yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

ALL or NOTHING Ver.1.02 11

2016-01-26 19:43:10 | ALL or NOTHING Ver.1








『好きだ』






その華奢な身体を抱きしめながら


思わずそうつぶやいた。






その存在があまりにも儚げで泣きそうになる。


胸に顔をうずめ、ぎゅっと抱きついてくる智が


愛おしくて、胸が痛い。







智の事が好きだ、と。


智の事がずっと好きだった、と。


真っ直ぐな視線で何でだと問いかけられるうちに


自分の気持ちが明確な姿を現した。




でも。




本当はその姿を見ているだけでよかった。


綺麗なダンスを踊る姿、美しい顔、笑った時の可愛らしい笑顔。


そんな智の姿がただ見ているだけで十分だった。





なのに。


なのに伝えてしまった事への罪悪感と自己嫌悪感。








智がぎゅっと回していた腕の力を弱め少し身体を離す。
そしてびっくりした表情を浮かべ顔を上にあげた。


「ごめん」

「……変なの」


思わずごめんと謝る。
智は照れくさそうに変なのと言って
そのまままた胸に顔をうずめた。


智の顔は真っ赤だ。
耳まで真っ赤になっている。


そして多分、自分の顔もそして耳も真っ赤になっている。


そして智が胸に顔をうずめたまままたぎゅっと抱きついてきた。
その身体を強く抱きしめる。


心臓の大きな鼓動はきっと智の耳にも届いている。


そして自分の鼓動でない鼓動も智から感じた。








智の身体はすっぽりと腕の中におさまっている。


そして目の前には智の柔らかそうな茶色い髪の毛があって
そこからシャンプーのにおいだろうか甘い香りがする。


背中に回された腕にはなぜか力が込められていて
ぎゅうぎゅうと力強く抱きついてくる。


その姿が可愛くて愛おしいと思う反面、
あの時、もうこの身体にとても触れる事なんてできないと
躊躇していた事を思い出し何とも言えない気分になる。





でも。






智に伝えてしまった罪悪感を感じながらも
智の言動がいつになく寂しそうで辛そうで
そしてあまりにも儚くて消えてしまいそうだったから
智が自分から離れるまではこうしていようと思い
その身体を抱きしめた。








