yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

人魚姫 6 完

2015-04-29 14:21:13 | 人魚姫









小屋に帰ってくると懐かしい匂いがした。


部屋は智が住んでいた時と全く変わらない。





帰ってきた。


そう、智は実感した。






マサキは仕事をしているのか小屋の中にはいなかった。


ふとテーブルにある一つの小瓶が目に入った。


「……!」


それは自分が人魚から人間になるために


魔女からもらった小瓶と同じものだった。


なぜこれがここに?


絶句したままその小瓶を見つめる。





「これは、マサキが貰ってきてくれたんだよ」


翔が小瓶をつかみそう言った。


マサキが貰ってきた?


意味が分からず呆然と翔の顔を眺める。






「マサキは智が人間でない事を最初から知ってたんだ」

「……!」


マサキも自分が人間でないことを知ってた?
絶望で目の前が真っ暗になる。


「……」

「……」


智は自分が人間ではないという現実を
またも突きつけられ逃げ出したい気分になった。
その智を翔は静かな眼差しで見つめる。


「智は人間でないという事を凄く気にしてるよね?」

「……」


そんな事当たり前だ。
人間でないとバレてしまったら一緒になんて
とてもいられるはずはなかった。


今だって翔に知られてしまっているのに
ここにいていいのかとずっと悩んでいる。


「でもマサキはそんな事全然気にしていなかったよ。
もちろん俺もだけど」

「……」


気にしていない? 
マサキも、そして翔も?


確かにマサキは最初から普通に
そして優しく自分に接してくれていた。


でもまさか、その時から人間でないと分かっていたなんて。
智は呆然と翔を見つめる。







「ただ、それよりも智が口も聞けず
足の痛みを抱えながら生きているのを
凄く気の毒がっていた」

「……」

「だから、それはマサキが智の足の痛みがなくなって
口がきけるようになるようにと、魔女からもらってきたんだよ」

「……!」


魔女から、自分のために薬を?
そんな危険な事を自分の為にするなんて
信じられなかった。


「マサキは智が幸せになる事だけを願ってた」

「……」

「だから、智にこの薬を飲んで欲しいって言ってたよ」

「……!」


翔はそう言って小瓶を智に差し出す。


マサキが魔女からもらってきた薬を?
これを飲むと足の痛みも消え話せるようになる?


翔のその言葉に、智は首をフルフルと振った。


「何で? 智は話せるようになりたくはないの?
足の痛みもなくなるんだよ?」

「……」


それでも智は首を振り続ける。


「……何で?」


翔は何故飲まないの? と
不思議そうに智を見つめた。


智は


智はそれよりもマサキの事が気になって仕方が無かった。



『マサキハ、ドコ?』


智はコミュニケーションをとるのに便利だからと
潤に教えてもらった字を書き翔に聞く。


「……マサキは今はここにいない」

『オシエテ』

「……」


智は必死な顔で頼む。
あまりの必死さに根負けし
翔はマサキのいる場所に連れて行った。








そこは人里離れたところにある小さな小屋だった。



ここにマサキがいる?
マサキは無事なのだろうか?


