yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

Song for me 3

2016-07-22 19:58:30 | Song for me





暑い。



暑くて、



身体が蕩けてしまいそうだ。





なぜか、今スマホを片手に地図を見ながら住宅街を歩いている。


なぜかこの暑い中、資料を片手に大野さんの家を訪れようとしている。






あれからまた揶揄われはいけないと
大野さんの事は気にしないように、そして見ないようにしていた。
だから大野さんと目が合うこともなかったし、話すこともなかった。


なのに今、なぜか大野さんの家に向かって歩いている。


このくそ暑い中、入力した住所を頼りに
スマホの案内操作に従って大野さんの家に向かっている。
何で自分が大野さんの家に行かなくてはいけないのだろうと
何度も思いながらも案内表示に従って歩いている。






大野さんは3日ほど仕事を休んでいた。
しかももうしばらく休まなくてはいけないらしい。


そんなに体調が悪いってことだろうかと
少し気になっていたら、課長に大野さんの家に
資料を届けてほしいと頼まれた。


……意味わかんない。


体調が悪くて休んでいる人に普通、仕事のものなんて持っていく?
ゆっくり休めないじゃん。鬼か?
そうは思ったが確かに今手掛けているものは
大野さんのセンスと技術が不可欠だ。
そして、それにはここにある資料が不可欠だった。


けど、やっぱり意味わかんない。
しかも設定画面でわからないところがあるらしいから
ついでに見てきてやってほしいという。


……やっぱり意味わかんない。








他にも大勢いるのに何で俺?
せっかく大野さんの事を気にしないように
そして見ないようにしていたのに何の嫌がらせかよと思う。


っていうか体調悪くて休んでいるんじゃねえの?
仕事ができるのならそもそも休んでないで仕事に来てんじゃねえの?
そうは思ったがなぜか大野さんはそういう事が
年に3,4回あるらしかった。


どういうこと?
やっぱり訳わかんない。


そんな事を思いながらも上司命令には逆らえるはずもなく
暑い中案内表示に従って住宅街の中を歩く。
イライラして、ちょっとムカつきながら。











ここだ。


目の前には2階建ての6世帯程が入った綺麗な白い建物があった。
部屋番号を確認しインターホンを鳴らすと
はーいと大野さんの声が聞こえた。


その声にドキッとする。


久々に聞く大野さんの声。
何とも思っていなかったはずなのに
いやそれどころかイライラしてムカついていたはずなのに
大野さんの声を聞いた瞬間、急にドキドキしてくる。


でもドキドキとしているとまた面白がって
揶揄われれてしまうかもしれないと思い
櫻井ですと平静を装いインターホンに向かって答えた。


玄関の扉がゆっくりと開く。


大野さんだ。


その大野さんの姿を見てまたドキッとする。


大野さんは首元が少し開いた黒いTシャツに
足首が少し見える位の少し丈の短いパンツをはいていて
とてもラフな格好だ。
その幼さと大人っぽさの入り混じった姿に
またドキドキした。


そして視線が合うと、なぜか大野さんが
嬉しそうにくすっと笑ったような気がした。
その顔を見てまたドキッとする。








「あの、これ、頼まれていた資料です」

「こんなところまでわざわざ悪いね」

「いえ、頼まれただけなので」


何でこの人にこんなにいちいちドキドキしてしまうのだろうと思う。


「このまますぐに帰るのは暑くて大変でしょ。
少し涼んでいけば? 冷たいお茶位入れるよ?」

「いえ、大丈夫です」

「そう?」


せっかくそう言ってくれたのに
あっさりと断りすぎたせいか何なのか大野さんが一瞬
寂しそうな顔をしたような気がした。


「あ、でも、何か設定で聞きたいことがあるって聞いたのですが…」

「そうなんだよね~もう訳わかんなくなっちゃって」


そう言えば課長に見てやってほしいと言われてたと思い出しそう言うと
大野さんは苦笑いを浮かべながら照れくさそうに笑った。
その照れくさそうに笑う大野さんが
何だか可愛いと思ってしまう。