どれ位そうしていただろうか。


しばらく智はぎゅうぎゅうと抱きついていたが
腕の力を弱め、そしてゆっくりと顔を上げた。


あんなに抱きついてくるなんて
何か不安だったのだろうか。
そう思いながら智の顔を見ると少し戸惑ったような
でもどこかすっきりしたようなそんな表情で見上げてくる。


「さ、もう遅いし送っていったあげるから、帰ろうか?」

「……え?」


今だったらまだ日が変わる前に家につける。
そう思いながら智に言うと智が何で?って顔をした。


「ん?」

「だって今、好きだって言わなかった?」


そして不満そうにそう聞いてきた。


「言ったよ?」

「だったら、もっと一緒にいたいとか、俺の返事とか聞かないの?」

「返事くれるの?」

「いやあげないけどっ」


そうやっぱり不満そうに言ってくるから
返事はくれるのかと聞くと智はあげないけどと言って
顔をぷいっと横に向けた。
そのかわいらしい姿に笑みが浮かぶ。


「でしょ?」

「……だって、わかんないんだもん」

「まぁそうだろうね」


そりゃそうだろう。
自分だって同じだ。








そう、わからないのは自分も同じなのだ。


好きになるのはいつも自分の考えをしっかり持った
美しくスタイルのいい女性だ。


智は


高校生で、ましてや男。







でも。


ずっと智の事を見ていた。
智の踊るダンス
その綺麗な顔
話している姿
フロアを眺めている美しい横顔。


そして


そのちょっと生意気なところが
可愛らしくて愛しかった。


「その大人の余裕がむかつく。こっちはマジびっくりしてんのに」

「ははっ」


そんな事を思っていたら智がむっとした顔でそう言った。
その言葉に笑ってごまかす。


違うのだ、と。


大人の余裕なんてない。
この状況に一番びっくりしていて一番動揺しているのは
まぎれもなく自分自身なのだ、と。


「ほらほら送ったげるから」

「え~」


智が不満そうな顔でえ~と言う。
何でだろう? もしかして家にあまり帰りたくないのだろうか。
不安になる。


「だって、翔がびっくりするような事言うから帰るモードじゃない」

「俺だってびっくりしてるよ」

「自分で言ったくせに」


帰るモードって何だ? と思っていたら
智はそう言ってクスリと笑った。


「まぁそれはそうなんだけどさ」


家に帰れない何か事情があるのかと不安に思い智に確認すると
それはないと言う。
それがずっと気がかりだった。


だからいつでも遊びに来ていいからと
そう言ってまだ日が変わらないうちに家に帰れるようにと
智を駅まで送り届けた。





















いつものようにその場所へ行くと


智がいた。


茶髪の髪


色白な肌


しなやかなその身体


鼻筋の通った綺麗な顔


いつもの友達と一緒に


いつもと同じように


時々退屈そうな顔をして


飲み物を飲んで


ふらりと踊って


話をして


ぼんやりと眺めて


踊って


飲んで











その姿をずっと見ていた。






次回、ラストです~。



ALL or NOTHING Ver.1.02 10

2016-01-21 21:55:40 | ALL or NOTHING Ver.1






智は一人でフロアを見ていた。


きゅっと口を結んで


ダンスを踊るわけでもなく


飲み物を飲むわけでもなく


友達と話をするわけでもなく


ただまっすぐ前を見ている。




その顔を見て、また心が揺れた。


美しい横顔。


綺麗に通った鼻筋。


形の良い唇。


その姿は、誰もが簡単には寄せ付けないような神々しさを感じる。





その姿を見て、また、心が揺れた。












「しばらく来ないと思ったのに珍しいね?」


しばらくそのその姿を眺めていたが
思い切って智に近づくとそう言って話しかけた。


「……」

「……」


智が振り向く。


何か言おうと思っていたのに智の顔が
今にも泣きそうな顔をしていたから何も言えなくなる。


「やっぱ、ダメだった」

「え?」


そしてその泣きそうな智の顔を見つめていたら
智がそう小さく呟いた。


「家族になれなかった」

「どういうこと?」


あの日。


お母さんに怒られたと。
早く帰ってきなさいと言われてしまったと
嬉しそうに帰っていった。


でも、家族になれなかったってどういう意味だろう?
以前も俺は違うからというような事を言った事があった。
それと関係あるのだろうか。


「やっぱ、無理だった」

「……」


智はそう言うとギュッと口を閉じた。
その表情にやっぱり何も言えなくなる。


「……でも」

「……?」

「でも、ここに来たら翔が見つけてくれると思ったから」

「……え?」