智はマサキの顔を見るまで気が気ではなかった。


魔女にもらったという小瓶。
それを飲めば足の痛みもなくなり
言葉も以前と同じように話せるようになるという。


そんな都合のいい薬
魔女がただでくれるとは到底思えなかった。


小屋の前に立ち扉を必死にノックする。
どうか無事でいてほしい。
祈るような気持ちで待つ。


するとゆっくりと扉が開いた。


マサキだ。


無事だったんだ。
智はほっと胸をなで下ろす。


マサキは智の姿を見てびっくりしたような表情を浮かべた。


「……智?」

「……」

「智?」

「……」


マサキが何度名前を呼んでも智は頷くだけで言葉を発しない。


「智、薬を飲まなかったんだね?」

「……」


マサキが優しくそう言うと、智は小さく頷いた。


「もしかして俺のことを気にして飲まなかったの?」

「……」


智は黙ったままマサキを見つめる。


「なあ、智?」

「……?」

「俺には妻も子供もいない。
それにこの年まで生きてこられた」


マサキはまっすぐ智を見つめると優しく語りだした。
それを智はじっと見つめ聞く。


「でも、智はこれからの人だ。
このまま人間界で生きていくつもりなんだろう?」

「……」


智はマサキの目を見て、そして小さく頷いた。


「だったら話せたほうがいい。
足の痛みもない方がいい。そうだろ?」

「……」


その言葉に、智は首を振った。


「……そうか」


マサキは翔と顔を見合わせる。
多分どんなに言っても智はマサキへの影響を考え
決して自分のために薬を飲むということはないだろう。


智は帰ろう?とマサキの手を引く。


マサキは、仕方ないなと優しく微笑むと
帰ろうと頷いた。














いつものように智が庭を綺麗にしていると翔が現れる。


智は翔に促されるようにベンチに一緒に座った。


「ね、智?」

「……?」


話しかけられ智が翔を見る。


「ずっと、ここにいて」

「……」


翔のその言葉に智は戸惑い俯く。


本当に、ここにいていいのだろうか。
今は人間の姿をしているとは言え人魚だ。
しかもその事実を知られてしまっているのに
果たしてここにいてもいいのか。


そんな権利が自分にはあるのだろうか。
答えが見つからなかった。


「俺が智の事守るから、俺とずっと一緒にいて」

「……」


智は頷くことができなくて翔を見つめた。


「俺の事嫌い?」


翔は不安そうに智に聞く。
その言葉に智は違うと首をブンブンと振る。


「……好き?」


翔は躊躇いながらも小さな声で智に問う。
智は小さく頷いた。


「ホント? 本当に俺のこと好き?」

「……」


智が真っ直ぐに翔を見て、うんと頷くと
翔の顔が嬉しそうにぱぁぁと赤くなった。


「信じらんないよ。嬉しいよ」


そう言うと翔は今にも踊りだしそうな勢いで走り出した。


その姿をじっと見つめた。






そう。


翔のことが初めて見た時から好きだった。


だからたとえ家族と離ればなれになってしまっても


口がきけなくても、足が痛くても


泡となって消えてしまう可能性があっても


人間になりたかった。









「ね、智」

「……」


翌日も翔は智に会いに来る。


「俺と結婚して」

「……」


その言葉に智は驚きの表情を浮かべた。
そして少し考えるような顔をして首を振った。


「ダメなの?」

「……」


翔は悲しそうに聞く。
当たり前だ。
今は人間の姿をしているとは言え人魚だし、しかも男だ。


『翔ハ次期王ニナル』


翔は一国の国を支配する国王の長男だ。
後継者の事などを考えたらとても、はいとは言えない。
智は紙に書いた。


「次期王? 王は弟がなるんだよ?」

「……?」

「俺はずっと引きこもりだったし
それは前から決まってたんだ」

「……」


そう言えばそのような話を以前マサキから聞いたことがあった。
でもだからと言って自分のようなものと
結婚なんてしていいものなのか。








「あの庭園、両親がえらく気に入っててさ。
智が作ったんでしょ? あの薔薇のアーチとか」

「……」


そんな事を思っていたら翔が突然庭の話を始めた。


「それが素晴らしいから、もっとひろげてほしんだって」

「……?」

「何か、智のセンスをすごくかってるみたい。
まあ、そのおかげで追い出されなくて済んだんだけど。
智とのことも許してもらえたし」

「……?」


そう言って翔はふふっと笑った。


「でもそれだと周りに示しが付かないからって
あの小屋の隣にもう一つ小屋を作ってもらって
そこが俺たちの住居になるんだけど…」

「……」

「で、これまでどおり智は庭の仕事して
俺がアシスタントだってさ」

「……」

「王位は弟が継承して
3年くらいしたら城に戻って国の仕事を手伝えだと。
それでもいい?」

「……」


信じられなかった。
まさか翔がそこまで自分との事を考えていたとは。
人間の姿をしてるとは言え人魚であることに
変わりはないし、ましてや男だ。


「智、愛してる。俺は智が人魚だって構わない」

「……」


そんな事を思っていると
翔がまっすぐな視線で智に言う。


「もう二度と大切なものは失いたくないんだ」

「……」


その言葉に智は俯く。


「どうしたの?」

『コドモデキナイ』


翔が心配そうに聞く。
智は紙に書いた。


「そんな事心配してたの?」

「……」


翔は驚いた顔をして智に聞いた。
智はこくんと頷く。


前に聞かされた話。
あんな話聞かされたら当たり前だろう。


「俺には智だけいれば十分だし
これ以上望むものなんて何一つないよ。
智がいなくなった時どんなにどん底だったか」

「……」


翔は智がいなくなった日のことを思い出していた。
智にこのまま会えなかったら辛くて悲しくて
もう二度と立ち直ることはできなかっただろう。


「まあ、それを両親が知ってるから
許してくれたっていうのもあるんだけどね」


そう言って翔は照れくさそうに笑う。


「……」

「それにウチには妹も弟もいる。
そのうち甥や姪を産んでくれるだろう。
だから智はそんな事気にしなくていいんだよ」


そしてそう言うと翔はにっこり笑った。












「兄ちゃん」

「……」


海岸で海を眺めているとカズがひょこっと
顔を出した。


「……」

「……」


カズが何か気づいたのか、黙ったまま見つめてくる。


「……喋れないってことはあの薬飲んでないんだね?」

「……!」


その言葉にびっくりしてカズを見つめる。
なぜその事をカズが知ってるのだろう?


「俺、ある人に頼まれたんだよ。どうしてもって。
でも、それを飲んだらその人がどうなるかわかんないよって言ったら
それでもいいからって言われてさ。
で、魔女にもらってきてその人に渡したんだ」

「……」


カズは智が驚きを隠せず不安そうな顔をしていたので説明した。


そうか。
マサキはカズに頼んであの薬を手に入れたのか。
智はようやく理解する。


「でも飲まなかったんだね」

「……」

「兄ちゃんらしいや」

「……」


智が小さく頷くと、カズはそう言ってクスッと笑った。









「ね、兄ちゃん。今、幸せ?」

「……」


カズのその言葉に躊躇いながら
智は小さく頷く。


「ふふっよかった。いい顔してる」

「……」


カズはそう言って笑う。


「話すことができなくても、足が痛くても幸せなんだね?」

「……」


そして、確かめるようにもう一度カズが智に問いかけると
智は、うんとしっかりと頷いた。


「そっか。安心した」


そう言ってカズは、ほっとした表情を見せた。
智はその顔を見て随分カズにも心配をかけてしまったと
申し訳ない気持ちになった。





「さとし~」


遠くから智を呼ぶ声がする。






「あ、愛しい人がよんでいるんじゃない?」

「……」


カズがいたずらっ子みたいな目でそう言った。
その言葉に自分でも顔が赤くなったのがわかる。


「あの人と結ばれたから泡にならなかったんでしょ?」

「……!」


カズはそんな智に気にするふうでもなくそう言った。


「母ちゃんは教えてくれなかったけど魔女から聞いていたんだ。
だからもう二度と会えないんじゃないかって
すごく心配してた」

「……」


そしてやっぱり物凄く心配をかけてしまっていたんだと思い
智の表情が曇る。


「そんな顔しないで。兄ちゃんが
幸せだってわかったから俺は満足なんだよ。
父ちゃんや母ちゃんだって同じだよ」

「……」

「ね、そんな顔しないで。また来るから」

「……」


カズはそう言うと深い深い海へと帰っていった。
その姿を見つめた。








「智、寒くない? 足、痛いでしょ? 
おんぶして帰ろっか」


翔が智のところまで走って駆け寄ってくる。
そしてあまりにも翔が過保護な事を言ってくるから
思わずクスッと笑ってしまう。


「今日は俺がご飯作ろうか?」

「……」

「あ、何その顔? 信用してねえな」

「……」


そして突然ご飯を作るとか言い出してくるから
思わずクスクスと笑い続けていると
翔も照れくさそうに笑った。


翔が手を差し出すと
智も手を伸ばす。


ぎゅっと二人で手をつないだ。


智が翔の顔を見ると翔はやっぱり照れくさそうに笑う。




智は人魚の自分が人間界でこんな幸せでいいのかと悩む。
海底には今も家族が住んでいる。
心配もたくさんかけてしまった。
そして潤や潤の父親の事も気になっていた。


両親の反対を押しきり勝手に人間になって
潤をはじめたくさんの人間にも迷惑をかけてしまった。
自分には人間界で幸せになる権利など
ないのではないかとずっと思い悩んでいた。


ずっといつか泡となって消えてしまうと覚悟しながら
毎日過ごしていた。


そんな事を考えていると、翔がすかさず心配いらないよ。
大丈夫だよと言って優しく抱きしめてくれる。









翔の顔を見ると翔も優しく見つめる。


あんな事があったせいか


いつもいつも翔は智を丁寧に優しく扱う。


一緒にベッドに入ると優しく包み込むように抱きしめてくれる。


その手は
その身体は


いつもいつも、とてつもなく優しくてあたたかい。


その優しさに触れると涙が出そうになる。





智が上を見上げると、翔の優しい顔がある。
頬に手をやり軽く自分から口を開く。


翔が遠慮がちにそっと唇を押し当てる。
智がぎゅっとその背中に手を回ししがみつくように
抱きつくと、優しくそしてやっぱり遠慮がちに翔の腕が
回ってきて優しく抱きしめてくれる。


