくなる。
その大きくて暖かい胸に縋りつきそうになった。




でも、と。


すぐに我に返る。




頼ってはダメだ。
甘えてはいけない、と。
この人はいずれ自分の家庭を作っていく人で
そこに自分はいないのだ。


この人はずっと自分と一緒にいる人ではない。
それなのに一緒にいたらどうしても自分が弱い時頼ってしまう。
同じような状況になった時に甘えてしまう。
その時に愛すべき家族と一緒にいるかも知れないのに。


だからここで断ち切らないといけないと思った。
当たり前のように一緒にいてくれると自分の心が甘えてしまう前に
今、ここで離れるしかないと思った。













そう思って、行動に示したのに


そう決意して、伝えたはずなのに


「このシチュー美味すぎ」


そう言って、その人は大きな口を開けて
子供みたいな顔をして一緒にシチューを食べている。





こんなにイケメンで頭も家柄もよくて
女の人にも苦労しなさそうなのに
なぜだか子供のいる男の俺がいいのだと言ってここにいる。
カズと3人で一緒に生きていきたいのだと言って一緒にいる。


こうして3人でいるのが何よりも幸せでそれ以外は
何もいらないのだと、そう言って笑っている。


こんなにすべてが揃っていて、いくらでも優秀で素晴らしい人と
幸せな家庭を作り歩んでいける人なのに
自分たちと一緒じゃないと意味がないのだと言ってここにいる。






休日は3人で一緒に公園に遊びに行く。


ブランコで遊んで
滑り台を滑って
追いかけっこして
小さな山に一緒に登って
砂場で山を作って
タイヤを飛び超えて
回る遊具でぐるぐる回る。


疲れたら公園を後にして3人で一緒に買い物をして帰る。


カズと手をつないで歩くのは俺で
買い物袋を持つのは翔。
料理を作るのは俺で
洗い物をするのは翔。
お風呂に入れるのは俺で
着替えを手伝うのは翔。


たまに車に乗って遠出する。
山に行って
海に行って
遊園地に行って
観光地に行って。


運転するのは翔で
ナビをするのは俺。
疲れてしまって車の中で寝てしまったカズを運ぶのは翔で
荷物を運ぶのは俺。
カズを布団に寝かせるのは翔で
布団をかけるのは俺。


二人で眠っているカズのその可愛らしい頬にチュッとキスをして
お互い顔を見合わせてくすっと笑って二人でその上でちゅっとキスをする。






突然の高熱に不安になって夜間救急外来に駆け込んだこともある。
何だかわからない全身の発疹に慌てて病院に行ったら
水疱瘡だから大丈夫だと笑われたこともある。


突然の高熱による保育園からの呼び出しに
不安を感じながら迎えに行ったこともある。
下痢嘔吐で一晩中寝ないで着替えをさせていたこともある。


自分で育てると決めたけど不安がなかったわけじゃない。
大変じゃなかったと言ったら嘘になる。
毎日本当に育てていけるのかと自問自答しながら生きてきた。
突然の病気やけが、訳のわからない発疹に
どうしたらいいのかわからず途方に暮れたこともある。


でも、今は横を向くと翔がいる。


「ずっと一緒にいる」


そうこちらの不安を察したように翔は笑いかける。


「好き」


だからそう言ってその身体にギュッと抱き着くと
翔は大丈夫だよというように優しく包み込むように
抱きしめ返してくれる。


そして


「ずっとこうしていたい」


掠れた声でそう言ってその包み込んでいる腕に力を込めてくる。
上を見上げると翔の綺麗な顔があって目が合うと
クサかったかなと照れくさそうに笑う。


「ありがと…」


だから首を横に振ってその綺麗な顔を見つめると
何がって不思議そうな顔をする。


でも知らないでしょ?
どんなに一緒にいてくれる事に感謝しているか。
その存在がどれだけ支えになっているか。


ずっと一人で育てていかなければならないと気を張って生きてきた。
甘えてはダメだと、頼ってはダメだと
信じれるものは自分しかないのだからと
どんなことがあっても、訳の分からない何かがあっても
一人で対処するしかなかった。
それがどんなに不安で心細かったか。


でも今は違う。
頼ってもいいと。ずっと一緒にいると。
その言葉にその存在にどれだけ心が救われているか
あなたはきっとわかってはいないでしょう。


カズは可愛くてかけがえのない存在だ。
だからこそ、その背負いきれない何かに打ちのめされそうになった事もある。
負けそうになったこともある。


でも、今は違う。
あなたが隣にいて
ずっと一緒にいるとそう言って笑ってくれるから心がすっと軽くなった。
安心して眠れるようになった。





「愛している」


その人が言う。


「俺も」


今まで人を好きになんてなったことなかった。
愛したことなんてなかった。
だからずっと人を愛せないんだと思っていた。


でも違った。
愛する人がいなかっただけだった。
カズとはまた別のこんなにも愛おしい存在。


翔が唇を近づけてくる。
だからそれに応じるように口を開く。
ゆっくりとその唇が重なってくる。
その口の動きを感じながら抱きしめあって
見つめあってお互いのその存在を確認しあう。


「ずっと一緒にいる」


唇が離れるとその大きな目で見つめ
まるで強い信念を持ったかのようにそう言う。









絵本を読むのは俺で
字を教えるのは翔。
寝かしつけるのは俺で
お昼寝の相手をするのは翔。
逆上がりの練習を手伝うのは俺で
追いかけっこをするのは翔。


休日には手をつないで一緒に公園に行って
一緒に遊んで
一緒に買い物に行って
一緒にご飯を食べて
一緒にDVDを見ながらのんびり過ごす。


平日病気になったカズを病院に連れて行くのは俺で
家の事をしている時に看病するのは翔。
毎日の保育園の送り迎えは俺で
帰ってからの相手は翔。




毎日。




一緒に笑って
一緒に遊んで
一緒に勉強して



それが、いつもの日常


普通の日。





そして


カズが学校に行くようになったら


勉強を教えるのは翔で
運動を教えるのは俺。
楽器や音符を教えるのは翔で
歌を教えるのは俺っていう風になるのかな?



