檀家のご主人(60代)は、筋金入りの亭主関白。奥様は常に、1歩下がってご主人の後を。奥様はご主人とは、常に丁寧語で会話。食卓に並ぶ料理は、奥様、子供より必ず1品多くご主人に。かと言って、家庭が不和かと言えばそうではなく。そんな折、初めて拙僧、ご主人が奥様を呼ぶ声を。「のん(典子)ちゃん」と。
【追伸】
奥様に拙僧「のん(典子)ちゃん、って呼ばれてるの」「はい」「こりゃ、たまげた。あなた達夫婦と知り合って、40年以上になるのに。いつからね」「結婚して5年後くらい、からかな」「きっかけは、なんね」「姉と妹がそう呼んでいるので、気付いたら、そう呼んでましたね」「あの顔で、かい。あのガタイで、かい。あの堅物で、あの大酒飲みで、かいな。違和感しかないばい。が、しかし、これは、心が温まったな。いや〜、わからんもんやね、やっぱ、夫婦って。強がっていたのは、奥様への甘えなのかもしれないね。だけど、ギャップって、面白いよな。当に、真実は小説よりも奇なり、だね」と。
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そのご主人が1ヶ月ほど前、突然のくも膜下出血で、動かぬ体を通して、長い別れを奥様に告げた。「住職さん。主人が他界する数日前、初めて主人にこれまでの文句を、強い言葉で投げ付けたんです。。主人は何も反論せず、黙って私の文句を聞いてくれました。その姿が何とも可哀想で。いつかその事を謝ろうと思ってたのに、私に謝らせないまま、消えて逝ってしまいました」と。「そうなんですね。でも、ご主人さん。奥様に謝らせたら、これまでの事が帳消しにならないから、気を遣われて、サッサと逝かれたのかもね」と。