yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

Song for me 10 完

2016-11-11 22:14:30 | Song for me




大野さんが望んだ以前のような関係になる。
特に仕事で絡みがなければ挨拶くらいで話をしない。
視線が合う事もない。


例え何かの拍子に偶然あったとしてもすぐにそらされる。
それはまるで赤の他人の様に。


他の同僚たちとは仲良く談笑しているのに
自分と大野さんの間には大きな壁があって
それはどんな壁よりも高くて厚い壁。


高山さんは相変わらず嬉しそうに大野さんのもとに行き
不必要なくらいの近距離で楽しそうに笑い、話している。


それを横目で見ながら何事もなかったかのように仕事をし
そして何事もなかったかのように仕事を終わらせ家へと帰る。
そして家に帰ると誰もいない部屋でコンビニで買った弁当を
ビール片手にただお腹を満たすためだけに食べる。



そんな毎日。










あの日。



あまりにも大野さんが必死に頼むからわかりましたと言うしかなかった。
大野さんがあまりにも真剣に頭を下げるから受け入れるしかなかった。



でも。



今日も帰る途中でテイクアウトした食事を食べながら
ビールを一缶、また一缶とあける。
誰か他の人と付き合えばいいのだろうけど
どんな綺麗な人に言い寄られても心は凍ったまま。


そして決してこちらをみようとはしない大野さんを見てまた心が沈む。
その美しい顔を見るだけで胸が締め付けられる。
その姿を見つめただけで心がえぐられるような気持になる。
何をしても心にぽっかりと穴が開いたまま何もできずにいる。


なぜあの時、大野さんがあんな風に自分に伝えたのか。
大野さんの言った本当の言葉の意味が分かってはいなかった。











この日は朝から何だか熱っぽかった。
最近寒暖の差が激しかったせいか風邪でもひいたのだろうか。
だるくて何もしたくない。体温を計ったら38度ある。


身体が思うように動かず何もできない。
食事を買いに行くこともできず
買ってあったミネラルウォーターももうすぐ底をつきそうだ。


大野さんもあの時こんな感じだったのかなと思う。
思うように身体が動かなくて辛くて。


でも何よりも辛かったのはカズナリくんの事だったのだろうと思う。
遊んであげたくても遊んであげられなくて
お世話をしてあげたくてもどうにもならなくて
誰かを頼りたくても頼れなくて。
だから自分が何とかしたいと思ったけど、でもそれも拒否されてしまった。






「言われたもの買ってきたよ」


そんな事をベッドに入りながら考えていたら妹がやってきた。


「悪いな、お金そこにあるから持っていって。カギは開けといていいから」


そう言ってベッドの中から顔だけを出し声をかける。


「……」

「……ん?」

「……」

「……?」


マイが黙ったまま何か言いたげな顔をした。


「病人に今こんな事言うのは非情かもしれないけどさ…」

「うん?」


そして言いにくそうに口を開いた。


「もう、こういう事するの、これが最後だと思う」

「え?」


その言葉に意味が分からず聞き返す。


「だって、私、来月結婚するんだよ?」

「知ってる」


マイが結婚することはもう1年も前から聞いていた。


「だったら普通無理だってわかるでしょ?」

「へ?」

「当たり前でしょ? 今まではできていたけど結婚して、ましてや子供とかできたら絶対無理だから」

「そんなぁ」

「そんなぁって、普通は婚約者がいる時点で遠慮するものなんだけど…」


そう、マイは困惑しながら言った。
そう言えば大野さんもそんなようなことを言っていたっけ。
家の事で協力したいって言ったらそんなのは無理に決まっていると。
家庭が第一になって他の家の事なんて構っていられなくなると。
家庭を持つってそう言う事だと。