これからも、ずっと一緒


それが、当たり前の日常。





それが、普通の日。




Song for me 10 完

2016-11-11 22:14:30 | Song for me




大野さんが望んだ以前のような関係になる。
特に仕事で絡みがなければ挨拶くらいで話をしない。
視線が合う事もない。


例え何かの拍子に偶然あったとしてもすぐにそらされる。
それはまるで赤の他人の様に。


他の同僚たちとは仲良く談笑しているのに
自分と大野さんの間には大きな壁があって
それはどんな壁よりも高くて厚い壁。


高山さんは相変わらず嬉しそうに大野さんのもとに行き
不必要なくらいの近距離で楽しそうに笑い、話している。


それを横目で見ながら何事もなかったかのように仕事をし
そして何事もなかったかのように仕事を終わらせ家へと帰る。
そして家に帰ると誰もいない部屋でコンビニで買った弁当を
ビール片手にただお腹を満たすためだけに食べる。



そんな毎日。










あの日。



あまりにも大野さんが必死に頼むからわかりましたと言うしかなかった。
大野さんがあまりにも真剣に頭を下げるから受け入れるしかなかった。



でも。



今日も帰る途中でテイクアウトした食事を食べながら
ビールを一缶、また一缶とあける。
誰か他の人と付き合えばいいのだろうけど
どんな綺麗な人に言い寄られても心は凍ったまま。


そして決してこちらをみようとはしない大野さんを見てまた心が沈む。
その美しい顔を見るだけで胸が締め付けられる。
その姿を見つめただけで心がえぐられるような気持になる。
何をしても心にぽっかりと穴が開いたまま何もできずにいる。


なぜあの時、大野さんがあんな風に自分に伝えたのか。
大野さんの言った本当の言葉の意味が分かってはいなかった。











この日は朝から何だか熱っぽかった。
最近寒暖の差が激しかったせいか風邪でもひいたのだろうか。
だるくて何もしたくない。体温を計ったら38度ある。


身体が思うように動かず何もできない。
食事を買いに行くこともできず
買ってあったミネラルウォーターももうすぐ底をつきそうだ。


大野さんもあの時こんな感じだったのかなと思う。
思うように身体が動かなくて辛くて。


でも何よりも辛かったのはカズナリくんの事だったのだろうと思う。
遊んであげたくても遊んであげられなくて
お世話をしてあげたくてもどうにもならなくて
誰かを頼りたくても頼れなくて。
だから自分が何とかしたいと思ったけど、でもそれも拒否されてしまった。






「言われたもの買ってきたよ」


そんな事をベッドに入りながら考えていたら妹がやってきた。


「悪いな、お金そこにあるから持っていって。カギは開けといていいから」


そう言ってベッドの中から顔だけを出し声をかける。


「……」

「……ん?」

「……」

「……?」


マイが黙ったまま何か言いたげな顔をした。


「病人に今こんな事言うのは非情かもしれないけどさ…」

「うん?」


そして言いにくそうに口を開いた。


「もう、こういう事するの、これが最後だと思う」

「え?」


その言葉に意味が分からず聞き返す。


「だって、私、来月結婚するんだよ?」

「知ってる」


マイが結婚することはもう1年も前から聞いていた。


「だったら普通無理だってわかるでしょ?」

「へ?」

「当たり前でしょ? 今まではできていたけど結婚して、ましてや子供とかできたら絶対無理だから」

「そんなぁ」

「そんなぁって、普通は婚約者がいる時点で遠慮するものなんだけど…」


そう、マイは困惑しながら言った。
そう言えば大野さんもそんなようなことを言っていたっけ。
家の事で協力したいって言ったらそんなのは無理に決まっていると。
家庭が第一になって他の家の事なんて構っていられなくなると。
家庭を持つってそう言う事だと。


「……」

「お兄ちゃんてそう言うところほんと鈍いよね」


そう、マイは呆れた顔をして言った。














マイが帰ってからマイに言われていたことを考えていた。
そして大野さんから言われたことを考えていた。


何で? 何で? と何度も問いかけ思い悩みながらも理解しようとしていなかった。
大野さんの言った言葉の真意がわからなかった。
でも今はなぜ大野さんがああ言ったのか。言わざるをえなかったのかわかる気がする。


決められたレールの上。
普通に誰かと出会って、恋をして普通に結婚して、普通に家庭生活を送る。
それがずっと自分が思い描いていた人生で
自分自身そういう人生を送るものだとずっと思っていた。
大野さんもきっとそう思っていたのだろう。





だから。





大野さんには仕事が終わったら家に行くと伝えた。
玄関でいいから会ってほしいと言った。
大野さんは相変わらず居心地の悪そうな顔をして戸惑っていたけど
今日だけどうしても話したいことがあるからとお願いした。




仕事が終わって大野さんの家に向かう。
ドキドキしながらインターホンをならす。


今までも何度か来たこの家。
ずっとこの家の優しい空気が好きだった。
そしてこの中に自分も入りたいとずっと思っていた。
だからもうここの家に来れないとわかった時は辛かった。






「夜分遅くにすみません。でもどうしても伝えたいことがあって」


そう言うと、大野さんがまた居心地の悪そうな顔をした。
そしてその居心地の悪そうな顔にいつも負けてしまって何も言えないでいた。
何で何でと思いながらその表情の意味を理解しようともしていなかった。


