yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

山 短編 13【後】

2018-12-20 16:23:20 | 短編









なぜ引き留めてしまったのだろう。





こんな立場でこんな時に、こんな事言うべきではないのになぜ伝えてしまったのか。


現実に戻り後悔で何も言えない俺に、大野さんが静かな眼差しを向ける。


そしてなぜか大野さんはおもむろに手を差し伸ばしてきた。


目の前には綺麗な大野さんの手。


まさか。


まさか握手をしてくれるという事?
俺がファンだと言ったから?
本当はこんな時にこんなことを言ってはいけなかったのに。
色々な思いが駆け巡る。


大野さんは静かに俺の事を見ている。
その大野さんに躊躇いながらも恐る恐る手を差し出すと、ぎゅっと俺の手を握ってくれた。


目の前には大野さん。
そして大野さんの綺麗な手。
そしてその大野さんと握手している。
その考えられないようなこの状況に心臓はバクバク言っている。


でも立場を考えず伝えてしまったこと。
そしてその事で差し伸べられた手。
頭の中は反省と後悔。
そしてその反面、嬉しさと緊張で一杯だった。


そんな俺に突然大野さんが手を掴んだまま、グイっと自分の方に引き寄せた。
その行動に思わず身体がよろけ大野さんの方に身体が傾いた。
それを大野さんが支えてくれて、ちょうどハグをしているみたいな体勢になった。


大野さんの身体と密着した身体がカッと熱くなる。
何がどうなっているのか分からない。
慌ててすみませんと謝って身体を離そうとした。
でもなぜか大野さんは気にするそぶりもなく、その体勢のまま俺の背中を優しくポンポンとしてくれる。


もう何が何だかわからない。
今何が行われているのかさえ分からない。
思考能力は完全に停止している。
色々な思いがまじりあって何も考えられない。


「ありがとう」


身体がゆっくりと離れ呆然としている俺に大野さんがニコッと笑ってそう言った。













そして。









「話すとここにえくぼできるんだね、俺の姉ちゃんと一緒」


首を傾け俺の顔を覗き込んできたので何だろうとドキドキしていたら
そう言って自身の頬にちょんちょんと指で弾いた。


「え、あ、そ、そうなんですか、こ、こ、光栄です」


まさかそんな事を言われるなんて思わなかった。
それよりなによりも握手してハグしてくれたことが自分の中で大きすぎて、
今は何を言われてもとても思考能力が追い付かない。


「んふふっだから何か親近感」


それなのに、


大野さんがそう言って、んふふっと可愛らしく笑った。












って、親近感?


今、親近感って言った?


「智く~ん」


遠くで大野さんを呼ぶ声がした。


「あ、」


気付いた大野さんも声の方を見る。


「もう出るってー」

「翔くん」


櫻井さんだ。


櫻井さんがハアハア言いながら駆け寄ってくる。
それを嬉しそうに見つめる大野さん。


「はーあちー」

「ねー」


暑い中は走ってきた櫻井さんは汗を拭いながら、あちーとか言ってる
それを優しそうな眼差しで、ねーと言いながら見つめる大野さん。
途端にここの空間はふんわりとした空気に包まれた。
メンバー同士仲がいいとは聞いていたが、同じグループの人がいるだけで
こんなにも空気が変わるんだなと半ば感心しつつ二人を交互に見る。


「あれ? 何か話してた?」


俺の存在に気付いた櫻井さんが大野さんに聞く。
そしてその言葉に大野さんが俺の顔を見た。














二人して俺の顔を見る。


その二人の美しい顔を交互に見つめ返しながら話してしまうのだろうな、と思った。


そして、二人で男の俺にファンだの好きだの言われちゃったと言って、笑うのだろうなと思った。


「ううん、別に。可愛い顔してる子がいたからジュニアかなって話しかけてたの」


でも、違った。


「ここにジュニアの子がいて、トンカチ持っているわけないでしょ~」

「そっかあ」

「ふふっそうだよ。それにお仕事の邪魔しちゃだめでしょ」

「んふふっ」


それより何だか二人の空気感がほんのり甘くて優しくて
そこにいるはずの俺の存在なんてすっかり忘れ去られ空気のような存在になった。


「もう車出るっていうから行こ?」

「うん、じゃあ、お仕事頑張ってね」


その言葉に大野さんが俺に優しく頑張ってねと言ってバイバイと手を振ってくれる。
そして櫻井さんもよろしくねなんて言ってくれていい人たちだなと思った。


でもそれよりなにより何だか二人が。二人の空気が。
やっぱり甘くて優しくてふんわりとした空気に包まれていた。
そしてそのふんわりとした空気を残したまま仲良く話をしながら去っていく二人の姿。
その姿をいつまでも見ていた。























仕事を終え家でまったりと過ごす時間。


「何だか今日えらいご機嫌じゃない?」

「え? そう?」


何だかいつになく機嫌がいいというかニコニコしているというか。


「そうだよ、なんかいい事あった?」

「ううん、ない」

「本当?」

「うん」

「そう言えば今日下見に行った時話しているのを見て思ったけど、
智くんっていつの間にか大道具さんとかと仲良くなってたりするよね」

「そうかな?」

「そうだよ」

「あんま気にした事ないけど」

「だから余計心配なんだよね、ふわふわしてるし」

「してねえよ」

「ふふっ」


そう智くんは言うけど今日だってなんか凄く親しげに話してなかった?
遠くでよく見えなかったけど何だか距離も近かったような。


「でもさあ男の人にファンって言われると嬉しいものだよね~」


そう思っていたらそんな事を言い出す。


「は? いつ? どこで? どんな状況で、どんな風に言われたの?」

「え~」

「え~じゃないでしょ。で、いつどこでどんな状況で言われたの?」


これは確認しとかなければいかん。


「んふふっ内緒だよ~」

「内緒って、もしかして今日のあの時?」

「え~」


その言葉に智くんは否定も肯定もしない。
ビンゴだなと思った。


「ちょっそれ職権乱用じゃね?」

「職権乱用って…」


智くんが呆れた顔をする。


「許さん」

「もー翔くんたらあ」


だって心配なんだよ。
ふわふわふわふわ。
いつでもどこでも誰にも好かれて愛されて。


一緒にいる人はもちろん共演者スタッフにもすぐに好感持たれて。
それでなくても今はドラマをやってるから可憐で儚くて、どこかにふわふわ飛んで行ってしまいそうなんだし。
それに今日話してた子ってなかなかのイケメンじゃなかった?













「知ってるでしょ? 俺は翔くんがいないとダメだって」

「知ってる けどさ」


そんな事を思っていたら智くんがよいしょと言って俺の膝の上にのってきた。


「男の子からファンですって言われると嬉しくない?」


そして首を傾け可愛らしい顔で聞いてくる。


「まあ確かに」


それはよくわかる。
女の子から言われるのももちろんうれしいけど男の人から言われると格別というか。
不思議と特別な嬉しさがあるんだよね。


「うん。それに可愛い子だったし」

「ちょっ可愛いって」


でも、やっぱり、聞きずてならん。


「またあ」

「だって心配なんだもん」


確かに可愛い顔をしていたし。
何というかファンの子が自分に向けられる思いと、智くんに向けられる思いが違う気がする時があるんだよね。
スタッフさんにしても共演者の方もそうだけど
ファンとか好きって言ってもその本気度が違うというか。
好きの度合いが違うというか。
そして多分それを本人は全然わかっていないと思うけど。
今までそれをたくさん目の当たりにしてきたせいもあるのか、そのたびに不安になってしまう。


「まあ、そんな翔くんも好きだけど」


そう言ってくすくす笑う。


「そんなって…」

「んふふっ好き」

「俺もだけどさ」


そして膝にのったまま腕を回しちゅっとキスをしてくる。
それに応えるように腰に手を回すと、智くんがニコッと笑う。
それを合図に何度も角度を変えキスをする。


こんなに近くにいて、こんなにキスしているのにね。
そう思いながら顔を見つめると智くんが何が不安なのって顔をして
俺の頬をぎゅっと包み込んだ。
そしてニッと笑うと包み込んだまま唇を重ね深いキスをしてくる。
だからそれに応えるように膝の上にのっている智くんのその華奢な身体を強く抱きしめ
そしてまた深いキスをした。






















