If
もしも、あなたがこの世界にいなかったら
大野さんが自分の部屋の窓から外を眺めている。
何でこんなことになったんだっけ。
ああ、そうだ。
あの時。
大野さんの絵を見たくて
大野さんの描いた絵が欲しくて
食い入るように見つめていたら
大野さんが突然目の前に現れて
本当に欲しくて買っているのかと
同情で購入するのはやめてほしいと
そう言われたんだった。
だから、違う、と言って
大野さんの絵が好きだから
大野さんの事がずっと好きだったから
だから欲しくて買っているのだと
そう言ったら
大野さんはその綺麗な顔でふっと笑って
そして少し考えるような顔をした。
そして
今から自分の家に行っていいかと聞いてきた。
今から?
自分の家に大野さんが来る?
突然のその言葉にびっくりしながらも
答えは一つしかなかった。
そしてタクシーに乗りそのまま自分の部屋へとやってきた。
なぜ突然大野さんがそんな事を言い出したのか
なんてわからない。
ただ。
大野さんと一緒にいられる
大野さんと話ができる
大野さんの顔が見れる
それだけで、嬉しかった。
大野さんは部屋に入ると
すごいマンションだね、と言ってふふっと笑った。
そして夜景が見える窓の方にゆっくりと歩いていく。
そして窓から外を眺めた。
その横顔はとても美しくて可憐で
やっぱり
自分はこの人の事が好きなんだと
そう思った。
大野さんは外をしばらく眺め
そしてゆっくりとこちらを振り返った。
そして目が合うと世界が違う、と
小さく言ってふふっと笑った。
世界が違う?
世界が違うってどういう意味だろうと
大野さんの顔を見つめていると
今の翔くんと俺とでは住む世界が違いすぎるよね、と
大野さんはそう言ってまたその綺麗な顔で
小さくふふっと笑った。
「今の俺の生活はね、バイトして絵を描いて
お金がたまったら外国に行って。
で、お金が無くなったら戻ってきて
絵を描いてバイトしてっていう毎日なの。
今も、そして今後もそれは変わらないと思う」
「……」
やっぱり意味が分からなくて何も言えないでいると
大野さんがゆっくりと語りかけるように話し出した。
「だから国民的アイドルスターで
こんな凄いところに暮らせる翔くんとは全然違う」
「……」
その口調は穏やかだったけど
強い意志を持った表情をしていた。
それを伝えるためだけにここに来たのだろうか。
その事を身をもって知らしめるために。
わざわざ?
何で?
何のために?
頭が混乱して何も言えない。
大野さんの顔を見ると
大野さんが真っ直ぐに見つめ返す。
「前にあった時に言ったでしょ?
後ろなんて振り返らなくていいんだって。
俺の事なんて忘れ去っちゃっていいんだよ」
「……」
大野さんが自分の心の中を読んだみたいに
静かにそう言った。
「なのに、こんなに俺の絵まで買い揃えて」
「……」
大野さんはそう言いながら
部屋に飾られている大野さん自身が描いた絵を見つめた。
「ダメ なの?
大野さんの絵を買うことも
大野さんの事を好きでいることも」
大野さんが真っ直ぐ見つめたまま静かにうなずく。
「……何 で?」
「……」
自分とどうこうなってほしいとか思っている訳じゃない。
ただ。
「ただただ思っているだけでもダメなの?」
「翔くんには前だけを向いていてもらいたいから」
大野さんが静かな口調で言う。
「……じゃあニノは?」
「ニノ?」
大野さんがなぜそこで突然ニノの話が出てくるのだろうと
不思議そうな顔をする。
「あなたがいないのならデビューする意味なんてないと
そう言って辞めたニノみたいに俺も辞めていたらよかった。
俺だってニノと同じだったから。
そしたら住む世界が違うとも言われなかったし
ニノみたいにずっと気にしてくれた?」
自分でも支離滅裂で何を言ってるのかわからない。
「……翔くん、泣いてばっかだね。
って泣かせているのは俺か」
大野さんが苦笑いをしながらそう言う。
「だったら、アラシを辞めたらいいの」
「何言ってんだよ、辞めれるはずなんてないだろ」
大野さんが強い口調で言った。
バカなことを言っているのは自分でもわかっている。
そんな事が今更できないことも。
あの日。
あの時。
もうプロジェクトは進みだしていた。
もう後戻りはできなかった。
頑張って歯を食いしばってここまで来た。
忙しい中、大学も言われた通り4年で卒業し
必死にここまで走ってきた。
何がダメだった?