その腕は
その唇は


やっぱりとてつもなく優しくて、あたたかくて
智の目から自然と涙が出た。


智の涙に気づくと翔はどうしたの?と心配そうに
優しく手で涙を拭ってくれる。







幸せだから




その一言が発せなくて、もどかしくて
まるで自分達みたいだと思い
思わずクスッと笑ってしまう。


翔は不思議そうな顔で見つめてくる。


だから何でもないよと首を振って
ぎゅっとまた翔に抱きつく。


翔も優しく抱きしめ返してくれる。


そしてお互い見つめ合う。
智の手が翔の首に周り引き寄せるようにすると
また優しい優しい口づけが降りてくる。








もっと強引でもいいのに


あの事を気にしているのか
翔はいつもいつも優しくて宝物のように大事に大事に
智を扱ってくれる。


それが嬉しくて、少しだけもどかしくて


『もっと強引でいいよ』


そう紙に書いたら


翔がそれを見て


照れくさそうに笑った。







そして



やっぱり宝物を扱うように優しくそっと抱きしめ


そして顔を近づけてくると


智の唇に、優しい優しい




キスをした。










オワリ。


ありがとうございました。

人魚姫 5

2015-04-21 17:44:28 | 人魚姫






マサキもまた智の事を心配していた。





マサキは、智が元々人間ではないと薄々感じていた。





最初に海岸で智を見かけた時


智は足の痛みで動けなくてうずくまっていた。


どうしたのだろうと声をかけると顔をこちらに向ける。


その瞬間を今でも鮮明に覚えている。





振り向いたその顔はとても美しくそして神秘的で


一瞬、海の精が舞い降りたのかと思った。





だから何も話さない智に対して


どこから来たのかと問い詰める事もしなかったし


何者なのかと深く追求もしなかった。






そして自分の住む小屋へと連れて帰ると
智はその華奢な身体で、痛い足を引きずりながらも
一生懸命庭の仕事を手伝ってくれる。


そのひたむきで健気な姿を見てると
マサキにとっては智が人間でないなど
最早どうでもよい事のように思えた。


妻に先立たれ一人になってしまったマサキにとって
智は本当の子供のような
そして孫のような存在だった。






話すことができなくても、智と一緒に食事をするだけで
いつもの食事が何倍にも美味しく感じられる。


智と一緒に仕事をすると一日があっという間に過ぎる。


それまでの味気ない毎日がキラキラと
光輝いたような日々になった。


智と一緒に庭の仕事をすると
智は今までの自分にはないセンスで庭を彩る。


それを見るといつもその美しさに感心し、ため息が出た。


智の造った庭の一角はマサキの造ったそれとは
またひと味も二味も違っていて芸術的だった。


そしてその庭を見て国王や王妃が見事だと褒めてくれた。


その事が自分の事のように嬉しかった。


そしてたまに一緒に町に出てると、智が目を輝かせながら
街の風景を見、そして楽しそうに花の苗や種を選ぶ。


その智の姿を見るのが好きだった。






そして


翔と智が、仲良くベンチに二人座って
話している姿を見るのが好きだった。


青白い顔をしていた翔が
少しずつ元来の明るさを取り戻し
元気になっていく姿を見るのが嬉しかった。





その智が


今はいない。




マサキは、あの美しく、優しく、そして働き者の智が
話すことも出来ず、そして痛い足を引きずりながら
どこかで苦労し生きているのかと思うと
胸が張り裂けるような思いだった。