暑い中こんなところまでこさせられて
ずっとムカついてイライラしていたはずなのに
そのはにかんだような笑顔をみて
すっとその気持ちがなくなっていくような気がした。








「サト…シ」


そんな話をしていたら突然部屋の中の方から声が聞こえた。


「……」

「……」


お互い顔を見合わせる。


その綺麗な顔。
視線が合うとなぜかまた胸がドキッとした。


「……今、子供の声がしませんでしたか?」

「うん、呼んでるみたい。とりあえず入って」

「……え? あ、はい」

「これスリッパ」

「すみません。お、邪魔 します」


呼んでいるみたいって誰が? 
ドキドキしながら大野さんに促されるように部屋の中へと入る。


そこは2LDKというのだろうか。
入ってすぐの部屋にはキッチンとソファとテレビがあって
その奥にもう一つ部屋が見えた。


大野さんがそのままリビングを通り抜け
ずんずんと奥の部屋に入っていく。
なんとなくそのまま一緒にその部屋についていくと
そこには幼稚園くらいの男の子がベッドに寝ていた。












「どうしたの?」


大野さんがその男の子のそばに寄って優しく聞く。


「お水 飲みたい」

「ふふっ喉乾いた?」


男の子が小さな声で言う。
その言葉に大野さんが冷蔵庫から慣れた手つきで
コップに水を注ぎ、もうのど痛くないかな?
と言いながらその男の子にやさしく水を飲ませ始めた。


その子は一体誰?
もしかして大野さんの子供?
頭の中に、はてなマークがたくさん浮かぶ。


「ごめん、適当に座ってて」


聞きたい事が山のようにあった。
けど大野さんが振り返りながらそう言ったので
おとなしくソファに座って待つ事にした。









「待たせちゃってごめん。はい、これ」


しばらくすると大野さんが近づいてきて
冷たいお茶が入ったグラスを手渡してくれる。


「……あ、いただきます」

「ふふっどうぞ」


おずおずとグラスを受け取りながら大野さんの顔を見る。
目の前には大野さんの綺麗な顔。


凄く不思議な気分だった。
今まで大野さんとロクに話をしたことなんてなかった。
話したと言えば課長の送別会の時とその後に一回だけ。


それも大野さんに揶揄われたような事を言われただけ。
その後は何だか無性にイライラしてムカついて
顔も合わせなかったし、ましてや話もしなかった。
ずっとわざと避けていた。


それなのになぜか今、その大野さんの部屋にいる。


何だか気まずいような照れくさいような
でもその反面、大野さんの部屋に二人きりという状況に
(正式にはすぐ隣の部屋に男の子がいるけど)
ドキドキするような夢の中にいるようなそんな変な気分だった。











「あ、あの 男の子は?」

「もう寝たみたい」


大野さんが男の子の眠っている部屋を見つめ答える。


「えっと、そうじゃなくて…」

「え?」

「その、大野さんのお子さんです よね?」

「……え?」

「って当たり前ですよね、一緒に暮らしているんだから。
あ、っていうか奥様は今日はお仕事か何かですか?」

「ふふっ何だか質問攻めだね」


大野さんはおかしそうにふふっと笑う。


「すみません、なんか気になっちゃって」

「ふふっ俺、奥さんなんていないよ。あの子は、姉ちゃんの子」

「え? お姉さんの 子?」

「そう、今は預かってるだけ」

「それって?」


やっぱり頭の中に、はてなマークがたくさん浮かんできて
ついまた質問してしまう。


「ふふまた質問? そんなに知りたい?
っていうか、俺の事ずっと避けてなかった?」

「え?」


バレてた。
って当たり前か。


「図星か…でも、何で?」

「何でって…」


大野さんが図星かと言った瞬間。
大野さんが悲しそうな顔をしたような気がして
何も言えなくなった。


確かに大野さんの事を避けていた。
また揶揄わるんじゃないかと思って見ないようにしていたし
他の場所でも合わないように気を付けていた。


「でも、今日は来てくれたん だ?」

「……上司命令なので」

「そっか。上司命令だもん、ね」


そう言って大野さんはふふっと笑う。
けど、一瞬。
何だか少し寂しそうな顔をした気がした。


「あ、そう言えばわからないところがあるって聞いたのですが?」

「ああ、そうそう」


その大野さんの表情に戸惑ってしまい
どうしていいかわからなくなって
慌てて話題をそらす。








パソコンの前。


二人並んで画面とにらめっこをしている。


横を見ると大野さんの綺麗な横顔。
何だか顔が近くて
そしてその横顔が美しくてまたドキッとする。


でもまた揶揄われてしまうかも知れない。


そう思って


変に意識してしまいそうになる気持ちを


押し殺し画面に向かった。














「今日は、ありがとう」


大野さんが嬉しそうにそう言った。
一つとはいえ年上でましてや男の人なのに
その表情にまたドキっとする。


「……でもまだしばらく休まれると聞いたのですが?」

「もう熱も腫れも引いたんだけど
おたふくだからあと3日出席停止なんだって」

「え? 」


ってことは自分が具合が悪くて休んでいたわけではなく
あの男の子の為に休んでいたってこと?