何がいけなかった?
無我夢中で突っ走ってきてやっとここまでたどり着いて
そしてずっと会いたいと願っていた大野さんに出会えたと思ったら
住む世界が違うと言われて
絵を買うことも
好きでいることも
何もかも全て否定されてどうすればいい?
自分のやってきたことは何だった?
やってきたことはすべて無駄 だった?
涙があふれては流れ
あふれては流れ
そして、目の前が真っ白になっていく。
「……く ん」
「……」
「しょく ん」
遠くから大野さんの声が聞こえてくる。
違う。
「翔 くん?」
大野さんじゃない。
智くんだ。
目をゆっくり開けるとそこには
心配そうにのぞき込む智くんの顔があった。
今までのは、全て 夢?
「翔くん、大丈夫?」
智くんが心配そうな顔で見つめている。
その顔はいつもの智くんの顔で
さっきまでの智くんの顔とは違う。
「……いや、俺8年分の夢見てたわ」
「8年分? 長くね?」
「ホントすげー長かった」
智くんはそう言ってくすくす笑う。
いつもの智くんだ。
その表情にほっとする。
全て夢だったのか。
とてもリアルで怖い夢。
何であんな夢を見たのだろう。
昨日はお互い珍しく朝ゆっくりだからと
酒を飲んだ後目覚ましもかけずに寝た事を思い出す。
「しかも、すげえうなされてたよ? 涙も」
智くんはそう言って、んふふっと笑う。
慌てて涙をぬぐいながら、ああ、いつもの智くんだと
そう、実感した。
「だって、智くんが酷いんだもん」
「俺ぇ?」
「そう。でも、夢だったからいーや」
「え~何? 何? 聞かせて?」
「いや、夢の話だし」
「翔くんがこんなうなされて、涙を流すなんて
よっぽどの事じゃない?
俺がどんな酷いことを翔くんにしたか聞きたい」
「え~」
こちらの気持ちとは裏腹に智くんがワクワクした顔で言う。
可愛いんだけどね。
でもこの顔じゃ話すまで許してはくれないんだろうな。
そう思いながら時計を見るとまだ出る時間まで余裕があったので
仕方なく夢であった8年分の話を始めた。
「何か、わかる」
「わかる?」
話が終わると智くんは少し考えるような顔をして
分かるといった。
「だって、今のこの状況でもそう思うもん」
「こんなに長く同じメンバーでやってきてるのに?」
そんな事を言うなんて思わなかったから
びっくりして問い返す。
「うん、だって翔くんと俺とは全然違うもん。
翔くんはちゃんと大学も出てキャスターをやったり
毎日凄く勉強もしていてしっかりしているし」
「でも、智くんには俺にはない才能がたくさんあるでしょ?」
「それでも、やっぱ違うもん。
そう言えばこないだだって、なんかのテストで満点だったんでしょ?
もうそういうのが信じらんないんだよね~
頭の中どうなってんの?」
そう言って口を尖らす。
その顔もかわいいんだけどね。
「ああ、あれ。何かね、そうだったみたいだね」
「ああいうのを目の当たりにするたびに
俺とは違いすぎるって思うもん」
この人はいつもどこかコンプレックスが抜けないままでいる。
こんなに才能にあふれていてダンスも歌も素晴らしくて
ずっとジュニアの頃から憧れているのは変わらないのに、ね。
「でも、ごめんね。翔くんを苦しめちゃって」
そんなことを思っていたら智くんが
そう言ってやさしく頬に手をふれた。
「いや、智くんは全然悪くないんだけどね
俺が勝手に夢見ただけだし」
「でも辛い思いしたんでしょ、ごめんね」
「いやいや夢の話にそんな謝られると」
そんなに謝られるとちょっと困惑してしまう。
「翔くんだってこないだ夢の中で嫌なことをされたって言ってた女の子に
謝ってたでしょ?」
「でもあれは番組の話だし」
「それと一緒。だから、ごめんね」
そう言ってふんわりと包み込むように抱きしめてくる。
だから思いっきりぎゅうぎゅうとその華奢な身体に抱きついた。
夢の中の智くんにはとてもそんな事できなかった。
見えない大きな壁があって
智くんの視線がどこか冷めてて
智くんなのに智くんじゃなくて
そもそも何であんな夢を見たんだろう?