だからどんなに小さく、不確かな情報であっても
智に似た人がいると聞けば、どこまでも探しに行った。


そしてたとえ自分の命と引換になろうとも
智のためになるならば



何とかしたかった。

















智は今日も夜明け前に起き船に乗る。



あれから潤は何もなかったようなふりをして
いつもどおり優しくしてくれている。
智はその優しさがなんだか余計に辛かった。


魚を釣り上げ港に戻る中、船から広い海を眺める。


自分が生まれ育った場所。


なぜ自分はこんな思いをしながらも
海に戻らないのだろう。
潤の優しさに甘えつけこんでいるだけ
のような気がして心が痛んだ。



いっそのこと



そう思った瞬間。






潤が肩をぐいと引っ張り船の内側へと智の身体を戻した。



「何してんだよ、落ちるだろ」


潤が怒っている。


びっくりして潤の顔を見つめる。
もしかして海に投げ出そうと思ったのだろうか。
潤は真剣な顔をしている。


智がフルフルと首を振る。


「何だ、そんな顔して海に身体を乗り出してるから
心配になっちまっただろ」


潤はぶっきらぼうにそう言うと
その怒った声とは裏腹にホッと安心した表情を見せた。






宙ぶらりんな自分。


この先どうしたらいいのかわからない。


智はどこまでも続く青く深い海を見つめた。
その姿を潤はじっと見つめる。






「もしかして自分のこと厄介者とか
思ってかもしれねえけどさ」

「……?」


突然潤がそう言って話しかけてくる。
智は潤を見つめた。


「智は華奢な身体の割に結構腕の力は強いから
かなり重宝してんだぜ」


潤は智の心の中を見透かしたようにそう言うと
優しく微笑んだ。


その優しさに智はまた胸が痛んだ。









潤との日々は穏やかで静かだった。


漁業の仕事は朝も早く力仕事で大変だったが
智は毎日夢中で働いた。


海は時に急に天候を変え荒れ狂う時もあった。


船が大きく揺れ転覆しそうになり生死をさまような時もあったが
潤が大丈夫だといつも冷静に対処してくれていたので
そんな時でも智は怖いと思うこともなかった。







そして潤は時々智を切なそうな目で見つめた。


智の頬に手で優しく包み込む。
そしてそのまま何か言いたげな顔をして
見つめたまま、ふっと微笑みその手を離す。


智は何も言うことができず、そしてどうすることもできず
ただ潤を見つめ立ち尽くすだけだった。



















智と潤はいつものように魚を釣り上げ港に戻る。


まだ辺は薄暗い。


いつもと変わらぬ風景。


でも、なんだか様子がいつもと違うような気がした。






「……智」

「……」


そう思った瞬間。


久々に聴く懐かしい声。




「……智」

「……」


翔が震える声で自分の名を呼んだ。
智は驚きで立ち尽くす。


「……」

「……」

「智、帰ろう」

「……」


しばらくお互い無言のまま見つめ合う。
そして翔が帰ろう、と遠慮がちに智に言った。


その言葉に智がしばらく呆然としていたが
ふるふると首を振る。


「……ダメ なのか?」


その言葉に智が小さく頷くと翔は絶望的な顔で
智を見つめた。


そんなの当たり前だ。


人魚だって気づかれたのに
戻れるはずはない。


それに潤にもお世話になっている。
戻れるはずなんてなかった。


智が帰れない、と首を振ると


翔が絶句したまま呆然と立ち尽くす。


長いこと二人はお互い立ち尽くしたまま動かなかった。












「帰ったら?」



そのやりとりをずっと静かに見ていた潤が智を
まっすぐ見ながらそう言った。


「だって本当はずっと帰りたかったんでしょ?」

「……」


その言葉に智はぎゅっと拳に力を込め俯いた。


「いつもこの人のこと思い出して涙流してたんでしょ?」

「……」


潤がそのまま智に話し続ける。
翔が、信じられないという顔で智を見た。


「ほんとは俺、ずるいんだ」

「……」


潤がそう言うと智はゆっくり顔を上げ、潤の顔を見つめる。


「智がこのままずっとここにいればいいなって思ってた」

「……」

「だから誰にも見つからないように
ほとんど智をひと目に晒さないようにしてた」



そう言えば


確かに智が家から出るのは釣りくらいだった。


しかも夜中に出発し、まだ人もまばらな時に帰ってきて
そのまま潤は魚を売りに行くが智は家に帰るように言われてたので
ほとんど誰とも顔を合わすことはなかった。


「でもそんな風に縛り付けていてもダメなものはダメなんだよね」


そう言って潤は笑う。


「帰りな」

「……」

「どんな事情があって何を心配してんのかしらねえけど
帰ろうって言ってくれてるんだから、きっと大丈夫だよ」

「……」


その言葉に智が潤を見つめる。


「ずっと帰りたかったんでしょ?」


潤も智を見つめながら優しくそう言った。























おまけ2   VS嵐






コイデサンとのツーショットがツボだったので。
かなりフィルターのかかった目で見た妄想です。
それでもOKな方のみ↓






その人のことを前から知ってた。




異色だと言われ続けていた
同じ学校の2つ上の先輩がいるグループのメンバーの一人だったし
歌番組やバラエティ番組そしてコンサートDVD



そして


役者としての演技も見たことがあった。





よく役者の中には憑依タイプの役者がいると聞く。


そしてその人もそう言うタイプだと言われているのを
聞いたことがあった。


確かに


その人が演じている時は声の出し方からして違う。
歩き方も違う
姿勢も違う。
表情も違う。


何もかもがその人ではなく完璧に演じている人
そのものになっていてその人がどこにもいない。


そんな、憑依タイプの役者。











でも今、隣にいるその人は思ってた以上に


華奢で、3歳年上とはとても思えない


可愛らしい顔をした人。






いけそうな感じがあるのかと問われ


『スペアに繋げるやり方がいいですか?』


そう言ってその人は腕を組みながら


なぜか半分キレ気味に答える。




その声の出し方言い方が絶妙で場内の笑いを一気に誘う。





かと思えば


倒し方について両方は無理でしょと松潤に突っ込まれ


『信じらんないよ』


可愛らしく口を尖らせこちらにまっすぐ視線を向け


そう言ってくる。




その顔が3歳も年上だとはとても思えないくらい可愛らしくて


思わず笑みが浮かんだ。











「翔くんって、前から思ってたけど上下関係厳しいよね~」

「へ?」

「あぁ~俺、翔くんの一つでも上でよかったぁ」

「は?」

「んふふっ。だってもし翔くんが上だったらビシバシ
毎日怒られてたんだろうなって」

「……?」


そう言って、んふふっと可愛らしい顔で笑った。


相変わらず唐突にそう言ったかと思うと
一人自己完結し満足している。


まぁ、そこがまた可愛いらしいところでもあるんだけどね。


そう言えば今日の収録でネタで学生時代の2つの学年差は
大きいというような話をしたんだっけ。


まあ確かにジュニア時代、きちんとしていない奴が許せなくて
指導したこともある。


でも学生時代の年の差とメンバーとかとは違うんだけど、ね。


そんな事を思いながら、もし智くんが年下だったら
どうだっただろうと考える。






あのブレのないキレキレで圧倒的なダンス力。
そしてあの透き通るような歌声で人を魅了する歌唱力。


その多彩すぎるほどの才能は年上年下関係なく
とてもかなうものではないだろうから
一目置き今と変わらず尊敬していただろう。


「そんな事ないよ」

「え~絶対、だらしない、片付けなさい、綺麗にしなさい
ちゃんと喋りなさい、しっかりしなさい、姿勢正しなさい
ってきっと今も怒られてたよ~」


そんな事を思いながらそんな事ないよと言うと
出てくるわ出てくるわ。


「お母さんかよっ」


思わず突っ込んだ。


どんだけでてくんの?
っていうか、智くん俺の事どういう目で見てんの?


「あ~よかった~お母さんじゃなくて」

「いや、ホントお母さんじゃねえから」


そう思いながら、んふふと可愛らしく笑っている智くんに
お母さんじゃねえからっと言ってその可愛らしい唇に
ちゅっとキスをした。



人魚姫 4

2015-04-09 18:56:16 | 人魚姫








翌日、智の姿は


どこにもなかった。




何で


何で


何で



翔にはわからなかった。


確かに智に人魚であると告げた時
智の様子はおかしかった。


でも翔は、智が人間であろうと人魚であろうと
そんな事はどうでもよい事だった。
智は智であることに変わりはないし
智がたとえ人間でなかったとしても
好きであるという気持ちに変わりはない。


ただ助からなかったであろう命を
救ってくれた智への感謝と
そして好きだという思いを伝えたかっただけだ。


でも、智は?



翔は思い出した事を
そしてそれを智に告げてしまった事を
心底後悔していた。


そして告げた後、真っ青になり具合悪そうにしていた
智を疲れているものだと勘違いし
すぐに小屋へ帰してしまったことを
悔やんでも悔やみきれないほど後悔していた。







何で


何で


何で、智に伝えてしまったのか


何で、そのまま帰してしまったのか


いくら後悔しても取り返しがつかない。


智は一体どこに行ってしまったのか。


来る日も来る日も智を探す。


だがどこをどう探しても探しても


智は見つからなかった。

















『智は人魚だったんだね』


翔が静かな目で自分の事を見つめながら言った


その言葉が智の胸の奥に突き刺さる。






あの日


智が人魚だと気づいた翔が何を思い


自分に伝えてきたのかはわからない。


ただ、人魚だったことが知られてしまった限り


もうここにはいられない。


この人ともう二度と会うことはできない。


それだけだった。






朦朧としながら小屋に戻ると
ベッドに倒れこむように横になった。
そして夜、マサキが寝たのを見計らって家を出た。


痛い足を引きずるように目的もなく


ただひたすらに真っ暗な道を海岸に沿って歩いていく。


やがて自身の身体は海の泡となって消えていくのだろう。


智は人間になった時から既に覚悟は出来ていた。




どれくらい歩いたのだろうか。
空は少しずつ薄明るくなってきていた。
足はパンパンに腫れ上がり
痛みで思うように動かすことができない。


あまりにも疲れきって立ち止まると
そこにあった大きな石に腰掛け目を閉じた。












「見かけない顔だな」


突然の声に目を覚ますとそこには
やけに整った顔立ちの青年がいた。


“まだ海の泡となって消えなかったのか”