「だから、いいや」

「……?」


やっぱり何と言っていいかわからず智の顔を眺めていたら
智は自分が見つけたからいいと言う。
その智の言ってる意味も、考えていることも分からなくて
ただただ戸惑う。


「わかってる。高校生がこんなとこきてちゃダメっていうんでしょ?」

「いや、まあ」


でも、智はこちらの戸惑いを気にすることもなく、そう言って小さく笑った。










そう。


確かに以前、智に言った事がある。


高校生がこんな時間に、こんな場所にいてはいけないと。


いるべきではないと。


でも。


でも、智の姿が見えなくてつまらなかったのは自分の方だ。
いつも智の姿がないかとここに来るたびに探していたのは
まぎれもなく、自分自身だ。


「もう帰るから」

「……え? もう帰っちゃうの?」

「うん、満足したから」

「満足したって?」


だから智が帰ると聞いて、ひどくがっかりしている自分がいる。
そんな事を気にすることもなく智は満足したからと言って
ふふっと笑った。


でも、満足したと言いながらも
その顔がいつもにも増して儚げに見えて気になった。


「今度はいつ来るの?」

「……え?」


思わずそのまま帰ろうとする智の手をつかんで
そう智に聞いた。


「いや、ごめん。何か心配で」

「……?」


智は手をつかまれたまま不思議そうな顔で見つめてくる。


「いや心配っていうのも変か。でもなんか気になるから。
今日、元気ないし。ダメだったとか言うし」

「……」


そう言うと智がまっすぐな視線で見た。


「……ね?」

「……?」

「今日これから、翔の家行ってもいい?」

「……え?」


そして、突然智がそう聞いてきた。


そういえば以前もそう言ってきたことがあった。
その時は冗談だと笑っていたけど
これもまた冗談だと笑うのだろうか。


智の意図が読めない。


「冗談だよ」

「……」


智の意図が読めないままでいると
智はあの時と同じように冗談だよと言って笑った。








でも。









「いいよ」

「……え?」

「来たいんでしょ、いいよ」


何でそう言ってしまったのかわからない。
でも、あの時とはどこか違う智のその様子がずっと気になっていた。
冗談だと言った顔もどこか寂しげで前の時とは違う。


だからこんな時間に
高校生を自分の家になんて
ダメな事は百も承知している。


でも、いいよ、と言ったら智は嬉しそうに


すごく嬉しそうに笑った。















「散らかってるね」

「まあね」


智は部屋に入るとあたりを見渡しそう言った。
確かに部屋は散らかっている。
会社の書類やら本やらそこかしこに資料が重ねられていた。


「片づけてくれる人いないの?」

「まあね」

「まぁいたら俺なんて看病してないか」


智はそう言って、一人納得したような顔をするとクスッと笑った。
そしてしばらく部屋を眺めていたと思ったら、ベッドの横に立った。


「ここで看病してくれた」

「そうだね」


智はそう言いながらベッドに触れた。


そう。


あの時はただだんだん顔色が悪くなっていく智を
何とかしなければと、それだけの気持ちしかなかった。


無我夢中で、とにかく必死だった。


「ここで水を飲ませてくれたり、着替えさせてくれた」

「……うん」


智はその時の事を思い出しているのか
そう言ってベッドを見つめた。


「……」

「……」

「……何で?」


そしてちょっと考えるような顔をして何でと聞いてくる。


何で。


何でって。


「何でなんて、熱が出てのどが渇いていたみたいだから水を飲ませたし
汗をかいたみたいだったから着替えをしたあげただけだよ」

「……他人なのに? 誰にでもそうするの?」


智が不思議そうにそう聞いてくる。
まあ確かにそうだろう。
現にあの時は名前さえも知らなかった。


「いや、誰でもってわけじゃないけど」

「じゃあ、何で?」

「……」


智が静かな目で見つめる。
その智から注がれる静かな視線にドキドキが止まらない。


「言ったろ君の事が放っておけないって。
何かあれば手が出てしまうって」

「何で?」

「……」


智は納得できないのか、静かな視線を向けたまま聞いてくる。
その視線に何も言えなくなった。












「何で、俺なの?」

「何でって……」


なぜかだなんて理由はわかりきっている。


智だったからだ。


でも、それをどう説明していいのかわからないし


どう言葉にしていいのかもわからない。











「俺はね、嬉しかったの。
あんなつきっきりで看病とかしてもらったことなんて
今まで一度もなかったから」

「……」

「熱が出てもいつも一人だったから。
のどが乾いたら一人で水を飲んで、汗をかいたら一人で着替えて…」