「俺、あの時大野さんの言った意味を考えていました」

「……」

「どういう意味か分からなくて、あの時は了承するしかなかったんです」

「……」


大野さんが戸惑いの表情を浮かべながら見つめる。


「でも、俺大野さんとずっと一緒に生きていきたいんです」

「……」


大野さんの目が大きく開く。


「大野さんと、カズナリくんと3人で一緒にずっと生きていきたいんです」

「……何だか」

「……?」

「何だか、プロポーズみたいな事言ってるけど…」


大野さんが困惑した顔を浮かべそう言った。


「ははっそうですね。でもずっと考えてました。
ずっと自分自身でも普通に結婚して普通に生きていくものだとそう思っていました。でも…」

「……」


そう言うと、大野さんの瞳が揺れる。


「でもそれだと意味がないんです。大野さんとカズナリくんと一緒じゃないと俺自身が幸せじゃないんです」

「……」

「……俺、夢をみたんです」

「……夢?」


その言葉に大野さんが怪訝そうな表情を浮かべた。









「大野さんが前カズナリくんに読んでいた、ちいさいおうちって絵本の夢です」

「……?」

「そのちいさいおうちの中で3人で仲良く暮らしている夢を見て、
それが現実になればいいなって、毎日そういう生活が送れたらいいなって、ずっと思っていました」

「……また俺の想像の斜め上をいく事を言う」


そう言うと大野さんがおかしそうにくすっと笑った。
確かに絵本の話が夢の話になるなんておかしな話かもしれない。


「……大野さんは、ダメですか?」

「え?」

「俺は、大野さんの事好きです」

「俺、男だけど…」


大野さんが戸惑うようにそう言った。


「知っています」

「それに、今まで人を好きになったことなんてないし…」

「はい、それも前聞きました」

「それに」

「……」

「もし、そうなったら茨の道だよ?」


そう言えば前にも一度言われたことがあった。
あの時はただ単に揶揄われたのだとばかり思っていた。


「……それ前にも言ってましたね?」

「……」

「なぜあの時大野さんがそう言ったのか、ずっと聞きたいと思っていました」

「……何でかな? 多分、櫻井はふつーにエリート人生を歩んで行ける人なのに
なぜだかそんな予感があったのかな」


そう言って大野さんが笑う。


「でも、茨の道でもいいんです」

「……」

「俺は大野さんがいいんです」

「……カズもいるよ」

「わかっています。それに俺、カズナリくんの事も凄く好きなんです。
公園で一緒に遊ぶのも、何気ない会話をするのも」

「ふふっへんなの」

「ははっそうですね」


そう言いながらも大野さんは嬉しそうだ。
大野さんが凄くカズナリくんの事を考えているのがよくわかる。


「でもカズも櫻井の事好きみたい。ずっと櫻井はいつ来てくれるんだってうるさくてさ」

「マジで?」


その言葉が何だか無性に嬉しかった。


「あまりにもしょおくんにあいたいあいたいって言うからさ、何だか妬ける」


そう言って大野さんは苦笑いを浮かべる。


「俺、13歳下に弟がいるんで、多分そのせいかも」

「13歳?」


大野さんがびっくりした顔で大きく目を開く。


「そうなんですよ。実家にいる頃よく相手をさせられていたんで」

「だからか~子供の扱いがやけに上手だと思った」


そう言って二人で顔を見合わせるとふふっと笑った。
その大野さんの笑顔を見ると何だか幸せな気分になる。







大野さんに向かって手を差し出すと
大野さんが少し躊躇いながら
同じように手を差し出した。


その手をぎゅっと握る。


「俺、大野さんが抱きついてくれた時、すごく嬉しかったんです」


そう言うと大野さんが照れくさそうに俯いた。
その大野さんを見つめながら大きく大野さんに向かって腕を広げた。
大野さんが少しびっくりした表情で顔を上げる。


でも


大野さんは少し躊躇いながらもゆっくりと身体を近づけてきた。
その近づいてきた身体を自分の方へ引き寄せぎゅっと力強く抱きしめた。


「あの時、本当はこうやって抱きしめたかったんです」


胸がドキドキしている。


「……!」

「ずっと俺が一緒にいるから大丈夫だと、そう言いたかったんです」

「……」


そう言うと顔を上げた大野さんの瞳が揺れた。
大野さんに向かって頷いて見せると大野さんの腕が
躊躇いながらもゆっくりと背中に回ってくる。


「大野さんが好きです。ずっと俺と一緒にいて下さい」

「……」


大野さんが腕の力を弱めゆっくりと身体を離し
そして顔を少し上に上げ見つめる。


「……」

「……」

「……俺も好き」


そして大野さんが躊躇いながら俺も好きだと言った。


「でも大野さんは人を好きになる事なんてないって…」


その言葉が信じられなくて半信半疑のままそう言うと
大野さんがぶるぶると首を横に振る。


「好きになってしまったから、もう、離れるしかないと思った」

「……!」


大野さんはそう言って瞳を揺らす。
ずっと避けられていたその視線。
その瞳には自分自身の顔が映っている。
その華奢な身体をぎゅっと強く抱きしめた。


そして強くその身体を抱きしめながら大野さんの言った言葉の意味を
あの時大野さんがなぜああ言わざるを得なかったのか考えていた。



だから、大野さんは。








しばらく抱きしめてからゆっくりとその身体を離す。
視線と視線が合う。
そのままそっと手を伸ばしその頬を手で包み込んだ。


大野さんがじっと見つめる。
その瞳に吸い寄せられるようにゆっくりと唇と唇を近づけていく。
そしてそのままその綺麗な唇に自身の唇をそっと重ねた。


唇が離れると大野さんが頬を染め照れくさそうに俯く。
もう一度その頬を包み込みその綺麗な顔を優しく上げた。
目が合うと二人で一緒にふふっと笑った。
嬉しくて、幸せだった。


頬を包み込んだまままたその唇に唇を重ねる。
ドキドキが止まらない。
ずっと諦めるしかないと思っていた。
こんな風に大野さんと過ごせるなんて思わなかった。



そう思いながらそのまま深いキスをした。
そしてまた好きだと言うと大野さんが見つめてくる。
その綺麗な顔に向かって顔を近づけるともう一度その唇にチュッとキスをした。


唇が離れると大野さんが照れくさそうに俺もと言って俯く。
可愛いなと思った。いつもの余裕のある大野さんとは全然違う。
避けられていた時の大野さんとも違う。
幸せだと思った。その身体を思う存分ぎゅっと力強く抱きしめた。


ずっと決められたレールの上の人生を歩んでいくものだと思っていた。


それなりの人と結婚して
それなりの家庭を作り上げていって
それなりの生活を送っていくと、ずっとそう思っていた。



でも



それは、本当の自分?


それが、本当の幸せ?




 yes

→ no








おわり。

Song for me 9

2016-11-01 19:24:50 | Song for me






あの日から大野さんが変わった。



何となくよそよそしいというか、どことなく避けられているというか



距離を感じるというか。



大野さんの自分に対する何かが変わってしまった。



以前は視線が合えばニコッと笑ってくれたのに今は視線さえ合わない。








「大野さん…」

「……」


仕事を終わらせ帰ろうとする大野さんに話しかける。
でも振りむいた顔は以前の大野さんとはまるで違う。
どこか居心地の悪そうな表情をしていて
早くこの場から去りたいというのがありありとわかる。


「……いえ、何でもないです」

「……うん」


だからその表情に何も言えなくなって口を噤む。


勇気を出して今度はいつ家に遊びに行っていいかと聞いた事もある。
でも予定があるからと即座に断られてしまった。



もう野菜不足になったらおいでと言って笑っていた
大野さんはどこにもいない。




一体なぜ?




