「修也~行くよ~」
「え~ヤダ。俺行かないから、姉ちゃん一人で行ってきて」
日曜日の朝。
姉ちゃんは朝からめちゃくちゃ張り切っている。
「何言ってんの? お母さんにも頼まれたでしょ?」
「だってメンドクサイ」
「何がめんどくさいなの」
「姉ちゃんだけで行ってきてよ」
せっかく部活も何もない日曜日。
こんな日ぐらい家でゆっくりしていたい。
中学2年生は忙しいんだぞ。
「またそんなこと言って」
「だってせっかくの日曜だもん」
「修也はお兄ちゃんのこと心配じゃないの?」
「そりゃあ、心配は心配だけど……」
この夏から兄は父から頼まれ家を出て同じ年の男の人と
シェアハウス生活をしている。
「でしょう? お母さんもそのために忙しい中
煮物とかたくさん作ってくれたんだよ」
「まあ、それはそうだけどさ。
でも便りがないのは元気な証拠って言うじゃん?」
「あんたそれ何か違くない?」
「え? そうだっけ?」
「まあいいから、ほら行くよ。
お兄ちゃんにも今日行くって伝えてあるんだし」
「……」
やっぱりそうは言ってもメンドクサイ。
そんな感じで半ば無理やり連れて行かれることになった
兄が住んでいるシェアハウス。
そのシェアハウスには一度だけ来たことがある。
それは兄の引越しの日。
兄は多分すぐ帰ってくることになるだろうからと
そう言って笑っていた。
でも、一週間たっても二週間たってもその言葉に反して
戻ってくる気配はなくかれこれもうすでに一ヶ月以上がたっている。
姉も母も他人と暮らしたことがない兄には無理だろうと
すぐに根を上げて帰ってくるものと思っていたから
心配になったのだろう。
忙しい母に代わって様子を見に行くようお達しが出たのだ。
兄のシェアハウスの同居人の話は少し聞いてはいた。
でも男の人だし別に興味もなくふーんってかんじで
聞いていたので詳しいことはあまり覚えていない。
「ね、お兄ちゃん、かなさんと別れたらしいよ」
「え?」
姉と一緒に兄の住むシェアハウスに向かう電車の中
突然姉がそう言った。
かなさんは高校時代から兄と付き合っていた人で
家にも何度か遊びに来たことがあったので
顔だけは知っていた。
「びっくりだよね~」
「なんで知ってんの?」
「だってかなさんからメールもらったもん」
「ふぅん」
まぁ、兄が誰と付き合おうが別れようが
あまり自分には関係がなかったので
はっきり言ってどうでもよかった。
兄は
兄は昔からよくモテる人だった。
同じ学校の人であるとかそうでないとか関わらず
よく告白されていた。
兄はよく彼女がいるって知っててもそれでも
まだ告白してくる人がいるって苦笑いしてたっけ。
そんな話しながらようやく兄の住むシェアハウスに到着した。
つっても同じ沿線上なんだけど。
つーか近いんだからたまには兄ちゃんも
ゆっくり顔を見せろって言うんだよなぁ。
ごくたまに帰ってきたかと思っても
荷物を取りに来ただけとか言ってすぐ行っちゃうし。
おかげで俺のせっかくの日曜日が潰されちゃうってことを
兄は、はたして分かっているのだろうか。
そんな事を心の中で愚痴る。
玄関のチャイムを鳴らすとすぐに兄が出てきた。
一ヶ月ぶりにまともに見る兄の顔。
姉ちゃんも嬉しそうだ。
そして
兄の後ろから顔を見せたその人。
その人を見て
息が止まった。
兄も昔から綺麗な顔立ちをしていると
親戚の人やら近所の人やらよく言われていた。
だから綺麗な男の人の顔といっても免疫があるつもりだった。
でもその兄とはまた違ったタイプの美しい顔の男の人。
見慣れていたはずなのに
その兄とは違ったタイプのその美しい顔に
息をすることも忘れ釘付けになった。
「何ぼーっとしてんの? ほら入るよ」
そう姉に言われて慌ててお邪魔しますと
言って案内されるまま部屋に入った。
「ほら、お母さんから肉じゃがだよ~
それにお浸しとか唐揚げとかも持ってきたよ」
「おぉ、でも、すぐ帰れよ。智くんもお茶なんていいから。
こいつらすぐ帰るから」
「ヒドイ~帰れとかすぐ帰るとか。せっかく来たのに、ねぇ」
「……」
「修也? 何かさっきからやたらぼっとしてない?」
「え? そんな事ないです」
「……やっぱ変だわ。あんた」
慌ててそう言って思わず大野さんをみると
大野さんはお茶をテーブルに並べながら
その綺麗な顔でふふって笑った。
その顔を見て自分の顔が真っ赤になったのがわかった。
慌てて気づかれないようにと下を向く。
そしてそのまま目線をテーブルにやると
大野さんがコップを並べている綺麗な手が目に入った。
その美しい手。
今まで男の人でこんな手をしている人見たことない。
細くて長くて爪まで整った綺麗な手。
男の人だけどその綺麗な手は大野さんにすごく
似合っているような気がした。
「あんたちょっと今日変じゃなかった?」
「……別に。疲れてただけだよ」
「でもまぁ二人で仲良くやってるみたいで安心したね
早速お母さんに報告しとかなくちゃだね」
「……うん」
結局お昼ご飯を兄のところでご馳走になり