「……」


何も言えないでいると智が淡々とした表情でそう言った。
その言葉にやっぱり何も言う事ができず、ただ智を見つめる。


「だから、あの時なんか幸せだったの」

「……」

「あの時の事はよく覚えてないんだけど
布団があったかくて、すごくほっとしたのを覚えている」

「……」

「ずっとそばにいてくれて、水を飲ませてくれたり
着替えさせてくれたりした」

「……」

「だから…」

「……」

「だから、もう一度ここにきてあの時の事を思い出したかったの。
それを思い出したら、また明日から頑張れるって思ったの」

「……」


智はまっすぐな視線を向けたままそう言った。


その言葉に何と答えていいのかわからない。


ただ、胸が痛かった。


智の言葉に、胸が痛い。


智を見ると、視線が重なった。








そして


視線が重なったまま、智の身体を自分の方に引き寄せた。


そのままその身体をきつく抱きしめる。


智は断片的にしか話さないから家庭の事情とか全然わからない。


ただ。


何も知らないくせに


そう智は言った。


そして早く帰って来いと怒られてしまったと


嬉しそうに笑っていた。








「……」


何も言えない。


智は、なぜか嫌がりもせずそのまま腕の中にすっぽりと入ったままでいる。


そして智が胸に顔をうずめたままゆっくりと腕を上に動かす。


そしてそのまま腕を背中に回してきた。


「……!」


その智のその行動に驚きながらも


そのまま


その身体をきつく抱きしめる。









そして



「好きだ」 と



その身体をきつく抱きしめたまま



そう



つぶやいた。

ALL or NOTHING Ver.1.02 9

2016-01-14 20:51:00 | ALL or NOTHING Ver.1






あの日から智はぱったりと姿を見せなくなった。


毎週のように、ここ『K』にきていたのに。








相変わらずこの場所には
国籍や人種、そして年齢や職業を問わず様々な人々で溢れかえっている。
人目を惹くような綺麗な人もいれば、笑顔が可愛らしい女の子もいる。
ハーフっぽい人や外国人。


雑誌やTVで見たことのあるモデルやタレント。
そしていかにもお金持ちそうな人や、やたらと顔が広い人。
どこかの社長やら、御曹司。
芸能人なのか有名人なのかひっきりなしに声をかけられている人もいる。







こんなにも。


こんなにも、たくさんの人で溢れかえっているのに


智だけがここにいない。






未成年なのだからいなくて当たり前のはずなのに。
高校生がこんな時間にこんな場所にいるべきだはないと
そう智に告げたはずなのに。
ここに来るとなぜか智の姿を探している。


智じゃなくても綺麗な女の人も、スタイル抜群な女の子も
かっこいいダンスを踊る人もたくさんいるのに


智だけがいない。








でも。


今日は来ているかもしれないと
今日こそは来ているかもしれないと


話しかけられながらも
踊りながらも
飲みながらも
智の姿を探している自分がいた。








フロアでは今日もたくさんの人が思い思いに酒を飲みダンスを踊っている。
派手なパフォーマンスで人々を魅了し目立っている人もいる。


そういえば智を最初に見た時。
人だかりの中心でブレイクダンスを踊っていたっけ。


その智の踊るダンスは今まで見てきたダンスとは全く違う。
とても綺麗で、その身体能力の高さとリズム感。
そして有り余る才能を見せつけていた。


あれから同じように中心で踊っている人を何人も見てきたけど
あの時のような心が躍りドキドキしながら見たダンスはない。


手の先足の先まで神経が行き届いているかのように見える美しい動き。
そこだけがまるで無重力なのではないかと思えるほどの
軽やかでしなやかなダンス。
不思議と智の踊っているときは足音が全くしない。


あの心が躍るダンスもう一度見たいとずっと願っていたけど
あれだけのダンスが見れたのは後にも先にもあの時だけだった。


あの時はたまたまだったのか。
それともここのオーナーに頼まれて踊ったのか。
今となってはそれさえもわからない。


ただ、他のどんな上手なダンスを見ても
どんなにかっこいいダンスを見ても
どんなに素晴らしい踊りを見ても


決して、心まで揺さぶられた事はなかった。


心が揺さぶられたのは智が踊るあのダンスだけだった。










好きになるタイプはいつも同じだ。


自分の考えをしっかりと持っている人。


周りの友達は顔やスタイルが第一条件みたいな感じの人が多いけど
自分としてはそれも大事だけど、それよりなによりある程度教養があって
自分の考えをしっかり持ち合わせている人が好きだった。