あの優しい空間が好きだった。
優しい光が差し込むあの部屋で3人でのんびりと食事をしたり、
カズナリくんが眠った後に二人でまったりと酒を飲むのが好きだった。
でももうあんな風に優しい空気を感じながら過ごすことはできないのか。
そう思うと寂しくて仕方がなかった。



あの日から何もかもが変わってしまった。







あの日。






あの日、しばらく仕事を休んでいる大野さんを心配して家を訪れた。
てっきりカズナリくんの具合が悪くて休んでいるものだと思ったら
体調の悪いのはカズナリくんではなく大野さんだった。


部屋の中は珍しく散らかっていてキッチンもぐちゃぐちゃだった。
その顔色からもかなり大野さんの具合は悪いのだと思った。
だから小さい子もいて身体も思うように動かない大野さんの
変わりに何とかしたいと思った。


自分のできる範囲で大野さんの負担が少しでも軽くなればと思った。
買い物に行ったり、ご飯を作ったり、片づけをしたり
暇そうにしているカズナリくんの相手をしたり。


そして翌朝。


そのままカズナリくんと添い寝したまま眠ってしまった自分のそばには
大野さんがいて、カズナリくんの事をどうしようかと思っていたと、
そしてありがとうと言って泣きそうな顔で胸に顔をうずめた。


帰る時には大野さんは本当に助かったとお礼を言ってくれた。
そして大切な休みを潰す事になってしまって申し訳なかったと謝った。
だからそれは自分の勝手にやったことなので気にしないでくださいと伝えた。




でも。




大野さんを見る。


大野さんは決して視線を合わそうとはしない。
以前は視線を感じると目を合わせてくれてニコッと笑ってくれたのに今は違う。
他の人に接する態度は以前と全く変わらないのに自分だけには違う。
もう前みたいに話をすることさえできない。


なぜ?


その大野さんのその姿に胸が苦しくなる。


彼女と喧嘩をしても、別れても、こんなに心が苦しくなるなんてことはなかった。


でも今は大野さんの姿を見るだけで苦しい。




図々しかったのだろうか。
大きなお世話だったのだろうか。
強引すぎたのだろうか。
大野さんの気持ちも考えずやり過ぎてしまったのだろうか。
良かれと思ってやったことは単なる自己満足にすぎなかったのか。
頭の中でそんな思いが頭の中をグルグルと回る。


そんな自己嫌悪の日が何日も何日も続く。


相変わらず大野さんとは視線も合わない。
話しかけてもやっぱり居心地の悪そうな顔をして
その場からすぐに去ろうとする。



何で? 何で? と心が悲鳴を上げる。


その大野さんの姿が苦しい。


胸が苦しくてたまらない。


ただの同僚だったはずなのに。


それまで話したことさえなかったのに


今はこの状態が苦しくて仕方がない。

















「大野さん…」

「……」

「……」

「……」


思い切って話しかけると大野さんの表情が曇る。
その表情に何も言えなくなる。


「……」

「……」


大野さんは居心地の悪そうな顔をして顔をそむける。
いつもこの表情に負けて何も言えなくなっていた。


大野さんが何とかこの二人の状況から早く逃れたいというのが
ありありとわかるから、その後の言葉が続かず何も言えなかった。







でも。






大野さんが変わってしまった訳を知りたかった。
もし自分の行動が図々しすぎたというのなら謝りたい。
大野さんの気持ちも考えず土足でずかずかと家に入り込んでしまったことを
怒っているのならその非礼を詫びたい。


そして、もしかして自分の休みを潰してしまった事を申し訳なく思って
気にしているのだとしたら気にしないでくださいと伝えたい。





そして。



もしかして



もしかして、男の自分に抱きついてしまった事を照れくさく思い
避けてしまっているのだとしたら…



って、そんな事ある訳ないだろうけど…。



でも、もしそうなら、嬉しかったというのも変かも知れないけど



その正直な気持ちを伝えたい。







あの日。



大野さんが、カズの事どうしようかと思ったと言って
泣きそうな顔で胸に顔をうずめた時。




あの瞬間。




困惑しながらも、その胸に顔をうずめる大野さんの存在が
儚げで守ってあげたいと思った。
胸がドキドキしながらも、嬉しかった。
そしてその華奢な身体を、自分が一緒にいるから大丈夫だよと言って
思いっきり抱きしめたかった。



自分が大野さんの事がこんなにも好きだとわかった。




だから




だからこんなに苦しいのだ。


だから、こんな風に大野さんに避けられるこの状況が辛いのだ。


こんな思いをしたこと今までない。








「……」

「……」


大野さんは俯いたまま視線を合わそうとしない。
いつもはその居心地の悪そうな顔に負けてしまって
話を終わらせてしまっていたけど拳をぎゅっと握って
大野さんを見つめた。


「……あの、すみませんでした」

「……」


大野さんは居心地の悪そうな顔をしたままゆっくりと顔を上げた。


「俺、大野さんに気持ちを考えず図々しく
勝手に土足で入り込むような真似をしてしまって…」

「……っ違う」


謝ろうとするとそれを遮るように大野さんが違うと首を振った。


「……」

「……」


違う?