遠くから見つめるそのステージは偶然にもあの時と同じ楽曲で


あの時と同じように可憐に美しく舞い踊る。


それを見つめながらあの時の事を思い出していた。


夢みたいなできごと。


話をして


好きだと言ったら


握手をしてくれて


そして


ハグをしてくれた。








本当は彼らのステージ。


そこで働くバイトの俺がそんな事を言ってはいけないのに


大野さんはありがとうと言ってくれて


そしてえくぼが姉ちゃんと一緒と言って俺に笑いかけてくれた。


そんな夢みたいなできごと。








大きなこのステージ。


会場には7万人を超えるファンの人がいる。


そんな中、


前を通り過ぎるとき大野さんが俺に気付いたような気がした。


まさか。


これだけたくさんの人がいるのに気付くはずなんてない。


前の方だとはいえスタンド席だ。





そう思ったけど。






あの時と同じように俺の顔を見て左の頬をちょんちょんと指で弾いた。


その可愛らしい仕草に周りのファンの子達がキャーと歓声を上げた。


あの時、俺の姉ちゃんと同じところにえくぼができるんだと言ってくれた時と同じ仕草。


まさか俺の事に気付いてくれた?


まさかその時の会話を覚えていてくれた?






顔が、胸が、身体が、熱くなる。








大野さんとどうこうなりたい訳じゃない。


手が届かない存在だって知ってる。


ましてや男の俺にファンだの好きだの言われても困るだけだろう。





でも。






大野さんを知ってから


大野さんの生き様を見るたびに


大野さんの仕事に向き合う姿勢を知るたびに


大袈裟だと言われるかも知れないけど、人生が変わった。








何に対しても無関心で無感動で


まるで白黒の廃墟の世界で生きていた俺に


光をくれて、


色を与えてくれた。








思い切って大野さんに向かって手を振ると




それに気づいた大野さんがニコッと笑って、手を振り返してくれた。









周りのキャーという歓声が遠くに聞こえる。











そして、その姿にまた恋をした。












山 短編 13【前】

2018-12-20 15:33:30 | 短編










あれよあれよという間に




5×20コンも始まり




誕生日も過ぎ




12月も後半に突入してしまいました。





すみません。










少し昔のお話です。














すべてのものは自然へと帰っていく。





今、生きているものも。


今、使っているものも。


今、目の前にあるものも。





そして





今住んでいるこの家も。


通っている学校も。


いつも行くコンビニも。







人が住まなくなった家はやがて風化し、朽ち果て、土へと戻っていく。


そして植物にのみこまれ、浸食され、自然へと帰っていく。







地球上にあるすべてのものは、遠い未来。


自然へと帰っていく。




それなのになぜ人は生き創造し続けるのだろう。





そんな事を毎日考えながら生きていた。


生きる意味も見いだせず


勉強する意味も分からず


かろうじて学校には行っていたけど


無気力で


無感動で


ただ惰性で生きていたあの頃。
















曇天とはいえ明るかった空がだんだんと薄暗くなっていく。


そこからますます色を変え刻一刻と濃さを増していく。


そんな空の移り変わりと、


その中心で歌い踊る人たちと、


その人たちを取り囲むたくさんの人と、


その裏で動いている大勢のスタッフの姿を、ぼんやりと眺めていた。









5年前の夏。




初めて行ったその場所で、初めての恋をした。











それはまだ暑さが残る9月の始めの出来事だった。


その日は朝から母ちゃんが電話で何だか騒いでいるなとは思っていた。


でもその事が、後々自分の身に影響を及ぼすことになるなんて


この時はこれぽっちも思ってはいなかった。









「もったいないでしょ?」

「そんなの俺知らねえし」

「だって国立だよ? アリーナだよ? こんな奇跡もう二度と起きないよ?」


いやいやいや。
国立って言ったって俺はそれほどサッカー信者じゃねえし。
それにアリーナって別に俺には関係ないし。
そもそも俺はアイドルなんて興味ねえし。
ましてや男の俺が男のアイドルグループをなぜ見に行かなければならないのか。
だいたいいつも一緒にコンサートに行ってる友達がいけなくなったって、そんなの俺知らねえし。
アリーナやドームは慣れてるけど国立は初めてなのって知らねーよ。


「いいから行くの」

「ヤダよ、何で俺が?」

「どうせ家にいても何もしてないでしょっ」

「してるよっ俺は忙しいんだよ」

「ぼーっとしてるだけでしょっ」



そんな事を言い合いながらもなぜか今、俺はここにいる。










かつてオリンピックが行われたというこの場所に。
目指す場所はみな同じなのであろう満員電車に揺られ、
一定の方向に向かい歩いていくその大勢のその人波にのまれ、
母ちゃんからの1万円あげるとのその言葉につられ、ここにいる。


って、ほとんど女の子しかいねえし。
たとえ男の人がいたとしてもカップルだったり、友達同士だったり
俺みたいに母親と高校生の息子って、あんまり、いや全然いねえよ。
それでなくても野外公演なのに雨が降るって言われていて、憂鬱な気分この上ない。


こんな事だったら1万円なんて言葉につられず家にいたかった。
欲しいゲームの為についつい乗ってしまった事に、心の底から後悔していた。
なんとか大勢の人の波にもまれながらもその席に辿り着くと、はぁと大きなため息をつく。
ここまで辿り着くまでにも一苦労で、数日分の体力を消耗した気がする。
そんな事を思いながらその会場を見渡すと、物凄い人たちがそのステージを中心に取り囲んでいて
遠くにいる人がまるで米粒みたいに見えた。


凄い人数だ。180度見渡しても人、人、人。
上を見上げても人、人、人。とにかくその人の多さに圧倒される。
それまで人生とは何か、とか
全てのものは自然に帰るとか悩んでいた事なんて一瞬で吹っ飛んでしまうと思うほどの熱気。


しかも横を見ると母ちゃんは初めてのアリーナなんて言って泣いているし。
周りは妙に凄い熱気だし。
いや、電車の中からも、歩いている時も熱気はずっと感じていたけど
会場に入ってからはそれがよりダイレクトに感じられる。


そんな中、一人取り残されたような気分になっていた。
まるでこの世界に異質なのは自分だけのような気分になってくる。
圧倒されきょろきょろと周りを見渡す事しかできない。
やっぱり自分だけが異質な存在な気がした。
















そうこうしている間に時間となりステージが始まった。



キャーと悲鳴に近い歓声が上がる。
それを冷静に見つめる俺。
周りと自分との温度差に一人だけ別世界にいるみたいな感じがして、孤独な気分だった。


でも悲しい事に、母ちゃんが家事をしながらずっと曲をかけてたし
リビングではテレビの前を陣取り、歌番組やらコンサートDVDやらいつも見ていたので自然と覚えていた。
でもだからって周りの人たちみたいに盛り上がれるはずもなく
ぼんやりとその中心で歌い踊っている姿を見つめ
周りの熱狂的なファンの人たちの姿を眺め
遠くに見える人達の姿を見
スタッフらしき人達が必死に働いている姿を見つめ
そして刻一刻と移り変わってゆく空を眺めていた。


舞台は最高潮に盛り上がっていた。
それとともにだんだんと日が暮れ周りが暗くなってくる。
ステージの照明が灯され会場がますます盛り上がっていく。
それでも自分だけはまだそこに取り残されたままで、
時折空を眺めながら雨が降らなきゃいいな、なんて思っていた。