ここ最近続けて智くんが辞めたかったっていう話を聞く
機会があったからだろうか。
それがどこか頭に残っていたせいだろうか。
でも、ニノは?
ニノは何なんだろう。
どこかニノに対しては智くんと二人の関係に
嫉妬していたのだろうか。
こんなに一緒にいるのにね。
そんなことを思いながら自分自身に苦笑いをしていると
智くんの方から顔を近づけてきてちゅっとキスをしてくる。
「でも、もし、翔くんが嵐にいなかったら、俺が泣いちゃう」
そして唇からゆっくりと離れるとそう言ってクスリと笑った。
自分が嵐のメンバーでなかったら智くんが泣く?
そんなことあるだろうか。
でもその言葉だけでも嬉しい。
「俺も智くんが嵐にいなかったら泣いてるよ」
「まあ、でもそんな生活も憧れるけどね~」
そう言って、んふふっと笑う。
「いやいや、困ります」
「そうですか?」
「当たり前です」
ずっと智くんと一緒にやってきて
智くんなしの嵐なんて考えられないのにね。
あの主旋律をつかさどる歌声、圧倒的なダンスパフォーマンス
バラエティ番組での存在感。
智くんもニノもいない嵐なんて嵐じゃない。
5人だから嵐なのにね。
智くんを見ると、クスクスと笑っている。
いつもの智くんだ。
今までずっと苦楽を共にし、一緒にやってきた智くんだ。
家族以上に一緒に過ごし強い絆で結ばれている嵐のオオノサトシだ。
「智くんが嵐で本当によかった」
そう言ってちゅっとその唇にキスをした。
唇が離れると智くんがいつものように
ちょっと照れくさそうに、んふふっと笑った。
その頬を包み込みながら、好きだ、とそう言って
ゆっくり顔を近づけていって
そして深いキスをして
そしてまたぎゅっと抱きしめあった。
顔を少し離しお互いの鼻をくっつける。
智くんがくすっと笑う。
そのまま額にちゅっとキスをして
頬に唇に首筋にとキスをして
そしてその綺麗な手の甲にちゅっとキスを落とす。
智くんがどうしたの? って顔で見る。
だから8年分の思いだよって言ってまた頬にちゅっとキスをした。
そしてゆっくりと智くんをベッドに押し倒し上から
その綺麗な顔を見つめる。
智くんが照れくさそうに目を伏せるから
その唇にむかってゆっくりと顔を近づけ
ちゅっとキスをする。
8年分の思いがあふれて止まらない。
どんなに見つめてもキスをしても抱きしめあっても
まだ全然足りない。
その綺麗な肩をむき出しにすると
がぶりと優しく噛みついた。
智くんが何? って顔をする。
足りない足りない足りない。
そう思っていたら智くんがゆっくりと起き上がって
反対に自身がベッドに押し倒される。
そして智くんがまたがってきたと思ったら
クスリと妖艶に笑った。
そして自分の思いを知ったかのように
今度は智くんの方からぎゅっと抱きついてきた。
そしてしばらくそのままでいたかと思ったら
ゆっくり身体を離し、目が合うとまたくすっと笑って
そして唇に唇を重ねる。
そして智くんの方から舌を絡ませてくる。
その動きに無我夢中でついていく。
何度も角度を変えお互いに求め合って
抱きしめあって
そしてやっと
自分の中の8年分の思いが
消化されていくのを
感じた。
おわり。
次回は、リクエスト頂いた話をアップ予定です♪