「だから俺が出勤できるのも週明け」


大野さんが苦笑いを浮かべながらそう言う。


「だって、お姉さんの子供なのに…」

「うん、姉ちゃんの子どもだけど、ね」


思わず疑問に思っていたことを口に出してしまう。
そもそもこの子のお父さんや祖父母だっているはずなのに
大野さんがお姉さんの子にそこまでしなくてはいけないのかと思う。


「……」

「でも、あの子を見れるのは俺だけだから」

「……?」

「姉ちゃんは調子がいい時と悪い時とあって…
だから動けない時は俺が保育園の送迎をしたり
こうして預かったりしてるんだ」


大野さんがまるで自分の考えを読んだみたいにそう言った。



「自分の子でもないのに……」

「まあ、ね」

「大変じゃないですか」

「ふふっ全然。俺一生子供持てない人生だって諦めていたから
こうして一緒にいれることが嬉しいの」

「……一生 子供が持てない 人生?」


大野さんの言う言葉の意味が分からない。


「ふふっわからないでしょ?」


あまりにもびっくりした顔をしていたせいか
大野さんは、そう言ってふふっと笑う。


もしかしてまた揶揄われているのだろうか。


大野さんの真意が全然わからない。


「普通の人生を歩んできて、そのまま普通の人生を歩んでいく人には
きっとわからないよね」

「……」


そう言って大野さんはまたふふっと笑った。










「こないだ一緒にいた綺麗な人は恋人?」

「え?」


戸惑っていると大野さんが突然そう聞いてくる。


「きっとその人と結婚して家庭をもって
そして家族となっていくんだろうね、当たり前のように」

「……」


やっぱり意味が分からなかった。
やっぱりまた揶揄われているのだろうか?


「ふふっ幸せだね」

「……」

「今日はありがとね、おかげで内職もはかどる」



意味が理解できなくて何も言えないでいると
大野さんはそう言って笑った。









外は、まだ暑い


今日はそのまま直帰していいと言われている。
彼女に食事でも一緒にしようと連絡した。


彼女と会うと相変わらず彼女は結婚を匂わせてくる。
まぁ当たり前なんだろうな。


このままきっとこの彼女と結婚する。


それが、レールの上の人生。


普通に大学を卒業して
就職して
結婚して
家庭を作って


それが当たり前の人生で
幸せな人生なんだろうなと思う。


燃え上がるような恋なんかじゃないけど
会えなくて辛くて苦しいとかないけど
胸が苦しくて眠れないとかないけど。


胸が締め付けられるような思いとか
心臓をわしづかみにされるような思いとか
胸をえぐられるような思いとか
そういう思いはしたことないけど
でもそんなもんじゃないだろかと思う。






彼女と食事をしながら大野さんの事を考えていた。


大野さんの言った言葉の意味はどういう意味だろう、と。


何か、深い意味があるのではないかと


そういう気がしている。


でも、その意味が


今はまだわからない。









来週には



大野さんが出勤してくる。





Song for me 2

2016-07-13 20:31:30 | Song for me





決められたレールの上を走ってる。


きっと


これからも


決められたレールの上を走っていく。







今付き合っている彼女は大学の同級生だ。
2年前、偶然仕事の取引先で出会って
そのまま交際が始まった。


お互い26歳。
誕生日が来ると27歳になる。


そろそろ適齢期と言われるような年になって
彼女は結婚という二文字の空気を
惜しみなくバンバンと出してくる。


彼女には彼女の人生設計があるのだろう。
それをひしひしと感じながらもなぜか進めない。
学生時代は30歳くらいまでには結婚をして
家も買って、そして子供もいるだろうと漠然と思っていた。


でも、実際にその年齢に近づいてくると何か違う。
それは彼女が悪いわけでもなんでもない。
自分の気持ちが、心が、違うと訴えてくる。


同じ大学の同級生だった彼女。
家柄的にも性格的にも申し分なく家庭的で
親も大賛成してくれるだろう。


でも、心が違うと訴える。


決められたレールの上。
そしてレールの先にある人生。
それが彼女と歩む道で間違いないはずなのに
進めない何かがあって進む事が出来ない。


でもその何かが分からなくて
彼女からの結婚話をやんわりとかわす。
そのままレールの上を走っていけばいいだけの話なのに
なぜか立ち止まったまま動けないでいる。









「最近、上の空じゃない?」

「……え、そう?」


彼女が心配そうに聞く。


「そうだよ。全然、話、真剣に聞いてくれないし」

「そんな事ないよ」


彼女に安心するように笑いかける。


「そんな事なくないよ、何か会社で悩みでもあるの?」

「え? ないよ、ない」


でも、果たしてそれは正解なのだろうか?


