「イノベーションに積極的な会社を教えてください。」先日授業が終わった後、ある学生からこう質問されました。
イノベーション(innovation)とは、オーストリアの経済学者シュンペーターが「経済発展の理論」の中で使った言葉です。その意味するところは、経済発展や景気循環の原動力となる新製品の開発、新生産方式の導入、新市場の開拓、新原料・新資源の開発、新組織の形成などです。
この定義に従えば、イノベーションとは多くの企業が日々取り組んでいる課題ということになります。
質問をしてきた学生は理系の大学院生ですから、イノベーションに積極的な会社とは「画期的な技術開発に取組んでいる企業」を指しているのでしょう。
イノベーションの具体例や種類については、多くの書籍やウェブページに記述がありますので、ここでは触れません。
イノベーションを阻むものはなにかについて述べてみたいと思います。
それは「わかりやすさ」、正確には「わかりやすさだけを求める精神」です。
私は、わかりやすい方が良いことと、わかりやすくてはいけないことがあると思っています。
たとえば技術マニュアルはわかりやすくなくてはなりません。誤った解釈をする余地がないよう、徹底的にわかりやすくするべきです。
ビジネスの場でやり取りする情報も同様です。その情報を聞いた人が正しい判断を下せるように、あいまいな言葉や誤解を生む表現を使ってはいけません。
ただし、日常的にわかりやすいことが最優先になると、「わかりにくい=悪」という単純な等式ができあがってしまう恐れがあります。たとえば、報告についてです。
会社の中で権限を持っている人ほど忙しいというのは、ほぼ常識でしょう。忙しいから一つひとつの意思決定に時間をかけることができません。そのため、何よりも「わかりやすい報告」を上げてきてもらわなければ困るというわけです。その結果、ほとんどの報告はわかりやすい形に「調理」されたものになります。
特に大きな会社の経営者は、「やわらくておいしい、すぐに飲みこめる食事」ばかりを食べ続けるがごとく、たくさんの「わかりやすい」報告を頭に詰め込むことになります。
仮に少しでも複雑な話をしようものなら「もっとわかりやすく言え!」と叱られてしまいます。
しかし、イノベーションとは複雑でわかりにくい状況に直面した時、なんとか突破口を見出そうとしてあがくこと、もがくことが出発点のはずです。
そうした「あがき」や「もがき」をわかりやすい言葉で説明しようとすれば、本当に大切なことが切り捨てられてしまうかもしれません。
実際、大企業で切り捨てられたものが後にイノベーションを起こしたという事例は少なくありません。
冒頭の学生の問い対して、「わかりやすいことばかりを好む経営者のいない会社」という妙な答えを返してしまいました。
学生はきょとんとしていました。
(人材育成社)