だから付き合う人はいつもそんな感じの似たような人が多かった。
学生時代にも、そして今の会社や取引先にもそういう人は何人もいる。
しっかりとした教養を持ち合わせていて
それでいて顔も美しく性格も申し分ない人。


そういう人からアプローチをかけられたことも、一度や二度ではない。
以前だったらこちらも好意を持ち、確実に付き合っていたはずだ。







でも。


でも、今は違う。


今は、どんなに美人で頭もよくて考えもしっかりしていている人が
現れても心は揺れない。


心が揺れるのは智だけ。










仕事をしていても家にいてもいつも思い出し


心が揺れる存在なのはなぜか智だ。



智が『K』に毎週のように来ていたころは
智の踊るダンスやその顔をただ見ているのが好きだった。
そのダンスを見ているだけで
その綺麗な横顔を見ているだけで
心が揺れた。


でも。


それはここに来れば当たり前のように見れると思っていたし
そしてあの日までは当たり前のように見ていた。
でも今は、その姿を見ることができない。


それが、どうしようもなく寂しい。


本当は高校生なのだからいなくて当たり前なのに。


智の姿が見れないことが、寂しい。




智の連絡先は知らない。
病院に行った時に名前やら生年月日やら住所やら電話番号やら
記入しているのを見ていたけどあまり見てはいけないと思って
じっくりとは見なかった。


だから名前だけは覚えているけど他は住所が三鷹市だったということ以外
全く覚えていない。








あの日。


あの日の智はいつになくおしゃべりで可愛いらしかった。
ただ見てるだけでも
目が合っただけでも
にらんできたり
あっかんべーとされたり
ぷいっと顔をそむけられたり。


いつもそんな感じだったからあんな風に普通に会話ができてすごく嬉しかった。


そしてあの日。


智が『翔』、と名前を呼んだ。
あまりにも驚いて一瞬声が出せなかった。
しかもあの時、冗談だとは言っていたが自分の家に来ると言っていた。
そしてダメだというと、ケチぃと言って口をとがらせていた。
その姿が凄く可愛らしかった。


待ち合わせをして智と会う時。
初めてのデートみたいにドキドキしていた。


まさかあの日。


じゃーねーと言って帰っていく智の姿を見ながら
もう見られなくなるなんてあの時は思いもしなかった。


いや、もしかしたらここには来なくなってしまうのではないかと
あの後姿を見送りながらそんな思いが少しだけ頭をかすめた。


けどそんな事はないと


頭の中で打ち消した。










高校生で
ましてや男。
好きな訳ではない。


好きになるタイプはいつも一貫している。
美人でスタイルがよくて考えがしっかりしている人。







でも。


初めて見た時から無性に気になる存在だった。


だからいつも智の事を見ていた。


だから智のピンチもすぐに気づいたし


智の体調が悪いのもすぐにわかった。


その智を見ながらいつも心が揺れていた。









好きになるタイプはいつも同じ。


頭がよくて美人でしっかりしている人。









でも







智を見るといつも心が揺れていた。















今日もこの場所に来ると



いつもの癖でフロア全体を見渡した。



相変わらずたくさんの人で溢れかえっている。



外とはまるで別世界だ。






その中に






智がいた。





ALL or NOTHING Ver.1.02 8 & カウコン

2016-01-07 20:32:40 | ALL or NOTHING Ver.1






遅くなりました(>_<)








何とか吉田さんや女性たちから逃れ一人になるとほっと溜息をつく。
そして智から渡された紙袋を見つめた。


「……」


あっそう言えば、お金。
封筒の中には智が後で払うつもりで見ていたのだろう。
診察時にかかったお金がきっちり入っている。


あの時はあんな状況だったし自分で払うからいいと思って
実費で払ってしまっていた。
でも智の家が払うというのなら話は別だ。
とはいっても、それを智に説明しても難しい気がする。


どうしよう?


