森の中にあるそのお城はひっそりとしていて
まるで誰も住んでいないかのようだった。
智とマサキとカズとジュンは既に両親が他界し
兄弟4人で仲良く暮らしていた。
貧しい暮らしではあったが4人は助け合いながら
なんとかその日その日を生きていた。
ある日。
この日は智の誕生日であったため弟達は何かプレゼントをしようと考える。
しかし毎日生きていくだけで精一杯で余分なお金なんてとてもない。
でもいつも優しく見守っていてくれて父や母のような存在でいてくれる
智にどうしても何か贈りたかった。
森の中を探すがなかなか見つけることができない。
そうこうしているうちにかなり家から離れてしまった。
「ねーねー、これなんてどう?」
マサキが指をさしたのは見たこともない綺麗な花だった。
“こんなところに花?”
カズは不思議に思いながら辺りを見渡す。
探すのに夢中で気付かなかったが目の前には立派なお城があった。
「もしかしたら、ここのお城の持ち主のかもしれないから声をかけてからにしよう」
そう言って呼び鈴を鳴らす。
しかしいくら鳴らしても誰も出てこない。
「誰も住んでないんじゃね?」
「う~ん、そうなのかなぁ?」
確かにそれは立派なお城ではあったがどこか暗い雰囲気で
誰も住んでいないようにも思われた。
「誰も住んでいないんだったら一本位持って帰っても大丈夫なんじゃね?」
マサキはウキウキしたような表情でそう言う。
“まぁ、一本位なら大丈夫かな?”
そう思いながら一枝折ったとたん
「何をする」と目の前におそろしい野獣の顔をした男が現れた。
「何でその花を持っていこうとした?」
恐ろしい野獣の顔をした男はそう問いかける。
3人は顔を見あわせ言おうか言わないかと悩む。
「嘘を言ったら命はないと思え」
恐ろしい野獣の顔をした男がそう言ったため3人は仕方なく答える。
すると野獣はその贈るはずだった相手を連れて来いという。
決して悪いようにはしないが連れてこなかった場合は
その者の命の保障はできないとまで言われ3人は仕方なく
家に帰り智に事情を話す。
智は自分のためにやってくれた事なのだからと
怒ることもせず直ぐにそのお城に向かった。
3人は心配そうに後ろをついていく。
「花を贈るということだったからてっきり女の人を連れてくるのかと思ったら
まさか男だったとは」
野獣はびっくりしながらもまあいいと言って、智を暫く預かるから
3人は帰るようにと告げる。
3人の弟達は嫌だ嫌だと泣いていたが智が大丈夫だから帰りなさいと
優しく諭し3人は仕方なく家へと戻った。
3人が家へと向かったのを見届け野獣は智を城の中へと案内する。
「まさか男の人だとは思わなかった」
そう言いながら頬を赤らめている。
智は不思議そうにその顔を眺めた。
「このお城の中は智の自由に使っていいからね。
欲しいモノがあったら言ってね。
それに着替えも食事も言えば出てくるからね」
野獣は智に優しくそう言った。
智は弟達のことが心配だったがきっと時が経てば
家に帰ることを許されるだろうと言われたとおり
お城で過ごすことにした。
野獣は見かけとは違って優しく紳士だった。
智がする事がなく絵を描いていると後ろから
その姿を優しく見つめる。
智が昼寝をしているとそっと掛物をかけてやる。
智が退屈そうにしていると面白そうなものを持ってきて
智が退屈しないようにとあれやこれやと気を遣う。
そんな感じでいつも気づくとそっとそばにいるという感じだった。
だけどなぜか食事の時だけは決して姿を見せなかった。
「ね、何で食事の時はいつもいないの?」
「……え?」
智はいつも疑問に思っていたことを聞く。
その言葉に野獣は絶句した。
「……それは俺がこんな姿だから」
「……?」
野獣は言いにくそうにそう答える。
