その人に向けて
手を振る。
その人の視線はまっすぐにこちらを見ている。
視線は間違いなく重なっている。
でも
その人はじっと見つめたまま、その手はピクリとも動かない。
「……」
あの時。
自分の事を知ってると答えた。
そして毎朝、二人の視線は嫌ってほど交差している。
気づいていないはずはない。
でも。
どんなに毎朝手を振っても
その人はニコリともせず、ただまっすぐな視線を
向けてくるだけ。
そして
そのまっすぐに向けられる視線に
どうしようもなく惹かれている自分がいた。
彼女に怪訝な顔をされながらも
手を振り返してはくれないその人に向けて
毎朝手を振る。
不思議な
それはとても不思議な感覚だった。
そうこうしているうちにその彼女とは
思いの比重が変わってきたことに気づかれてしまったのだろう
別れてしまった。
そしてその人とは
毎朝、登校時に出会うだけだった。
建物も別で登下校の時間も違う。
移動教室でも会わない。
学食でも会わない。
校庭でも学習室でも図書室でもあわない。
何度か用もないのにその人のいる教室の前を通った。
でも、いなかったり、いても誰かと一緒にいたり。
そう言えばいつも一緒にいるのは同じやつだ。
その人と同じ位の背格好の男。
多分その人のことが好きなんだろう。
そのクラスに行ってその人を探すと
必ずそいつが先に気づいて睨んでくる。
でも懲りずに文系側の建物を歩いていた。
そしてその日も。
その日はいろいろやることがあって遅くなってしまった。
廊下はシーンとしている。
もう誰もいないだろうな。
そう思いながらその教室の前を通った。
「……」
いた!
その人がいつもと同じ場所で窓から外を見ていた。
それに、珍しく一人だ。
めったにないこのチャンス。
どうしようかとその姿を見つめていたら、こちらを振り向いた。
「……」
「……」
視線が合う。
どうしよう?
こんなに毎日会いたくて
用もないのにうろうろしていたはずなのに。
いざそのチャンスが訪れると躊躇して何も言えない。
しかも毎日手ぇ振ってるのにシカトされちゃってるしな。
「やっと一人のとこに会えた」
「……」
そう思いながらも思い切って話しかけた。
その人が無言のまま何で?って顔で見つめてくる。
「いつも意味ないのに、この部屋の前通って狙ってたんだ」
「……狙ってた?」
正直にそう言うとその人が戸惑いの表情を浮かべた。
まあ当たり前だよね。
そんなこと言われたって意味わかんないよね。
「ふふっ意味わかんないって顔している」
「……」
そう思いながらそう言うと
その人が困ったような顔をして俯いた。
「……ね?」
「……」
そう言うと俯いていた顔をゆっくり上げる。
うつむいた顔も真正面に見える顔も、何だかとてもきれいだ。
「ずっとあなたのことが気になっていたんだ」
「……」
そう思いながら思い切って言うと
その人がびっくりしたような表情を浮かべる。
「なーんて言ったら困るよね?」
「……」
だからすぐにそう言って誤魔化して
ごめんと言ってその場を去った。
バカだバカだバカだ。
何やってるんだろ?
バカだバカだバカだ
バカだバカだスキだ。
「……」
スキ?
好き?
そうだ。
あの人のことが、好きだ。
なんでどうしようもなく気になって仕方ないのか
わかった。
ゆっくり坂を上る
もう少し。
いつもの場所まで来ると視線をゆっくりあげる。
視線が重なった。
視線が重なったままゆっくり近づいていく。
ずっと視線は重なったままだ。
その人は、相変わらずニコリともせずただまっすぐな視線を向けてくる。
立ち止まってその人を見つめた。
間違いなく視線は重なっている。
その人の視線を感じたまま
その人に向けて
『好きだ』 と
そう、つぶやいた。
今、この状況の中で
ここを続けるのは内容的に少し厳しい気がしています。。
ただ、短編11は完成させアップします。