「……」

「お兄ちゃんてそう言うところほんと鈍いよね」


そう、マイは呆れた顔をして言った。














マイが帰ってからマイに言われていたことを考えていた。
そして大野さんから言われたことを考えていた。


何で? 何で? と何度も問いかけ思い悩みながらも理解しようとしていなかった。
大野さんの言った言葉の真意がわからなかった。
でも今はなぜ大野さんがああ言ったのか。言わざるをえなかったのかわかる気がする。


決められたレールの上。
普通に誰かと出会って、恋をして普通に結婚して、普通に家庭生活を送る。
それがずっと自分が思い描いていた人生で
自分自身そういう人生を送るものだとずっと思っていた。
大野さんもきっとそう思っていたのだろう。





だから。





大野さんには仕事が終わったら家に行くと伝えた。
玄関でいいから会ってほしいと言った。
大野さんは相変わらず居心地の悪そうな顔をして戸惑っていたけど
今日だけどうしても話したいことがあるからとお願いした。




仕事が終わって大野さんの家に向かう。
ドキドキしながらインターホンをならす。


今までも何度か来たこの家。
ずっとこの家の優しい空気が好きだった。
そしてこの中に自分も入りたいとずっと思っていた。
だからもうここの家に来れないとわかった時は辛かった。






「夜分遅くにすみません。でもどうしても伝えたいことがあって」


そう言うと、大野さんがまた居心地の悪そうな顔をした。
そしてその居心地の悪そうな顔にいつも負けてしまって何も言えないでいた。
何で何でと思いながらその表情の意味を理解しようともしていなかった。