智はその言葉に不思議そうに野獣の顔を見た。
野獣は智のまっすぐな視線に耐え切れなくなったのか目線を外す。
「こんな顔を目の前にして一緒に食事したら、食欲も失せるでしょ?」
「え? 何で?」
「何でって…」
智は不思議そうに聞く。
野獣は言葉に詰まった。
「言ってる意味がよくわかんないけど、いつも一人で食事なんて寂しいからさ
これからは一緒に食べようよ」
「……智」
智はそう言って可愛らしい顔で笑った。
野獣は今まで誰にあっても恐れられるだけでそんな優しい言葉を
かけてもらえたことがなかったので涙が出そうになった。
「ね、そろそろ家に帰ってもいい? 弟達のことが心配なんだ」
智がお城に来てしばらく経った頃、一番恐れていた言葉を智が言った。
その言葉に野獣は悲しくなり絶望的な表情を浮かべる。
その顔を見て智は何も言えなくなる。
「……じゃあ一日だけ。元気だってことを伝えたらまた戻ってくるから。お願い」
智は弟達のことが心配で頼み込む。
野獣は仕方なく一日だけという約束で了解した。
「ありがとう」
そう言って嬉しさのあまり野獣の頬にキスをする。
野獣の顔はみるみるうちに真っ赤になった。
智が家に戻り窓から家の中を覗くとみんな元気がなく
今にも病気になってしまいそうな表情をしていた。
「ただいま」
「智兄ちゃん?」
「智兄ちゃん、無事だったの?」
弟達の表情がパっと明るくなる。
「あれ、ジュンは?」
さっきからジュンの姿が見えないことが気になった。
「ジュンはあまりの事に食事も取れず寝込んでいるよ」
「ジュン…」
智が顔を見せるとジュンは弱々しい笑顔を見せた。
智と一緒に過ごすうちジュンは少しづつ元気を取り戻す。
野獣のことも気にはなったがとても兄弟たちのことがほっておけず
一日で帰るという約束を守る事ができなかった。
ジュンがすっかり元気を取り戻した頃、智は夢を見た。
夢では野獣がぐったりとして寝込んでいた。
弟達に心配ないからと伝えると慌ててお城へと戻る。
「ごめん、一日で戻るって約束したのに」
野獣のぐったりした姿を見てそう言って智は涙を流す。
その涙が野獣に触れた途端野獣の姿は
端正な顔立ちの王子の姿に変わった。
「智のおかげで魔法が解けたみたいだ」
「魔法?」
「そう。魔法によって野獣の姿に変えられていたから」
そう智に説明するがあまりの出来事に
智は意味がわかんないって顔をして見つめる。
「でも……」
「……?」
そして智は少し考えこむと、でも、と言った。
何を言い出すのかとその綺麗な顔を見つめる。
「でも、その顔だったらもう誰からも恐れられることはないし、孤独じゃないよね。
結婚したいって思う人だってたくさん現れるよ」
「智?」
智が思いがけない言葉を言ってくる。
突然何を言い出すのかと思わず智? と言ってその顔を見つめた。
「よかったね、翔くん。俺は弟達も待ってるし帰るね」
智は姿が戻った事で役が済んだのかと思ったのか
そう言ってそのまま去ろうとした。
「帰っちゃ、ダメ」
「……?」
思わずそう言って智を引き止める。
智は不思議そうな顔で見つめる。
「俺、智じゃないとダメだ」
「……?」
「実は魔法をかけられる前、随分と女の子の方からも寄ってきてくれて
いい気になって泣かせてしまったりもしてしまったんだ。
それで魔法をかけられてしまって」
「……」
智は黙ったまままっすぐ見つめ話を聞いている。
「魔法をかけられた俺にはものの見事に誰もよってこないどころか
顔を見るだけで逃げ出される状態で本当に毎日孤独だったんだ。
だけど智は最初から違ったでしょ」
思っていることを全部ぶちまけた。
「ま、俺は男だしね。あまり男相手に顔は重要視しないっていうか」
智は可愛らしい顔でそう言って笑う。
「まぁそうかもしれないけど、でもすごく嬉しかった。