そんなことを思いながら彼女の顔を見つめると
彼女は安心したようにニコッと笑った。



やっぱり



何かが違うと心が訴える。












順調な人生。


一流と言われる大学を卒業し
希望する仕事にも就いた。
忙しくも充実した毎日。


隣には綺麗な彼女もいて
将来はきっと周りが羨むような
素晴らしい人生が待っている。


ちゃんと、決められたレールの上を走っている。
後ろを振り向く事もなくただ前だけを向いて
何の躊躇いもなくレールの上を走っている。







「……」




何の、躊躇いもなく?







「人生に悩んでる顔してる」


ふいにそう言われて振り向くと
そこには大野さんがいた。


「……!」


大野さん?
何で大野さんがここに?
っていうか、今大野さんに話しかけられたのだろうか?
それさえも分からなくなって思わず二度見する。


大野さんとは同じ部署で働いているとはいえ
話すのはあの送別会の日以来だった。
もともと専門分野が違う大野さんとはあまり接点もなく
今までも話したことはなかった。


だからあまりにも驚いた顔をして見てしまったせいなのか
視線が合うと大野さんはおかしそうにくすっと笑った。


でも昼時でフロアにあまり人がいない状態だったとはいえ
わざわざ自分のところに来て話しかけたのかと思うと
何だか信じられなかった。








「茨の道に進もうかどうしようか悩んでる?」

「……え?」


茨の道? 


茨の道ってどういう意味だろうか?
まさか彼女と進もうとしている道が茨の道とでもいうのだろうか。
意味が分からなくて大野さんの顔を見ると
大野さんはいたずらっ子みたいな顔でくすっと笑った。


もしかしてまた揶揄われているのかも知れない。


あの日も。


あの送別会の時も揶揄われたような気がしていた。


初めて大野さんと二人きりで話した日。


凄く緊張して何を言っていいかもわからなくなるくらい
頭の中が真っ白になったのに大野さんは全然余裕で
課長が膝の上に手を置いてきて重いんだよねぇと
驚くような事を言って平然と笑っていた。


その言葉にもびっくりだったのに





突然。









大野さんがじっと見つめてきて
そして顔を至近距離まで近づけてきた。
え? と驚いて固まったままでいると
大野さんは耳元に顔を近づけてささやいた。


あの時はびっくりして心臓が止まるかと思った。
そして驚いて何も言えず立ち尽くすだけの自分に
大野さんはふふって笑って
そのまま何事もなかったかのように行ってしまった。


突然の事に呆然として
胸がドキドキして
顔が真っ赤になって
しばらくその場から動けなくて立ち尽くしていた。


でも何とか平静を取り戻して会場に戻ると
大野さんと視線が合った。
大野さんは何事もなかったみたいにふふっと笑った。
そしていつの間にかその姿はなくなっていた。


その後も仕事場でも気になってつい大野さんに
視線を送ってしまうのだけど
大野さんは全然気にしていないようで
たまに視線が重なってもすぐかわされてしまっていた。


だからきっと気にしているのは自分だけで
自分の反応を見てただ面白がっていただけなのだと
そう思っていた。










「別に、悩んでなんていません」


「ふふっそうなんだ?」


だからまた戸惑うようなことを言って
自分の反応を見て面白がっているだけなんだと
むっとしながら答えると大野さんは、
気にすることなくそう言ってくすっと笑うと行ってしまった。


その姿を見つめながらやっぱりまた揶揄われたのだと思った。


あの後何だか大野さんの存在が気になり
気付くと大野さんの事を見つめてしまっていた。
そして大野さんもきっとその視線に気づいていたのだろう。


だからまた面白がって話しかけてきたのだろう。
何だかそう思うとむかむかしてくる。


もう大野さんの事は見ないようにしよう。
気にしているからかえって面白がって揶揄われるのだ。


大野さんの事は気にしないし、見ない。


そう、心に固く決意した。








大野さんの事は何も知らない。
ただデザイン系の学校を卒業しずっとここの部署で働いていて
2年前から家庭の事情で契約社員に変わったという事だけしか知らない。
その家庭の事情が何なのかも大野さんがどういう人なのかも
何も知らない。