「……え?」

「……何でもない」


意味が分からず聞き返すと大野さんは
何でもないと小さな声で言って首を振った。


「違うって、どういう意味ですか?」

「……」


大野さんは、首を振るだけでそれ以上は答えない。


「……でも、答えてくれなくてもいいです」

「……」

「俺…」

「俺、また大野さんと前みたいな関係になりたいから、これから毎日謝りに来ます」

「……!」


そう言うと、大野さんの目が大きく開いた。


「だって、大野さんの事が好きだから」

「……好 き?」


大野さんが大きく目を開いたままびっくりした顔で聞き返す。


「はい、大野さんの事が好きです。
それにカズナリくんの事も、あの部屋の雰囲気も。みんな好きなんです」

「……」

「だから、これからも何度だって謝りに来ます」


その言葉に大野さんがじっと何かを考えるような顔をした。







そして



大野さんが



今日、食事を作って待っているから家に来てと



そう言った。


















仕事を何とか終わらせ大野さんの家に行くと
もう時計は10時を回っていた。
カズナリくんはすでに夢の中だ。


テーブルには夜食が準備されていてどうぞと箸を手渡される。
それをありがたくいただく。
大野さんはカズナリくんと既にすましたみたいで用意されていたのは
自分の分だけだった。









「……」

「……」

「……本当はカズ、施設に行く事になっていたんだ」

「カズナリくんが、施設に?」


いただきますと言ってご飯を食べ始めると
大野さんがビールを飲みながらぽつりぽつりと話し出した。
でもその内容に思わず箸が止まる。


「そう。姉ちゃんが離婚する時、姉ちゃん、精神状態がかなり悪くなってて…」

「……」


確か前にそう聞いた事があった。


「でも姉ちゃんの旦那さんだった人も子供嫌いな人だったし
うちも父ちゃんが5年前に脳梗塞で左半身が麻痺してて
母ちゃんはその介護で忙しかったから、
もう施設に預けるしかないって話になって…」


そう言うと大野さんがビールをごくっと飲んだ。


「そんな…」


その言葉に絶句する。信じられなかった。
確かに子供を育てるのは並大抵ではないだろう。
でもだからって施設って…?







「でも俺が嫌だって言ったの。俺が責任もってカズは面倒見るから
施設には預けないでくれって頼んで…」

「……」

「だから休みも取れるように契約社員になって、保育園の送り迎えもできるようにして…」

「……」


だんだん自分の中で、点と点が線でつながっていく。


「カズのために食事を作って、洗濯をして、保育園の行事があればそれに参加して
病気の時は仕事を休んで看病して…」

「本当に、尊敬します」


初めてここの家に来た時、あまりの大野さんの手際の良さに
びっくりした事を思い出す。


「だから自分でも、できる、できてるって、そう思ってた」


そう言うと大野さんの表情が曇った。










「……十分できていたと思います」


仕事をしながら、ましてや自分の子供でもないのに
一人で何もかもやって凄いなと思っていた。


「でも、違った」

「……え?」

「あの時、全然どうにもならなかった」


あの時というのはきっと大野さんが体調を崩したときの事なのだろう。
大野さんはその言葉に首を振りながらこたえる。


「一生懸命やってたじゃないですか、ご飯だってちゃんと作ってたし」


あのキッチンの状況から大野さんが体調が悪くても
何とか食事だけは作っていたという事はわかる。


「でも外にも出してあげられなくて、大好きな保育園にも
俺のせいで連れて行ってあげられなくて」

「……あの状況なら仕方がなかったと思います」

「……」


大野さんは自分自身に納得できていないのか
黙ったままぎゅっと唇をかみしめた。









「……それに、今後そう言う事があったら俺がいくらでも手伝います」

「……」


その言葉に大野さんが顔を上げじっと目を見つめた。


「……?」

「……だから」

「……?」

「だから、その状況に自分が慣れてしまうのが怖いと思った」

「慣れてしまうのが、怖 い?」


意味が分からず大野さんに聞き返す。


「……櫻井が来てくれて、カズの面倒見てくれて、
ご飯も作ってくれて、すごく助かったから…」

「……?」

「だから、それが当たり前になってしまったら怖いと思った」

「それはダメな事なんですか?」


自分のしたことは間違っていたという事?


「……」


大野さんが静かに頷いた。


「何 で?」

「だって一人で何とかするって言ったのに、
一人で何とかしなきゃいけなかったのに、頼って甘えてしまった」

「……」

「その優しさに自分自身が慣れてしまったら凄く怖いって思った」

「……」

「だから」

「……」

「だからもう、櫻井とは距離を置かないといけないと思った」

「……」





大野さんは真っ直ぐな視線で静かにそう言った。



その言葉に目の前が真っ暗になる。



息ができない。



胸が苦しい。



大野さんはそれをどう伝えていいかわからず



嫌な思いをさせることになってしまって申し訳なかったと謝った。



そして



これからは以前の話さえしなかったような時のような



同僚の一人に戻ってほしいと、そう言って頭を下げた。



そして、ここに来て一緒に食事をするのも今日が最後だと






そう、静かに言った。

Song for me 8

2016-10-22 21:20:02 | Song for me







遅くなりました。
気温差にすっかりやられていました💦すみません。








大野さんが泣きそうな顔をしている。


そして


あっと思った瞬間、大野さんの腕が伸びてきて


その美しい顔が胸にうずまる。






「ごめん、ありがと…」


そして震える声で大野さんがそう言った。


目の前には大野さんの柔らかそうな髪の毛があって


心臓が大きな音をたててバクバク言う。






いつもの余裕な大野さんとはまるで違うその姿。


その華奢な身体は、腕を回したらすっぽりと入ってしまいそうだ。


その姿に胸がきゅっとなった。






大野さんの身体はまだ微熱があるのか温かかった。


そして自身の腕を回していいのかと躊躇ながらも腕を伸ばす。


そしてその華奢な身体を抱きしめようとしたら


大野さんが、すっとその身体を離した。


「……!」


その離れてしまったぬくもりに一瞬の寂しさを覚える。






大野さんの顔を見ると大野さんの瞳が揺れていた。


大野さんは罪悪感のような、戸惑いのような、後悔のような
そんな色々なものが混ざったような表情で見つめてくる。


「ごめん」

「……」


そして大野さんがごめんと謝った。
別に罪悪感も戸惑いも後悔も感じる必要なんてないのに、と
そう思いながらその美しい顔を見つめる。


「もう大丈夫だから」

「……」


そして多分これ以上迷惑はかけられないと思ったのだろう。
帰るよう言われたような気がした。


「でも…」

「もう、大丈夫。ありがと」


大丈夫と言いながらもまだ顔色は悪く体調も悪そうだった。











「……」

「……」


どうするのだろう。
大野さんはまだ動けるような感じじゃない。
カズナリくんもいる。


「……カズナリくんはどうするんですか?」

「……何とか、する」


そう思いながら大野さんに問いかけると、大野さんの瞳がまた揺れた。


何とかすると言っても、そうできるならとっくのとうにそうしていたはずだ。
それなのに、そうしなかったのはできなかったからだ。
それが分かっていてこんな状態の大野さんをおいて
帰れるはずなんてなかった。