智は自身の手を見つめた。


あまりの疲労と足の痛みでそのまま
眠ってしまっていたらしい。
そんなことを思いながらぼんやりと上を見上げると
男が不思議そうに見つめてきた。


「お前、誰だ?」

「……」


怪訝そうな顔で話しかけられるが
声を出す事ができない。
答えることができず俯いた。


「シカトかよ」


男は機嫌悪そうにフンと鼻を鳴らす。
智は慌ててブンブンと首を振った。


「……」

「……」


男は不思議そうな顔で智を見つめる。
お互い無言のまま見つめ合った。


「……もしかして だけど」

「……」

「もしかしてお前、口が聞けねえの?」


男が聞く。
智は小さく頷いた。


「まじかよ」

「……」


男がため息混じりにそう言った。
智は申し訳なさそうに小さく頷く。


「これからどこに行くんだよ?」

「……」

「っていうか、どっから来たんだよ?」

「……」


男は矢継ぎ早に質問してくる。


「って、喋れねえんだっけ」

「……」

「なんだか、足もすげえ痛そうだし
疲れているみたいだな」

「……」


話すことができないことを思い出すと
整った顔立ちの男は智の足を見つめた。


「……」

「……」


そして男はどうしたものかと智の顔を見ながら
考えるような顔をした。


「こんなところで寝てるってのもな」

「……」

「ウチくるか? なんだかあんた綺麗だから危ないよ」

「……」


綺麗? 危ない?
意味は分からなかったが
疲労も強く足の痛みも限界だった。
智は小さく頷いた。












男に連れてこられた家は古くて小さな家だった。
男は父親らしき人と二人で暮らしているようだった。


「なんかあんた放っとけない顔してんだよな」


男が作ってくれたご飯を一緒に食べながら
男がそう言った。


「俺んち金もねえし家もこんなだけど
あんたさえよければ、ここにいてもいいよ」

「……」


潤が作ってくれたご飯を食べながら
そう言ってくれたので智はこくりと頷いた。


そして食事をしながら智は翔の事や
お世話になったマサキの事を思い出していた。
自然に涙が頬を伝う。


潤はその智の姿を優しく見つめた。


「事情は分かんねえけどうちは
いつでもいていいんだからな」

「……」


潤は照れくさいのかぶっきらぼうにそう言った。
智はこくんと小さく頷くと
潤はそれを見て優しくふふっと微笑んだ。















潤の仕事は漁師だった。
夜が明ける前に船に乗り出発する。
そしてひと通り釣り上げるとそれを売り
家に帰ってきて朝ごはんを食べひと眠りする。
そんな生活だった。


一緒に住んでいる潤の父親は病弱で
たまに調子のいい時に一緒にご飯を食べる以外は
ほとんど床に伏っていた。


智が顔を見に行くと優しく微笑んでくれる。
なぜかその潤の父親の顔を見ると優しくしてもらった
マサキのことが思い出され智は涙が出た。


そして数日がたち旅の疲れが取れると
智も潤と一緒に船に乗るようになった。
潤は家にいてもいいと言っていたが
それでは智の気がすまなかった。


船に乗って海へ出る。
それはとても不思議な感覚だった。
自分が生まれ育った海。


家族は今も海底で生活している。
そして自分も少し前まで同じように生活していた。


海を見ながら家族の事
そして翔やマサキやお城の人たちのことを思い出し
また涙が出た。



潤は何も言わず優しくその姿を見つめていた。









お城では毎日智を探していた。
でもどこを探しても見つからない。


翔も手当たり次第に探していたが見つからなかった。
そして智に似た人がいると聞けばどこまでも探しに行った。
そして別人だとわかると落胆しながら帰ってくる。
そんな毎日だった。


もしかして海に帰っているのかもしれないと
何度も海にも通った。


でも智の姿はどこにもなかった。


翔が絶望的な表情で海を眺める。








その姿を海からカズは見ていた。




カズも智の身を心配していた。


最近智の姿を見ていない。


どうしたのだろう。


まさか海の泡となって消えてしまったのだろうか?




でも、だったらあの人の悲しそうな表情はなんだろう。















智がふと唇に何か触れたような気がして目を覚ますと
潤の顔が目の前にあった。


「……?」

「……ごめん」


智がびっくりして潤の顔を見つめると
潤が照れくさそうにごめんと言った。


「……?」

「……智」

「……」


意味が分からず潤を見ていると
潤が切なそうに智の名前を呼ぶ。
智は、起き上がり、なんだろ? と潤を見る。


「俺、智が好きだよ」

「……」


潤が智の顔をまっすぐ見ながらそう言った。
智がびっくりして潤を見つめる。


「智」

「……」


潤の手が智の頬に触れる。
そして角度を付けゆっくり顔を近づけてくる。
もうちょっとで唇と唇がくっつくといった瞬間
智は思わずそれを避けた。



「……ごめん」

「……」


潤はまた謝った。
智はこんなに良くしてもらっているのに
応えることができなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「……智」