俺は智にこのままずっとここにいて欲しいと思ってる」
「……」
「それともあの野獣の顔がいいんだったらまた頼んであの顔にしてもらってもいいし」
「いやいやいや」
「俺は智が好きだからこのままここでずっと一緒に暮らして欲しい」
智がずっとここにいてくれるなら野獣の顔だっていい。
智がいてくれるのだったらなんでもする。
「……じゃあ、弟達も一緒に暮らしていい?」
「もちろんだよ。もちろんいいよ」
智は躊躇いながらそう言った。
なんで気付かなかったのだろう。
弟思いの智は随分と弟達のことを心配していたのに
そんなことさえ思いもつかなかった。
そんな懺悔の気持ちをかかえながら智の身体をぎゅっと抱きしめた。
「あの恐ろしい野獣の顔をした人がこの人だったの?」
「ちょっとなで肩だけど、結構イケメンじゃね?」
「まあなで肩は仕方ないにしても、ホント世の中には信じらんない事が一杯あるよね」
弟達3人が影でこそこそと楽しそうに話している。
「しかもあの人、智兄ちゃんにベタ惚れじゃない?」
「いや、俺はそれは最初から気づいていたけど」
「俺も、気づいてた」
「ウソ~俺、全然気付かなかったけど」
マサキは不満そうにそう言って口を尖らす。
「だって最初さ女の人じゃなかったのかとか言いながら顔が嬉しそうに笑ってたの俺見たもん」
「そう、やけにデレデレだったんだよな」
カズがそう言うとジュンもそう言ってのってくる。
「だから智兄ちゃんだけ残してけって言われた時、ちょっと心配もしたんだよね」
「まあね。でも恐ろしい野獣の顔をしたヒトだったけど悪い人には見えなかったからいいかって、ね」
「イヤ、良くないでしょう~。しかもあんた達別れ際号泣してたでしょ~?」
カズとジュンの話にマサキは納得いかないといった顔でそう言う。
「いや、まぁあの時はそうは言っても、みたいなところがあったからさ」
「でも何となくこうなる予感がしてたんだよね~」
「俺も」
カズがそう言うとジュンも俺も、と言う。
「もう~、さっきからジュンは俺も俺もって~。寝込んでたでしょアナタ」
「ま、あれは智兄を取られた寂しさっていうかさ」
そんな話をいつまでも楽しそうに弟達はしている。
「ホント仲いいね~」
ソファから身を乗り出し後ろでわちゃわちゃしている弟たちを見ながら
翔が楽しそうにそう言う。
そして身体を戻すとソファの背もたれに隠れるように
智にちゅっとキスをした。
智の頬が赤く染まる。
「あ、赤くなった」
「うっさいなぁ」
翔が嬉しそうにそう言う。
その言葉に智は照れくさそうにそう答える。
「何で? 野獣の顔の時は自分からチュってしてくれたのに~」
「いいでしょ」
ますます翔は嬉しくなってそう言う。
「ふふっかわいい」
「可愛い言うな」
「だって可愛いんだも~ん」
そう言って翔はまた智の唇にちゅっとキスをした。
ベッドに入り上から智の顔を見つめる。
智も上を見上げ翔を見る。
その端正な顔を見てふっと目をそらす。
「また、目、そらされた」
そう言って翔はふふっと笑う。
ずっと野獣の姿に見慣れてたので何だか照れくさいだけなのだけど
それを言うとますます翔が喜びそうなので智は黙っている。
「ずっとここにいてね」
「うん」
翔がそう言ってきたので上を見上げると目が合う。
翔はその綺麗な顔で優しく微笑む。
そして翔の顔がゆっくりと降りてきてちゅっとキスをする。
「野獣の顔の方がよかった?」
「そんな事はない、よ」
「ふふっ」
翔が角度を変えまた唇にちゅっとキスをする。
「智、好きだよ」
唇を離すとそう言ってまた優しく微笑んだ。
「俺も好きだけど さ」
姿は変わっても優しい瞳は同じ。
そう言うと嬉しそうにふふっと笑う。
そして緩く口を開くと今度は深いキスをしてきた。