「俺、あの時大野さんの言った意味を考えていました」

「……」

「どういう意味か分からなくて、あの時は了承するしかなかったんです」

「……」


大野さんが戸惑いの表情を浮かべながら見つめる。


「でも、俺大野さんとずっと一緒に生きていきたいんです」

「……」


大野さんの目が大きく開く。


「大野さんと、カズナリくんと3人で一緒にずっと生きていきたいんです」

「……何だか」

「……?」

「何だか、プロポーズみたいな事言ってるけど…」


大野さんが困惑した顔を浮かべそう言った。


「ははっそうですね。でもずっと考えてました。
ずっと自分自身でも普通に結婚して普通に生きていくものだとそう思っていました。でも…」

「……」


そう言うと、大野さんの瞳が揺れる。


「でもそれだと意味がないんです。大野さんとカズナリくんと一緒じゃないと俺自身が幸せじゃないんです」

「……」

「……俺、夢をみたんです」

「……夢?」


その言葉に大野さんが怪訝そうな表情を浮かべた。









「大野さんが前カズナリくんに読んでいた、ちいさいおうちって絵本の夢です」

「……?」

「そのちいさいおうちの中で3人で仲良く暮らしている夢を見て、
それが現実になればいいなって、毎日そういう生活が送れたらいいなって、ずっと思っていました」

「……また俺の想像の斜め上をいく事を言う」


そう言うと大野さんがおかしそうにくすっと笑った。
確かに絵本の話が夢の話になるなんておかしな話かもしれない。


「……大野さんは、ダメですか?」

「え?」

「俺は、大野さんの事好きです」

「俺、男だけど…」


大野さんが戸惑うようにそう言った。


「知っています」

「それに、今まで人を好きになったことなんてないし…」

「はい、それも前聞きました」

「それに」

「……」

「もし、そうなったら茨の道だよ?」


そう言えば前にも一度言われたことがあった。
あの時はただ単に揶揄われたのだとばかり思っていた。


「……それ前にも言ってましたね?」

「……」

「なぜあの時大野さんがそう言ったのか、ずっと聞きたいと思っていました」

「……何でかな? 多分、櫻井はふつーにエリート人生を歩んで行ける人なのに
なぜだかそんな予感があったのかな」


そう言って大野さんが笑う。


「でも、茨の道でもいいんです」

「……」

「俺は大野さんがいいんです」

「……カズもいるよ」

「わかっています。それに俺、カズナリくんの事も凄く好きなんです。
公園で一緒に遊ぶのも、何気ない会話をするのも」

「ふふっへんなの」

「ははっそうですね」


そう言いながらも大野さんは嬉しそうだ。
大野さんが凄くカズナリくんの事を考えているのがよくわかる。


「でもカズも櫻井の事好きみたい。ずっと櫻井はいつ来てくれるんだってうるさくてさ」

「マジで?」


その言葉が何だか無性に嬉しかった。


「あまりにもしょおくんにあいたいあいたいって言うからさ、何だか妬ける」


そう言って大野さんは苦笑いを浮かべる。


「俺、13歳下に弟がいるんで、多分そのせいかも」

「13歳?」


大野さんがびっくりした顔で大きく目を開く。


「そうなんですよ。実家にいる頃よく相手をさせられていたんで」

「だからか~子供の扱いがやけに上手だと思った」


そう言って二人で顔を見合わせるとふふっと笑った。
その大野さんの笑顔を見ると何だか幸せな気分になる。







大野さんに向かって手を差し出すと
大野さんが少し躊躇いながら
同じように手を差し出した。


その手をぎゅっと握る。


「俺、大野さんが抱きついてくれた時、すごく嬉しかったんです」


そう言うと大野さんが照れくさそうに俯いた。
その大野さんを見つめながら大きく大野さんに向かって腕を広げた。
大野さんが少しびっくりした表情で顔を上げる。


でも


大野さんは少し躊躇いながらもゆっくりと身体を近づけてきた。
その近づいてきた身体を自分の方へ引き寄せぎゅっと力強く抱きしめた。


「あの時、本当はこうやって抱きしめたかったんです」


胸がドキドキしている。


「……!」

「ずっと俺が一緒にいるから大丈夫だと、そう言いたかったんです」

「……」


そう言うと顔を上げた大野さんの瞳が揺れた。
大野さんに向かって頷いて見せると大野さんの腕が
躊躇いながらもゆっくりと背中に回ってくる。


「大野さんが好きです。ずっと俺と一緒にいて下さい」

「……」


大野さんが腕の力を弱めゆっくりと身体を離し
そして顔を少し上に上げ見つめる。


「……」

「……」

「……俺も好き」


そして大野さんが躊躇いながら俺も好きだと言った。


「でも大野さんは人を好きになる事なんてないって…」


その言葉が信じられなくて半信半疑のままそう言うと
大野さんがぶるぶると首を横に振る。


「好きになってしまったから、もう、離れるしかないと思った」

「……!」


大野さんはそう言って瞳を揺らす。
ずっと避けられていたその視線。
その瞳には自分自身の顔が映っている。
その華奢な身体をぎゅっと強く抱きしめた。


そして強くその身体を抱きしめながら大野さんの言った言葉の意味を
あの時大野さんがなぜああ言わざるを得なかったのか考えていた。



だから、大野さんは。








しばらく抱きしめてからゆっくりとその身体を離す。
視線と視線が合う。
そのままそっと手を伸ばしその頬を手で包み込んだ。


大野さんがじっと見つめる。
その瞳に吸い寄せられるようにゆっくりと唇と唇を近づけていく。
そしてそのままその綺麗な唇に自身の唇をそっと重ねた。


唇が離れると大野さんが頬を染め照れくさそうに俯く。
もう一度その頬を包み込みその綺麗な顔を優しく上げた。
目が合うと二人で一緒にふふっと笑った。
嬉しくて、幸せだった。


頬を包み込んだまままたその唇に唇を重ねる。
ドキドキが止まらない。
ずっと諦めるしかないと思っていた。
こんな風に大野さんと過ごせるなんて思わなかった。



そう思いながらそのまま深いキスをした。
そしてまた好きだと言うと大野さんが見つめてくる。
その綺麗な顔に向かって顔を近づけるともう一度その唇にチュッとキスをした。


唇が離れると大野さんが照れくさそうに俺もと言って俯く。
可愛いなと思った。いつもの余裕のある大野さんとは全然違う。
避けられていた時の大野さんとも違う。
幸せだと思った。その身体を思う存分ぎゅっと力強く抱きしめた。


ずっと決められたレールの上の人生を歩んでいくものだと思っていた。


それなりの人と結婚して
それなりの家庭を作り上げていって
それなりの生活を送っていくと、ずっとそう思っていた。



でも



それは、本当の自分?