ただ、契約社員に変わってもその類まれなる才能を発揮し続け
他の社員からも信頼を得、人間的にも好かれているという事だけ。


全然愛想もよくないし自分から話しかけることもしないし
淡々と仕事をこなしているだけなのに
なぜか自然と人が寄って来て
いつも誰かから守られているような
そんな不思議な人という事だけ。




大野さんの事は気にしないようにしようと
心に固く決心していたはずなのにいつの間にか
また大野さんの事を考えていて見ていたらしい。


視線に気付いた大野さんが大野さんがこちらを見る。
いつもだったらすぐにそらされるその視線。



でも



今日は、違う。



なぜか



大野さんはそのまま視線をそらすこともせず



自分の事を見つめたまま




その美しい顔でふっと笑った。



Song for me 1

2016-07-05 20:06:10 | Song for me





順調な毎日。




ずっと決められたレールの上を走ってきた。


それなりの家に生まれて


それなりの生活を送ってきた


そして、それなりの大学を出て


それなりの会社に就職した。





そして、多分


これからもレールの上を走っていく。


一歩も足を踏み外す事もなく、ただ前だけを向いて。


少しは遊んだり、はめを外したりもしたけど


でも、未来はきっと決まっている。






それなりの人と結婚して


それなりの家族を作り上げていって


それなりの生活を送っていく。




決められたレールの上の人生。




そんな人生。



もしかして



つまらない?



それは、本当の自分?




→Yes

→No














あれ? 珍しく出席してるんだ?





今日は課長である如月さんの送別会。


そこには、いつもいないはずのその人の姿があった。








ここの部署に異動になって半年余り。
でも、こういう場で大野さんの姿を見るのは初めてだった。


今回異動になる課長である如月さんは大野さんの事を
入社当時から特別に目をかけていたらしい。
確かに大野さんの発想力と想像力は
他の人とはまた違った観点があって
その才能はずば抜けていた。


だけど2年前から家庭の事情で残業ができなくなり
本人の希望で、正社員から契約社員に変わったという事だった。
そしてそのせいかどうなのかわからないけど
大野さんはこういう送別会などで見かけることはほとんどなかった。
だから大野さんがここにいる事に驚く。


そして大野さんの隣にはなぜか上座に座っていた如月課長が
隣にきていて異動したくないと愚痴っているようだった。
それを大野さんが慰めながら励ましている。
その姿を見ながらどっちが上司か何だかわかんねえな
なんて思いながらその姿を見つめた。











送別会は和やかにすすんでいた。
一通りのあいさつが終わり飲み物が次々と運ばれてくる。
そして食事は創作料理やという名にふさわしく
趣向を凝らした料理が並んでいく。


そして若いのだからとあちらこちらから酒を勧められる。
それを適当にかわしながらも胃の中は
どんどんビールで一杯になっていった。
だからちょっと一休みとトイレに避難する。


ふうっと大きくため息をつき部屋に入ると
そこには一人の先客がいた。


大野さんだ。


さっきまで如月課長にしつこく絡まれていたようだったけど
大丈夫だったのだろうか。
一つ違いの大野さんも大変だな、
なんて思いながらその姿を見つめる。


他には誰もいない。
大野さんは自分に気付かず手を洗っている。
外では大きな笑い声や談笑する声が響いていた。
ここの空間とはまるで別世界のよう。


そう言えば今までじっくりと大野さんの事を
見た事なかったなと思いながらその姿を見つめた。
その姿を見つめながらこんな事男の人にもうなんて思うのは
変かも知れないけど綺麗な顔をしているなと思う。


そしていつまでたっても動かずドアのところに
立ち止まって見ていたせいか
大野さんが不思議そうな顔をしてこちらを見た。











「……」

「……」


急に視線を向けられドキッとする。
無言でずっと見つめていたから
不審に思われたのかも知れない。


「珍しいですね?」

「……え?」

「……」


だから慌ててそう言って大野さんに話しかけた。
大野さんが不思議そうな顔をしたまま
真っ直ぐな視線で見つめてくる。
その真っ直ぐ見つめられる視線に頭の中が真っ白になり
何も言えなくなった。