「……」

「……」


でもどうすればいいのだろう。
大野さんの意思は固そうだ。


「……ここに来た時」

「……」


そう思いながら体調の悪そうな大野さんの顔を見る。
大野さんが俯いていた顔を上げた。


「カズナリくん凄く不安そうな顔をしてて…」

「……」

「でも…」

「……」

「俺の顔を見て少し安心した顔を見せたんです」

「……」


その言葉に大野さんの目が大きく開く。


「俺、ちょっとその時のカズナリくんの気持ちわかるんです」

「……」


大野さんが大きく目を開いたままじっと見つめてくる。


「きっと凄く心細かったんじゃないかと思うんです」

「……」


そう言うと、また大野さんの瞳が揺れた。


「だから…」

「……」

「だからカズナリくんのためにも今日もここにいます」

「……」


大野さんが黙ったままその綺麗な顔で見つめる。
何か言おうとしているのかそうでないのか
その表情からは読み取れない。








「それに俺、カズナリくんと公園に行くって約束しているんです」

「……」


大野さんが黙ったまま見つめている。


「だから今日は大野さんはゆっくり休んでいてください」

「そんな訳には…」

「カズナリくんのために」

「……」


大野さんがそんな訳ににはいかないと一瞬目を伏せたけど
カズナリくんの為だというと大野さんはぎゅっと口を閉じ
その綺麗な顔で見つめた。









強引だったかもしれない。


大きなおせっかいだったかもしれない。


でも大野さんの顔を見てとても帰れるような状況ではなかった。


大野さんもカズナリくんのことをずっとどうしようって思ってたと言ってた。


だからそうするのが一番いいとそう思っていた。







あの時は。














今までご飯なんて作った事なかった。
作ろうとも思わなかった。
外に出れば食べるところなんていくらでもあったし
テイクアウトやお弁当もある。
作る必然性を感じなかった。


でも大野さんやカズナリくんのためだと思うと作りたいと思う。
栄養のあるものを食べてもらいたいと思う。
ご飯を炊くととハムを焼いて目玉焼きを作った。
そしてレタスを食べやすい大きさに切ってサラダを作った。


大野さんは手伝おうとしていたけど
体調もまだ悪そうでどうにも身体が動かないみたいで呆然と見つめていた。
ご飯ができるとカズナリくんを起こし3人で食べた。


大野さんはまだ食欲がわかないらしくほとんど食べなかった。
まだ体調はかなり悪そうだった。


片づけを済ませるとカズナリくんに公園に行こうといった。
カズナリくんは嬉しそうにうんと頷いた。
大野さんはやっぱり何か言いたげそうな顔をしていたけど
休んでいてくださいと言ってベッドに連れて行くと
カズナリくんと公園に向かった。









その時は大野さんの負担をただ減らしたい。
ただそれだけの思いしかなかった。


家を出るとカズナリくんがぎゅっと手を握ってくる。
そして目が合うとカズナリくんはニコッと笑う。


「今日は違う公園に行ってみよっか?」


そう言うと、カズナリくんはうんと嬉しそうに笑った。








不思議だなと思う。


自分の子でもないのに一生懸命子供が喜びそうなところをリサーチして
自分の子供でもないのに一緒に手をつないで公園に行って。
大野さんの負担を減らしたいだけだったのに
こうして二人でいるのが全然嫌ではなかった。


カズナリくんは大野さんに目元が少し似ていた。
あまりおしゃべりはしないけど笑いかけるとニコッと笑ってくれる。
手を差し伸べるとその小さな手でぎゅっと握ってくる。
可愛かった。


そしてカズナリくんにとっても自分は赤の他人のはずなのに
こうして自分の事を信頼し頼ってくれるのが嬉しかった。









大きい滑り台があるというその公園には
ローラー滑り台があって、小さな丘を登ると
そこから100メートル位の滑り台になっていた。


カズナリくんがおそるおそるその滑り台を眺める。


「どうする?」


まだ早かったかな?と思いながらそう聞くと少し悩んだ顔をする。


「一緒に滑る?」


そう言うと、嬉しそうにうんと頷いた。


カズナリくんを前にして後ろに座る。
カズナリくんが不安そうに後ろを振り返った。
だから大丈夫だよって言ってゆっくりと一緒に滑り始める。


滑り台はコロコロと音を立てる。
だんだんと傾斜がきつくなりスピードがアップする。
カーブを超えると一気に下まで滑った。


滑り終わった後、怖くなかったかなと心配になったけど
そんな心配は無用だった。
カズナリくんはその後何度も飽きるまでその小さな丘にのぼりそして何度も滑った。
楽しそうにしているその姿を見て来てよかったと思った。









家に帰ると大野さんの具合はだいぶよくなったみたいで
煮込みうどんを作って待っていてくれた
それを3人で一緒に食べた。


「今日ね、ろーらーすべりだい」


食べながら珍しくカズナリくんから話し出す。


「ん?」


それを大野さんが優しい眼差しで聞く。


「すべったの」

「ローラー滑り台滑ったの?」

「うん、しょおくんと。たのしかったぁ」


そう言ってカズナリくんが頬を紅潮させる。


「そっかぁ、よかったな」


食卓ではカズナリくんが一生懸命話しているのを
大野さんが優しく聞いていた。


そこはやっぱり優しい空気に包まれている。
やっぱりこの優しい空気が好きだと
ここで3人で食べる食事が大好きだと
そう思った。







そして今までと変わらずここに来れば


ここに来る事ができれば


その優しい空間に入っていけると


入れてもらえるとそう思っていた。









でも。



違った。










自分のした事は





ただの自己満足に過ぎなかったという事を






思い知らされる。




Song for me 7

2016-10-06 21:00:15 | Song for me





夢の中では


大野さんはなぜか普通の女の子で


その事実を知ってやったーと喜んでいる。


別にバツイチだっていいと(バツイチじゃないけど)


子持ちだって全然構わないと(子持ちでもないけど)