そんな話をしながら家に帰る。
「大野さんも優しそうな人だったね」
「……うん」
大野さんという言葉にドキっとする。
「だから他人とは言え上手くいってるのかな?」
「……うん」
「さっきからあんたうん、しか言ってないし」
「……」
確かに大野さんは優しそうな人だった。
でも
それ以上に
兄が
兄の大野さんに向けられる視線が
優しかった。
愛おしそうに
見守っているかのような視線。
自分たちに向けられる視線とはまた違う。
両親や
友達や
そしてかなさんに向けられていた視線とも違う。
二人の関係は
よくわからない。
ただの同居人なのか
それとも友情なのか。
でも
ふたりの間には
優しい空気あって
ふたりがそれに包まれている。
でも
なぜかその中には
他の誰も入っていけないような
そんな目に見えないバリヤーが見える。
自分がもう少し
もう少しだけ大人になったら
そのバリヤーの意味が分かる日が
来るのかな。
そんな事を思いながら電車から見える景色をぼんやりと眺めた。
「ごめんね~今日は妹と弟がどうしても挨拶したいってきかなくってさ」
「ふふっいいよ。中二と高二だっけ? 可愛いよねぇ」
「いやぁ生意気なだけなんだけどさ」
「それにうちのとこも来月姉ちゃんが戻ってきたら
翔くんのところに挨拶に行くって言ってたし」
「え~わざわざいいのに」
「イヤイヤ、お世話になってるんですから。
で、そん時多分この家にも来ると思うし」
「ええ~お姉様が」
「お姉様って」
「ふふっお姉さんって智くんに似てる?」
「まぁ似てるって言われるかなぁ」
「じゃあ綺麗な人なんだろうなぁ」
「……」
「……ん?」
「よくそんな恥ずかしいこと真顔で言うよね」
「え~だってそうじゃん」
「……」
ねぇ、翔くん。
こうして翔くんと一緒に暮らして
こんな風に何気ない会話をすることに
どれほど感謝しているかあなたはきっと分かっていないでしょう。
母が亡くなって後を追うようにあっけなく逝ってしまった父。
あの時は一人でいることよりもあの家で
同情や哀れみの視線を感じながら生活していくことのほうが
キツくて辛かった。
そんな中、翔くんのお父さんが心配して来てくれて
自分の息子と一緒に住めばいいと言ってくれた。
最初はそんな事、赤の他人同士だし上手くいきっこないって
そう思ったけどでもひとつの賭けに出たんだ。
翔くんのお父さんの言ってくれたことを
やってみてそれでダメだったらまた考えようと。
で初めて翔くんに会ったあの日。
翔くんは目をクリクリにして少し驚いた顔をしていたけど
でもやっていけそうだと、そう言ってくれた。
その言葉にすごく安心したんだ。
そしてあの頃毎日悪夢ばっかり見てどうにも眠れない日々を過ごしていた。
ある日どうしようもなくて翔くんに助けを求めた。
一緒に寝てもいいかと言ったら翔くんは少し戸惑った顔をして
でもいいよって言ってくれた。
同じベッドに入ると翔くんは大きな目をますます大きくして
びっくりした顔をしてたけど気にせず布団をかぶったら
何だかやけに安心して良く眠れたんだ。
あの日。
本当は途中一回起きてしまって翔くんをみたら
翔くんは全身を緊張させててカチコチになってた。
で、悪いなって思ったんだけどそのまま翔くんの寝息を聞いていたら
自然にまた眠くなってきて気づいたら眠ってた。
絶対身体はきつかったはずなのに
良く眠れたって言ったらこれからも一緒でいいよって
翔くんはそう言って笑ってくれた。
その後彼女さんがきたりとあったけど
翔くんが不快な思いをしないようにって
いろいろ気を遣ってくれてるのがわかってたから
全然嫌じゃなかった。
そして
あの日突然
『キスしていいですか』
って遠慮がちに言ってきたよね。
そんな言葉が翔くんの口から出るなんて思わなくて
少しびっくりしたけどいいですよって言ったら
翔くんは自分で言ったくせにすごくびっくりしてたね。
ねぇ、翔くん。
いつもあなたの何気ない会話に救われている。
同情や哀れみでもないその優しい視線にほっとしている。
いつもぶつからないようにと緊張しながらも
一緒に寝てくれる翔くんが好き。
いつも一緒にベッドに入ってお互い触れないように寝ているけど
今日はその手をギュッと掴んだ。
翔くんはびっくりして目をまん丸にして見つめている。
「好き」
そう言って手を繋いだままちゅっと触れるだけのキスをしたら
翔くんの顔が真っ赤になった。
そのままぎゅっとその身体に抱きつくと翔くんは少し戸惑いながらも
腕を伸ばしてきて包み込むようにぎゅっと抱きしめ返してくれる。
しばらくそのままでいて腕の力を弱める。
そして顔を上げると翔くんが困りきった顔で見ていた。
「ごめん」
あまりにも翔くんが困りきった顔をしていたから思わず謝る。
「……何か」
「……?」
「なんか智くんのこと好きになりすぎて困る」
翔くんがすごく困った顔をしながらそう言ったから
「俺も」
そう言ってまたその身体にぎゅっと抱きつくと
翔くんも力いっぱいギュッと抱きしめてくれた。