まだ自分自身この部署に配属になって半年ということもあり
大野さんと二人で話すのはこの時が初めてだった。
いや、それより何よりこうして二人きりになるのも
初めてだった。


普段大野さんはこういう会に出席することはなかったし
仕事場でもお昼は一人でゆっくりしたいという人だったから
一緒にご飯さえ食べた事もなかった。


同じ部署内でもデザイン専門の大野さんとは
チームで一緒になることはあっても出先も別で
二人になる事は全くなく、また定時びったりに帰る大野さんとは
帰りが一緒になるということもなかった。
だから何だか無性に緊張してしまう。


だったらなぜ自分から話しかけたのかと言われてしまいそうだけど
でも、自分でもよくわからないけど
ずっと話してみたかったのだと思う。


無口で自分から話しかけるような人ではないけど
周りがなぜか構いたくなるタイプというのだろうか。
なぜか放っておけなくていつも誰かしらが
そばに寄ってきては話しかけられていた人。


ずっとそれが不思議だったけど大野さんを見て
何だかわかるような気がした。


「こういう場にいらっしゃるなんて、珍しいですね?」

「まぁ、お世話になった人だからね」


ドキドキしながら大野さんに話しかける。
緊張しているのが伝わったのか大野さんは
部屋に戻ろうとする足を止めてそう言ってくすっと笑った。
その笑った顔が何だか可愛らしいなと思う。


「随分、絡まれていたみたいですけど大丈夫ですか?」

「ふふっ大丈夫」


そう言って大野さんは苦笑いを浮かべた。


「如月課長、大野さんの事が本当に好きなんですね…」

「……」


やっぱり如月課長のお相手をするのは大変だったのかなと
その顔を見て同情さえ感じる。


「あ、いや、すみません」

「……?」


変な事を言ってしまったかなと、慌てて説明しようとするけど
何と言っていいかわからなくなってきて言葉に詰まる。


「あの、変な意味じゃなくって、人としてというか。
いや人としてっていうのもおかしいか。えっと何て言うか…」

「ふふっ」


テンパってるのが分かったのか
大野さんがおかしそうにふふっと可愛らしく笑った。









「すみません、なんか変な事言って」

「ううん。如月課長俺の事好きみたい。
さっきもお前も一緒に来いって言われて泣かれちゃった」


そう言って大野さんはクスリと笑う。


「ええ? マジですか?」


あの如月課長が?
鬼よりも厳しいと噂されている如月課長が
見つめられると石にされてしまうという
如月課長が、泣いた?


「今日なんてずっと俺の隣から離れないしね~」

「そうですよね」


その言葉に信じられないような気持でいると大野さんがそう言ってくる。
確かに、最初上座にいたはずなのにいつの間にか大野さんの隣に来て
それからずっと大野さんの隣を陣取っていた。


「それに酔っぱらってんのかず~っと腿に手ぇ置かれちゃってて
重いんだよねぇ」

「ええ? そうなんですか?」


っていうか重いとかそんな事言ってる場合じゃないんだけど
と思いながら大野さんを見るとくすくすおかしそうに笑っていた。


「そう。それに~」

「……?」

「こんな風に話ししてくるし、ね」

「……!」


そして、突然大野さんが30㎝位前まで顔を近づけてきて
耳元でそう言って、ふふって笑った。
急に目の前に大野さんの顔がドアップになって
驚いて思わずゴクリとつばを飲み込んだ。


そのまま呆然となって立ち尽くしていると
大野さんはいたずらっ子みたいな顔をして
ふふって笑ってそのまま行ってしまった。


今のは一体何だったのだろうか?


如月課長の事であまりにも驚いていたから
揶揄われただけだろうか。


大野さんの事が全く分からなかった。


トイレから戻ると相変わらず如月さんは相変わらず
大野さんの隣を陣取っていて何だかお互い距離が近い。
そしてもどってきた自分に気付くと
大野さんはふっと笑いかける。
その姿を見てまたドキッとした。









それからの事はあまり記憶がない。


大野さんの言った言葉が


近づいてきた大野さんの綺麗な顔が


思い出されては消し


思い出されては消し


ずっと頭の中でぐるぐると回っている。









もう他の人の話なんて耳に入らない。


酒を飲んでいるふりをして


話をするふりをして


ずっと


大野さんの事を見ていた。






そして


トイレに行っている間に


いつの間にか大野さんの姿は




なくなっていた。