自分は何でこんな小さい事にくよくよと悩んで


何もできずにいたんだろうと、


そう思いながらバンザーイとやってると


夢から一気に覚める。







現実の大野さんは、男の人で


バツイチでも子持ちでもないけど


それはどんなハードルよりも高くて大きくて


そのどうしようもない現実に途方に暮れる。






でも。





「大野さん」


呼びかけると大野さんが振り向く。


「大野さん、こないだのお礼に、何かごちそうさせて下さい」

「ふふっ櫻井の手料理?」


そう言うと大野さんがふふっと笑う。
やっぱり綺麗な顔をしているなと思う。


「あ、いや、俺は何も作れないのでどこかでって思ったんですけど…」

「……」


大野さんの表情が一瞬曇った。


「あっぜひ、カズナリくんも一緒に」

「……だったら家で鍋はどう?」


カズナリくんの事を思い出し慌ててそう言うと
大野さんが家で鍋はどうかと言った。


「ずっと鍋をしたいと思ってたんだけどカズと二人じゃなって
思ってたから丁度いいと思ったんだけどダメかな?」


また大野さんの家で食事ができる。
あの優しい空気の中に自分も入れるのだと嬉しく思う反面、
やっぱりいくらなんでも図々しいだろうと思って
困惑していると大野さんがそう言った。


「わかりました。じゃあ、俺何かいい食材を買っていきます」

「ふふっ期待してる」


そう言って大野さんはふふっと笑った。
悪いなと思いながらも、また大野さんの家で食事ができる。
あの空間の中に自分もまた入れるとそう思うとやっぱり嬉しかった。















「あーやっぱり家庭料理っていいですよね」

「って、鍋だけど…」


そんなこんなで結局また大野さんの家でご馳走になっていた。
いい食材を選んで買って言ったつもりだけど
本当に良かったのかと不安だけが残る。


「でも、いつも俺外食か弁当なんで、こんなに野菜が食べられるなんて幸せです」

「ふふっだったら自分で作ればいいのに」


でも、他愛もない話をしながらもやっぱり幸せな気分だった。


「本当に俺、何も作れないんですよ。それに一人鍋ほどむなしいものはないですから」

「まあね~」


大野さんとカズナリくんと自分。
たいして盛り上がるわけでもない。
笑いで溢れる感じでもない。


でもここには穏やかな空気が流れていて、優しく温かい気持ちになる。
そこに自分が入れることが嬉しかった。












「だったらまた食べに来れば?」

「え?」


思いがけないその言葉に大野さんの顔を見つめた。


「まあ、櫻井が嫌じゃなければの話だけど」


嫌なはずない。
今日だってどんなにこの日を待ちわびていたか。
一緒に鍋をしようと言われてどんなに嬉しかったか。


あのカレーを食べた日から。
ずっとあの優しい空気の中に自分も入りたいと思っていた。


「でも…」


こんなに甘えっぱなしでいいのかなとも思った。


「カズも大人の男の人に慣れるには丁度いいから
来てくれた方が助かるんだよ」

「え?」


大野さんはそう言ってくすっと笑った。
言ってることがよくわからなくて大野さんの顔を見たけど
大野さんはそれ以上は何も言わなかった。


カズナリくんは食事を終えると一人で絵を描いて遊んでいた。
その姿を大野さんは優しく慈しむような眼差しで
そして少し悲しそうな目で見つめていた。













カズナリくんを寝かしつけると大野さんが戻ってきて
ビールを渡してくれた。


「ありがとうございます」

「……」

「……?」

「……カズ、話せなくなっちゃったんだよね」

「……え?」


大野さんがビールを飲みながらそう小さくつぶやいた。


「姉ちゃんの旦那だった人…
子供が嫌いな人だったみたいでカズがうるさくしたり
話しかけると怒ってたみたいで」

「……え?」


そんな自分の子なのにそんなことあり得るのだろうか。
信じられないような気持で大野さんを見た。


「だからカズは普通の子供みたいに無邪気に騒いだり
話したりできない子になっちゃった」

「そんな……」


確かにおとなしい子だなと思っていた。
あまり話さない子だなと思っていた。
でもそんな理由があったなんて。


「信じらんないよね?」

「……カズナリくんのお母さんは?」


ずっと聞きたかった。


「姉ちゃんはそれでメンタルやられちゃった」


だからお姉さんの調子が悪い時は大野さんが見ていると言っていたのか。


「あんなに可愛らしいのに」


そう言うと大野さんは、ね、と小さく笑って
ビールをごくっと飲んだ。











「……」

「……」

「…俺、前に協力したいって言いましたよね?
やっぱ、それ、変わんないです」

「へ?」


大野さんが突然何を言い出すのだろうという顔をした。


「カズナリくんの事も可愛くて、俺大好きなんです」

「 ? ありがと」


大野さんが不思議そうな顔をしている。
またとんでもない事を言い出したと思われているだろうか。
想像の斜め上をいっていると笑われるだろうか。


でも。


「俺カズナリくんのために、ここに来ます。いや来たいです」

「 ? うん?」


そう言うと大野さんがきょとんとした顔をした。


「カズナリくんが大人の男の人に慣れるためにいいって言ってましたよね?」

「まあ」

「だったらカズナリくんのリハビリのために来たいです」

「ふふっ そ? じゃあ野菜不足になったらここに来る?」


そう言うと大野さんは、おかしそうにその綺麗な顔で笑った。














そんな約束をした数日後。
また大野さんが三日ほど仕事を休んでいた。


どうしたのだろうか。
連絡をしてもつながらない。
会社には体調不良だと言っているようだ。


まさかまたカズナリくんが何かあったのだろうか。
明日は土曜日だし様子見に行ってみようか。








ピンポンを押すが返事はない。
どこかに出かけているのだろうか。
何だか胸がソワソワして落ち着かなかった。
何度か鳴らすと大野さんが具合悪そうな顔で出てきた。


「大丈夫ですか?」


カズナリくんじゃない。大野さんが具合が悪かったんだ。


「ごめんちょっと調子悪くて。ご飯はまた今度にしてくれる?」


大野さんが今にも倒れそうな感じでそう言った。顔色も凄く悪い。
後ろからついてきたカズナリくんも不安そうな顔をしている。
はい、そうですか、と言ってとても帰れるような雰囲気ではなかった。