周りは黄色い歓声で溢れている。




そして




それは終わるまでずっと続くのだろうと、




そう少しうんざりした気持ちでそのステージを見ていた。




でも。




その曲が流れ始めると一変した空気。




いや、本当はどうだったかわからない。




自分自身だけがそう感じただけなのかもしれない。




だけど、その時、空気が一瞬変わったような気がした。



それまで悲鳴に近い歓声が上がっていた会場が、シーンと静まり返る。
その空気の変化を感じてそのステージを見つめた。
それはまるで流れるような綺麗な動き。
その流れるようなダンスから目が離せなくなる。
そして高音で奏でられる透き通るような歌声。
いや、それまでもその人の声を聞くたび綺麗な声をしているなとは思っていた。



でも。



歌いながら踊るその姿があまりにも綺麗で目が離せなくなる。
そしてさっきまでキャーキャー言っていた周りの人の手も止まって見入っている。
そして近くを通り過ぎる時マイクを通さない歌っている声が聞こえた。
その声に圧倒される。
この大きな会場に高音が響き渡る。


動き一つ一つが美しく圧倒的なパフォーマンスに周りもみな放心状態だ。
でもこの時多分俺が一番放心状態だったと思う。
その情感込めて歌うその高音で透き通るような美しい声と
指先足先まで綺麗に映るダンスの美しさと
その人の持つその存在の美しさに夢中になった。










それからは何があったか覚えていない。


どうやって家に辿り着いたのかも分からない。


ただ、大空に無数の風船たちが舞い上がっていくのを


ぼんやりとただ眺めていた。












そして、あれから5年。






俺は再びこの場所に立っていた。




高校生だった俺は大学生となっていた。













あれからその人の事を夢中で調べていた。
といっても家にはDVDだのCDだの雑誌だの本だのごろごろしていたので、片っ端から見始める。
母ちゃんは基本櫻井さんのファンだったけど全員が好きなのだと言って
メンバー全員のドラマはもちろんバラエティも全て録画しグッズも含め全て保管してあった。


その中からとりあえず今やっている彼の初主演しているというドラマを見た。
そこに映っているのはステージで踊り歌っていた人とはまるで別の人。
そしてそれ以外にもとりためてあった歌番組をはじめ
夜中にやっているまったりとした番組
夜にやっているバラエティ番組
昼にやっている対戦型の番組
撮ってあった心霊番組
真夜中にやっていたまだ若い頃の彼らの番組
その他もろもろそして雑誌や本、そしてDVDを夢中でみた。


面白いし
ダンスは凄いし
歌はうまいし
ドラマでは別人だし。
魅力があり過ぎてとても言葉に表しきれない。


そしてこんなにも近くに嵐漬けの人がいたのに、全く気付いていなかった自分が悔やまれる。
そしてその時には、もう人生は何かなんて考える余裕なんてなかった。
見たいものもたくさんありすぎたし、消化しきれないものがたくさんあった。



そして。


いつしか夢もできた。


壮大な夢。


その為に、それまであまり勉強の必然性を感じなかった俺は進路の事を考え勉強を始めた。
それでも憧れだけでどうこうできる訳ではない事はわかっている。
でも初めてできた夢。
初めての目標。













無謀だとも思ったけど、それでも、あれから5年。



俺は再びこの場所に立っていた。



ただのバイトだけど。



舞台に携わるなんてそんな夢とは程遠いただの肉体労働だけど。
使いパシリで重たい荷物を運んだり工具を持って走ったり。
怒鳴られることもしょっちゅうで危険な事もたくさんあるけど。


そこにいるだけで汗が滝のように流れた。


ふと、その場所から上を見上げる。


やっぱり凄い空間。


そしてこの場所を毎年連日満員にする人達。


なぜあの時もっと真剣にステージを見ていなかったかと悔やまれる。
そして改めてどれだけ凄い人たちだったのかと思い知る。
あれからファンクラブに入会してもコンサートに当たる事はおろかアリーナ席なんて夢のまた夢だった。
あの時の事がどれほど凄い事だったかを今更ながら思い知る。
今だったら泣いてアリーナがと言っていた母ちゃんの気持ちがわかる気がした。


あれから当たったという母ちゃんに一緒に行きたいと頼んでも、お友達の笠原さんと行くからダメって言われるし。
ファンクラブに入っても全然当たんないし。
まあこうしてコンサートに携われること自体奇跡で夢みたいな事なんだけど。
でも俺たち下っ端バイトはある程度出来上がってしまえば終わりみたいなもので、リハさえ見られるわけでもない。














そんな事を心の中で愚痴りながら作業に没頭する。


「……ジュニアの子?」


突然後方から声をかけられた気がした。


「……?」


何だろうと思いながら振り返ると、キャップを深くかぶった男の人。


「……」

「……」


この人が今俺に話しかけたんだろうか?
でも何も言わないし…。
しばらくお互い無言で見つめあう。


って。


えぇえええええ?


まさか、大野さん?
何で?
っていうか今、大野さんに話しかけられている?


何で?


周りを見渡すとみんな作業中で近くには誰もいない。
やっぱり俺が話しかけられたみたいだった。


なぜ大野さんがここにいて俺が話しかけられているのか。
何で、なぜ、とその全く理解できない状況に焦る。


それにジュニアの子って言ってたけど俺がそうなのかと聞かれてるのだろうか?


「ち、違います。俺は、バイトで…」

「そうだよねー綺麗な子がいるからもしかしてって思ったけど、
ジュニアの子がここでトンカチ持ってるはずないよねー」


そう言いながら、うんうんと自分自身の言葉に納得している。














もしかして天然なのか? と思いつつもあまりにもその姿が可愛くてつい顔が緩む。
でもなぜここに、この人が?
まあ確かに自分たちのコンサート会場。
下見や演出を考える上で来ることはあるだろう。


でも何で?
っていうか綺麗な子、ってまさか俺のこと?
色々な思いが頭の中をかけまわりとても整理しきれない。


ずっと画面上で見続けていた大野さんが目の前にいて。
そしてその状況に把握しきれない俺がいて。
それはもう自分の許容範囲をとうに超えていた。


周りを見渡すとみんなは作業に没頭中だし、大野さんはラフな格好でキャップを深くかぶっていて、
完全にオーラを消し去ってるし。
まあだいたい本人たちのコンサートの舞台を作っているわけだから気付いたとしても騒がないだろうけど。


でも俺は全然慣れてない。


「じゃ、暑いけど頑張ってね~」


そんな事を頭の中でぐるぐる考えていたら大野さんがそう言って去ろうとした。


って、今、俺に笑いかけた?
頑張ってねって言った?
あの大野智が?
このでかい舞台を連日満員にする嵐の?


いくら彼らの舞台を作っているとは言ってもやっぱり信じられない。


いや、本当は彼らの舞台。
もしかして会えたらなんてちらっと頭をかすめた時が片時もないと言ったら嘘になる。
でも遠くで見るくらいでそんなの夢の夢だと思っていた。


それなのに。


やっぱり信じられない。
















「あ、あのっ」

「……え?」


行こうとした大野さんを思わず引き留める。


「あ、あの、俺大野さんのファンなんです。それでどうしてもステージに携わりたくて…」

「……」

「初めて見た時からずっとファンで、大好きで……DVDも擦り切れるほど見てました」

「……」


相手は芸能人で、ましてや男相手に突然そんな告白されたって答えようがないのだろう。
立ち止まったまま静かな眼差しで見つめられる。


「すみません…」

「……」




その綺麗な顔で向けられる視線に恥ずかしくなって俯いた。





そして、





言った事を後悔した。













山 短編12

2017-11-21 20:42:30 | 短編





そこは、過去と現在が交錯する街。




江戸時代に城下町として栄えたその場所は
神社や寺院、そして歴史的建造物と言われる建物が多くあり
週末にはたくさんの観光客が訪れる。


その場所に。


この高校では校外学習として毎年2年生になると
この場所を訪れ学ぶことになっていた。


生徒たちは自分たちでたてた事前学習と当日のスケジュールをもとに
それぞれグループに分かれ地図を片手に目的の場所へと散らばっていく。
それを俺たち教師は各地区に別れ見回る事になっていた。


ここは近年観光化が激しく平日でも観光客はそれなりにいて
自分の生徒たちを気遣いながら持ち場所である寺院やら街を
ぶらぶらしながら見回る。


そして道に迷った生徒がいると案内をしたり
全然関係のない観光客から道を聞かれては案内をしたりして
あっという間に時間は過ぎていく。


そうこうしているうちに昼ごはんの時間になっていた。
昼も生徒たちは自分たちで食べる場所を決め
それぞれを食事をとることになっている。
ここをグルっと一回り周ったら昼でもとろうと思いながら
歩いていると一人の生徒の姿が目に入った。


あれは 大野?