智をみるとぼんやりとフロアを眺めている。
とりあえず話してみるか。
そう思い智に話があると言って話ができる場所に連れ出した。


「さっき受け取った診察代なんだけどさ」

「……?」


智が何だろうと怪訝そうな顔をする。


「あれ、保険証と領収書を持って病院に行った方がいいと思うんだけど…」

「……え?」

「今回、検査もしているし初診料、診察料、検査代とかかっているから」


智が意味がわかんないって顔をする。
まぁ確かにわかりにくい話だよね。


「よくわかんないけど、保険証が必要ってこと?」

「そう。病院に持っていけば差額分返してくれるから」

「……」


智はどうしたらいいのかと考えている。
でも平日は学校もあるだろうし難しいだろう。


「土曜に待ち合わせして一緒に行ってみる?」

「……土曜?」


智が土曜と言ってまたうーんと考えている。


「……」

「じゃあ来週持ってきてここが終わったら、どこかで待ってる」

「いやいやいや、それは危ないよ」


そしてしばらく考えていたかと思ったらここが終わったらどこかで待つとか言い出した。
でもそんなの危険すぎる。
以前も男の人に狙われた事があったのに全然わかってない。


「え~? だったら翔のうちで待ってる」

「へ?」 


だから絶対にそれはダメだと言うと、智はうちで待つとか言い出した。
っていうか、今、翔って言った?
童顔だとは言われるけど社会人で、年上なんですけど。


「あれ翔って名前じゃなかったっけ?」

「いや、そうだけどさ」

「それとも櫻井って言えばいい?」


そんな事はまるで気にしていない感じで智はそう聞いてくる。
って結局呼び捨てかよ?


「いや翔でいいよ。それよりも俺んちで待ってるって言った?」


その言葉に智はうんと頷く。
いや、その頷いている姿はいつもと違って凄く素直で可愛いんだけどね。


けども。


「それはダメです」

「え~何でぇこないだだって泊めてくれたじゃん」


そのいつも違う智のその言動に戸惑いを覚える。


「あれは緊急事態だったからでしょ。とにかくダメなものはダメ」

「え~けちぃ」


そう言って口を膨らませた。
ってその口を膨らませている姿も可愛いんだけどね。
でも何だかいつもと違過ぎない?
その智に面喰い何も言えないでいると智かおかしそうにくすくす笑い出した。


「……?」

「冗談だよ。今日はもう帰る予定だったから明日でもいい?」


相変わらず智は可愛らしい顔で笑っている。
冗談だったのかよ。
って冗談なんて言うキャラだったっけ?
いつもと違ういたずらっ子みたいな顔をして笑っているその姿に面喰った。


