近くの柿畑のアヤメの花が咲いています。
アヤメは日本人にはなじみの深い花で、
この花が咲くと初夏を感じます。
花期は通常5月~6月です。
殖やし方は分球です。
用途は切り花、開花です。
花言葉は「恋のメロディ」と紹介されています。
今日は初夏の花アヤメとツルニチニチソウを紹介致します。
柿畑に咲いている「アヤメ」
庭に咲いている「ツルニチニチソウ」
近くの柿畑のアヤメの花が咲いています。
アヤメは日本人にはなじみの深い花で、
この花が咲くと初夏を感じます。
花期は通常5月~6月です。
殖やし方は分球です。
用途は切り花、開花です。
花言葉は「恋のメロディ」と紹介されています。
今日は初夏の花アヤメとツルニチニチソウを紹介致します。
柿畑に咲いている「アヤメ」
庭に咲いている「ツルニチニチソウ」
愛と公正と知恵と力と命の源の神エホバは、ご自分の預言者イザヤを用い、イザヤ53章1節で予告した内容は、後に使徒パウロがイエスに実現したことを明らかにしました(イザヤ53:1.ローマ10:16,17)。
次いでイザヤの預言は、イザヤ53章1節に記されている当時のイスラエル人に説明するとともに、多くの人が遣わされるメシア、つまりイエスキリストを受け入れない理由に光を投じています。次のようにイザヤは記しています。
「彼(後に遣わされるイエス)は小枝のように、乾き切った地面の中の根のように、人の前に生え出る。堂々たる姿はしておらず、輝かしくもない。私たちは彼を見ても、その容姿に引き付けられない」(イザヤ53:2)。
上の聖句では、地上に遣わされる地上の状況が描写されています。弱い立場の「小枝のように」出て、しかも地面は乾き切っている、つまり人々の反応は弱い状況の中で歩むことを伝えています。人々の目には、遣わされるイエスは「堂々たる姿はしておらず、輝かしくもない」と記されている通り、人々はそのように「引き付けられない」普通の人に見えるのです。遣わされるイエスは華やかさと光輝に満ちた様子はありません。
地上に遣わされるイエスは、普通の人間として生活を始めることを的確に預言しています。ユダヤ人の処女マリアは、聖霊によって赤ちゃんを宿し、ベツレヘムという小さな町の恐らくラバを飼われている小屋でイエスを産み、その飼い葉桶の中にイエスを横たえました(ルカ2:7.ヨハネ7:42)。マリアと夫のヨセフは裕福ではありませんでしたが神エホバに信仰を抱いていました。二人はイエスが誕生し約40日後に、「山鳩一組もしくは若い家鳩二羽」という、当時の貧しい人に赦されていた罪の捧げ物を携えて神殿に行きました(ルカ2:24.レビ記12:6~8)。やがて、マリアと大工のヨセフはナザレに居を定め、イエスはそこで大家族の一員として成長しました。暮らしは質素なものだったに違いありません(マタイ13:55,56)。
普通の人間として育つイエスは、ふさわしい土に根を下ろしたようには見えませんでした(ヨハネ1:46;7:41,52)。イエスは「堂々たる姿」、「輝かしく」もありませんでした。人々はその姿にも「引き付けられ」ませんでした。そのため、当時のユダヤ人の宗教指導者たちに扇動された多くの人々は、イエスを見過ごし、さげすむまでになりました。結局群衆は、神エホバの完全なみ子イエスに、望ましいところを何も見いだせない状況に陥っていました(マタイ27:11~26)。さらに遣わされるイエスが、人々にどのように扱われるかをイザヤが記していますので、その内容は次回にお伝え致します。
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遠目にも レンギョウと知る 庭のあり 今日の一句
裏庭の「りんごの花」
拘置所の庭の横に八重桜が咲き、盛りを過ぎようとしています。
八重桜はソメイヨシノ桜が終わり、すっかり葉桜になってから咲きはじめます。
八重桜は見事な桜で、見ごたえのある花です。
残念ながら、私の手持ちの花図鑑には「八重桜」は紹介されていませんでした。
こちらでは「ボタン桜」とも呼んでいます。
花期は4月です。
今日は八重桜と丁字草を紹介致します。
盛りを過ぎようとしている「八重桜」
裏庭に咲いている「丁字草」
お父さんエホバ神は、ご自分の預言者イザヤを通して、後に地上に遣わすイエス・キリストの受ける恥辱を予告されました(イザヤ52:14前半)。地上に遣わされたイエスは、イザヤの預言通りのことが生じ、イザヤの預言が成就しました。
イザヤは、遣わされるイエスは、神エホバに仕える者であり、偉大な者とされるとも述べていました(イザヤ52:13)。イザヤは神エホバの霊感を受けてさらに次のように記しています。
「私たちから聞いた事に誰が信仰を持ったでしょうか。エホバの力は誰に示されたでしょうか」(イザヤ53:1)。
イザヤが記した上の聖句から、興味をそそる次の質問が生じます。この預言の言葉は成就するのだろうか。力を行使する神エホバの能力を表す「エホバの腕」は表わされて、この聖句を実現させるのだろうか。
そうであることに疑問の余地はないでしょう。使徒パウロは、ローマ人に宛てた手紙の中で、イザヤの預言を引用し、イザヤが霊感を受け記録した預言がイエスに実現したことを示しています。地上に遣わされたイエスが苦しみを忍んだ後に栄光を受けたことは良い知らせでした。「とはいえ」とパウロは述べて、不信仰なユダヤ人に関してこう言います。「皆が良い知らせに従ったのではありません。イザヤは「エホバ、私たちから聞いた事に誰が信仰を持ったでしょうか」と述べています」と記しています(ローマ10:16)。続いて、パウロは次のように記しています。「信仰は聞いた事柄から生じます。キリストについての言葉を聞いて信仰を持つのです」(ローマ10:17)。とはいえ、残念ながら、パウロの時代に、神エホバに仕えるイエスに関する良い知らせを聞き、信仰を働かせた人たちはごく少数でした。何故でしょうか。その事に関し、イザヤが記した預言の言葉を次回にお伝え致します。
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拘置所の 静まりし庭 八重桜 今日の一句
友人宅の「ボタン」