大野はそんなに目立つタイプではないけど
どこかクールで大人びていて人目を惹く。
そんな生徒だった。


その大野が一人建物の前で佇んでいた。


どうしたんだろうと思いながら近づいて行く。


そこは住宅街の片隅にひっそりと佇む一件の古い建物だった。
城下町として栄えたこの場所にもまた、裏の歴史というものが存在していて
そして大きな寺院のある裏の住宅地にひっそりと佇むその建物も
雰囲気で一目でそれとわかる外観を持つ建物だった。


そしてその街の都市景観重要建物に指定されたその建物は
当時の風情そのままの佇まいを残していた。



そこに大野は立って見つめていた。









「どうしたの?」

「……」


その横顔が綺麗だなと思いながら近づいて行って声をかけると
大野が少し驚いたような顔をして振り返る。


「道に迷っちゃった? みんなは?」

「ごはんを食べに…」

「大野は?」

「俺はもう一度ここに来たくて…それで…」

「ここに?」


その言葉にちょっと戸惑ったような表情を浮かべる。


「何だか見てると懐かしいような気がするのに、苦しくて。
気になって戻って来てみたんですけど、
でもそれが自分自身でも何だかわからないんです…」

「そう、か」


そして大野は戸惑いながらもポツリポツリと話しだす。
確かに異彩を放っているその建物はどこかノスタルジックで
そこで何があったかわからなくても何か思うところはあるのかも知れない。


そんな事を思いながら大野に歴史の背景や、ここがどういう場所であったかを
簡単に説明すると突然、大野の目から涙が一筋こぼれた。


ええぇ?


その思いがけない反応にうろたえていると当の本人は、
俺何で泣いてんだろ? と言いながら、慌てて手で涙をぬぐっている。








まさか。


「大野~」


遠くで大野を呼ぶ声がする。


「あ、みんなだ」

「ご飯終わって迎えにきてくれたみたいだな」


まさか、うちの生徒がこの場所で一人佇んでいるなんて思わなかった。
そしてその生徒にこに場所の説明をする事になるなんて思わなかった。
その事でまさかクールで大人っぽいと思っていた大野が
涙を流すなんて思わなかった。


確かに。


その時代やその裏にある背景の事を思えば何か思うところはあるだろう。
でもその反応にあまりにびっくりして
その一言を返すだけで精いっぱいだった。


「うんそうみたい。じゃあ先生またね」


そんなこちらの気持ちとは裏腹に
大野はそう無邪気に笑ってみんながいる方へと走って行ってしまった。
その姿を呆然と見つめる。











そして。


その日からなぜか大野はその時の話がよっぽど印象深かったのか
何か思う事があったのか
俺が社会科準備室で準備をしていると顔を出すようになった。
そして資料を見たり話を聞いてきたりする。


だから。


言ってしまった。


あまりにも真剣だったから、


言ってしまった。


「今度また一緒に行ってみる?」と。


その言葉に大野は少し驚いたような顔をしたけど、こくりと頷いた。


自分でも何でそんな事を言ってしまったのかわからない。
教師として一人の生徒だけになんてダメな事わかりきっている。
今までだって生徒と出かけた事なんてない。
ましてや二人きりでなんてあり得ないことだ。


ただ。


歴史に興味を持った生徒に応えたいだけだ。
勉強の一環で足りなかった分を補うための言わば補習みたいなものだ。
色々もっともらしい理由を並べてみたけど、
やっぱりそれは言い訳でしかない事は自分自身わかっていた。








その場所にたどり着くと
背景を知ったせいか
歴史を学んだせいなのか
神妙な顔でまだ数件残っていると言われているその建物を一緒に巡る。


「やっぱ、苦しい」


建物を眺める横顔がやっぱり綺麗だなと思いながら見てたら
俺の顔を見てそう言って苦笑いを浮かべる。


「そっか」

「でももっと歴史の事知りたくなった」


一人の生徒だけ特別扱いしているなんて重々承知の上だ。
問題がある事なんて十分わかっている。
もし知られたら大問題になるだろう。


「もっと見ていく?」

「大丈夫なの?」


でもそもしそうなったとしても後悔はしないだろうと
その顔を見ながら不思議とそう思う。


「その為の帽子と眼鏡です」

「そうだよね~やばいよね~」


そう言って大野はにこっと笑う。
その顔がやけに可愛いなと思うと同時に、当たり前だけど
やっぱり大野もやばい事だってわかっているんだなと思う。


「先生?」

「ん?」

「ごめんね、俺のせいでデートの約束潰しちゃって」

「そんなのねーよ」

「そうなの?」


大野はそう言って意外そうな表情を浮かべた。
実際今はデートする相手もデートの約束もないけど、
もしあったとしても、やばい事だってわかっていても
大野を優先していただろうとも思う。










授業中は一人で何だかやけにドキドキしていた。
大野の真っ直ぐに向けられる視線。
そんなつもりはなくただ授業を聞いているだけなんだろうが
その視線になぜか胸の鼓動が高まる。


そして大野はというと相変わらず準備室に来ては
真剣に資料を見ていたり話を聞いてきたりする。


「今度…」

「……?」

「他の場所も行ってみる?」


やっぱり、止められない。
自分でもわからない。
何で大野にはそんな事を言ってしまうのか。


今まで生徒に好意を持たれたことなんて山ほどある。
それでも学校外で会うなんてことしたことないし考えた事もない。
それなのに、なぜだか大野が相手だと調子が狂う。
他の人には決して言わない言葉を大野には投げかける。









「何でだろう? 俺、前世で何か関係あったのかな?」


切ないような顔で見ていたと思ったら
こちらを見てそう言っておどけたように笑う。
その姿が可愛いなと思うと同時に
その儚さと美しさは何だか大野だったらあり得なくもないかもと
そんなバカな事を考える。


「苦しい?」

「うん、苦しい。でも、何だかわからないけど気になる」

「そっか」


苦しいけど、気になる。
大野の言うその意味がよく分からないけど
その気持ちに寄り添いたいと思う。


「先生連れてきてくれてありがと」

「うん」


そして、知りたいと思った。








「先生?」

「ん?」


帰り道。


車を出そうとエンジンをかけようとするとそう言ったまま
何か言いたげに大野がじっと見つめてくる。


その瞳から目を離す事ができない。


そして。


そのまま、その小さな唇に吸い寄せられるように


軽く触れるだけのキスをした。


「ごめん」


けど、慌てて自分のしてしまった事に気付き謝る。






「何で謝るの?」

「何でって…」


大野は不思議そうな顔でそう聞いてくる。
その顔に、思わずとか、つい、とかそんな言葉はどれも違う気がして
何も言えなくなる。


「何か問題なの?」


そして真っ直ぐに見つめたままそう聞いてくる。


「俺は教師なのに…」

「そんなのとっくに知ってるけど」


そう言って大野はやっぱり何でもない顔をして笑う。
度胸が座っているというかなんというか。
してしまった自分の方が心臓がバクバクして
今にも破裂してしまいそうなのに。