それが、本当の幸せ?




 yes

→ no








おわり。

Song for me 9

2016-11-01 19:24:50 | Song for me






あの日から大野さんが変わった。



何となくよそよそしいというか、どことなく避けられているというか



距離を感じるというか。



大野さんの自分に対する何かが変わってしまった。



以前は視線が合えばニコッと笑ってくれたのに今は視線さえ合わない。








「大野さん…」

「……」


仕事を終わらせ帰ろうとする大野さんに話しかける。
でも振りむいた顔は以前の大野さんとはまるで違う。
どこか居心地の悪そうな表情をしていて
早くこの場から去りたいというのがありありとわかる。


「……いえ、何でもないです」

「……うん」


だからその表情に何も言えなくなって口を噤む。


勇気を出して今度はいつ家に遊びに行っていいかと聞いた事もある。
でも予定があるからと即座に断られてしまった。



もう野菜不足になったらおいでと言って笑っていた
大野さんはどこにもいない。




一体なぜ?




あの優しい空間が好きだった。
優しい光が差し込むあの部屋で3人でのんびりと食事をしたり、
カズナリくんが眠った後に二人でまったりと酒を飲むのが好きだった。
でももうあんな風に優しい空気を感じながら過ごすことはできないのか。
そう思うと寂しくて仕方がなかった。



あの日から何もかもが変わってしまった。







あの日。






あの日、しばらく仕事を休んでいる大野さんを心配して家を訪れた。
てっきりカズナリくんの具合が悪くて休んでいるものだと思ったら
体調の悪いのはカズナリくんではなく大野さんだった。


部屋の中は珍しく散らかっていてキッチンもぐちゃぐちゃだった。
その顔色からもかなり大野さんの具合は悪いのだと思った。
だから小さい子もいて身体も思うように動かない大野さんの
変わりに何とかしたいと思った。


自分のできる範囲で大野さんの負担が少しでも軽くなればと思った。
買い物に行ったり、ご飯を作ったり、片づけをしたり
暇そうにしているカズナリくんの相手をしたり。


そして翌朝。


そのままカズナリくんと添い寝したまま眠ってしまった自分のそばには
大野さんがいて、カズナリくんの事をどうしようかと思っていたと、
そしてありがとうと言って泣きそうな顔で胸に顔をうずめた。


帰る時には大野さんは本当に助かったとお礼を言ってくれた。
そして大切な休みを潰す事になってしまって申し訳なかったと謝った。
だからそれは自分の勝手にやったことなので気にしないでくださいと伝えた。




でも。




大野さんを見る。


大野さんは決して視線を合わそうとはしない。
以前は視線を感じると目を合わせてくれてニコッと笑ってくれたのに今は違う。
他の人に接する態度は以前と全く変わらないのに自分だけには違う。
もう前みたいに話をすることさえできない。


なぜ?


その大野さんのその姿に胸が苦しくなる。


彼女と喧嘩をしても、別れても、こんなに心が苦しくなるなんてことはなかった。


でも今は大野さんの姿を見るだけで苦しい。




図々しかったのだろうか。
大きなお世話だったのだろうか。
強引すぎたのだろうか。
大野さんの気持ちも考えずやり過ぎてしまったのだろうか。
良かれと思ってやったことは単なる自己満足にすぎなかったのか。
頭の中でそんな思いが頭の中をグルグルと回る。