「……?」

「もしかして好きな人がいるの」

「……」


潤が聞く。
智は小さくこくりと頷いた。


「やっぱそうか。わかってたけど、残念」


潤は今言ったことは気にしないでくれと言って
照れくさそうに笑った。



















おまけ  VS嵐







「何を呑気に初めてやったよ俺、とか言っちゃってるんですか」

「……」

楽屋に戻るとすぐにリーダーを捕まえそう文句を言った。
大野さんはなんのことかわからなかったのか
きょとんとした顔で見つめてくる。
可愛いんですけどね。


「今日のチュウの事です」

「あ~あれ? だって本当にそうなんだもん」

「そうなんだもんじゃありません」


こちらの気持ちを知ってか知らずか
その可愛らしい顔でヘラヘラ言ってくるから
つい口調が強くなる。


「にの怖い~」

「当たり前です」

「だってぇ~だんだんそういう雰囲気になってきたからさぁ」

「まあ、そうですけども」


そう確かに。
狙ってるのかと思うくらいに ね。


「だから、この空気はやるべきとこなのかなぁって思って」

「やるべきとことか言ってる場合じゃありません」


もう、この人は。
空気読めないふりする時もあるくせに
こういう時は憎たらしいくらい空気を読む人なんだから。



「それに~みんなもしてるし」

「みんなはいいんです。でもリーダーはいけません」

「え~」


そう言うと、大野さんはえ~っと言って
納得がいかないって顔をした。


「な り ま せ ん」

「なりませんってナニ?」


そう言うと大野さんは可愛らしい顔でクスクス笑う。
くそっ。
3歳年上とは言え、ムカつくほどカワイイ。


そしてチュウされている顔は
憎らしいくらい綺麗で可愛らしい顔だった。
その時の事を思い出して、またムカつく。


それにしても本当にこの人は自分の唇を狙っている人が
どれだけいるか全然わかってない。
もし、これを許してしまったら
後から後から…


そしたらJは怒りだすだろうし
翔さんは卒倒するだろうし


イヤ、想像するだけでも恐ろしい。


幸か不幸か本人はさっぱりわかっていないところが
また困ったところではあるけどね。


「いいですか、よく聞いてください」

「え~ 何?」

「まず、ああいう状況にはならないようにすること」

「え~ でも、もしそういう雰囲気になっちゃったら」

「もしそうなったとしても空気を読めないふりして逃げること」

「え~難しいよ。だったらニノが助けてくれればいいじゃん」

「助けたかったけど助けられない状況だったでしょう」

「そうだっけぇ」


そうだっけぇって。


ホントわかってない。


あん時は柵があって…


って考えてみるとそれを狙ってたのか?
許すまじ


「いいですか? 一番は誰も手足が出せないようなところで
そういう雰囲気にならないようにすること」

「え~」

「え~じゃないでしょ。
じゃないと妨害しようにも妨害できないんですよ」

「う~ん。そっかぁ」


そう言うとわかったようなわからないような顔をする。


「わかりましたか?」

「ん~なるべくそうする」


そう言ってとても3歳年上とは思えないくらい
可愛らしい顔で笑った。
くそっ。
やっぱりカワイイ。


あまりにも可愛くてちょっとムカついてきたので
その可愛らしい唇めがけてチュッとキスをする。


「にの?」


突然の事にきょとんとした顔で見つめる。


「これは、消毒です」


そう言って相変わらずきょとんとしたまま呆然としている
カワイイその人にそう言ってウインクした。







大宮でした。



人魚姫 3

2015-03-31 18:02:09 | 人魚姫





智は翔を見ると自分でも顔が強張るのがわかる。


翔が近づいてくると智は逃げるように違う場所へ移動する。


マサキがいない日は何度も鍵を確認し


布団にくるまって怯えながら過ごす。






そんな毎日だったけど智は不思議と
人魚の世界に戻ろうとは思わなかった。


そして、翔の事も嫌いにはなれなかった。


言葉を発することもできず
足はまだ歩くたびに痛み
庭師の仕事も重労働で大変なのに。


そして翔に会うのが怖いはずなのに。







翔は、謝って済む問題ではないとわかっていたが
なんとか智に謝罪をしようと考えていた。


しかし、謝罪するどころか近づくことさえ
智の負担になるとわかると一定の距離を保ち
遠くから見つめる。


そして智が視線に気付き目線を向けると
すぐに視線をそらす。
避けられていると知っている翔からは決して
智の方には近づかなかった。



翔の静かに遠くから向けられる後悔と懺悔の視線。


それを避けている自分。


そんな毎日を過ごしていくうちだんだん智は
翔の存在が気になって仕方なくなってきていた。



もうずっと智と翔は口を聞いていない。










そうこうしているうちに智は、翔がお見合い相手と
結婚するという噂をマサキから聞く。


翔が結婚?


その話を聞いて智はショックを受ける。


翔の事を避けて逃げていたはずなのに。


その事実はいつまでもいつまでも
智の胸にズシンとのしかかっていて
智の頭から離れなかった。


翔の姿を見ると、智の胸はチクチク痛む。
翔の結婚の話を思い出すと、なぜか胸が苦しくなる。


この時、初めて智は翔の事が好きだったのだと気づいた。






あの日の事は確かにショックな出来事だった。
でも翔と話さなくなって思い出すのは
海に投げ出された翔を助けた時に初めて見た顔。
そして翔が息を吹き返した時の喜び。


そして初めて人間になった時に改めて見た翔の顔。
よろしく、と言って握手をした時の翔の優しい手。
追い出されちゃった、と言って照れくさそうに笑う翔の姿。


自分の方に近づいてきたのはいいが手持ち無沙汰で
なぜか近くにあったほうきを取り出してきて不器用だけど
一生懸命庭を掃いている姿。


一緒にベンチに座ってボーっと庭園を眺めていた日のこと。
初めて話しをしてくれ時の、照れくさそうにはにかんだ笑顔。
世界を旅した時の話を聞かせてくれた時の聡明で、綺麗な横顔。


庭で翔が智を見つけると嬉しそうに
近づいてきてまた邪魔しちゃうな、と言いながらも
照れくさそうに一緒にベンチに座る姿が好きだった。


博学な翔から本で得た知識や物語
世界で出会った興味深い物やその国の人のこと
世の中の不思議な話や面白い話などを
聞くのが好きだった。


そんな事を思い出しながら庭を掃いていたら
智の目から涙が落ちた。










ある日、いつものように智が庭の手入れをしていると
遠くから翔が自分のことを見ているのに気づく。


翔は智が気づいたことを感じるとさっと目をそらし
その場から慌てて去ろうとする。


「……!」


思わず智は翔に駆け寄った。


翔は智がずっと自分を避けていたので
その行動にびっくりしたようだった。


智が翔の目の前に立つ。


久々に近くで見る翔は以前よりも
痩せていて益々青白く顔色が悪かった。


「……」

「……」


智は翔と目が合うと目線をそらし俯く。
智はあんなに翔の事を恐れていたはずなのに
もうその気持ちはすっかりなくなっている事に気づいた。


「……智」

「……」


翔が戸惑いながら智の名前を呼ぶ。
智が俯いていた顔をゆっくり上げると
真っ直ぐに翔を見る。


「とても謝って許されるような事じゃない事はわかってる」

「……」

「悪かった」


翔は、そう言うと涙を流した。
智はその姿をじっと見つめる。


「……智」

「……」


翔が小さく智の名前を呟く。
智は翔を見る。


「今、こんな事を言うべきじゃないこともわかってる」

「……」

「でも、言わせて欲しい」

「……」


翔は少し躊躇いながらそう言った。
智は何を言うのだろうと翔を見つめる。


「智の事がずっと好きだった」

「……」


思いがけない言葉に智は翔をただただ
見つめることしかできない。


「じゃあなんであんな事をって思うだろ?」

「……」

「言い訳になってしまうけど聞いて欲しい」


翔はそう言うと近くにあるベンチに智を座らせ
自身も一緒に隣に座ると話し始めた。


それは、3年前の出来事だった。
3年前、自分の不注意から最愛の妻子を
不慮の事故で亡くしてしまった。


あまりの突然の悲しい出来事とその時の罪悪感で
その後ずっと生きる希望も意欲も無くし
部屋に引きこもり外に出ることがずっとできなかった。


両親からはいつまでも引きずってないで
将来の事も考え早く結婚でもし忘れるようにと
何度も責められていた。


そしてあの日の夜。


その日も散々両親から責められヤケになり酒を飲んだ。
久々に飲んだ酒は思いのほかまわりが早く
自分でも前後不覚になる位酔ってしまっていた。


そんな状態で智に会いにいくべきではなかったのに
その時の自分はどうかしていたのだろう。
なぜか無償に智に会いたくて会いに行ってしまった。


でも智の自分を見る目が当たり前だがいつもと違い
怯えた目をしていて自分から逃げたがってるいるのが分かった。
自分自身を両親だけではなく智にまで否定された気がして
逆上しあんなひどいことをしてしまった。