「こんな事をしておきながら、心の中では体裁ばかりを気にしてる」

「それは先生だから仕方ないよ」


そんな事を思いながらも何を今さらと、
自分自身に苦笑いをしながらそう言うと
大野は当たり前のような顔をしてそう言って笑った。


その言葉に、完全に完敗だと思った。


なぜだか生徒と先生なのに、大野が相手だと調子が狂う。
自分自身考えられない言葉を発してしまう。
今までしたことがないような行動をしてしまう。










「お城とかは好き?」

「んふふっ好き。俺ね、実は前世は殿様だったんじゃないかなって思ってるんだよね~」

「と、殿様」

「そう」


何だか恥ずかしくなって話を変えようとそう言うと
さっきまで儚げな感じで裏の歴史と関係があったのかな
なんて言ってたのに、殿様とか言ってくる。


「何?」

「いや可愛いなって」


その思いがけない言葉におかしくなってつい笑っていると
可愛らしく頬を膨らませる。


「先生だからってバカにしてる」

「イヤそうじゃなくて、そういうところが可愛くて好きだなって」


クールで大人ぽいと思っていた大野が
こんなに可愛らしい人だったなんてね。


「好き?」

「ああ」


そう言うと何の躊躇いもなく嬉しそうに横からギュッと抱き着いてくる。


「俺ね、前から先生の事好きだったんだよ」

「え?」

「イケメンだし」

「はは」


その無邪気な行動に何もできずされるがままでいると
大野が抱きついたまま顔を見上げ、そう言った。


「だから話しかけてくれた時嬉しかった。
それに俺が変な事を言い出してもちゃんと聞いてくれたし、教えてもくれた」

「まあ、一応社会科の教師だしね」

「でも自分自身でも訳がわからない感情だったのに笑わないで真剣に聞いてくれでしょ。
だからもっと先生の事が好きになった」

「そう、か」


そう言って真っ直ぐな言葉を伝えてくる。


やっぱり完敗だと思った。


そしてじっと見つめてくるその眼差しに、目を離す事ができない。










「先生は? 先生は俺の事好き?」


そして何の躊躇いもなくそう聞いてくる。


「……うん」


その真っ直ぐな言葉に正直に答えてしまう。
先生と生徒なのに。
してはいけないことをしてしまう。
言ってはいけないことを言ってしまう。





「って、俺は教師失格だな」

「え?」

「先生なのに一人の生徒をこんなに特別扱いして」

「……」


そして、そう思いながらも。


可愛らしく抱きついてくる大野の頬を両手で包み込む。


「……そして こんな事までしてしまう」


そして。


そう言いながらも。


そのままゆっくりと顔を近づけていって


その唇に唇を重ねる。







「完全に教師失格だ」

「俺にとっては最高の先生だけど」


そしてゆっくりと唇が離れ自嘲気味にそう言うと
大野が俺の顔を見てニコッと笑う。


その大野の言葉に


その表情に


やっぱり完敗だと思う。







日本各地でそういう歴史があったことは当たり前だが知っていた。
でも今までそういう事実があったとしかとらえておらず
そこで生きてきた人たちの状況や思いまで深く考えた事はなかった。


その歴史の裏側には当たり前だけど様々な事情があって
そこでは自分の意思とは無関係に生きてきた人たちがいて
そこで生かざるを得なかった人たちがいて
その歴史が時を変え名を変え姿を変え現在に生き残っている。


そして。


それを見て大野の様に何かを感じる人がいる。


考えさせられる人がいる。


今の自分の様に。


だからこそ重要文化財として守られているのかも知れないが


今なら大野が苦しいと言った意味がわかる気がする。


苦しいけど気になると言った意味が分かる気がする。



そんな事を思いながら





あの日大野に出会った日の事を思い出していた。










多分。


あの場所で


あの建物の前で大野に出会った時から。


あの美しい横顔を見てから。


あの場所であったできごとの話をした時から。


そしてその時に流した大野の涙を見た時から。


自分にとって特別な存在だったのだと思う。







生徒だとわかっていても、


その気持ちを止めることはできなかった。


どうしようもなく惹かれて


そして教師としてしてはあるまじきことをし


言ってはならないことを言ってしまった。






そして、今もまた。






目の前にいるこの美しい人に


好きだ、とそう言って。


その身体を包み込むように抱きしめて。


そして。


そのままその可愛らしい顔を優しく上げ人差し指でその唇をなぞる。


そして、じっと見つめるその視線を感じながら


ゆっくりと唇に唇を重ねて、そしてそのまま深いキスをする。






そして唇が離れると何も知らないその人は


いや知っているのだろうが気づかないふりをしているその人は


先生大好き、とそう無邪気に言って嬉しそうに抱きついてくる。


だから、俺もだよとそう言ってその身体を強く抱きしめ返した。





山 短編8 シェアハウス完結編

2017-09-23 21:22:35 | 短編








長い間ありがとうございました~。










智くんのいない家。







僕はさびしくて、さびしくて


いつも家の中を探している。


リビング。


智くんの部屋。


キッチン。


洗面所。


俺の部屋。


バスルーム。


玄関。









そして。


外に出ると、街の雑踏の中。


お店で。


電車で。


図書館で。


自転車で。


いつも、


どこにいても


その姿を探している。










智くんはニューヨークにいた。











こちらでの智くんの生活が安定した事を確信したお姉さん夫婦は、
夏からまた海外勤務へと戻り、ニューヨークで生活をしていた。


そしてそのお姉さん夫婦の間にこの秋、赤ちゃんが生まれたため
その赤ちゃんに会いに智くんは2週間の予定で旅立っていった。





だから。


智くんは2週間たてば戻ってくる。


この家に。
この部屋に。


智くんは、帰ってくる。
だけど、智くんのいない生活にとうに限界は越えていた。
この智くんのいない家の中を毎日、探し求める。


智くんがいつもゆったりとくつろいでいたソファを見つめ
一緒に食事をしたり飲んだりしていたテーブルを眺め
一緒に食事を作っていたキッチンを見つめた。










智くんと初めて会ったのは、大学に入学して間もない時だった。


突然父からこの家で智くんと一緒に暮らすようにと言われ
このシェアハウスで暮らすことになった。
でも最初は名前も顔も知らない人と一緒に暮らすことなんてとてもできないと
父に対して反発心しかなかった。


だからすぐにシェアハウスは解消し、家に戻ってこようと思っていた。
あの時は他人と一緒に暮らせるはずなんてないと。
父の命令でも到底無理だと、そう思っていた。


でも智くんと会った瞬間。
そんな考えは一気に吹き飛んだ。
智くんとだったらうまくやっていけると思った。
そして話をしていくにつれ、それは確信へと変わっていった。


それは掃除の間隔や寝る時間、食事の時間などの
タイミングが合うといのもあったし
好きなものや食べたいものが似ているという事もあった。


だから二人で一緒にいる空間が全然苦じゃなかった。










そして、お互いがお互いに慣れてきた、ある日。


智くんが眠れないから一緒に寝て欲しいと言った。


その時は訳も分からず、いいよと答えたものの
てっきり別の布団で寝るとばかり思っていた。
でもなぜか智くんは俺のベッドの中に入ってきて
そして一緒の布団で眠った。


そのあまりの状況に緊張し過ぎて翌朝
全身がカチコチに固まってしまって歩くのさえ大変だった。
でも不思議と嫌じゃなかった。
だから自分の方からこれからも一緒に寝ていいよと言った。
その言葉に智くんは嬉しそうに笑った。


そして。


その日から毎日。


智くんは猫みたいに俺のベッドの中に潜り込んできて一緒に眠った。
そして最初はカチコチだった身体は次第にその状態に慣れていって
そしていつの間にか俺の身体は智くんの気配を感じないと
眠れなくなってしまうようになった。











4月からは新しい生活が始まる。


父からはもうシェアハウスは解消し帰ってくるようにと言われていた。
でももう智くんなしの生活は考えられなっていた。
だからこの父の持ち物であるシェアハウスを出て
二人だけで新しい家に引っ越す事を決めていた。
その為に二人で頑張ってお金を貯めた。


