あなたも成長に伴って、父親から責任をゆだねられ、かつ、あなたの意見に耳を傾けてくださる親に、喜びを抱き、その期待に応えるように物事を成し遂げて来られたのではないでしょうか。また、会社でも上司がいつも謙遜に耳を傾け、責任をゆだねてくださる職場なら、働きがいがあり、毎日仕事が充実し、物事が順調に進むことをご経験されていらっしゃるかも知れません。人間は偉大な創造者エホバ神の特質を反映することができるように、「神の像(かたち)」に創造されていますので(創世記1:26,27)、神エホバのご意志に沿った生き方は、あなたの人生を成功に導きます(詩編1:2,3)。今日は、神エホバは謙遜に責任をゆだね、耳を傾けられる、ことを聖書からお伝え致します。
神エホバが快く責任をゆだね、耳を傾けられることは、その謙遜さの心温まる証拠となっています。そのようになるということ自体が驚くべきことです。神エホバは全能の神ですから、助けも助言も全く必要とされないからです(イザヤ40:13.ローマ11:34,35.啓示16:14)。それでも、聖書は、神エホバがそのようにしてご自分を低くされることを幾度も記しています。
一例として、アブラハムの生涯の一つの際立った出来事を考えてみましょう。アブラハムは3人の訪問者を迎え、その一人に「エホバ」と呼び掛けています。この訪問者たちは、実際にはエホバ神からのみ使いたちでした。しかし、その一人は神エホバの名において訪れ、そのみ名において行動しています。そのみ使いが話したり行動したりする時、それはあたかも神エホバが話し、行動しておられるかのようでした。神エホバはそのような方法を用いてアブラハムに、ご自分が「ソドムとゴモラについての苦情の大きな叫び」を聞いたことをお告げになりました。そして、こう言われます「わたし(エホバ)は、それについてわたしに達した叫びのとおりに彼らが行動しているのかどうかを見るために下って行こうと決めている。もしそうでないのなら、それも知ることができよう」(創世記18:3,20,21)。もちろん、神エホバが述べておられるのは、全能者自らが「下って行く」ということではありませんでした。むしろ神エホバは、ご自分の代表者として、再びみ使いたちをお遣わしになりました(創世記19:1)。なぜでしょうか。万事を見通す全能の神エホバは、その地域の実情を見通すことができなかったのでしょうか。そうでは、ありません。しかし、神エホバはそのようにする代わりに、謙遜にもそれらのみ使いたちに、状況を調査し、ソドムにいるロトとその家族を訪ねるという割り当てをゆだねられたのです。
さらに神エホバは、耳を傾けることもなさっています。邪悪なアハズ王を没落させる様々な方法を提案するよう、み使いにお求めになられました。神エホバは、そのような助言を必要とはされていませんが、それでも、ひとりのみ使いの提案を受け入れ、その提案を実行する任務をそのみ使いにお与えになりました(列王第一22:19~22)。それは神エホバの謙遜さの表われです。
神エホバは、気がかりなことを話したいと願う不完全な人間に対しても快く耳を傾け、模範を示されました。例えば、ソドムとゴモラを滅ぼす意向であることを神エホバから初めて告げられた時、忠実なアブラハムは困惑しました。アブラハムは、「そのようなことはあなた(エホバ)については考えられません」と述べた上で、「全地を裁く方(エホバ)は正しいことを行なわれるのではありませんか」と言います。もし50人の義人を見いだせるなら、あなたはそれらの都市を滅ぼさずにおかれますか、と尋ねます。神エホバはそうであれば滅ぼさない、と保証されます。しかし、アブラハムは人数を45人、40人と減らしながら質問を繰り返します。神エホバは幾度も保証されにも関わらず、アブラハムは10人になるまで質問を続けます。アブラハムは、神エホバがどれほど憐れみ深いかをまだ十分に理解していなかったのかも知れません。いずれにせよ、神エホバは、ご自分の友であり、僕でもあるアブラハムがそのようにして気がかりなことを繰り返し質問するのを、辛抱強く温和で、謙遜にお許しになられました(創世記18:23~33)。
私たちの人間社会で、学識があり才知あふれる人たちや、政府の要人たちが、自分よりはるかに知性の劣る人や身分の低い人たちの話しにこれほど辛抱強く、耳を傾ける人がどれほどいるでしょうか。神エホバは愛の神であり、辛抱強く耳を傾け、責任をゆだねてくださるのが、わたしたちの神エホバの謙遜さなのです(ヨハネ第一4:8.コリント第一13:4)。その同じやり取りの中で、アブラハムは、神エホバが、「怒ることに遅い」神であることも認識するようになりました(出エジプト記34:6)。アブラハムは、自分には至高者エホバの行われる事柄をとやかく言う権利などない、ことに気付き、「どうかエホバがお怒りになりませんように」と、二度懇願しています(創世記18:30、32)。もちろん、神エホバは、お怒りになりませんでした。確かに、「知恵に伴う温和さ」を有し、謙遜な方なのです(ヤコブ3:13)。あなたも、神エホバの謙遜に責任をゆだね、耳を傾ける模範に見倣う方々のお一人であれば幸いです。次回は、神エホバは道理にかなっておられる、という内容についてお伝え致します。引き続きお読み下されば幸いです。
黄水仙 下向きに咲く 美しさ 今日の一句
鉢植えの「黄水仙」