そんな自己嫌悪の日が何日も何日も続く。


相変わらず大野さんとは視線も合わない。
話しかけてもやっぱり居心地の悪そうな顔をして
その場からすぐに去ろうとする。



何で? 何で? と心が悲鳴を上げる。


その大野さんの姿が苦しい。


胸が苦しくてたまらない。


ただの同僚だったはずなのに。


それまで話したことさえなかったのに


今はこの状態が苦しくて仕方がない。

















「大野さん…」

「……」

「……」

「……」


思い切って話しかけると大野さんの表情が曇る。
その表情に何も言えなくなる。


「……」

「……」


大野さんは居心地の悪そうな顔をして顔をそむける。
いつもこの表情に負けて何も言えなくなっていた。


大野さんが何とかこの二人の状況から早く逃れたいというのが
ありありとわかるから、その後の言葉が続かず何も言えなかった。







でも。






大野さんが変わってしまった訳を知りたかった。
もし自分の行動が図々しすぎたというのなら謝りたい。
大野さんの気持ちも考えず土足でずかずかと家に入り込んでしまったことを
怒っているのならその非礼を詫びたい。


そして、もしかして自分の休みを潰してしまった事を申し訳なく思って
気にしているのだとしたら気にしないでくださいと伝えたい。





そして。



もしかして



もしかして、男の自分に抱きついてしまった事を照れくさく思い
避けてしまっているのだとしたら…



って、そんな事ある訳ないだろうけど…。



でも、もしそうなら、嬉しかったというのも変かも知れないけど



その正直な気持ちを伝えたい。







あの日。



大野さんが、カズの事どうしようかと思ったと言って
泣きそうな顔で胸に顔をうずめた時。




あの瞬間。




困惑しながらも、その胸に顔をうずめる大野さんの存在が
儚げで守ってあげたいと思った。
胸がドキドキしながらも、嬉しかった。
そしてその華奢な身体を、自分が一緒にいるから大丈夫だよと言って
思いっきり抱きしめたかった。



自分が大野さんの事がこんなにも好きだとわかった。




だから




だからこんなに苦しいのだ。


だから、こんな風に大野さんに避けられるこの状況が辛いのだ。


こんな思いをしたこと今までない。








「……」

「……」


大野さんは俯いたまま視線を合わそうとしない。
いつもはその居心地の悪そうな顔に負けてしまって
話を終わらせてしまっていたけど拳をぎゅっと握って
大野さんを見つめた。


「……あの、すみませんでした」

「……」


大野さんは居心地の悪そうな顔をしたままゆっくりと顔を上げた。


「俺、大野さんに気持ちを考えず図々しく
勝手に土足で入り込むような真似をしてしまって…」

「……っ違う」


謝ろうとするとそれを遮るように大野さんが違うと首を振った。


「……」

「……」


違う?


「……え?」

「……何でもない」


意味が分からず聞き返すと大野さんは
何でもないと小さな声で言って首を振った。


「違うって、どういう意味ですか?」

「……」


大野さんは、首を振るだけでそれ以上は答えない。


「……でも、答えてくれなくてもいいです」

「……」

「俺…」

「俺、また大野さんと前みたいな関係になりたいから、これから毎日謝りに来ます」

「……!」


そう言うと、大野さんの目が大きく開いた。


「だって、大野さんの事が好きだから」

「……好 き?」


大野さんが大きく目を開いたままびっくりした顔で聞き返す。


「はい、大野さんの事が好きです。
それにカズナリくんの事も、あの部屋の雰囲気も。みんな好きなんです」

「……」

「だから、これからも何度だって謝りに来ます」


その言葉に大野さんがじっと何かを考えるような顔をした。







そして



大野さんが



今日、食事を作って待っているから家に来てと



そう言った。


















仕事を何とか終わらせ大野さんの家に行くと
もう時計は10時を回っていた。
カズナリくんはすでに夢の中だ。


テーブルには夜食が準備されていてどうぞと箸を手渡される。
それをありがたくいただく。
大野さんはカズナリくんと既にすましたみたいで用意されていたのは
自分の分だけだった。









