産休の教師が出たとの事で赴任した学校は
進学校として有名な高校だった。
まだ夏の暑さが残る中
2年生の副担任として初めて教壇に立つ。
一通り自己紹介をし改めてクラスを見渡すと
一人の生徒が目に入った。
端正な顔立ち
明るく染めた髪
左耳にはピアス
こんな高校で珍しいな、と思う。
人目を惹くその容姿は、少年が持つ独特の儚さと
美しさを兼ね揃えていてそれがとても印象的だった。
その高校では、趣味で応募したコンクールに
入賞したことがあるという理由だけで美術部の顧問になった。
こういうのって美術の教師がホントはやるんもんじゃねぇの?
そんな事を心の中で愚痴りながら、最初はメンドくさいだけだと嫌がっていた。
しかしいざなってみると部員数が10人ちょっとで殆どすべてが幽霊部員。
誰もめったに美術室に訪れることはない。
その場所は、自分にとって絶好の隠れ家となった。
職員室にいて息が詰まる思いをするよりも
ここで過ごす時間が至福の時間となる。
放課後、美術室で一人翌日の授業の準備をしたりテストの採点をしたり。
そして疲れたら自分で煎れたコーヒー片手に窓の外を眺めたり。
大切な場所になった。
美術室は校舎が2列並ぶ建物の後ろ側にあった。
前側の校舎は右側に少しずれて建てられていて
美術室は左側の端にある。
そしてその下の一階には生徒全員の下駄箱があった。
美術室からは学生の帰る姿
そしてその奥には校庭の左側3分の1位が見え
運動部の生徒が汗を流す姿が見えた。
その姿を何も考えずただ眺めているのが好きだった。
そして今日も放課後、職員室を早々に退室すると美術室に向かう。
そしていつものように仕事が一段落着くと
コーヒー片手に生徒たちが戯れながら校門に向かいそれぞれ帰っていく姿
そしてその奥のグラウンドでは陸上部の生徒が走っている姿
そしてそのもっと奥の方では野球部が練習している姿
そんな生徒たちの姿をゆっくりと眺めた。
そんな空間を満喫していたら
突然、ガラっと美術室の扉が開いた。
ここの高校は伝統ある高校ということだが建物も古い。
その横開きに開く扉の大きな音にびっくりして音のする方を見ると
あの端正な顔立ちをした茶髪にピアスの男子学生が立っていた。
「……」
「……?」
確か 櫻井 っていったっけ?
その男子生徒の名前を思い出しながら
お互い無言のまま見つめ合う。
その顔を改めて見ると色白で目がクリクリとしてて
とても綺麗な顔立ちをしていた。
「……」
「……えっと、美術部 だったっけ?」
その生徒は扉を開けたまま無言で立っている。
ここの学校の美術部の顧問になってから10日あまり。
それまで誰も姿を見せたことはなかった。
だから進学校の美術部なんて運動部と違ってこんなもんかな
なんて思いながら一人この部屋を満喫していた。
最初に美術部の生徒の名簿も渡されたけど憶えていない。
だから確認するようにそう話しかけた。
「……いえ、違います」
「あ、そうなんだ?」
少しの沈黙の後、その生徒は違うと小さな声で答える。
なんだ違うのか?
そう思いながらその顔を見つめた。
「……」
「……どうして、ここに?」
「……さっき帰る時たまたま後ろを振り返ったら
大野先生が見えたので」
「……? あ~俺、ここの美術部の顧問なったんだ」
黙ったまま見つめているだけの櫻井に話しかけると
そう小さな声で答える。
美術室にいる事が不思議だったのかな?
「……」
「……?」
「そうなんですか?」
「うん」
そんな事を思っていたらしばらくの沈黙の後
少しびっくりした表情でそう聞いてきたのでそうだと答えた。
「……じゃあ、俺はこれで失礼します」
「……へ?」
そう言ったかと思うと櫻井はそのまま深々とお辞儀をして
ガラガラっと扉を閉め行ってしまった。
「……?」
呆然とその姿を見送る。
そしてゆっくりと外に視線を戻しそのまま眺めていると
櫻井が昇降口から出てきた。
櫻井は少し歩いたところでこちらを振り返ると、ぺこりと深々とお辞儀をする。
そしてそのまま一度も振り返ることもせず走っていってしまった。
「……」
4年前まで自分も高校生だったけど
高校生の考えてることって
わかんない。
そんな事を思いながらその姿を見つめた。
新しくきた副担の先生はなんというか
とても可愛らしい顔をしていた。
といっても大学を出ているから自分たちより5コは年上のハズ。
だけどどう見ても年上とは思えない容姿をしていた。
オオノ サトシ
黒板に書いた名前は妙に綺麗な字だった。
そして簡単に。
すごく簡単に
自己紹介をするとぐるっとクラスを見渡した。
一瞬目が合う。
まぁ、こんな学校でこんな髪の色でピアスなんかしてるの
あんましいないし目立つんだろうな。
そんな事を思いながら目をそらさず見つめた。
その人は少し驚いた表情を浮かべたものの
そのまますっと視線をぐるりと回し
そしてこれからよろしくと挨拶をした。
その姿を瞬きをすることもせずじっと見つめた。
その人は今までにないタイプの先生だった。
その容姿
その佇まい
そして存在感。
筋の通った綺麗な鼻
可愛らしい容姿
華奢な身体
綺麗な手
時折見せる美しくて
そして憂いのある表情
その姿を見るだけで何とも言えない気持ちが沸き上がってきて
ゾクゾクした。
ある日の帰り。
ふと校舎を振り返るとその人が外を見ている姿が見えた。
先生?
思わず校舎に走って戻りその人がいたと思われる
教室の扉を開けた。
扉を開くとそこにはコーヒーカップ片手に
窓に寄りかかって外を見ているその人の姿があった。
扉のガラガラという音にびっくりしたのか
少し驚いた表情でこちらを見る。
視線が合う。
「……」
そのコーヒーカップを持ち窓に寄りかかっている
姿がとても優雅で美しくて何も言えなくなる。
それからは何を話したか覚えていない。
ただ、聞かれるまま答えるだけで精一杯だった。
そして逃げるように退散した。
先生の普段の姿とはまた違うその美しさにドキドキした。
呼吸を整えながらゆっくりとゆっくりと靴を履き変える。
そして胸に手を当てた。
まだドキドキしている。
そして思い切って歩みだす。
少し歩いたところで後ろを振り返った。
上を見上げると先生がさっきと同じ体勢で外を見ていた。
そのまま深く深くお辞儀をすると
振り返ることもせずそのまま駆け出した。
心臓はまだドキドキしている。
学校が見えなくなってようやく歩調をゆるめた。