個人が書いたポナペの旅行記などを読むと、割と良く登場する「ヨシエ」という店。コロニアの街のメインストリートにあるスーパーマーケット店だ。
今回の遠征は、その経営者であるヨシエ・エンタープライズ代表、後藤さんの全面的な支援が無ければ実現できなかった。
写真は真ん中が後藤さん、左が自分で、右はポナペのダイビングショップClub PAREO代表の栄田さん。
コンテストを終えて最終日のアパートを離れる前に記念に3人で撮った一枚。
最初に断わりを入れるが、後藤さんは島へ遊び来る客を相手にする立場の方では無いので勘違いしないようご理解いただきたい。
事の始まりは、自分が遠征先を検討した時にJA7HMZ井川さんに「ポナペで宿泊して無線やるならどのホテルがいいでしょうか?」と
問い合わせたところから始まった。いろいろ考えていただいた内に、井川さんもこれまでお世話になってきた後藤さんとの間を仲介をしていただき
自分を紹介をしていただいた。古い方はご存知と思うが、かつてミクロネシア独立前のKC6の時代にアクティブだったKC6IN西村さんが
後藤さんの敷地に当時住んでいたそうで、JA7HMZ井川さんも同様に現地にシャックを持たれている。歴代のOM諸氏の信頼があるからこそ
今回使わせていただけたのは明らかなので、いくら感謝してもしきれない。一朝一夕で作れる信頼ではないと思う。
ミクロネシア連邦は数百の島からなる島嶼国家で、総人口は約10万人。ポリネシアンの国家で、在住外国人ではフィリピン人が最も多い。
在留日系人は約100人で、政府関係者、JICA関係に加えて漁業関係会社の現地駐在が主だ。古くはスペインに、20世紀には日本により統治された歴史だ。
日本時代には多くの日本人が移住したため、今でも日系の血をひく人が全人口の2割ほどおり、ヤマグチとかモリとかスズキとかの名前は当たり前に使われている。
また日本統治時には学校、病院、下水道、道路などの公共インフラを大々的に整備したことから、今でも通りの名前には日系の名称が付く。
自分が滞在したアパートへ向かう道路は「ヤキバストリート」で火葬場があった道だったらしい。最近ではインフラ整備は中国マネーに圧倒されているようで
あちこちにChina Friendshipの文字が見られるが、これも時代のすう勢だ。流通貨幣は米ドルだが、大型資本は殆ど入っておらず、いわゆる大型リゾートホテルの類は
一切無いのでかなりマニアックな観光客のみが訪れる様だ。
そんなミクロネシアの日本人達はどなたも魅力的で、何よりも皆さん若い!写真の後藤さんがおいくつか外見からお分かりだろうか?
チュークには末永さん、ポナペでは後藤さん、と複数の方が同じ名前を挙げる。私が会ったことが無いだけでおそらくヤップにもコスラエにも
首領の様な方がおられるのだろう。ポナペの日系人は皆が何等かで後藤さんの世話になったことがあるのだと言う。
そんなミクロネシア日本人の源流が森小弁と言ってもいいだろう。ご興味ある方はご一読されたい。
コロニアの街のメインストリートにあるスーパー「ヨシエ」。いつも何台も車が停まって賑わっていた。
びっくりするほど何でも売っている。韓国、中国の進出も凄いが日本企業もまだまだ頑張っている。
食料品だけでなく日用雑貨から衣服、船のエンジンまでポナペ版ドンキホーテの様な何でも売ってる店だ。
昔から島の新たな産業の一つとして胡椒栽培があり、日本人のセイさんが店を開かれており有名なのだそうだ。
容器には山の様な胡椒の実。いくつかお土産として袋で買ってきたが、凄くフレッシュないい香り。
こうした島の案内と、空港への送迎など現地での足は、ダイビングショップのクラブパレオさんに協力いただいた。
ダイビング客では無いにも関わらず、同じアパートの敷地に店があるというだけの理由で、自分が日本でメールして無理やりお願いした。
ご主人は日中は海へ船を出されているので、自分相手の車の運転はみちこさんが。
嫌な顔一つせず凄く気を使っていただき嬉しかった。お礼と言う訳ではないがみちこさんが書いたイラストのTシャツを土産に買った。
アパートの横にあるクラブパレオのボート係留場所
クラブパレオのお店正面。懸念するとおりコロナ禍は観光産業を直撃しておりショップの経営は極めて厳しいと。
国が積極的に観光業者の保護支援をしている様だが、早く島へ来る客に戻ってきて欲しい、と。微力ながらPRさせて
もらうので、もしポナペへ無線やダイビングしに行かれる方は是非クラブパレオさんにアテンドを依頼されたい。
今回空いている部屋に居候させてもらったカッピンレのアパート外観。使わせてもらったのは1Fの一番左端の部屋。
他の部屋は日本のご家族や単身赴任者、外国人の若いカップルなどが暮らしている。
他にも数棟アパートはある。この一帯はすべて後藤さんが何年も費やして海を埋め立てたのだそうだ。超驚き!
「次に来るときは奥の5F建てアパートの屋上にアンテナ上げたらどうだ?高い方がいいんだろ?」と言われていた、笑。
こうして眺めると、後藤さんに関係する建物は全てが赤煉瓦に白目地のデザインだ。
部屋はもう至れり尽くせり。IHにウォシュレットに横ドラム洗濯機。自分の家よりもこちらの方が快適だ、笑。
エリア全体の入り口には夜クローズされるセキュリティゲートまで付いている。
部屋の目の前は海岸線で、埋め立てた敷地にはかつて海にいたサンゴがそこかしこに転がっている。
敷地の至る所に生えるヤシの実の赤ちゃん
会うのも初めて、突然訪れて一日中部屋にこもり、無線機の前で金切り声を上げるヘンな日本人を現地の皆さんは
そんなのどうってことないよ、といった感じで暖かく対応してくれた。
ベタベタ執着するでもなく、無視するでもなく、”あるがままに なすがままに”とでもいう感じでとても居心地が良かった。
この国にはコンペティションは似合わないのかもしれない。
初めに到着して挨拶と鍵を受け取りに伺ったら、「まあこれでも食いなさい」と供されたのがパンノキ。
これが素晴らしく美味かったことは、長く忘れることが無いだろう。