「私の大学時代の友人は既に重要な仕事を任されています。それに比べて、自分は相変わらず営業にも一人で行かせてもらえない。こんなことを続けていたら、いつまでたってもキャリアアップができません。その結果、皆から取り残されてしまいそうです」
これは、先日ある企業の人事担当者から伺った言葉です。その企業の入社1年目の新人男性社員がこのように言い残し、わずか半年で職場を去ってしまったとのことです。
実はこの企業は設備機器メーカーであるため、取り扱っているのはほとんどが専門的なものです。そのため、営業として独り立ちできるようになるには、最低でも3年位はかかります。
こうした理由から、入社後半年以内の彼のケースでは先輩や上司の営業に同行することを通して、まず営業技術を覚えることはもちろんのこと、同時に商品に関する高度な専門知識も覚える必要もあるのです。当然独り立ちできるようになるまでには、相当の時間を要することになります。
一方、彼の「学生時代の友人」がどのような会社に就職したのかはわかりませんが、短期間で独り立ちし、さらに重要な仕事を任されているということは、比較的単純な商材を扱っている可能性が高そうです。
そういうケースでは、新入社員研修を行っている最中に一人で営業に行かせる会社もあります。またそこまで極端ではなくても、配属後3か月間くらいは先輩社員や上司の営業に同行して、その後すぐに担当企業を持って一人で営業に出かけさせるような会社もたくさんあります。
そのような会社に就職した友人の話を聞けば、片や独り立ちして仕事を任されている反面、自分は半年たっても自分の担当企業すら持てない。相変わらず先輩や上司の同行ばかりさせられていると焦る気持ちが募るのも、理解できないわけではありません。
もちろん、冒頭の企業では退職を表明した彼に対し、上司や人事担当者が業界の特色や将来活躍してもらうために必要な知識やスキルを今、獲得してもらっているなどの人材育成方針を繰り返し説明したそうです。しかし、彼の決意は固かったとのことです。
人事担当者は、「当社の人材育成方針は、会社説明会でも丁寧に話をしたつもりです。彼もそれを覚悟して入社したはずなのに、学生時代の友人の話を聞いて『隣の芝生は青く見えた』のでしょうか。修業期間が長いということは、それだけ他業界に比べ奥が深い製品を取り扱っているからです。身に付いた知識やスキルは差別化されたものだけに、自身のキャリア形成につながるはずなのに」と残念そうな表情でおっしゃっていました。
この話を伺って、私は「たった半年で退職を決断するなんて、キャリアアップをそこまで急がなくてもよいのではないか」と率直に感じました。
そのように考えていたところ、先日の日経新聞に「入社前から転職活動」という記事が掲載されていました。
そこには、「理想のキャリアや安定した生活を手にするには、早くから転職の可能性を考え、備えておかなければ安心できない。転職活動をする若手に共通するのは、そういう不安である」と書かれていました。
この記事を読んで「理想のキャリアとは?」、「安定した生活とは?」と思いました。同時に「入社前から転職活動をするってどういうこと?」と次々に疑問が湧いてきました。
そもそも、新入社員がそれらを焦って獲得しなければならないと不安に思う背景には、何があるのでしょうか?
おそらく、様々な理由があるのでしょうし、できればインタビューなどの形で一度本音を聞いてみたいです。
しかし、仕事を覚え一人前の戦力になるためには、前述のとおり一定の時間をかけてきちんとステップを踏んでいくことは必要です。同時にそれは仕事の面白さも味わえるチャンスです。
「新入社員、若手の皆さん、漠然とした不安に不必要に踊らされることなく、まずは腰を落ち着けて目の前の仕事に集中して取り組んでみましょう」と先を歩く者の1人として今後担当する新入社員研修や若手を対象にした研修で伝える所存です。