「……」

「……」

「……本当はカズ、施設に行く事になっていたんだ」

「カズナリくんが、施設に?」


いただきますと言ってご飯を食べ始めると
大野さんがビールを飲みながらぽつりぽつりと話し出した。
でもその内容に思わず箸が止まる。


「そう。姉ちゃんが離婚する時、姉ちゃん、精神状態がかなり悪くなってて…」

「……」


確か前にそう聞いた事があった。


「でも姉ちゃんの旦那さんだった人も子供嫌いな人だったし
うちも父ちゃんが5年前に脳梗塞で左半身が麻痺してて
母ちゃんはその介護で忙しかったから、
もう施設に預けるしかないって話になって…」


そう言うと大野さんがビールをごくっと飲んだ。


「そんな…」


その言葉に絶句する。信じられなかった。
確かに子供を育てるのは並大抵ではないだろう。
でもだからって施設って…?







「でも俺が嫌だって言ったの。俺が責任もってカズは面倒見るから
施設には預けないでくれって頼んで…」

「……」

「だから休みも取れるように契約社員になって、保育園の送り迎えもできるようにして…」

「……」


だんだん自分の中で、点と点が線でつながっていく。


「カズのために食事を作って、洗濯をして、保育園の行事があればそれに参加して
病気の時は仕事を休んで看病して…」

「本当に、尊敬します」


初めてここの家に来た時、あまりの大野さんの手際の良さに
びっくりした事を思い出す。


「だから自分でも、できる、できてるって、そう思ってた」


そう言うと大野さんの表情が曇った。










「……十分できていたと思います」


仕事をしながら、ましてや自分の子供でもないのに
一人で何もかもやって凄いなと思っていた。


「でも、違った」

「……え?」

「あの時、全然どうにもならなかった」


あの時というのはきっと大野さんが体調を崩したときの事なのだろう。
大野さんはその言葉に首を振りながらこたえる。


「一生懸命やってたじゃないですか、ご飯だってちゃんと作ってたし」


あのキッチンの状況から大野さんが体調が悪くても
何とか食事だけは作っていたという事はわかる。


「でも外にも出してあげられなくて、大好きな保育園にも
俺のせいで連れて行ってあげられなくて」

「……あの状況なら仕方がなかったと思います」

「……」


大野さんは自分自身に納得できていないのか
黙ったままぎゅっと唇をかみしめた。









「……それに、今後そう言う事があったら俺がいくらでも手伝います」

「……」


その言葉に大野さんが顔を上げじっと目を見つめた。


「……?」

「……だから」

「……?」

「だから、その状況に自分が慣れてしまうのが怖いと思った」

「慣れてしまうのが、怖 い?」


意味が分からず大野さんに聞き返す。


「……櫻井が来てくれて、カズの面倒見てくれて、
ご飯も作ってくれて、すごく助かったから…」

「……?」

「だから、それが当たり前になってしまったら怖いと思った」

「それはダメな事なんですか?」


自分のしたことは間違っていたという事?


「……」


大野さんが静かに頷いた。


「何 で?」

「だって一人で何とかするって言ったのに、
一人で何とかしなきゃいけなかったのに、頼って甘えてしまった」

「……」

「その優しさに自分自身が慣れてしまったら凄く怖いって思った」

「……」

「だから」

「……」

「だからもう、櫻井とは距離を置かないといけないと思った」

「……」





大野さんは真っ直ぐな視線で静かにそう言った。



その言葉に目の前が真っ暗になる。



息ができない。



胸が苦しい。



大野さんはそれをどう伝えていいかわからず



嫌な思いをさせることになってしまって申し訳なかったと謝った。



そして



これからは以前の話さえしなかったような時のような



同僚の一人に戻ってほしいと、そう言って頭を下げた。



そして、ここに来て一緒に食事をするのも今日が最後だと






そう、静かに言った。