「ちょっと失礼します」


そう言って半ば無理やりに部屋の中に入り込んだ。
いつもきれいに片付いている部屋は雑然としていて
体調が悪いのにカズナリくんのために必死にご飯だけはと思って
作っていたのだろう、キッチンはぐちゃぐちゃだった。


具合の悪そうな大野さんをベッドに休ませると
ここは任せて下さいと言って襖を閉めた。


心配そうにしているカズナリくんにも大丈夫だよ言って
洗い物をし、部屋も軽く片づけた。
もともとそんなに物もない部屋だったから部屋はすぐに綺麗になった。


ふとカズナリ君を見ると大野さんがあんな状態では
とても外に出られていなかったのだろう。
暇を持て余しているようだった。


「一緒に買い物行く?」


そうカズナリくんに尋ねるとカズナリくんは、うんと小さく頷いた。
大野さんはよほど体調が悪いのだろうか。熱もあるようだ。
目をぎゅっと閉じたまま苦しそうな顔をしていた。


大野さんにスーパーに行ってきますと声をかけ
玄関で靴を履きカズナリくんに手を差し伸べる。
カズナリくんはおずおずとその小さい手を差し出した。
その小さく可愛らしい手をぎゅっと握った。


「じゃあ行こうか?」


そう言うと手をつないだままカズナリくんは、うんと頷いた。










カズナリくんはスーパーまでの道のりを
きょろきょろあっちをみたりこっちを見たり
ずっと家にいて飽きていたのだろう嬉しそうにしていた。


そして買い物に付き合わせてしまったお詫びにと
何か一つおやつを選んでいいよとお菓子売り場に行くと
カズナリくんの顔がぱっと輝いた。
おとなしくてもやっぱり子供だなと思う。可愛いなと思った。


目をキラキラさせてお菓子を選んでいる姿が
嬉しそうでこちらまで嬉しくなってくる。
こんなに嬉しそうな顔が見られるなら
来るときに小さい公園があったからそこも寄ってみるか。
そう思いながら買い物を終えると小さな公園に寄った。


カズナリくんは最初戸惑っていたけどブランコに乗るとゆっくりとこぎ始めた。
カズナリくんを乗せたブランコがブランブランと揺れる。


その姿を見ながら昔よく公園に家族で来た事を思い出す。
ブランコをこいでいると父や母が背中を押してくれた。
父や母が背中を押してくれると自分の力では
上がらない高いところまで上がった。
それが凄く嬉しかった。


スーパーの袋を置く。
そっとカズナリくんの背中を押した。
カズナリくんがびっくりした顔で後ろを見た。


「怖い?」


そう聞くと、ブランコにゆらゆら揺られながら、ううんと首を振った。


「じゃあもう少し強く押してみよっか?」


そう言うとカズナリくんは嬉しそうに、うんと頷いた。
ブランコが大きく揺れる。
カズナリくんの顔がだんだん紅潮してくる。
嬉しそうな表情をしている。


カズナリくんはブランコが飽きると滑り台に上った。
一人だとつまらないかなと思って軽く追いかけるふりをすると
嬉しそうにキャッキャ言いながら上っては滑る。
可愛いなと思った。


まだ遊びたそうにしていたけど大野さんの事も心配になり
そろそろ帰ろうとカズナリくんに告げる。
カズナリくんはちょっと寂しそうな顔をした。
だから、また来ようなと約束すると嬉しそうに手をぎゅっと握ってうんと頷いた。
やっぱり可愛いなと思った。









家に帰ると大野さんがすうすうと眠っていた。


カズナリくんにちょっと待っててねと言って台所に立つ。


スーパーで買ってきた野菜と肉を使って鍋を作る。


今まで作ったことなんてなかったけど意外と簡単なんだなと思った。
鍋のもとを入れ野菜を適当な大きさに切って入れて肉と一緒に煮込んでいく。
出来上がったところで大野さんに声をかけたけど
とても食欲はないみたいだった。


カズナリくんと二人で一緒に並んで鍋を食べる。
自分の子でもなく他人の子と一緒にこうして鍋を食べているのが
何だか不思議な気分だった。


公園で走り回ったせいかカズナリくんはたくさん食べた。
最後に残ったご飯を入れてタマゴを一つ落とし雑炊を作った。
その雑炊もカズナリくんはぺろりと平らげた。


大野さんはあまり食欲はなさそうだったけど
ベッドに運ぶと少しだけ食べてくれた。
そしてありがとというとまた眠った。


カズナリくんの事が心配でよく眠れていなかったのだろうか。
体調がすごく悪いのだろうか。大野さんはずっと眠っていた。


食事の片づけをしどうしようと思う。
大野さんは眠り続けている。


カズナリくんも疲れたのか片づけをしている間に眠ってしまっていた。
だから隣の部屋からカズナリくんの布団を運んできてそこに優しく寝かせた。











よく朝目覚めると大野さんが困り果てた顔でそこにいた。
カズナリくんはまだ隣で眠っている。
そう言えばカズナリくんの布団をリビングに運んで
寝かしつけてそのまま自分も一緒に眠ってしまったんだった。


「体調は大丈夫ですか?」

「ごめん」


大野さんが申し訳なさそうな顔で謝った。


「何で、謝らなくてはいけないのは俺の方です。
勝手に来て勝手な事をしてしまってすみませんでした」


その言葉に大野さんが首を振る。


「ずっとカズをどうしようって思ってたから…」


大野さんは泣きそうな顔をしていた。
確かにあの状態だったら自分の事はどうにかしても
子供の事はどうにもならないからどうしようと思うだろう。


「ありがと…」


大野さんがやっぱり泣きそうな顔でそう言った。


「そんな、俺、ずっとお礼がしたかったから嬉しかったんです。
それに、何作ろうかなとか。カズナリくんと今度は何して
遊ぼうかなとか考えてて楽しかったんです。
スマホで公園検索してたら近くに大きい滑り台があるっていう公園が
見つかったからそこに行ってみようかなとか思ってて」






そういい終わるか終わらないうちに



大野さんの腕がふわっと伸びてきて



ぎゅっと抱きしめられる。








そして



「ごめん、ありがと…」



そう、大野さんが震える声で言って



胸に顔をうずめた。