「いいけど。っていうかもう帰るの?」

「もうって。こんな場所にいるべきじゃないとかお説教してたくせに」


そう言ってまだくすくす笑っている。
本当はこんなに笑う子だったんだな。


「いや珍しいなって」

「だって母ちゃんに怒られちゃったんだもん」


智は怒られちゃったと言ってる割には
その顔はなぜかとても嬉しそうだ。
そういえば以前放っておけないっていた時も嬉しそうな顔をしていたっけ。


「そっか。気を付けて帰れよ」

「うん」


そう言うと智は素直にうんと答えた。
そのいつもと違う智に戸惑っていたらじゃあ明日ねと言って
智はさっさと行ってしまった。















「……」


智のいなくなってしまったこの空間は何だかひどくつまらない。


相変わらず女の子の方からひっきりなしに声をかけてくるけど
別に話したくもないし、一緒に踊りたくもないし飲みたくもない。


なんでだろう。


ただ智の姿を見ているだけでよかったんだよな。
あの綺麗に踊るダンスの姿。
ぼーっとフロアを見ている綺麗な横顔
友達と飲み物を飲みながら話をしている姿。


こんな時間まで高校生が何やってんだと
そう心配しながらもそんな姿を見ているだけでよかった。
だから智が帰ってしまったこの場所はただ煩いだけで空虚な空間。


どうせ明日朝は早起きして病院に行かなくてはならないんだ。
今日はもう帰ろう。
いろいろ言ってくる女の子たちを尻目にそのまま家へと向かった。








「……」


本来なら自分がわざわざ付き添う必要なんて全くない。
領収書を渡して保険証をもって病院に行くよう話せば済む話だ。
でもそうしなかった。


何でだろう。
智があまり理解できていなかったというのもある。
いや。それは自身に対するいい訳だ。
わざわざそうしなかったのは自分自身の意思だ。


そして今。
意味もなく、うきうきしている自分がいる。
なんでだろう。
自分でもよくわからない。











ああは言ったけど本当に智はここに来るのだろうか。
ご両親に不審に思われたりしなかっただろうか。
不安な気持ちで約束した場所で智が来るのを待つ。


でも不安な気持ちとは裏腹に胸はなぜかドキドキしていた。
女の子と初めてデートで待ち合わせしている時みたいに
心臓はなぜかずっとドキドキしていた。


なんでだろう。
なぜこんなにドキドキしているのだろうと
自分自身に苦笑いした。


でも思えば智の姿を見ていつも胸は高鳴っていた。
ダンスを踊っている姿を見ている時も
男の人に絡まれて手を差し出した時も
手を引っ張って歩いた時も。


自分の部屋に連れて帰った時も
ベッドに寝かし、そして水を飲ませた時も
着替えをさせた時も。


しまいには智が帰ったあと
その残されたコップや使ったタオル
そして智が寝ていたベッドを見てもドキドキして
しばらくそのベッドが使えなかった。


って、バカじゃん、変態じゃん。


そんなことを思い一人顔を赤くしていたら智が現れた。


「ほんとに来たんだ」

「だって保険証が必要だって言ってたじゃん」

「いや、そうは言ってもほんとに来るとは思わなくて」


朝見る智はいつもと違って
すっきりしていてすごく綺麗だった。


「昨日は怒られなかった?」

「うん。ちゃんと早く帰ったから」

「そっか」


そういって智は嬉しそうに笑う。
早く帰ったから、か。
その言葉になぜか寂しさを感じた。


なんだろう?


高校生がこんなところに出入りしているのはよくないと思っていたのに
早く家に帰るということは喜ばしいことなのに
なんだかちょっと寂しい。











病院での処理はあっさりと終わりすぐに差額を返してくれた。
智もこれで終わり?と拍子抜けした顔をしている。
その顔がまた可愛いらしくてつい笑みが浮かぶ。


「もうあの場所にはいかないの?」

「え?」

「いや怒られたって言ってたからさ」

「んふふっ高校生がこんな所に出入りしてちゃだめだって言ってたくせに気になる?」


智はそう言って、んふふっと笑う。


「まあ、ね」

「寂しい?」


智がそう言って顔を覗き込んできた。


「え? いやまあ」

「いつも俺の事みてたもんね」

「………」


バレてた。
ま、当たり前か。


「でも俺も翔の事みてたよ」

「……!」

「いつも女の人に話しかけられてた」


そう言って智はにこっとかわいらしい顔で笑った。


「……なんか変わったね。明るくなったっていうか」

「そうかなぁ? でも、なんかわかんないけど嬉しいの」

「嬉しいんだ?」

「そう。今日もね出かけるって言ったら早く帰って来なさいって言われてさ。
友達なんかはうぜぇって思うみたいだけど俺は何だか嬉しいの」

「そっか」


そう言って嬉しそうに笑った。
その顔を見ながらなぜだか寂しく感じてくる。
本来ならいいことなのに
智も嬉しそうにしていて喜ばしいことなのに
そして智こんな風に自然に話せるようになって凄く嬉しいはずなのに
話をするたびにどんどん寂しい気持ちになっていく。


そんなこちらの思いとは裏腹に智は駅に着くと
じゃーねーとあっさり行ってしまった。



その後姿を見送りながら


もうあの場所に用はなくなってしまったのだと


そしてあの綺麗なダンスを見ることは


もう二度とできないのかも知れないと





そう思った。














☆おまけ   カウントダウンコンサート☆



「あれ、もう見てんの?」

「ふふっ」


風呂からあがってきた智くんは頭を拭きながらそう言った。
でもこれすごく見たかったんだもん。
久々のカウコン。そして司会。
いつものコンサートとはまた違う、盛大なお祭り。


さっきまでその場所にいてたくさんの仲間や大勢のファンと
盛り上がっていたのが嘘みたい。
夢みたいな空間。


そして軽く打ち上げをしその高揚感まま家に帰ってきた。
そしてそれを思い出しながら酒の肴に飲む。
最高じゃね?