「本当に最低すぎるよな。
声も出せず、抵抗もできない智に。
恨まれたって憎まれたって仕方がない」

「……」


翔はうなだれながらそう言った。



「謝って済む問題じゃないことはわかっている。
でも智にずっと謝りたかった」


そう言うと翔の目から涙がこぼれ落ちた。


智は何かを考えるようにしばらくその姿を見つめる。
そしてゆっくりと腕を伸ばすと翔の頬に優しく触れた。


翔がびっくりして顔を上げる。


翔の目からは涙が溢れ出ていた。


智はそのまま翔の涙を指で拭う。
そして、もういいからという風に翔の身体を
包み込むようにふんわりと抱きしめた。


もう智には、翔に対する恐怖心は全くなかった。


そこにいる翔は、あの時の翔とは別の本当の翔の姿。


翔の言う通りあの時の翔はどうかしていたのだろう。


翔は躊躇いながらゆっくりと腕を伸ばす。
そして自身を包み込むように抱きしめてくれている
智の背中にそっと手を回した。


そしてそのまま智の胸に顔をうずめると
何度も何度も、悪かった申し訳ない事をしたと言って
涙が枯れるんじゃないかと思う位
智、智、と言い泣き続けた。









智は翔を包み込むように抱きしめながら
初めて翔にあった日の事をぼんやりと思い出していた。


あの嵐の夜。
真っ暗な海の中で一つの明かりが見えた。
近づいてみると船は波に煽られ大きく揺れていた。


そしてそこから人が投げ出されるのがはっきりと見えた。
必死にその人を探し出し、そして荒れ狂う海の中
海岸まで運び安全なところで横たわらせると
飲み込んでしまった海水を出させ、そして呼吸を取り戻させた。


あの息を吹き返した時の喜び。
そしてその時見た翔の顔。



多分この時から好きだったのだ。


カズには関係ないといったけどそんなの嘘だ。


だから声を失っても
足が痛くても
海の泡となって消えてしまう可能性があると分かっていても




人間になりたかった。













しばらく泣き続けていた翔が突然何かを思い出したように
はっと顔を上げた。


智はなんだろうと翔の顔を見る。


「……」

「……」


翔の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
でも翔は真剣な顔で智を見つめる。
智は不思議そうに見つめ返す。


「……あれは」

「……」

「あれは、智だったんだね?」

「……?」


翔は何もかも思い出したようにそう言った。
智は何の事かわからず翔の顔を不思議そうに見る。


「あの嵐の日に助けてくれたのは、智だった」

「……!」


智はその言葉に顔色を変える。
そしてその場から一刻も早く立ち去ろうと立ち上がる。


「お願い、行かないで」

「……」


翔が智の手を掴む。
智が不安そうに翔の顔を見る。


「智は」

「……」

「智は 人魚だったんだね」


その言葉に智は絶望的な表情を浮かべた。



翔はあの嵐の日のことを全て思い出していた。


翔はあの日、このまま死んでしまっても構わないと
周りの意見も聞かず甲板へと出た。
そしてそのまま波に煽られた船に投げ出され海に落ちた。


自分の身体が海へと沈んでいく中、誰かが身体を支え
どこかに引っ張って行ってくれたのを
意識が薄れる中ぼんやりと眺めていた。


あれは


あれは智だった。


智の手を掴み顔を見る。


「お願い、逃げないで」


翔が智の手を掴んだままそう言った。
智は翔に手を握られながらイヤイヤと首を横に振る。


「智はあの時助けてくれた人魚なんでしょ
なんでずっと気づかなかったんだろう」

「……」

「あの時見たんだ」

「……」

「顔と、そして、尾ひれを」



智が言わないで、というように翔の口を両手で塞ぐ。


翔は、その智の手を優しく掴むとゆっくりと外す。


そして静かな目で智を見た。





人魚姫 2

2015-03-27 20:37:15 | 人魚姫








やっぱりおとぎ話が好きみたいです。

少し大人な表現が出てきますので注意です。











もともと智は、幼い時から人間界に興味を持っていた。
でも両親から怖い世界だから行かない方が
お前のためだと言われ続け、ずっと反対されていた。


そしてあの嵐の日。
人間を助けたことで抑えていた気持ちが
一気に爆発した。


一度でいいから人間の生活を見てみたい。
人間の生活を味わってみたい。
智はそのためならたとえ声がなくなっても
多少足が痛くても構わないと思っていた。


智の決心は固く、両親や兄弟の反対を押し切り
魔女に声とそして足の痛みと引き換えに
人間の姿となる。


そして運良く庭師のマサキに助けてもらい
人間界で生活する事になった。


マサキは60代後半から70代といったところか
白髪の心優しい老人で(←すみません)
妻を亡くし一人で城の中にある
小屋に住んでいた。


智は話し相手にはとてもなりそうにないだろうに
マサキはいい話相手ができたといって
喜んで迎え入れてくれた。


そして智に色々聞きたいことは山ほどあっただろうが
無理に問い詰めることもなく優しく接してくれた。
智はなんの素性も分からぬ自分に対して
優しく受け止め世話までしてくれるそんなマサキに
感謝してもしきれないくらい感謝をしていた。


そしてマサキのためならばと一生懸命
マサキの仕事を手伝った。
そのせいか、もともと綺麗に整った庭園は
益々素晴らしいものとなった。


また、マサキは智を時々町にも連れ出してくれた。
そこで花の苗を買ったり種や肥料を買ったり。
そして花壇の一角を任され好きなように
作ってごらんと言われ
智は見よう見まねで花壇も作った。