父に反対されるのは覚悟の上だった。
反対されない訳がなかった。
でも、意を決し父にそのことを告げると
父はじっと目を見つめて、そうかとだけ言った。


そのあまりのあっさりとした反応に拍子抜けしていたら
新しい部屋に住むなら保証人が必要だろうから
いつでもサインをしてやると言った。


あの父が。


信じられなかった。


確かに智くんと一緒に住むきっかけを作ったのは父だ。


でも。


これからも一緒にいるという意味を父ははたしてわかっているのだろうか。
父の真意が全く読めなくて戸惑い動揺を隠せずにいると
父は、別にあのままあの家に住んでいても構わなかったのにと
小さな声でつぶやいた。


やっぱり父の真意がわからなかった。










ただ。


父から言われた通りの成績を残し
とるように言われていた資格を死に物狂いで取り
父に勧められていた仕事にも就いた。
何一つ文句は言わせないと必死だった。


それでも智くんとこれからもずっと一緒に生きていくという事を。
その覚悟を伝えた事を父はどう受け止めたのだろうか。


父の顔を見ても真意はやっぱりわからない。














智くんからは毎日短い文と一緒に画像が送られてきた。


セントラルパークで鳥たちと戯れる智くん。
マンハッタンの夜景。
ハドソン川の畔でホットドックを食べている姿。
タイムズスクエアでとったショット。
なぜか街の中でニューヨーカーらしき人たちと一緒に撮っている写真。
そして、赤ちゃんとのツーショットの写真。


そのどれもが笑顔で輝いていて会いたいと思った。


本当は智くんに一緒に行こうと誘われていたニューヨーク。
でも家族水入らずの時間を邪魔してもいけないと思って断っていた。
でもその事を智くんが旅立った日にすでに後悔していた。
もう智くんなしの生活なんて考えられなかった。


夜一人で眠るベッド。


昔は一人にならないと眠れなかったはずなのに
今は智くんの気配がないと眠れなくなってしまっていた。
智くんの寝息が聞こえないと深く眠れなくなってしまっていた。










だから智くんのいない今。


僕は不眠症だ。


それはどんなに酒を飲んでもきかない。
どんなに疲れきっていても。
どんなに眠れない日が続いていても。
もうどの位まともに眠っていないのだろう。


そんな事を思いながら、送られてきた画像が入っているスマホを握りしめ
布団の中へと潜りこんだ。









本当は出会う事のなかった人。
でも今はその出会う事のなかったはずの智くんの姿をいつも探している。


家の中で。
街の中で。




あと10日。



あと一週間。



指折り数えて待っている。





あと4日。




あと2日。



あと1日。








もう、限界だと思った時。
智くんが帰ってきた。


やっとこの家に。
この部屋に。


でもきっと。


どんなにあなたの事を待ち続けていたか
どんなにあなたの事を探し求めていたか
あなたは知らないでしょう。


自分にはどれだけ大きな存在であるか。
自分にとってなくてはならない存在であるか
あなたはきっと気付いていないでしょう。


コーヒーを入れリビングに戻ると
手洗いを終えすっかり着替え終わって
のんびりといつものようにソファでくつろいでいる智くんがいた。


智くんが帰ってきた。


この家に。
この部屋に。


智くんが帰ってきた。


そのいつもの智くんのいる光景に
いつもの智くんの雰囲気に、
心の底からほっと安心した。










「俺ずっと不眠症だったんだ」

「え?」


いつものようにベッドに一緒に入って、天井を眺めながら話をする。


「智くんは寝れた?」

「んふふっまあね」


そう言って智くんは可愛らしく笑う。
いつもの智くんだと思った。


「俺はダメだった…」

「……」

「智くんがいなくて眠れなかった」

「ごめん」


そう言うと、智くんは真剣な顔をして謝る。


「違う」

「……?」


でも、それは責めている訳じゃない。


「俺にはやっぱり智くんがいないとダメだって思った」

「……」


ただ、智くんに知っていてもらいたかっただけだ。


「寝れねえし、食生活は悪くなるし、何も手につかないし」

「翔くんが」


智くんが意外って顔をする。
きっとあなたがどれほど自分に必要かってことを分かってはいない。


「うんもう完全にダメ人間と化してた」


あなたがいないとダメだってことを。













「ふふっでもおれも同じだよ」

「え?」


その言葉に智くんが小さく笑ってそう言った。
でも意味がわからなくて聞き返す。


「何かね、翔くんをいつも求めてるの。この手も身体も」

「……」


そう言って智くんは自分の手を上げて眺める。


「綺麗な景色を見ていても、おいしいものを食べていても
不思議と翔くんと一緒じゃないと楽しくないの。おいしく感じられないの」

「……」

「だからいつも思い出してた」


そう言ってじっと俺の事を見つめてくる。
その瞳に吸い寄せられるようにそっとその唇にキスをした。


「翔くんのこの唇も、この手も」


唇が離れると、そっと俺の手を掴みそう言って手の甲をちゅっとキスをした。


「この髪も、頬も」


そう言って両手で髪をなで、そして頬を優しく包み込んだ。
そしてそのままお互い求めあうようにまたキスをした。


そうか。


智くんも一緒だったんだ。


俺だけが寂しいと思っていた。
俺だけが智くんを必要としていると思っていた。
でも智くんもさびしく思っていてくれた。
智くんも俺を必要としてくれていた。


そう思いながら智くんの額、頬、首筋にとキスを落とす。
そしてそれまでの思いをぶつけるかのように何度も抱きしめあって深いキスをする。


「俺も翔くんなしじゃダメだった」


唇が離れると智くんがそう言ってくすっと笑った。


そうか。


智くんも同じ思いだったんだ。









ベッドの中でニューヨークでの話やここでの暮らしをお互い話す。


そのうちだんだんと智くんの返事がゆっくりになってきて
静かな寝息が聞こえてくる。


その寝息の音を聞きながら自分もだんだんと眠気が襲ってくる。


あんなに眠れなかったのに。


まるで魔法にかかったみたいに目を閉じると
すぐにでも深い眠りへと落ちていきそうな予感。


それを感じながら、ああやっぱりこの気配がないとダメなのだと。
この寝息を聞きながらじゃないと眠れないのだと。
そう思いながらもだんだんとその智くんの寝息を子守歌に深い眠りの中へと入っていく。










「このまま目覚めないんじゃないかと思って心配しちゃった」


カーテンから差し込む光を感じ目が覚めると
隣には智くんがいてそう言ってニコッと笑った。


ああ、智くんが帰ってきたんだと実感する。


「ってもう昼?」


時間を確認するともうすっかりお昼を回っていた。


「よく眠れた?」

「うん」


その言葉に智くんは安心したような顔を見せそして目が合うとお互いクスっと笑った。
そしてそのまままたベッドの中でキスをする。


キスをしながらやっぱり自分には智くんがいないとダメなのだと思った。









「愛してる」

「うん、俺も」


そしてそう言ってお互いの体温を感じ合う。
もう智くんがいないとダメになってしまったこの身体。


だからこれからもずっと一緒に生きていく。
一緒に同じ景色を見て
同じものを感じて生きていく。


もしかしたら父はその事を見抜いていたのかな。
だから言っても無駄だと何も言わなかったのかな。


孫の顔とか見せてあげられなくて申し訳ない気持ちもあるけど
でも智くんと生きて行きたい。
智くんと生きていくことが何よりも幸せだからずっと一緒いる。


ずっと一緒に生きていく。





だって智くんがいないといつもその姿を探してしまう。


その姿を感じていないと不眠症になってしまう。


だからこれからも一緒に生きていく。







「下に行こっか?」


「うん」


いつもタイミングが同じだと思っていた。


起きる時間も。


寝る時間も。


食べる時間も。


掃除する時間も。


でもそれはタイミングが同じというよりも
智くんが合わせてくれてくれていたっていうのもあるのかな?


「コーヒー飲む?」

「うん。じゃあ俺はパン焼く」

「ふふっありがと」


テーブルの上にはホカホカのトーストとあったかいコーヒーとサラダ。


もともと食べ物の好みが似ていたっていうのもあるけど
パン好きの智くんに俺の好みも合ってきたっていうのもあるのかな?







