愛と公正と知恵と力と命の源の神エホバは、ご自分の預言者イザヤを用い、ご自分の民に霊的に汚れたものに一切触れてはならないこと、バビロンからエルサレムに帰還するご自分の民の前を歩み、後衛となることを告げられました(イザヤ52:11,12)。
ご自分の民の救い主であられる神エホバは、後に遣わされるメシアをどのように見分けることができるかを前もって明らかにされていました。
メシアに関する聖書のヘブライ語の預言のうち、イザヤ52章13節~53章12節までに記録されている内容ほど明確な描写はほかにありません。イザヤはメシアであるイエス・キリストが遣わされる700年以上も前に、メシアの身体な外見でもなく、もっと重要な詳細を霊感を受けて記述しました。すなわち、遣わされるメシアであるイエス・キリストの苦しみの目的とその様子、また死と埋葬、および高められること、等についての細かな記述です。そのイザヤの預言と成就について考察するなら、心が温まると共に、信仰が強められるでしょう。
イザヤは、イスラエル人がバビロンでの流刑から解放されることについて述べたばかりですが、今度は、それよりはるかに大きな物事が生じることを見越し、神エホバの言葉を次のように記録しています。
「私(エホバ)に仕える者は、洞察力をもって行動する。高い地位に就けられ、偉大な者とされ、非常に重んじられる」(イザヤ52:13)。
上の聖句の神エホバに「仕える者」とは誰のことでしょうか。キリスト教の誕生前、そしてある程度は西暦起元後の幾世紀かにわたり、一部のユダヤ人学者は、この預言をメシアに適用しました。その適用が正しかったことは、クリスチャン・ギリシャ語聖書から分かります。「使徒たちの活動」の書によれば、エチオピアの宦官が、イザヤの預言した「仕える者」が誰であるかが分からないと言った時、フィリポは「イエスについての良い知らせをエチオピアの宦官に告げ知らせ」ました(使徒8:26~40.イザヤ53:7,8)。同様に聖書に記されている他の部分も、イエス・キリストがイザヤの預言したメシアなる「仕える者」であることを示しています。この預言を調べてゆくと、神エホバが「私(エホバ)に仕える者」と呼んでいる者と遣わされたイエスとの類似点を認めることができるでしょう。
イザヤの預言は神エホバに仕える者は、洞察力を持って行動し、高い地位に就けられ、偉大な者と呼ばれ、非常に重んじられることを予告しています。こうしたメシアであるイエス・キリストの足跡を記した、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書及び「使徒たちの活動」等を調べるなら、イザヤの預言がすべて成就したことを理解できるでしょう。
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