庭園の管理の仕事は見かけによらず
重労働で大変だったが
それでも穏やかで幸せな毎日だった。


そしてこの日も庭の古くなった枝を取り除き
木を剪定し掃除をしと働いていたら
翔が現れた。


翔の顔色は相変わらず血色が悪く
青白い顔をしていた。


目があったので軽く会釈をし掃除の続きをする。
しかし翔はそこから動こうとせずじっと見つめてくる。
智は何か用があるのかと見つめ返す。


「いや、また追い出されちゃってさ」


智がなんだろうと不思議そうに見つめてきたので
翔はそう言って、照れくさそうに笑った。


翔はそのまましばらく智の仕事を見ていたが
手持ち無沙汰なのか智と同じように
近くにあったほうきを取り出し掃き始めた。


智はびっくりして王子にそんな事はさせられないと
取り上げようとするが翔はなかなか引き下がらない。
智は仕方なく諦め、手を休めるとベンチに座った。


「なんだか邪魔しに来ちゃったみたいだな」


翔は隣に座ると、そう言ってバツが悪そうに笑う。
智は、そんな事はないと首を横に振った。


そんな事が何回か続く。
しかし翔は特に智に何かを話しかけるわけでもなく
ただ一緒に庭の草木や花を見て、しばらくすると
じゃあまたと言って城の中に帰っていく。


智は意味がわからなかったが
翔の行動に合わせ、付き合う。


そんな日々が続いていたが
だんだん翔は慣れてきたのか
ポツリポツリと話を始めた。


最初はぎこちなく昨日読んだ本の話とか
他愛もない話をしていたのが、だんだん
それにも慣れてきたのか世界をまわった時の話
その時の旅の失敗談やその国の面白い風習など
そのどれもが智にとって刺激的で楽しい話だった。
智は目を輝かし話を聞く。


翔と仲良くなったのを知ったマサキもまた
翔が3人兄弟の長男であることや
優しくて家族思いなことや
悲しい出来事が有り無気力状態になり
そのせいで時期王は弟になりそうだということ
など話して聞かせてくれた。











「智はどこから来たの?」

「……」


時々翔は自分が話すだけではなく
智のことも聞いてきた。


智はもちろん答えられないし
また答えられるような内容でもなかったので
聞かれると黙って俯くしかなかった。


「本当に智は謎の人だね?」


翔はそう言って、ふふっと笑う。
智はやっぱり何も言えなくて俯くだけだった。


「俺のことは何か聞いてる?」


翔が聞く。
智は小さく頷いた。


「そっか。怠け者だって言ってた?」


そう翔は自虐的に言って、ふっと笑う。
智はそんなことないとブルブルと首を振る。


「いや、ほんと俺怠け者なんだ。
なんにもしたくないし、できないし、考えられない」


そう言って翔は遠くを見つめた。
智はやっぱり何も言えず、ただその横顔を見つめた。

















「俺、結婚してたんだ」

「……」

「まあ親に無理やり進められてなんだけどね。
政略結婚ってやつ」


ある日、いつものように翔とベンチに座り話をしていると
突然そんな話をしてくる。
智は何でそんな話をしてくるのだろうと
翔の横顔を見つめた。


「だから最初はお互いぎこちなかったし
話もしないしって感じでさ」

「……」

「でもいい子でさ。
おとなしいけどしっかりしてて。
あ~この子と結婚できてよかったなって思ってたの」

「……」


翔はそんな智に気にする風でもなく
話を続ける。


「で、そうこうしているうちに赤ちゃんが生まれてさ。
女の子。
可愛くてね。
もう毎日がバラ色っていうの?
幸せで幸せで」

「……」


そう言ったまま翔は黙ってしまった。
智は黙ったまま、翔のその端正な横顔を見つめる。


「そん時はこの幸せがずっと続くもんだと
疑いもしなかったんだよね」

「……」

「幸せで幸せで。

この子はこのまま
一人で立ち上がる事ができるようになって

話せるようになって
歩けるようになって
遊べるようになって
走れるようになって……」

「……」

「……それがまさか、一瞬にしてなくなってしまうなんて思いもしなかった」

「……」


そう言うと翔は遠くを見つめた。
智はどうしていいか分からず
その姿をただただ見つめた。


そしてマサキが言ってた悲しい出来事
という言葉を思い出していた。


翔には何もかも投げ出してしまいたいくらい
無気力になってしまう悲しい出来事があったのだろう。


でも智にはそれを慰める術も言葉もなく
ただ見つめることしかできなかった。







それからしばらく翔は姿を見せなかった。















この日はマサキは親戚の家に行くということで
小屋には智しかいなかった。


その日の夜、
コンコンとノックの音がするので
扉を開けるとそこには翔が立っていた。
あの日以来久々に見る翔の姿だった。


でもいつもと様子が明らかに違う。
酒臭くかなり酔っている様子だった。


「智?」

「……」


その翔のいつもと様子が明らかに違う姿に不安を覚える。


「相変わらず何も言わないでやんの」

「……」

「なぁ、なんか言えよ、言ってくれよ」

「……」


そう言って壁をどんと叩いた。
酔っている。


怖くなりその場から逃げようとすると
翔が腕を掴む。
智はそれを振り払おうとするが
翔の力が強く振り払うことができない。


怖い、怖い、怖い。


心臓がドキドキしている。


こんな怖い顔の翔を見るのは初めてだった。


ただただこの場から逃げたいその一心で
振り払おうとするが翔の手ががっしりと
腕を掴んでいてできない。


『お願い、離して』


声にならない。


なんでこんな事を。


怖さで身体が縮み上がる。


「なんで逃げようとすんだよ」

「……」


翔はイライラと言葉を投げつけるように言葉を吐く。
智にはただ恐怖しかなかった。


「なんでそんな顔すんの」


いつもの穏やかで優しい翔とは別人だった。
いつもの翔じゃない。
恐怖に智は震える。


『やめて』


翔は智をベッドに投げつけ、乱暴に服を剥ぎとる。


翔の目はいつもの優しい翔の目ではなかった。
















全身の痛みで目が覚めると
もう小屋には朝日が差し込んできていた。


昨日の夜のことを思い出し身体が震える。


それでもなんとか起き上がり服を纏う。
腕を見るとアザが出来ていた。
翔はもうその場にはいなかった。


何で翔はあんなことを。


智にはわからなかった。


ただ怖いのと身体中が痛いのと。


小屋に一人でいるのも昨夜のことを思い出し辛く
全身の痛みが残る中身体を引きずるようにして
海岸に向かい歩いていく。


なんとか海岸にたどり着くと
座って海を眺める。


自分が生まれ育った場所。


しばらく何も考えることができず海を眺めていたら
カズがひょこっと顔を出した。


「どうしたの、そんな辛そうな顔して」


カズが心配そうに聞く。


「……」

「やっぱ人間界は怖いところなんだね?」


智が何も言えないでいると
カズはため息混じりにそう言った。


「もう気が済んだでしょ? こっちに戻っておいでよ」


その言葉に智は首を振った。


「そっか。でも辛くなったらいつでも戻ってきな。
父ちゃんも母ちゃんもみんな待ってるよ」








自分でも何でこんな思いまでして
人間界にいようとするのかよくわからない。


人間界のことはわかった。


確かに人間界にいても辛いことばかりかも知れない。


庭師のマサキはいい人だけど庭仕事はかなりの重労働だ。
しかも話すこともできず足の痛みも慣れたとは言え
まだ続いている。


そしてまた翔に同じような目に合わされるかもしれない。





でも智は戻る気はなかった。