目の前には智くんの可愛らしい顔。



うん、やっぱり、この生活がいい。








だからずっと一緒にいる。





ずっと、智くんと一緒に生きていく。




だって智くんがいないといつもその姿を探してしまうから。




隣で智くんが一緒に眠っていないと不眠症になってしまうから。




だからずっと智くんと一緒に生きていく。





山 短編6 オオノ先生と僕 

2016-05-31 16:22:20 | 短編






遅くなりました。
2年前に書いた話の続編です。
書いているうちにどんどん長くなってしまって。
読みにくいかな? 









夕焼けに染まった空


アンティークの時計


太陽が沈む海


お気に入りのアクセサリー


美しく紅葉した木々


青空に浮かぶ富士山


ジョブズ氏が造り上げたこだわりのもの


桜の花が舞い散る並木


真冬の夜空


都会の夜景


誰もまだ足を踏み入れていない雪面






昔から




美しい風景や綺麗なものが好きだった。






それはもう



物心がつくかつかないかくらいの



小さい時から。













幼稚園の時、みんなが好きだったのは
もも組のアヤカちゃんだった。
でも自分だけは違った。


アヤカちゃんは明るくて可愛らしい
誰からも愛されるタイプで人気だったけど
自分が好きだったのはさくら組のユリ先生だった。
みんなは、えーって言ったけど
みんなはまだユリ先生の美しさに気付いて
いないだけなんだ。


幼稚園では花を見るのが好きだった。
園庭の周りには様々な花が植えられていて
季節ごとに綺麗な花を咲かせた。


その花々を見るのが好きだった。
そして秋になると園庭の中心にある銀杏の木が
紅葉して綺麗な色に姿を変えた。
その銀杏の木を眺めるのが好きだった。
そして冬に近づくにつれ紅葉した綺麗な葉が
一枚一枚と落ちてきてそれを集めて並べていた。


砂場ではみんなで色々なものを作った。
山をつくったりだんごをつくったり。
そのうち大きい山が出来上がってそこから道を作ったり
水を流して遊んだ。


みんなきゃっきゃいいながら
水道から水を運んでは流す。
その横で自分だけはどれだけ綺麗なお団子が作れるか
一人で挑戦しているような園児だった。


出来上がったお団子はまんまるだった。
最後にはご丁寧にサラサラの砂までかけて
その団子を一つづつ綺麗に並べては
満足げにそれを眺めて喜んでいた。
そんな子供だった。


とは言っても。


気付くといつの間にかその団子は
他の園児たちの手によって


『コウちゃんの作った団子、固くてすげえまんまる』


と、小さな山の道の上からコロコロと転がされ
パカッと割れてしまうのだけど。


まんまるの綺麗なおだんご。
綺麗な花。
綺麗な葉。
綺麗なユリ先生。


美しいものが昔から好きだった。















先生の事を知ったのは


3年に進級した始業式の日だった。




何気なく廊下を歩いていたら
まだHRが終わっていないクラスがあって
何気なくその教室を見る。
そこには新しく赴任してきたという先生がいた。


そういえば3年に新しい先生が入ったと言ってたっけ。
そんな事思いながら通り過ぎた。




翌日からはすぐに通常通りの生活が始まった。
授業も始まり、そしてその新任の先生も
自分の教室に教えに来るようになった。


現国の先生。


国語の授業。


歴史とか数学は学ぶべき事がはっきりしていて
好きだったけど国語は何をどう学べばいいのか
いまいちよくわからなくて好きではなかった。


眠たくなる気持ちを堪えながら、ぼんやりと黒板を見る。
新しい先生。
新しい授業。


そういえばさっき何か言いながら
先生が黒板に向かって書いていたなと
黒板を見るとそこには綺麗な字が書かれていた。


あの先生が書いたのか。
って当たり前か。
でもその黒板に書かれた字と先生が
何だか一致しないような気がした。


ぼんやりと眺めていると
先生がまた黒板に向かって字を書きはじめた。


「……」


違う。


字だけが美しいのではない。


そのチョークを持つ手が指が綺麗なのだ。
一本一本の指が細くて長くて爪まで
綺麗な形をしている。
男の人でこんな綺麗な手見たことがなかった。


美しく指先まで綺麗な手。


そして手や指だけではない。


少し捲り上げられたシャツから見える腕もまた
程よく筋肉がついていて綺麗なのだ。


でも今まで男の人に対して綺麗という
感想を持ったことなんてない。
気のせいだろうと頭を振った。






でも。


見るとやっぱり手が、指が、腕が
美しいのだ。


その手を


その指を


その腕を


そしてその手から書かれる黒板の美しい字を見つめた。


「……」


そしてその手を


その指を


その腕を見るたびに


なぜか胸がドキドキした。











そして授業を受けながら先生の事を見つめる。
先生の髪の毛は少し長めで横の髪の毛を軽く後ろに流している。
そして前髪は自然な感じに分けられていて
目に少し前髪がかかっていた。


目は少したれ目で優しい顔立ちをしている。
鼻筋は綺麗に通っていて唇の形もよく
凄く目立つ訳ではないけど綺麗な顔立ちをしていた。


そしてワイシャツのボタンは少し開けられていて
そこからは、少しだけ肌とそして首筋が見えた。


それを見てまた胸がドキドキした。


って何でだろう?


相手は先生で男。


でもなぜか胸がドキドキしていた。


背はそんなに大きくないけど
均整の取れた綺麗な身体。
顔に似合わない美しい字を書く綺麗な男。


先生の顔を見るたびに


なぜか胸はドキドキしていた。











「せんせー彼女とかいんの?」

「え~?」

「……って、もしかして結婚してるとか?」

「してねえよ」


数週間がたち、先生に気軽に話しかけられるようになった。
先生はいつもクールで何を言っても何を聞いても
あっさりとかわされてしまう。


自分以外にも先生に興味を持つものは男女問わず
たくさんいたけどみな同様だった。


どんなに授業中じっと見つめても
先生をつかまえてガンガン話しかけても
先生はポーカーフェイスで変わらない。


何だか寂しかった。


でも。


時折見せる目を伏せた綺麗な顔
たまにだけど見せる笑った時の可愛らしい顔
生徒たちを注意する時の凛とした美しい顔
そんな先生の顔を見るたびにいつもドキドキした。


先生は、先生だし、ましてや男だし
自分自身、綺麗な彼女もいる。


でも。


やっぱり先生の授業を受けていると
自然とその美しい手に目がいく。
目がそらせない。
先生の美しい顔を見つめた。









「せんせー今度先生の家に遊びに行きたい」

「は?」

「だって先生がどんなとこ住んでるのか見てみたい。ダメ?」

「ダメに決まってるでしょ」

「何でぇ? どこに住んでいるかだけでも」

「ダメ」


先生はそう言って、ふふって笑う。
いつも笑って、はぐらかされて
ごまかされて先生の事が全く分からない。



そんな毎日。















「コウキー行くよー」

「え~俺もいかなきゃダメ?」

「今日はおじいちゃんの大事な三回忌法要の日なんだから
行くにきまってるでしょ?」

「そうだけどさぁ、俺、受験生」

「何言ってんの、どうせそのまま持ち上がりなんだから」

「どうせって」

「ほらコウキもおじいちゃんの事も
おじいちゃんのお家も大好きだったでしょ?」

「……」


確かにじいちゃんもじいちゃんの家も大好きだった。



けど。



内部進学が決まっているとはいえ受験生だし
じいちゃんの三回忌とはいえやっぱりメンドクサイ。
なんて事思ったら罰当たりかな。


そうこう言いながら出席した三回忌法要は昼過ぎには終わり
両親や集まった親戚の方々の食事会が始まろうとしていた。
この食事会という名の宴会が長いんだよね。
昔の思い出話をしたり誰々がどこに入学しただの就職しただの
自分がいなくたって全然問題はないだろう。


