「1か月の残業は17時間以内というのが厳格なルールでした。残業ができないので、就業時間中は必死に仕事をしました。昼食も慌てて食べて、食べ終わってすぐに仕事をしていました。当然、仕事量は変わらないので簡単には終わらないんです。でも、残業をさせてもらえない。パソコンのログもとられていたので、こっそり仕事をすることもできなかった。その結果、いつも仕事が不完全な状態になってしまうのが嫌になってしまい、結局退職しました」
これは先日、ある企業の研修担当のA氏から伺った言葉です。A氏は今の会社に入って3年目に入ったそうですが、前の会社からの転職理由をこのように話してくれました。
いよいよ国会で残業時間の上限規制を盛り込んだ働き方改革に関する法案の審議が始まりました。報道によれば今回の法案は、「労働組合との合意があったとしても、守らなければならない上限規制を罰則付きで担保した」とのことです。
これは長時間労働が蔓延している企業に対する拘束力としては、非常に喜ばしいことではあります。
しかし、一方で長時間労働を是正するためとは言え、残業時間を〇〇時間以内というように一律にルール化してしまうと、人によっては仕事へのモチベーションが下がってしまうことが起こりえます。
現に、冒頭のA氏が勤めていた会社では40人弱いた同期の半分が5年以内に転職したとのことでした。(もちろん、全員の退職理由がA氏と同じとは限りませんが。)
残業時間に上限規制を設けることに伴う弊害について語られる場合、一般的には残業手当が減るなど金銭面に焦点を当てられることが多いです。しかし、弊害はそれだけでないということです。
たとえば自分で満足・納得がいくまでに仕事が終わっていないのに帰らなければならない、もっと仕事を通して知識やスキルを身に付けたいのに帰らなければならないなどの不満によって、仕事へのモチベーションが低下してしまうという弊害もあり得るわけです。
そして、これはある意味「ワーク・ライフ・バランス」が崩れている状態だとも言えます。ワーク・ライフ・バランスというと「労働時間の短縮が目的、仕事中心から脱却しないといけない、プライベートの時間を大切にすること」だけだと考えている人がいます。しかし、本来の「バランス」という考え方からは、ワークとライフのバランスが問題であり、人によってはワーク(仕事)に力点をおいているというのも、それはそれで一つのバランスということです。(もちろん、それが極端に偏ってしまうというのでは、バランスが取れていないということになってしまいますが。)
長時間労働の是正にはメリットがたくさんあるわけですから、もちろん歓迎すべきことです。しかし、仕事量が変わらないのに、労働時間の削減だけを目的にしてしまうことによる弊害もある、残業代減少による金銭面の問題だけではないということもきちんと認識しなければ、それこそバランスを欠いてしまいかねないのではないでしょうか。