「さっきまでここにいたんだよね。信じらんない」

「ね~」


智くんが頭を拭きながらそう言って
隣に座るとグラスを片手に一緒に見始めた。


映像で映し出される盛り上がりとは違って静かな時間が流れていく。


「これ凄く緊張した顔してる」

「だってヒガシさんだもん」

「まあ当たり前だよね」


そう言って二人で顔を見合わせ笑った。
そこには大先輩であるヒガシさんと智くんの二人が映し出されている。


でも確かに、あれだけの大先輩。
そんな人と二人でダンスと歌だなんて緊張しないわけないよね


「でもめちゃくちゃかっこいいよね」

「あの人すげえよ、あの年であれだよ。もう鉄人の域に達してるよ」


そう言って智くんはんふふっと笑った。
確かにあの年であのキレのあるダンス、そしてアクロバティックな動きは凄すぎる。
そして智くんも昔から一緒にやってきたせいか呼吸はぴったりだ。


東山さんも気持ちよさそうに歌って踊っている。
あれだけ踊って歌えばさぞかし気持ちがいいだろう。
その気持ちよさそうに歌っている東山さんを見ながら
智くんとのユニゾンって歌ってて本当に気持ちがいいんだよね、と思う。


どんな歌声で歌っててもその声に合わせて包み込んでくれるから
歌いやすくてそしてとても気持ちがいい。
決して声は主張しすぎているわけでないのに
不思議と引っ張っていってくれる感じでとても心地がいい。


智くんと二人で歌っているとピアノを習っていた時の連弾を思い出す。
自分が弾いている所に先生が隣で合わせて弾いてくれているのが
何だか自分まで素晴らしい演奏ができているような気分になって
心が身体が高揚してくる。


他のユニゾンはユニゾンでそれぞれの良さがあるけど
智くんと歌ってて気持ちがいいっているのは
そういう高揚感を感じられるっていうのもあるんだよね~。


「こういう翔くんってめったにないから笑っちゃう」

「……へ?」


そんなことを思っていたら飛ばしたはずの自分のところに
戻していて智くんが可愛らしくくすくす笑っていた。


「だってさこれ菊池の方がぐいぐいきてて
翔くんの方が目線外しちゃってるからおかしくて~」


そう言ってまたけらけら笑った。
まあ確かに智くんとの時や他のメンバーの時もそうだけど
自分から目線を外すことはないかも。外したとしてもすぐに見ちゃうし。


でも菊池はなんでだろ?
若さにやられてる?
イヤイヤイヤ
ぐいぐいさに負けてる?
ナイナイナイ


「俺も今度菊池みたいにやってみよっかな~」


そういってくすくす笑っている
可愛いんだけどね。
でもなんかちょっとくやしい。










「………」

「………?」

「いや、やっぱり智くんはそうやって笑っている方がいいなって」

「え~?」


そのかわいらしく笑っている智くんを見ていたら
智くんが何?って顔をして見たからそう言うとえ~と言ってまた可愛らしく笑った。
でも知らないでしょ?
どんなに心配していたか。
どれほど悔しい思いをしたか。
そしてどんな事があっても絶対守っていこうと決めたんだ。


「今年は年男なんだし、笑っている智くんがいいな」

「……うん」


そう思いながら今年は平穏に過ごせますようにと
そしてあんな辛い思いをする事がありませんようにと祈りながら
つないだ手にぎゅっと力を込めた。







おわり。






(遅くなりましたが)今年もどうぞよろしくお願いします!