ちょっと出てくると言って雨が降る中、傘をさして外に出た。








じいちゃんの暮らしていたこの街。


大好きで休みのたびに遊びに来ていた。
山も海もあって一歩裏に入るとそこは別世界。
とても静かで瀟洒で美しい建物が並ぶ。


その中をゆっくりと歩いていく。


瀟洒な家の庭には丹精込められ育てられた草木があって
色とりどりに咲いた花が道行く人々を楽しませている。


とても静かで美しい街。


この街が大好きだ。


そして


じいちゃんの家に来るといつもくるこの場所。


紫陽花で有名なこの場所は
今の時期、毎年大勢の人が訪れる。


色鮮やかに様々な色の紫陽花が咲き乱れていて
そして少し高台にあるその場所からは
海とそして綺麗な街並みが見える絶好のロケーションだ。


いつもは観光客で溢れかけるその場所も
今日は雨が降っているせいかそんなに人も多くなくて
ゆっくりとこの場所を堪能することができた。


色鮮やかな紫陽花。


雨に濡れて花がますます生き生きと輝いている。
一歩一歩と歩きながらその紫陽花たちを眺める。
とても綺麗だ。


来ている人たちもみんな紫陽花に夢中だ。
写真を撮ったり
眺めたり
その前で記念撮影をしたり


友達同士だったり
カップルだったり
家族連れだったり


それぞれ雨の中でも綺麗に咲き乱れる
紫陽花を思い思いに楽しんでいる。









その中をゆっくりと歩き風景を眺め
そして紫陽花を見ていると
男の二人組とすれ違った。


男同士で雨の中、こんな場所に珍しいなと思いながら
その姿を目で何気なく追った。


一人はとても綺麗な茶色の髪の毛をしている。
人目を惹く端正な顔だちは華やかでとても目立つ
かなりのイケメンだ。


そしてもう一人は。


もう一人は少しそのイケメンの男より小柄で顔は…


って、大野先生?


先生がなぜこんなところに?


どういうこと?


二人は何?


兄弟?


親戚?


友達?




頭の中でフル回転で考える。


違う。


兄弟でも親戚でも友達でもない。


きっとそれ以上の関係だ。


茶髪で目がくりくりした端正な顔をした
美しい男が先生の顔を見つめては
凄く嬉しそうに笑っている。
そしてそれを優しい眼差しで慈しむように見つめる先生の顔。
今まで先生がこんな表情をしているのを見たことない。


自分と同じくらいのその男は
先生の事がすごく好きなんだろう。
嬉しさを隠し切れない顔をしている。


先生の顔を見つめては嬉しそうに目を細め
先生と目が合うと嬉しそうに笑う。


そして先生もまたその姿を見て優しく笑う。


それは兄弟でも友達でもない。




その二人の姿を



いつまでも



いつまでも見ていた。











「ああ~やっぱ俺、先生の事、閉じ込めておきたい」

「また言ってるし」


そう言って、先生は呆れた顔をする。


「だってこれ全部ラブレターでしょ?」

「あ、こら、勝手にみんなよ」

「だってぇ何枚もある」


だから、ヤなんだよね。高校なんて。
先生は全然自覚がないし。
ほっとくとあっちからもこっちからも手が出てきそうで心配すぎる。


「もう、先生はさ、研究室とかに入った方がいいんじゃない?」

「は?」

「あ、でもまてよ。研究室内でも先生を狙うやついるかも知れないし。
いやでも学校よりは全然ましじゃね?
絶対数が違うもん。研究室はたかだか数名だろうし
高校なんて何百人、いや下手すると千越え? 
うわぁイヤすぎる」

「何ぶつくさ言ってんだよ?」


何も知らない先生はそう言って笑う。


「だって、心配なんだもん。
こないだだって紫陽花見てる時じっと見てる人いたんだよ?
先生は全然気付いていなかったけど」

「それはお前見てたんじゃねえの? 目立つし」


やっぱり何も知らない先生は先生はそう言って笑う。


「違う。先生の事、切なそうな目で見ていた。
だから知り合いなのかと思ったけど見てるだけだったし」

「マジで? 学校関係者かな」

「大丈夫大丈夫。もう俺大学生なんだし」

「そういう問題?」

「そういう問題」

「……」

「……ね、それより先生キスして」


そう言うと先生が突然何を言い出すのだろうって顔をして見る。
でも先生は知らないでしょ?
どんなに俺が毎日心配しているか。
本当は先生の事冗談じゃなく閉じ込めておきたいんだよ?
でもそんな事できるわけないし。


だから。







「先生」

「……」


先生を見つめると先生が仕方ないなって顔をして
頬にゆっくりと手を伸ばしてくる。


そして先生の顔がゆっくりと自分の方に近づいてきた。


先生をそのままじっと見つめてると先生が手を瞼にかけ
優しく目を閉じさせる。
それに逆らうことなくゆっくり目を閉じると
先生の唇がゆっくりと自分の唇に重なった。


先生だ。


先生の唇だ。


そう思った瞬間。


その唇の気配はなくなった。


これで終わり?


何だか寂しくて物足りなくて
先生を見つめると
先生はその美しい顔でふっと笑った。


先生はいつも大人の余裕でずるい。


そう思いながら先生にギュッと抱きついた。
抱きついていると先生の腕もゆっくり伸びてきて
ぎゅっと包み込むように抱きしめてくれる。


心臓がドキドキしていた。


先生が好き。


好き好き好き。


心の中で何回も訴えながら力いっぱい抱きつくと
先生もぎゅっと力をこめ抱きしめてくれる。


そしてゆっくりと力を弱めると先生の顔を見つめた。
目と目が合う。
先生がふっと笑った。


何だろうと思いながら先生を見ていたら
先生の唇がゆっくりと自分に降りてくる。
先生からキスをしてくれた。


そのキスはいつもとは違う
舌を絡ませる激しくて深いキス。


先生が好き

先生が好き


先生は角度を変え何度もキスをしてくれる。


心配だって思いが先生に伝わったのかな?


いつもは、ねだってもなかなかしてくれない
激しくて深いキスを
今日は先生からしてくれる。


先生が好き

先生が大好き


本当は先生の事閉じ込めておきたいけど
そんなことできないから
今だけは自分の中に閉じ込めさせて。
そう思いながら何度も見つめあって
そして深いキスをした。











あの日。



たくさんの紫陽花の咲く丘に先生がいた。



紫陽花に囲まれている先生は



紫陽花にとけ込んでいてとても綺麗だった。







「先生?」

「うん?」


先生をつかまえいつものように話しかける。


「俺もね、あの日あの場所にいたんだよ?」

「……」


そういうと先生がびっくりした顔をした。


「すごく紫陽花綺麗だったね?」

「……そうだね」

「それに一緒にいた人も凄く綺麗な人だったね。
先生の恋人でしょ?」

「え?」


先生が驚いた顔をする。


「ふふっ大丈夫。
俺、誰にも言わないから」





あの日。


雨の中紫陽花に囲まれている二人が凄く綺麗だったから
男の人が先生を見る眼差しも
先生が愛おしそうにに見るまなざしも凄く綺麗だったから
先生の事ちょっと好きになりかけていたけど
内緒にしていてあげる。




だって


昔から


幼稚園の時から


綺麗なものが好きだった。



男のくせにって言われながらも
園庭に咲く花が好きだったし
園庭の中央にあった銀杏の木も
そしてその葉も大好きだった。





雨に濡れた紫陽花がキラキラしていて凄く綺麗だった。
でもそれ以上に紫陽花に囲まれた先生たち二人が
傘を差しながら歩いている姿が
絵みたいに凄く綺麗だったから
宝物みたいにしまっておいてあげる。


先生の事が好きだったけど
先生の事が凄く好きだったけど
幼稚園の時、川で拾った綺麗な石を宝箱の中に入れた時みたいに
心の宝箱の中にしまっておいてあげる。





そう心の中で思いながら



二人だけの秘密ね



とそう言って



先生に向かってウィンクした。